この日トゥクトゥクで3つの場所を回る。
キリングフィールド、トゥールスレーン刑務所博物館、射撃場。
まずトゥクトゥクの兄ちゃんに案内されるままに射撃場に向かう。
プノンペンはカンボジアの首都であるのに、ちょっと市内を出るとすぐに貧しい風景が現れる。
トゥクトゥクに乗ってるおれに気づくとみんな笑いかけたり、手を振ってきたりする。
カンボジアの人はフレンドリーな人が多い。
さて、射撃場に到着。
マシンガン(名前は忘れちゃった。)が25発で30ドル。拳銃(コルト何とか)が7発で13ドル。手榴弾が1個30ドル。ロケットランチャーが1発200ドル(なんちゅーもんがあるんだ。)
射撃場の人はしきりにマシンガンを勧めてくる。
最初やる気は無かったんだけど、銃を撃つ機会なんていうのもそうそうない。
どんなもんか試しに撃ってみることにする。
選んだ銃はコルト何とか。
マシンガンもやってみたかったが、まずは基本のピストルってやつを試してみたかった。
薄暗い射撃場に案内される。
鼓膜をいためないように耳当てをする。
箱に無造作に放り込まれていたピストルを取り出し弾を込める。
安全装置をはずし、手渡される。
ズシリと重い。
構えを教えてもらい、あとは引き金を引くだけだ。
いざ、ピストルを撃つという段階に来るとさすがにちょっとドキドキする。
思い切ってぐっとにぎるとバンっという音がして、手にはじけるような衝撃伝わる。
これがピストルなのだ。
これを今隣にいる兄ちゃんに向けて今と同じように引き金を引けばこの兄ちゃんの人生は終わる。
自分のこめかみに当てて引き金を引けばおれの人生は終わる。
その想像はおれの手に汗をかかる。
写真を撮ってもらおうとカメラを取り出す。
片手でそれを手渡そうとするが、もう片手に持った銃の銃口がふとあらぬ方向を向いて銃が発射されないか冷や冷やする。
思った以上にびびってるおれがいた。
結局、7初撃って的に命中したのは1発だけだった。難しい。おれに銃は向いてないんだ。きっと。
次に向かったのはキリングフィールド。
ポルポト政権時代に大虐殺がおこなわれたことで有名な場所だ。
敷地内に入ると一つの建物が目に入る。
中は納骨堂のようになっていて、キリングフィールドで虐殺された人の頭蓋骨が納められている。
その数8000以上。
その光景は圧巻。
ガラスケースは完全には閉じられていないので手を伸ばせばその頭蓋骨に触れることも出来る(触るなとは書いてあるけど)。
こんなに大量の人骨を目にしたことはない。
この一つ一つの頭蓋骨がこうなる前はみんな元気に生きていて、おれと同じように飯を食って、笑って、悩んで、、、って感じで生きていたと思うとなんともやるせない気持ちになる。
キリングフィールド自体は今はのどかな芝生が広がっている。
ただ、虐殺がおこなわれ、死体が投げ込まれたのであろうくぼみがあちこちにあり、時々人骨が落ちていた。
ほんの二十数年ほど前にこの地で広がっていたであろう地獄のような風景を想像してぞっとする気持ちだった。
特に、ついさっき実際にピストルってやつを撃ってきただけに。
あれを突きつけられたらたまんないなーと思うのだった。
次に向かった所はトゥールスレーン刑務所博物館。
こちらもポルポト政権時代の残虐行為を象徴する場所だ。
もともとは高校の校舎だったものを、刑務所として利用していたらしい。
ここでも何千人という人が拷問を受け、殺されていった。
建物の中にはここで処刑を待つ人の顔写真が壁を埋め尽くし、拷問に使われた道具や、処刑後の写真も展示されている。
あまりにも悲惨すぎる。
自分だったらこう感じるんだろうなっていう想像が追いつかないくらい悲惨。
とても本当に起こった実際の出来事とは思えないし思いたくない。
けど、これは本当に起こったことなのだ。
人は人に対してここまで残酷になれるのか。
さすがにいたたまれない気持ちになって気が滅入ったけど、歴史的事実として受け止めなきゃいけないと思う。
さすがにここではおちゃらけた写真は撮る気になれなかった。当然だけど。
ベトナム戦争の博物館を見たときもそうだったが、こうやって旅行していると、その国の歴史に興味がわいてくる。
本当は来る前に少し勉強してくるのがベストだとは思うんだけど。
帰ってから、ちょっとポルポト政権のことや、トナム戦争のこととか勉強してみようと思った。
たしかキリングフィールドとか映画であったような気がするなー。
その後は街に戻って市場を回った。
市場はどこでも活気があって面白い。
特に魚や肉屋のあたりは日本じゃ食べないものが売られていることが多いので見ていて楽しい。
この日はカエルが売られていた。
とにかく、いろいろ考えさせられたプノンペンだった。
2005年12月13日 (火) 00時34分