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タイトル:姉妹の絆 コメディ

――翡翠が風邪!? そんなことになったら、一体誰が屋敷の掃除をするって言うの!? 「心配には及びませんよ〜♪」 遠野邸衛生面の危機に立ち上がるは、琥珀色の眼をした割烹着の破壊神! 其に立ち向かうは、幼き少女の姿を借りた一人の黒猫! 果たして遠野邸は、原型を留めたまま今日という日を乗り切れるのかっ!? 姉妹の互いを想う気持ちを、笑い交えてお送りするハートフルストーリーな短編第九作!

月夜 2010年07月02日 (金) 01時46分(154)
 
題名:姉妹の絆(第一章)

時は夕刻。
夕飯も終わり、その後片付けに忙しい、いつもと何ら変わりのない、普段通りの遠野邸。

――ガシャーン!!

そこへ、何の前ぶれも無く、唐突に響いたけたたましく甲高い騒音に、琥珀は洗い物をしていた手を止め、ふと自分の背後を振り返った。
「あ……ご、ごめんなさい……」
その場にしゃがみこんで、床に散らばった皿の破片を集める翡翠の姿が、その瞳に映し出される。
「あらあら。翡翠ちゃん、大丈夫?」
そんな翡翠に、琥珀が優しい言葉を投げ掛けた。
珍しいな。
翡翠ちゃんが、こんな不注意な失敗をするなんて。
最初は、その程度にしか考えていなかった。
だけど、そんな自分の考えが浅はかであったことを、琥珀はそのすぐ後に知ることとなる。
「え、えぇ……大丈夫……」
翡翠が腕を動かしながら答える。

――……あれ?

琥珀は首を傾げた。
何だか、いつもと少し様子が違う。
いつになく控え目……というか、今日は控え目を通り越して、どこか弱々しささえ見受けられた。
「翡翠ちゃん、本当に大丈夫なの?」
形容し難い不安にも似た違和感を感じた琥珀は、洗い場の水を止め、近場に掛けられた手ぬぐいで両手を拭いてから、翡翠の傍らへと歩み寄った。
「だ、大丈夫……だから……心配しないで……」
そんな琥珀に、翡翠が顔をうつ向かせたまま答える。
近寄って初めて気付いたが、少し呼吸が荒いようにも感じた。
……と、急に翡翠の体が横へと傾き始めた。
「ひ、翡翠ちゃん!?」
その体を、琥珀が慌てて抱き抱える。
糸の切れた人形のように、腕の中で力無く横たわる翡翠。
その顔色は、普通では考えられないほど赤く紅潮していた。
ほとんど閉じられたと表現してもいいくらいの瞳孔と、苦しげな息遣いが、その不調のほどを言外に物語っている。
……様子がおかしいのは、もう明白だ。
琥珀は、その額にそっと手のひらを重ねてみた。
「きゃっ!? 翡翠ちゃん、すごい熱よ!」
その余りの熱さに、琥珀の口から驚愕の声が漏れる。
「琥珀さん、どうかしたの?」
リビングの方から聞こえる声。
目線を上げてみると、台所の入り口付近で、こちらを見つめる志貴の姿が見えた。
その後ろで、肩越しに眼差しを向ける秋葉の姿も。
「あ、志貴さん、秋葉様……翡翠ちゃんが……」
「はぁ……はぁ……」
翡翠の方はと言うと、もう苦しくて言葉を紡ぐことすら出来ないようだ。
「翡翠!? 大丈夫か!?」
「翡翠!? どうしたの!?」
そんなただならない様子の翡翠に、志貴と秋葉が慌てて歩み寄る。
「何だか、すごい熱があるんです」
再び、腕の中の翡翠へと目線を落とす。
脂汗を浮かべ、苦しげに歪んだ表情が、見ているだけで痛々しい。
「と、とにかく、早く部屋へ運んであげないと!」
志貴は自ら率先して、琥珀の腕から翡翠を受け取り、優しくその体を抱き上げた。
いつもなら、そんなことをした瞬間、秋葉の周囲からドス黒いオーラが発散され出すのだが、今回は翡翠の一大事だ。
さすがの秋葉も反論一つせず、心配そうな眼差しで、翡翠の青ざめた表情を見守るのみだった。
「……だ……大丈夫……です」
志貴の腕の中で、翡翠が消え入るような声を発する。
「志貴様の手をお借りせずとも……ちゃんと歩けます……」
息も絶え絶えにそう呟く翡翠の頬は、今の体調不良とは別の意味で紅潮しているようだった。

