近代化が急激に進み,パッチワークのような建物が縦横に伸びる都市。
その都市で周囲の建物よりも大きく,こんな闇夜にも映える屋敷。
市民はそれをマスカレード・マンションと呼んでいる。
さて,この屋敷の廊下を明かりもつけずにスタスタと歩く人影1つ。
部屋の前で立ち止まり,ノックをして中へ。明かりに照らされて人影が人間になる。
鮮やかなミント色の髪と,その小さな顔の上半分を覆っている白い仮面。
彼女はこの屋敷の一人娘,ロサである。
「アル。今,いいかしら?」
「お嬢様? いかがされました,こんな時間に」
男は書いていた日記を閉じかける
「書きながらでかまわないわ。一つ聞きたい事があるだけだから」
「かしこまりました」
この若き執事こそ彼女が最高の信頼を,そして別な思いも寄せている男だ。
背は床に対して垂直,左右対称な肩がペンを走らせるのに合わせて小さく動く。
汗でノートがゆがむのを嫌ってか,左手の下にハンカチを敷いてある。
端正,完璧,合理的。見ていて思わず溜め息が出る。
「で,御用は」
「え,ああ……あなたにとって………美とは何?」
「美,ですか? ……美?」
「あなたってほら,その……」
「……精密と礼儀,でしょうか」
まさに彼の事だ。自分の美意識に忠実だからこそ,彼はこんなにも美しい。
そう思うと彼女は胸がときめいてしまうのだ。
「あ,失礼。美とはお嬢様のような方の事です」
こんな紳士な性格をしている。今感じたときめきも忘れ,
苦笑いに似た微笑みを浮かべた。
「いいのよ気を使わなくて。それを聞きたかっただけだから。おやすみ」
「あの,一つよろしいでしょうか?」
「何?」
「私は……普段はもちろんですが……お嬢様の瞳が……お美しいと感じます」
彼女は上ずった声で「そう,ありがとう」とだけ言い,すぐに部屋を後にした。
仮面でも隠しきれない心を悟られまいとして………