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世界ウルルン放浪記

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どもども。
NO.371/キシ
う○こ書き込みありがとー。
いやー急性胃腸炎はほんとに辛いよー。
疲れとかストレスでなるらしいからうたこも気をつけてねん。

おれもどうやら夜行バスでの移動とか重なって疲れが溜たまってたみたいだね。
今フエは雨期で雨ばっかなのを機会にゲストハウスでのんびりしてるよ。漫画もいっぱいあるし。

東京は初雪が降ったらしいね。寒そー。
名古屋も寒い?
2005年12月13日 (火) 00時55分
 

 

プノンペン
NO.370/キシ
この日トゥクトゥクで3つの場所を回る。
キリングフィールド、トゥールスレーン刑務所博物館、射撃場。

まずトゥクトゥクの兄ちゃんに案内されるままに射撃場に向かう。
プノンペンはカンボジアの首都であるのに、ちょっと市内を出るとすぐに貧しい風景が現れる。
トゥクトゥクに乗ってるおれに気づくとみんな笑いかけたり、手を振ってきたりする。
カンボジアの人はフレンドリーな人が多い。

さて、射撃場に到着。
マシンガン(名前は忘れちゃった。)が25発で30ドル。拳銃(コルト何とか)が7発で13ドル。手榴弾が1個30ドル。ロケットランチャーが1発200ドル(なんちゅーもんがあるんだ。)
射撃場の人はしきりにマシンガンを勧めてくる。
最初やる気は無かったんだけど、銃を撃つ機会なんていうのもそうそうない。
どんなもんか試しに撃ってみることにする。

選んだ銃はコルト何とか。
マシンガンもやってみたかったが、まずは基本のピストルってやつを試してみたかった。

薄暗い射撃場に案内される。
鼓膜をいためないように耳当てをする。
箱に無造作に放り込まれていたピストルを取り出し弾を込める。
安全装置をはずし、手渡される。
ズシリと重い。
構えを教えてもらい、あとは引き金を引くだけだ。
いざ、ピストルを撃つという段階に来るとさすがにちょっとドキドキする。
思い切ってぐっとにぎるとバンっという音がして、手にはじけるような衝撃伝わる。

これがピストルなのだ。
これを今隣にいる兄ちゃんに向けて今と同じように引き金を引けばこの兄ちゃんの人生は終わる。
自分のこめかみに当てて引き金を引けばおれの人生は終わる。
その想像はおれの手に汗をかかる。

写真を撮ってもらおうとカメラを取り出す。
片手でそれを手渡そうとするが、もう片手に持った銃の銃口がふとあらぬ方向を向いて銃が発射されないか冷や冷やする。
思った以上にびびってるおれがいた。

結局、7初撃って的に命中したのは1発だけだった。難しい。おれに銃は向いてないんだ。きっと。

次に向かったのはキリングフィールド。
ポルポト政権時代に大虐殺がおこなわれたことで有名な場所だ。

敷地内に入ると一つの建物が目に入る。
中は納骨堂のようになっていて、キリングフィールドで虐殺された人の頭蓋骨が納められている。
その数8000以上。
その光景は圧巻。
ガラスケースは完全には閉じられていないので手を伸ばせばその頭蓋骨に触れることも出来る(触るなとは書いてあるけど)。
こんなに大量の人骨を目にしたことはない。
この一つ一つの頭蓋骨がこうなる前はみんな元気に生きていて、おれと同じように飯を食って、笑って、悩んで、、、って感じで生きていたと思うとなんともやるせない気持ちになる。

キリングフィールド自体は今はのどかな芝生が広がっている。
ただ、虐殺がおこなわれ、死体が投げ込まれたのであろうくぼみがあちこちにあり、時々人骨が落ちていた。
ほんの二十数年ほど前にこの地で広がっていたであろう地獄のような風景を想像してぞっとする気持ちだった。
特に、ついさっき実際にピストルってやつを撃ってきただけに。
あれを突きつけられたらたまんないなーと思うのだった。

次に向かった所はトゥールスレーン刑務所博物館。
こちらもポルポト政権時代の残虐行為を象徴する場所だ。
もともとは高校の校舎だったものを、刑務所として利用していたらしい。
ここでも何千人という人が拷問を受け、殺されていった。

