「ふあぁ……眠いな……」 本日何度目かの欠伸と共に、遠野志貴は目頭を擦りながら、朝の明るい陽光に照らされたいつもの通学路を、いかにもダルそうに歩いていた。 貧血の気がある志貴の朝に対する弱さは、他の一般人とは比較にならない。 毎朝のようにサボりたい欲望に襲われるのだが、そんな甘えが遠野家で許されるはずはない。 よって今日もいつものように、無表情な翡翠とにこやかな琥珀に見送られ、半強制的に学校へと向かうことになったのだった。
――全く……何で学校なんかに行かないといけないんだろうなぁ……。
足を前へと進めながら、まだぼんやりとする頭で、そんなことを考えてみる。 英語はまだいい。 もしかしたら、いずれ使わなければならない日が来ないとも限らない。 だけど、数学や古文、物理や化学などはどうだ? そんなもの、専門家にでもならない限り、一生使う機会が無いと言っても過言ではない。 ピタゴラスの定理? 一体これからの人生のいかなる場面において、三角形の三辺の長さを知る必要があろうか。 古文単語? 今は現代だ。 道を歩いてて、いきなりどこのキチガイが古の言葉で話しかけてくるというのか。 重力加速度? 木から落ちるリンゴを見ただけで、そんなことを思い付くような電波系の輩と、どこにでもいるような普通の学生を一緒にしないでいただきたい。 化学記号? あんな訳の分からないアルファベットの羅列、覚えたところで雑談の話題にすらなりゃしない。 こうして考えてみると、学校というものの存在意義が、何一つとして見出せない。 なら、サボっても問題無いんじゃないだろうか? 「……でも、そういう訳にもいかないんだよな……」 志貴は誰に言うともなく呟くと、がっくりと肩を落とし、力無く首を振った。 例えば、今これから学校をサボったとしよう。 だが、一人でサボったところで、別にこれといってやりたいことがあるわけでもない。 かといって、こんな早い時間に屋敷に帰ることなんか出来やしない。 本屋やCDショップ回りという、放課後のいつもの暇つぶしコースになるのが関の山だ。 しかも、万が一学校から屋敷に連絡があってみろ。 門前にて、髪を真っ赤に染めた我が妹が、怒りのオーラを身に纏って待ち構えていても、何らおかしくはない。 もしそうなったら、明日からは学校どころじゃない。 棺桶か病院のベッド行きは確定だ。 余りにもハイリスク、且つ余りにもローリターン。 ……という訳で、サボるわけにはいかないということを再認識した志貴は、重い足取りで学校へと向かわざるを得なかったのだった。 ……そんなことを考えている内に、どうやら着いてしまったようだ。 その視界に、見慣れた校門が徐々に近づいてくる。
――また今日も、これから学校という名の檻の中で、夕刻まで延々とダルい授業か……。
そんな避けようのない未来に、志貴は重たい溜め息を付いた。 ……ちょうどそんな時だった。 「あっ!?」 不意に、志貴のすぐ背後で誰かの驚きの声が上がった。 反射的に後ろを振り返ったその目に、地面に屈み込んだ一人の女性徒の姿が映り込む。 どうやら、鞄の止め具が外れてしまったらしい。 教科書やらノートやらが、辺り一面に散乱している。 なかなか派手にぶちまけたらしく、一冊の教科書が志貴の足下にまで転がってきていた。 そこに書かれている『一年用』という文字から、彼女が自分の一つ下の学年だということが分かった。 後ろで一つに結わえられた、淡いピンク色の緩やかな髪が特徴的な少女だ。
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