誰もが気だるさを覚え、布団の中から出たくなくなるような、ほのぼのとした休日の朝。 カーテンが締め切られているせいで、部屋の中は少し薄暗かったが、その僅かな隙間から漏れる眩しい陽光が、どんな事象よりも雄弁に朝の訪れを知らせていた。 軽く耳を澄ませば、どこからか小鳥のさえずりも聞こえてくる。 「さつきーっ!!」 と、そんなのほほんとした空気を破って、強制的に目覚めを促すような怒声が、突如として階下から投げ掛けられた。 「……う……ん」 さつきが、ベッドの中で軽く身じろぎをする。 現実と夢幻の狭間を漂っているかのような、倦怠感混じりの薄ぼんやりとした意識。 そんな中、その耳に微かに届いた母親の声に、まどろんでいた脳内が覚醒し始める。 それと時を同じくして、不意に浮かび上がってくる疑問。
――あれ? 今日は休みだったと思うんだけど……。
ベッドの中から腕を伸ばし、枕元にある時計を掴み取る。 時刻は朝の10時過ぎを示していた。 先に朝の陽光などと述べておきながら、どうやら実際は、朝とも昼ともつかない中途半端な時間だったようだ。 そして、その時刻表示のすぐ下には、白い文字で“Sun”と記されていた。
――うん。やっぱり今日は日曜日だよね。
その事を再確認してから、
――……何か、忘れてる用事とかあったかなぁ。
そんなことを、曖昧な思考の片隅で考えてみる。 と、下の階からまたもや、母親の怒声とも取れるような呼び声が聞こえてきた。 「さつきーっ! いい加減起きなさい! 下で彼氏が待ってるわよ!!」 「……え?」 その母親の言葉に、さつきの朦朧としていた意識が、冷や水を掛けられたかのように、急速に覚醒へと傾き始める。 ……彼氏? 「……えっ!?」 さつきが驚愕の声と共に、勢い良く上体を起こす。 上に覆い被さっていた布団が吹き飛ばされ、その半身がベッドからはみ出す。 か、彼氏!? わ、私、そんな人作った覚えなんか無いのに!? 朝っぱらから訳の分からない事を言われ、さつきの頭はパニックを起こしていた。 思い出さなければならない何かは、多分山ほどあるはずなのに、何にも考えられない。 と、そんな時、木製の階段を上る時独特の木の軋む音が聞こえ、次いで部屋の扉が開かれる。 その奥から、母親の見慣れた姿が現れた。 「何ぼーっとしてるの? 彼、玄関前で待ってるわよ」 母親が呆れたように呟く。 「彼って……?」 さつきは問い返しながら首を傾げた。 「何を寝ぼけてるんだか……確か……遠野君だったかしら? あなたのクラスメイトの子じゃない。」 「……」 刹那、時が止まったかのような沈黙で、部屋全体が満たされる。 ……そして、 「えぇーっ!?」 次の瞬間、さつきの口から、悲鳴にも似た大声が飛び出す。
――な、何で遠野君が!?
さつきの頭の中は真っ白だった。 何かを考えようにも、思考回路が一つにまとまってくれない。 思い出せるのは、昨日の夕飯や授業の内容など、現状況においては全く役に立たないようなものばかりだ。
――お、落ち着け……落ち着くのよ、私……!
自らの動揺する心を落ち着けようと、さつきは胸に手を当てて、一度と言わず何度も、深々と深呼吸をしてみた。 だが、その程度の月並みな行為で、この心の揺れが治まるはずが無い。 こうして胸の上に手を置いている今も、鼓動は激しく高鳴り続けている。 だけど、決して嫌な高鳴りなんかじゃない。 そこには、胸を締め付けられるような息苦しさの中にも、疑心暗鬼の内に確かな喜びを感じている自分がいた。 「と、とりあえず、早く下に下りなきゃ!」
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