建物の中にはここで処刑を待つ人の顔写真が壁を埋め尽くし、拷問に使われた道具や、処刑後の写真も展示されている。
あまりにも悲惨すぎる。
自分だったらこう感じるんだろうなっていう想像が追いつかないくらい悲惨。
とても本当に起こった実際の出来事とは思えないし思いたくない。
けど、これは本当に起こったことなのだ。
人は人に対してここまで残酷になれるのか。

さすがにいたたまれない気持ちになって気が滅入ったけど、歴史的事実として受け止めなきゃいけないと思う。
さすがにここではおちゃらけた写真は撮る気になれなかった。当然だけど。

ベトナム戦争の博物館を見たときもそうだったが、こうやって旅行していると、その国の歴史に興味がわいてくる。
本当は来る前に少し勉強してくるのがベストだとは思うんだけど。
帰ってから、ちょっとポルポト政権のことや、トナム戦争のこととか勉強してみようと思った。
たしかキリングフィールドとか映画であったような気がするなー。

その後は街に戻って市場を回った。
市場はどこでも活気があって面白い。
特に魚や肉屋のあたりは日本じゃ食べないものが売られていることが多いので見ていて楽しい。
この日はカエルが売られていた。

とにかく、いろいろ考えさせられたプノンペンだった。

2005年12月13日 (火) 00時34分
 

 

NO.369/う○こ
胃腸炎、たいへんだったね。。。
きしの文章がうますぎて
日記読んでるわたしまでつらくなってきて
どうやら知らぬうちに顔がゆがんでいたらしく、
お向かいの席の先輩に心配されたよ。

これからの旅路も気をつけるんだよ〜〜〜〜〜

それにしても、いい写真ばっかりだね☆
2005年12月13日 (火) 00時22分
 

 

NO.368/う○こ
↓あさげTシャツ着てはりますやん!
2005年12月13日 (火) 00時15分
 

 

タケオゲストハウス
NO.367/キシ
タイチさんとタケオのスタッフの人。
2005年12月12日 (月) 03時24分
 

 

シェムリアップ ⇒ プノンペン
NO.366/キシ
なかなか居心地の良かったタケオゲストハウスに別れを告げ、カンボジアの首都プノンペンに向かう。

プノンペンまでの道のりはタイ国境からシェムリアップ間での道に比べるとかなりきれいで快適な道のりだった。

バスの窓から見える風景はなんとも言えず特徴的。
木々に囲まれた高床式の家、水牛、アヒルの群れ、裸で駆け回る子供。(カンボジアの子供は他の国に比べて子供が裸でいる率が非常に高い。少なくともほとんどの子供は上半身は裸だと思う)
なんともいえないほのぼのとした田舎の風景が続く。
と同時にカンボジアの貧しさということも伝わってくる。
特に、タイから入り、今ベトナムを旅しているとその違いが驚くほどくっきりとしている。
たとえば家も木とわらで出来てて、本当に雨風防げんの?ってなくらいぼろっちいカンボジアに比べると、タイやベトナムは家も全然しっかりとしている。
四方を海に囲まれた日本人には理解しにくい国境と言うものの存在を感じた瞬間だった。

さて、プノンペンに到着。
さすがにカンボジアの首都で、唯一都会と言われる場所なだけあって車やバイク、人の数が多い。
でも高層ビルと呼べそうな建物はまだないようだ。

その日は到着したところの直ぐそばのゲストハウスで泊まることに。
2005年12月12日 (月) 03時20分
 

 

タケオのドミトリー
NO.365/キシ
左からおれ、島君、タイチさん
2005年12月12日 (月) 02時48分
 

 

プノンバケンからの夕日
NO.364/キシ
ワンダフル。
2005年12月11日 (日) 21時03分
 

 

バイヨン寺院
NO.363/キシ
やっぱりいい!
2005年12月11日 (日) 21時01分
 

 

タ・プローム 7
NO.362/キシ
木の根からこんにちは。
2005年12月11日 (日) 20時58分

 



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