ホテルのある宿泊客が持っているフロッピーディスクを盗み出すこと。
それは彼女にとって退屈すぎる任務だった。
これが東京ではなく,スラム街ならばあんなことにはならなかっただろう。
東京で銃を撃てば,その騒ぎは収拾のつかないものになる。
それは銃を持たなかった理由としては十分だったが,何も武器を持たなかった理由にはならない。
ディスクを見つけ,部屋を出ようとした瞬間,右腕に激痛が走った。
外部からの力によるものだとわかった時,すぐに判断できた。
『腕を折られた』
いきなり背後から首を絞められた。
重い置き時計が彼女の左手の届くところになかったら,彼女は殺されていただろう。
「油断したわ」
用心棒を雇っているとは思わなかった,では済まされない。
病院を捜しながら,彼女は誰もいない街をヨロヨロとさまよった。
何度目かの咳と同時にその場に倒れてしまった。
目が覚めた時,彼女はベッドに寝かされていた。
狭くて薄汚れた部屋。しかし,彼女にはそんなことを気にする余裕は無かった。
「よお,起きたか」
そばにいた長身の男に声をかけられる。
「あなたが助けてくださったの?」
「まあな」
「ありがとう。ところで,私何か持っていなかった?」
男は枕元を指さす。そこにはフロッピーディスクが置いてあった。
「中,見た?」
男は返事をするかわりに「ケッ」と吐き捨てるような音を出した。
そんな物に興味は無いという事らしい。
彼女は自分と同じ匂いのするこの男に安心感を覚えた。
「あなた,Mr.KKじゃなくて?」
不意に口から出てきた言葉。新宿に住むスナイパーで,裏世界きっての
有名人であり,変わり者であると聞く。
「さあな」
肯定も否定もしないが,図星だろう。
「私を殺す気?」
「お前を殺したって一文の得にもならねえ。それに普通するか?標的の手当なんて」
そう言われて彼女は自分の右腕に添木をしてあることに気付いた。
彼女は微笑んだ
「やっぱりあなたMr.KKよね」
「そう呼びたきゃ呼びな。止めはしねえぜ」
「私の名前を聞いてくれないの?」
「お前,名前は?」
「メイ。一生覚えていなさいよ」
「一生?」
「ええ。一生よ」
「わかったわかった」
一生この人と居させて,なんて願わない。ただ殺される時には私の近くに居て欲しい………
【コメント】
この小説は凪咲様のリクエストにより書きました。
はじめてナレーター小説を書きましたが,よくできましたと思います。
「死ぬ時」ではなく「殺される時」です。
よく考えるとメイ様らしからぬネガティブな発言。