――翡翠ちゃんったら、こんな時にでも、志貴さんに抱かれて恥ずかしいなんて感じてる。

そう考えると、優しい姉の立場としては、ちょっとからかってあげたくなるのだけれど……、
「ダメよ、翡翠ちゃん。自分の体のことは、自分が一番良く分かってるはずでしょ?」
残念ながら、今回は場合が場合なだけに、そうゆう訳にもいかない…………、
「それに、こんなことでも無い限り、志貴さんに抱き抱えられるなんて滅多に無いんだから、こういう時は遠慮なく甘えなきゃ♪」
……とかなんとか思いながらも、結局からかわずにはいられないのが琥珀である。
「ね、姉さん……」
「こ、琥珀さん、何を……」
志貴と翡翠の声が重なる。
その視線は、さりげなく傍らの秋葉へと向けられていた。
「……何です?」
そんな二人分の眼差しを受けて、秋葉が訝しげに問い返す。
その表情は平然を保っていたが、眉間に寄った小さいシワが、何とも言えない迫力を醸し出している。
「ささ、志貴さん。早く翡翠ちゃんを運んであげちゃいましょう♪」
翡翠を抱えた志貴の背を押しながら、そんな秋葉の横をすりぬけるようにして、琥珀は台所を後にした。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時47分(155)
題名:姉妹の絆(第二章)

――……キィ。

扉が開かれた時の木材の軋む音が、部屋中を包み込んでいた静寂をにわかに破る。

――……バタン。

次いで聞こえてきた、今度は扉の閉められる音。
「ん……うぅ……」
足音を忍ばせて、誰かが歩み寄って来るその気配に、琥珀はうっすらと瞼を持ち上げた。
その瞳に映るのは、枕代わりにしていた自らの腕と、清潔感漂う純白のシーツ。
翡翠の看病をしている内に、自分でも気付かないまま寝込んでしまっていたようだ。
何気なく顔を持ち上げてみる。
まだ外は若干薄暗い。
カーテン越しに差し込んでくる微かな陽光だけが、明かりの無いこの部屋を仄かに照らしていた。
部屋を満たす空気にも、少々冷涼さが漂っている。
「あぁ、起こしてしまったかしら?」
すぐ近くから発された小さな声に、琥珀がその方へと目を移す。
そこに見えたのは、浅上女学院の制服に身を包み、翡翠の枕元に佇む秋葉の姿だった。
「あ、おはようございます。秋葉様」
「おはよう、琥珀」
寝ぼけ眼を擦る琥珀に、秋葉がしとやかな笑みを向ける。
その視線はすぐに琥珀から外され、ベッドの中で寝息を立てる翡翠へと落とされた。
同時に、彼女の顔に浮かんでいた微笑みを、不安という名の薄暗い靄が覆い隠す。
その手に握られた手ぬぐいと、腰くらいの高さの棚の上に置かれた、水で満たされたこれまた小さな洗い桶が、彼女の翡翠に対する思いやりを、何より雄弁に物語っていた。
「秋葉様……翡翠ちゃんの様子はどうですか?」
琥珀は、自分が寝てしまったせいで、シワが寄って乱れてしまったシーツを軽く整えながら、ゆっくりとその場に立ち上がった。
「……あんまり良くは無さそうね」
翡翠の額に冷やした手ぬぐいを乗せながら、悔しさを噛み殺すかのような表情で、秋葉は苦々しく呟いた。
その隣へと歩み寄りながら、頬を赤らめ呼吸を荒げる翡翠の顔を覗き込む。
いつもは無表情なその顔色も、今は身体を襲う変調と激しい高熱で、苦しそうに歪んでいた。
そんな翡翠を見ているだけで、胸が引き裂かれるような思いが込み上げてくる。
翡翠ちゃんは、今必死に身体を襲う病魔と戦っているんだ。
私達には、その苦しみを知ることも出来なければ、分かち合ってあげることも出来ない。
ただ、彼女の傍で、こうやって心配することしか出来ないんだ。
自己嫌悪に陥ってしまいそうな、暗く淀んだ思考回路。

――……ううん。違う。

琥珀は大きく首を振って、そんな自らの考えを否定した。
確かに、私達には翡翠ちゃんの苦しみも分からないし、翡翠ちゃんの代わりになることも出来ない。
けれど、応援はしてあげられる。
声を掛けて、励まして、触れて、笑い掛けて……そうやって、翡翠ちゃんを応援してあげることが出来る。
琥珀はその場に屈み込むと、布団の中に手を潜り込ませた。
手探りで彼女の左手を探し、その手を自分の両手で包み込むように握りしめる。

――翡翠ちゃん、頑張って……!

