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[539] 2012/09/20/(Thu) 04:39:36 |
| 名前 |
みるふぃーゆ
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| 題名 |
研修をうけてきました |
| 内容 |
先日、採用後20年の職員を対象とした研修に行ってきました。 県職員だけでなく各市町村職員も対象で、職種も多岐多様にわたります。
自分のことは棚にあげて、まわりはみんなおじさんおばさんばっかりでした(^_^;)
こういう研修には、事前課題というものがあるんですが、今回は「大震災の時やその後の災害対策で自ら考え行動したことでよかったと思うこと、特になければ震災後に感じたこと、気がついたこと」「大震災の経験を、中核職員としてどのように仕事に活かしていこうと思っているか」をレポートにしていくというものでした。
でも、この課題、どうしても書けなかったという職員がいたんです。 海の近くの自治体の職員で、もちろんその自治体は津波被害をうけているところで、原発事故後は原発の20km立ち入り禁止区域、30kmの避難区域(現在は30kmは解除されていますが)を含んでいます。 その職員のご自宅は20km圏内で現在も立ち入り禁止、60km離れた福島市で避難生活をおくりながら、役場に通われているそうです。 「よかったと思われることなどひとつもない。我々も被災者なのに住民には怒られたり、責められたりする一方。今でも、『いつ帰れるのかという』質問を受けているが、それは我々も知りたい。県や国には忘れ去られている。今、研修に来ている間も仲間が住民からの質問に答えている。自分が研修にきていてもよいのだろうかとさえ思う」と苦しい胸のうちを発表してくれました。
レポートは書いてきたのですが、やはり自宅が原発から6kmのところにあり、まもなく5回目の一時帰宅を控えているというかたもいました。
衝撃でした…「大震災の経験」などといつのまにか過去のものとしてとらえ、なんの抵抗もなくレポートを書いていった自分。 「大震災の経験」などと安易に選ばれるべきテーマではない。それは被害の外にいる傍観者が選ぶテーマだったのだと。 まだ大震災は終わっていない。真っ直中におかれている人々がいる。それを同じ福島県民なのに忘れてしまっている…。
そんななかで救いは、今年新規採用されたフレッシュな人たちがまとめたレポート。 彼らは、大震災当時は学生で、中には避難所生活をおくった人たちもいるそうです。そういうなかで、災害対策にあたる公務員を見て、自分も公務員になって地域住民のための仕事がしたいと思った子もいるようです。彼らのレポートには、「ふくしま」に対する思いがいっぱいで、ふくしまの未来は自分たちが担うのだという思いがあふれていました。
20年のキャリアを持つおじさんおばさんは、若い彼らのよいお手本とならなければいけませんね(^o^)
いろんなものに刺激されて、ブラックキャットさんじゃないけれど「一歩前へ!」という気持ちにさせられた研修でした。 |
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