琥珀は、強く心の中で念じた。

――ピピピピッ。

と、重苦しい沈黙で包まれていた部屋に、小刻みな電子音が鳴り響いた。
掛け布団の端を軽く持ち上げ、翡翠の肩口を少しだけ露わにすると、秋葉はその脇の下へと手を伸ばした。
「熱、少しは下がってるといいんだけど……」
どこか弱気さの感じ取れる声でそう呟きながら、静かに体温計を取り出す。
「……どうですか?」
翡翠の手を握ったまま、ささやかな期待を胸に、琥珀は秋葉の顔を見上げた。
……裏切られるのは予想済みだ。
「……」
案の定、秋葉は無言のまま力無く首を左右に振った。
体温計の表示がこちらへと向けられる。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時49分(156)
題名:姉妹の絆(第三章)

無機的なデジタルの文字が示す、自分達をあざ笑うかのような余りにも無情な数値。
良くなるどころか、熱は逆に上がっている。
翡翠の手を握る両手に、思わず力が込もった。
「……姉さん……?」
「え?」
反射的に、その声の音源へと視線を向ける。
首だけを持ち上げて、こちらを見つめる翡翠と目が合った。
「あ、ごめんね、翡翠ちゃん。起こしちゃった?」
琥珀は、満面に明るい笑みを浮かべながら言った。
不意に感じる己への違和感。
習慣的に、笑みを絶やさないようにしていたことが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
何だか複雑な気持ちだ。
悲しい時。
辛い時。
泣きたい時。
いつでも、私は笑って過ごしてきた。
笑顔という名の仮面を付けて、自分の素顔を隠し続けてきた。
それは、別に他人との衝突を避けるためとか、そんな協調性を重んじた立派な考え方じゃない。
自分の過去を浮き彫りにしないため。
人形だった頃の私を忘れるため。
……感応者の娘という業を背負った、ただの“モノ”でしかなかった時の私を、心の奥底に封印するためだ。
これは、私じゃない。
そう思っていたのに、いつの間にか、この仮面は私の一部になってしまっていたらしい。

――ふふっ……。

私は自らを嘲笑した。
仮面を外せなくなった女……か。
そういえば、どこかでそんな内容の話を聞いた記憶がある。
確か、呪われているといういわく付きの仮面を、主人公の少年が面白半分で付けてしまい、外れなくなってしまったという話だ。
最初は、ただ普通の仮面を、普通に付けているだけという感覚だったものが、日に日にその仮面は大きくなっていき、“ただ付いている”から“張り付いてくる”に状況が変わっていくのだ。
その仮面は、まず初めに耳を覆い尽くした。
少年の世界から音が消える。
次に目を。
世界から光が消える。
次に口を。
食事をすることすら出来なくなり、徐々に襲い来る飢えの中、本格的な死を感じ始める。
周囲の人々とて、そんな少年を放置したりはしない。
ありとあらゆる手腕を尽くして、何とか仮面を取り外そうとする。
……が、完全に一体化してしまった仮面は、もはや少年の一部となっていた。
結局、誰も少年を救うことは出来ず、最後には顔全体を覆い尽くされ、その少年は窒息死するのだ。
そして、周囲の人々の無能を嘲弄するかの如く、少年が息を引き取った直後に、その仮面は無数の破片へと自ら砕け散る。

……そんな話だ。
自分の姿を、その話の中の少年と重ね合わせてみる。
……私も、自分を偽り続けた挙句、あのお話の中の少年のように、窒息してしまうのだろうか?
ふと、そんなことを考えてしまう。
だけど、本当に怖いのは、そんなことなんかじゃない。
その時、私がそれまで付け続けていた笑顔の仮面は、果たして砕け散ってしまうのだろうか?
私は最期、ずっとひた隠しにしていた自らの素顔を、皆の前に晒け出してしまうのだろうか?
それだけが……怖い。
……もう、どうしようもないくらいに……。
「……姉さん……どうかしたの……?」
「え?」
間近から聞こえてきた怪訝そうな翡翠の声が、琥珀の意識に我を取り戻させた。
体が小刻みに震えているのが、自分でも良く分かった。
「……姉さん? ……震えて……」

――ガチャ。

と、そんな時、翡翠の囁き声を遮って、背後で扉の開く音がした。
琥珀と秋葉が、同時にその方を振り返る。
「あれ? 琥珀さんに、秋葉まで?」
そこから姿を現したのは、目の前に広がる光景に首を傾げる志貴だった。
「おはようございます、兄さん」
「志貴さん、おはようございます♪」

月夜 2010年07月02日 (金) 01時50分(157)
題名:姉妹の絆(第四章)

秋葉が控え目な微笑みを浮かべ、琥珀は翡翠の手を離しながら立ち上がり、素早く笑顔を作って軽く頭を下げる。
「おはよう、二人共早いね」
そんな二人に笑顔で応え、志貴がベッドの側へと歩み寄る。
「翡翠、体の調子はどうだい?」
「……」
……だが、翡翠からの返事は無かった。
何だか放心状態といった感じで、その両の瞳も焦点が定まっていないように見える。
「……翡翠?」
「……え?」
改めて掛けられたその声に、ようやく翡翠が反応を示す。
「どうしたんだ?体調、少しは良くなったのか?」
「……はい……大分良くなった……」
「翡翠ちゃん、嘘は言っちゃダメよ?」
強がって上体を持ち上げようとした翡翠を、琥珀がいつも通りの笑顔で優しくなだめる。
「……まだ、あんまり良くないのか?」
「えぇ、昨日より熱は上がってますし……」
翡翠の体を静かに押し倒す琥珀を、横目で流し見ながら、秋葉が志貴の耳元で囁く。
「……あんまり、かんばしいとは言えませんね」
「そうか……」
志貴が落胆を露わに呟く。
前例の無いことなだけに、その表情に差す不安の色も深く見えた。
「……志貴様」
「ん?」
志貴の視線が、秋葉の肩越しに翡翠へ向けられる。
「……申し訳ありません……」
「え?」
急に謝られて、志貴は戸惑い気味に問い返した。
「どうして謝るんだ? 翡翠」
「……今朝は……志貴様を……起こしにいけませんでしたから……」
荒い呼吸に息を乱しながら、翡翠が途切れ途切れな言葉で申し訳なさそうに呟く。
「何を言ってるんだよ。こんな時なんだから、仕方ないだろう?」
「ですが……っ、ゴホッ!ゴホッ!」
「ほら、だから無理しちゃダメだって。今は自分のことだけを心配してなよ」
「……はい……ありがとう……ございます……」
起こしかけた上体を、再びベッドの中へと沈めながら、申し訳なさの中にも、どこか残念さの残る声色で、翡翠はそう小さく返した。
「う〜ん……優しいのはいいことですけれど、志貴さんも、翡翠ちゃんの気持ちをちゃんと察してあげないといけませんね〜」
そんな二人のやり取りを見ながら、もどかしさと呆れの入り混じった表情で、琥珀が小さく溜め息を溢した。
「え?」
志貴が間の抜けた声を上げる。
何を察すればいいのか、まるで分からないといった様子だ。
全く……何て鈍感なのだろう。
まぁ、そこが可愛いと言えばそうに違いないのだが。
「翡翠ちゃんは、朝、志貴さんを起こしにいくという名実のもとに、二人っきりになれることを楽しみにしていたんですよ♪」
『えっ!?』
翡翠と志貴の声が重なる。
「ね、姉さん……何をそんな……でたらめな……」
ベッドの中から秋葉の様子を伺いつつ、翡翠が控え目に反論する。
「あら? じゃあ、翡翠ちゃんにとって、毎朝志貴さんを起こすのは、ただ単なるお仕事なのかな?」
「う……そ、それは……」
翡翠が返す言葉に詰まる。
秋葉の機嫌を損ねる訳にはいかないし、かといって、主人である志貴に対して失礼な発言は出来ないという複雑な心境が、その声色に良く表されていた。
「なんだったら、志貴さんを起こしに行く役目、私が代わってあげても……」
「ダ、ダメ!」
唐突に発せられた大声に、場の空気が静まり返る。

――……。

何とも言えない無言の間。
「……あ……えと……その……そ、それはダメ……です……」
そんな空気に気まずさを感じ、たどたどしい口調で言葉を繋げる翡翠。
志貴と秋葉は固まったままだったが、そんな彼女を見つめながら、琥珀はクスクスと笑っていた。
翡翠ちゃんも、そうやって、普段からもっと本音を言えばいいのに。
「ささ、外ももう明るくなってしまいましたし、お二人ともそろそろ朝食の時間ですよ〜♪」
そんなことを考えながら、ちょっと眉間にシワを寄せている秋葉と、そんな妹の様子に朝から冷や汗を浮かべる志貴を促して、琥珀はそそくさとその場から退散した。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時51分(158)
題名:姉妹の絆(第五章)

「ん……うぅ……」
全身を襲う、背筋の凍るような暑苦しさに、眠り込んでいた翡翠の意識が、ゆっくりと覚醒を促される。
夢とも現ともつかない、まだ感覚のぼやけた曖昧な世界。
目を開くと、朝起きた時と何ら変わらない、見慣れた部屋の白い天井が映し出された。

――……今、何時だろう……?

ふと、そんなことが気になり、翡翠はベッドの中で体を捻った。
枕元にある棚。
その上にあるはずの時計を探す。

――……あれ?

……だが、その棚の上は、端から端まで平坦で、時計のような物体はおろか、埃一つ存在しなかった。
どこにやったんだろう?
昨日までは、確かにそこに置いてあったはずなのに……。

――……痛っ!

不意に、頭の中で大鐘が鳴り響いた。
脳内で幾重にも反響し、頭が割れてしまうのではないかと思う程の激しい頭痛が、翡翠の寝起き間もない意識を掻き乱す。
「くっ……」
苦しげなうめき声を上げながら、翡翠は両腕で自らの頭を抱え込んだ。
動きを止め、歯を食いしばり、断続的に響き鳴る地鳴りのような頭痛を、必死の思いで堪える。
やがて、それはガンガンからズキズキへと移行し始め、しばらくすると、何も無かったかのような静寂が訪れた。
「……ふぅ」
翡翠は恐る恐る頭から腕をを離すと、頭痛が鳴り止んだことを確認してから、小さく安堵の溜め息を付いた。
今度は、さっきとは正反対の方へと、慎重な動作で体を向ける、
さっきまで寝ていたせいだろう。
窓越しに差し込んでくる明るい陽光が、暗闇に慣れた目に眩しい。
志貴達が出ていってから、ほとんど寝ていないと思っていたが、どうやらもう昼過ぎのようだ。

――コンコン。

扉をノックする乾いた音が、部屋を包んでいた無音の空気を破る。
「ゴホッ、ゴホッ! ……はい……どうぞ……」
軽く咳き込みながら、翡翠は扉の向こう側へと言葉を返した。
「翡翠ちゃん、お体の調子はどう?」
ゆっくりと扉を押し開き、その奥から姿を現したのは、心配そうな面持ちでこちらを見つめる琥珀だった。
まぁ、滅多に来客の無い遠野邸のことだ。
今屋敷にいるのは、翡翠と琥珀、それにレンぐらいのものだから、当然と言えば当然のことだろう。
「あ、姉さん……」
腕を使って自らの体を支えながら、翡翠が重々しく上体を起こす。
起こしてみてから初めて、琥珀の後に付いて来る、黒猫姿のレンが見えた。
「食欲はある? お粥、作ってきたけど……」
そう言う彼女が持つ、漆塗りの高級そうな盆の上には、茶と黒の器が一つずつ、それと、水の入った透明なグラスが乗せられていた。
黒い器の中には、湯気の立ち込める白い梅粥が。
そして茶の方には、容器の半分くらいのミルクが注がれていた。
良く良く見てみると、それらの容器の陰に隠れた、いくつかの白い錠剤も。
「うん……ありがとう……」
また少し、ズキズキと痛み出した頭を押さえて、翡翠は弱々しい声で答えた。
正直、食欲なんかは皆無に程近かったが、そんなことを言っていたのでは、いつまで経っても体の調子は良くならないだろう。
何より、わざわざお粥を作ってきてくれた琥珀の気持ちを、そう安々と無下に出来るはずもない。
「はい、レンちゃんのはこっちですよ〜♪」
琥珀はベッド近くの台の上に盆を置くと、先にレン用のミルクを彼女に明け渡した。
そのすぐ側に座り込み、舌先で味わうようにしてミルクを舐めるレンの姿。
それを見て、琥珀は少し嬉しそうに微笑むと、ベッドの端にそっと腰を下ろした。
黒い椀を手に取り、木製の蓮華で中の粥を少しだけ掬う。
「ふー、ふー……はい、翡翠ちゃん。あ〜ん♪」

月夜 2010年07月02日 (金) 01時52分(159)
題名:姉妹の絆(第六章)

何度か息を吹き掛けて冷ました後、琥珀はその蓮華を翡翠の口元へと運んだ。
「ね、姉さん……じ、自分で食べれる……」
頬を赤らめて、翡翠が少し後退る。
「風邪引きさんは大人しくしてなさい。お姉ちゃんが食べさせてあげるから♪」
「でも……は、恥ずかしい……」
「恥ずかしい? どうして? 志貴さんも秋葉様も居ないのに」
「だけど……」
「いいからいいから。ほら、あ〜ん♪」
琥珀が再度、粥の乗せられた蓮華を翡翠の口元へと近づけながら、満面ににこやかな笑みを浮かべる。
あぁ、これだ。この笑顔だ。
強制力があるという訳でもないのに、どうしてだか逆らうことが出来ない。
ダメだ。
やっぱり、姉さんには勝てない。
「……あ、あ〜ん……」
半ば諦めたように、翡翠はおずおずと口を開いた。

――パクッ。

その中に、人肌より少し暖かい程度にまで冷まされた粥が、ゆっくりと流し込まれる。
水っぽさの中にも、ちゃんと米の食感は残っており、梅の程良いあっさりとした酸味が、朝から何も食べていなかった翡翠の舌を、やんわりと刺激した。
「翡翠ちゃん、どう? 美味しい?」
「うん……美味しい」
琥珀の問いかけに、翡翠は迷うことなく頷いた。
「良かった。それじゃあ、もう一口、あ〜ん♪」
「う……あ、あ〜ん……」
……そんな調子で翡翠は、琥珀に食べさせてもらっているということを恥ずかしがりながらも、着実に椀に盛られた粥を食していき、気付いた時には既に、その全てをすっかり平らげた後だった。
「あらあら、ちょっと多めに作ってきたはずなんだけど……」
言いながら、どこか嬉しそうな様子で、琥珀が首を傾げる。
最初は、食欲なんて欠片も無かったのだけれど、食べさせてもらっている内に、そんなことはキレイに忘れていた。
やっぱり、朝から食べていなかったから……いや、姉さんが自分の事を思って作ってくれたからだろうか。
「翡翠ちゃん、おかわりはいる?」
「ううん、もう十分よ」
面に満面の満足感を表しながら、翡翠は小さく首を横に振った。
「そう? 良かった。じゃあ……はい、お薬」
そう言って、琥珀が薬と水を手渡してくれた。
手の平の上に乗せられた、いくつかの白い錠剤。
それら全てを、翡翠は一度に口に含み、水を使って一気に飲み込んだ。
食後すぐの生温い水は、口の中に味気ない苦々しさを残し、薬ごと喉の奥から滑り落ちていく。
後味の悪さに少し気分が悪くなったが、冷たい冷水は病の体に負担を掛けるというのだから、致し方ない。
「……ふぅ」
「翡翠ちゃん、お疲れさま」
薬を飲み終え、一度大きく溜め息を付いた翡翠の体を、琥珀がそっとベッドに横たえさせた。
捲り上げていた布団を、ゆっくりとその体に覆い被せる。
「姉さん……ありがとう」
そんな琥珀に、翡翠は心の底から感謝した。
と同時に、その言葉の中には、自分が迷惑を掛けているという事への、深い謝罪の念も含まれていた。
「良いのよ。こんな事でもない限り、翡翠ちゃんはずっと働き詰めなんだから。たまにはお休みもしないと」
そんな翡翠に向けられる、琥珀の朗らかで包み込むかのような笑顔。
それを見ているだけで、風邪なんか軽く吹き飛ばせそうな気がしてくる。
「さてと、それじゃあ、今日は翡翠ちゃんが何にも出来ない分、私が頑張らなくちゃね」
その場に屈み、いつの間にかこちらも空になっていた、レン用のミルク入れに手を伸ばすと、琥珀はその容器も一緒に盆の上に乗せた。

――こんなにも熱心に看病してくれている姉さんのためにも、この程度の風邪、早く治してしまわないと……。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時53分(160)
題名:姉妹の絆(第七章)

そう、翡翠は心の中で、自らに対し強く誓った。
「まずは、お屋敷のお掃除からね」
「……え?」
そんな矢先、何の前ぶれもなく聞こえてきた発言に、翡翠の思考回路が麻痺を起こす。

――オヤシキノオソウジ?

錯乱する脳内で、先の言葉をリピートしてみる。
“オソウジ”と“お掃除”が互いにリンクするまでに、何故だかかなりの時間が掛かってしまった。
しかし、“お掃除”という言葉が“大量破壊行為”と繋がるまでには、数瞬と必要しなかった。
額に浮かんだ冷や汗が、頬を伝わって流れ落ちる。
つい先ほど立てた誓いが、ガラガラと音を立てて崩れていくかのような錯覚を覚えた。
「それじゃあね、翡翠ちゃん。風邪引きさんは、無理せずちゃんと休んでおくのよ♪」
「えっ?」
ぼーっとしていた翡翠を残し、既に琥珀の姿は扉の向こう側だった。
「あっ、ちょっ、姉さん!」
慌てて呼び止めたものの、残念ながら時既に遅し。

――バタン。

悲痛ささえ感じさせる翡翠の声は、琥珀のいなくなった部屋の中で、虚しく幾重にも反響するだけだった。
「……」
重苦しい沈黙。
その中、翡翠は必死に考えていた。
これから起きるであろう大惨事と、それへの画期的な対処法を。
姉さんの掃除の下手さは折上付き。
世界に二人といないであろう、天才ならぬ天災的な彼女の才能は。誰より私が一番良く知っている。
もしこのまま放置すれば、この屋敷に未来が無いことくらい目に見えている。
秋葉様相手では、日本国憲法第九条が通用しない以上、間違いなく姉さん自身もただでは済むまい。
かといって、こんな状態な私が付いていったところで、姉さんの暴走を食い止める自信は……。

――何とか……何とかしないと……。

怯えた小動物のように、せわしなく周囲を見回す翡翠。

――……ん?

ふとその首の動きが止まる。
その視線の先には、床に座り込み、こちらを見上げるレンの姿があった。
「……」
「……」
しばしの間、どちらともなく互いに見つめ合う二人。

――……そうだ!

瞬間、翡翠の図上に昭和っぽい裸電球が灯った。
「レン様……少しばかり、お願いがあるのですが……」
熱っぽく重々しい体に鞭を打って、翡翠は緩慢な動きでベッドから立ち上がると、レンのすぐ傍にしゃがみ込んだ。
「あの……私の代わりに、姉さんの掃除のサポートをして頂けませんか?」
申し訳なさそうな口調で、翡翠が頼みの旨を告げる。
「……」
だが、レンは依然として黙りこくったまま、こちらを見上げるのみだった。
その瞳の奥には、明確とまではいかなくとも、多少の拒絶の念が感じ取れる。
「……分かりました……では、こう致しましょう」
そんな拒絶の意思を示すレンに対し、翡翠はこう切り出しながら、
「無事貴女が任務を成し遂げ、この屋敷の平穏を守って下さった暁には……」
ごにょごにょと、その耳元で小さく囁いた。
「……!!」
にわかにレンの表情が持ち上がる。
その瞳の奥に覗ける輝きが、先ほどとは目に見えて違った。
「……無論承知しています。レン様は、ショートケーキがお好きでしたよね?」
「……」
瞳を輝かせながら、レンが小さく頷く。
「どうです? 引き受けて頂けますか?」
レンは瞬間的に少女の姿へと変化すると、翡翠の目を見つめながら、再び、今度は大きく首を縦に振った。
すぐさま立ち上がり、先ほど部屋から出て行った琥珀を追って、レンが早足で翡翠の元より走り去る。

――レン様……どうか、よろしくお願いします。

その後ろ姿に向かって、心の中で手を合わせた後、翡翠はいそいそとベッドの中へと潜り込んだ。
と同時に、睡魔を伴った気だるい倦怠感が、翡翠の身心に襲いかかった。
急速に意識が遠退いていく。
抗う術も無ければ、抗う気さえ起きない。
本能の命令するがままに静かに両目を閉じると、水面に漂う一枚の羽のように、ゆらりゆらりと、その意識は夢の世界へ漂っていった。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時54分(161)
題名:姉妹の絆(第八章)

屋敷の廊下前にて佇む琥珀。
その片手には箒が。
そして、もう片方の手には、翡翠愛用のはたきが握られていた。
使うべき人が使えば、それは周囲の空間に清潔を保たせるためのれっきとした掃除用具。
だが、使うべきでない人(主に琥珀)が手に取れば、それは瞬時の内に大量破壊兵器へとその姿を変える。
「さてさて、やりますよ〜♪」
両腕でガッツポーズを作り、笑顔で息を巻く琥珀。
その容姿は、無垢な笑みと悪意無き意思で全てを破壊し尽くす、まさに破壊神そのものだ。
そして、そんなデストロイヤー琥珀の様子を伺う、廊下の曲がり角から顔だけを出している、無表情なレンの姿。
果たして新入りである彼女は、今から起きる惨劇を、未然に食い止めることが出来るのであろうか?
「まずは、この壺からね」
そう言って琥珀が最初に向かった先は、小さな棚の上に置かれた、シンプルな造型の青磁の壺だった。
パッと見ただけでは、どこにでもありそうな普通の壺と何ら変わりは無いように見えたが、秋葉が無価値な物を飾るはずがない。
恐らくは、かなり高価な代物なのだろう。
琥珀はそのすぐ手前に立つと、手に持つはたきを軽く振り上げた。
埃を払おうとしている。
それだけのはずなのに、何故かそこはかとなく危機感を覚えた。
「……!」
次の瞬間には、本能が命じるそのままに、レンは琥珀の元目がけて飛び出していた。
それとほぼ同時に、はたきを持った琥珀の手が振り下ろされる。
「あ……」
そして、ついでのように壺の縁に肘をぶつけ、それが著しく斜めに傾く。

――落ちる!

力強く床を蹴り、レンが腕を真っ直ぐに伸ばしながら、大地と水平に前方へと大きく跳躍する。
刹那、重量の束縛から解き放たれる。
自由落下中の壺に、思い切り伸ばした腕の手の平がギリギリで届いた。
だが、こんな不安定な体勢で、しかも片方の手の平だけで、いつまでも支えてはいられない。
瞬間的にそう判断すると、レンはもう片方の手を伸ばし、壺の縁の部分をガシッと掴んだ。
すぐさま、両手で一気にの壺を自分の胸元へと運ぶ。
そして、壺を胸に抱き抱えたままの状態で、レンは飛び込んだ勢いのまま、ズザザーッという効果音を伴って、廊下を転がるように滑っていった。
中程まで滑り続けた後、やっとのことでその動きが止まる。
「……」
恐る恐る、自分の胸元へと目線を落とす。
先刻まで棚の上に飾られていた青磁の壺の、何ら変わらぬ姿が、そこにはあった。
何とか間に合ったようだ。

――ふぅ……。

心の中で安堵の溜め息を漏らした。
ゆっくりと立ち上がり、跳躍前の元の場所に戻ると、軽く背伸びしながら、胸に抱えていた壺を元あった棚の上に置き直す。
「レ、レンちゃん……大丈夫?」
すぐ側から掛けられた声に、レンが視線を持ち上げた。
その視界に映し出される、どこか申し訳なさそうな表情の琥珀。

――コクン。

そんな彼女に向かって、レンは小さく頷いた。
「そう……良かった……レンちゃんは、私のお掃除の手伝いに来てくれたの?」

――手伝いじゃなくて、監視なんだけど。

そんなことを思いながらも、言葉には出さずに、再び首を縦に振るレン。
「ありがとう♪」
琥珀が満面の笑みを浮かべる。
とてもにこやかで、一片の曇りすら無いような、明るく陽気な笑顔。
だが、その余りにも明る過ぎる笑顔の裏に、何か暗澹たる暗い陰りのようなものがあることを、レンは知っていた。
それが、彼女の中のどのような過去によるものなのか。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時55分(162)
題名:姉妹の絆(第九章)

それを知る術は無きにしも非ずだが、わざわざ彼女の心の傷を掘り返してまで、そんな過去にこだわろうとも思わないし、第一そんな権利もありはしない。
それに、昔がどうであれ、大切なのは今の彼女。
……それが、例え仮面を付けた姿であろうと。

――……!?

……などと考えている間に、既に琥珀は次なるターゲット、壁に掛けられた小さな額縁入りの絵の側に移動していた。
はたきを振り上げ、今度はどこか慎重そうな手つきで、パタパタとその表面を叩いている。
慌ててそちらへと走り寄るレン。
「あ、レンちゃん」
その足音に気付いてか、琥珀がこちらを振り返る。
瞬間、手元が狂い、額縁の上部分を叩いていたはずのはたきが、その額縁と壁とを繋ぐ紐に引っかかった。
「え?」
琥珀自身も妙な違和感を感じたのか、すぐに絵の方へと向き直った。
反射的に引かれた腕の動きをトレースして、そのはたきも同様に琥珀の側へと戻ろうとする。
だが、そのはたきは未だに額縁を吊るしている紐に引っかかったまま。
そんな状態のまま、はたきを無理矢理自分の側へと引っ張ったのだ。
当然、その過程の中で紐は外れ、壁に掛けられた絵はその支えを失う。
またしても全力疾走。
自由落下よろしくに落ち行くその額縁へ、レンは思いきり手を伸ばした。
地面に激突する、まさにすんでのところで、何とかその縁を捕らえることに成功する。
宙に静止する額縁と床との距離は、あと数センチあるかないかといったところだ。
“小さくて良かった”と、レンは心の底から思った。
もし、これがどこぞの屋敷に飾られるような大型の掛け絵だったりしたら、受け止める云々以前に、我が身の安全の方がよっぽど危うかっただろう。
「……」
レンは無言を保ったまま、傍らで呆然と立ち尽くす琥珀に、受け止めた絵を差し出した。
「……あ、ありがとう……」
戸惑い気味に感謝の言葉を告げながら、琥珀がその手から額縁を受け取る。

――……片時も目を離せないわ。

その絵を元の壁に掛け直す琥珀の姿を見つめながら、口には出さず内心密かにそう呟くと、同じく心の中で、レンは重々しく溜め息を付いた。

――ガン。

そんなレンのすぐ側で、唐突に聞こえてきた鈍い音。
「あっ!」
次いで聞こえてくるのは、驚きを含んだ琥珀の短い悲鳴。
反射的にその音源へと目線を移す。
その眼前には、もう既に何かしらの物体が迫っていた。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時56分(163)
題名:姉妹の絆(第十章)

とりあえず円筒形の何かであることは分かったが、それ以上のことを、じっくりと判断していられるだけの余裕は無い。
レンは瞬間的に両腕を持ち上げると、真剣白刃取りの要領で、その何かを両サイドからはっしと受け止めた…………だが、

――バシャアァン!

盛大な水跳ねの音と共に、突如として、真上から降り注いできた大量の水に、頭からレンの姿が呑み込まれる。
「……」
何が何だか分からないと言った表情を浮かべつつも、全身びしょ濡れになってしまった自らの体に視線を落とした。
水にまみれた身体の至るところには、何故か相当な量の花が引っかかっている。
そこでレンは、自分が先ほど受け止めた物が何であるか、初めてその正体を悟った。
比較的大きな壷型の花瓶。
無謀にも真剣白刃取りなどとしたせいで、花瓶そのものは助かったものの、その中の含まれていた花やら水やらが豪快にぶちまけられたようだ。
「……」
「……」
しばし訪れる無言の空間。
「……レ、レンちゃん……あの……ご、ごめんね?」
そのどこか気まずい沈黙の空気を破り、何故だか語尾上がりの声色で謝罪の言葉を口にする琥珀。
悪気が無いのは分かっている。
私を困らせようとか、事故を装って亡き者にせしめようとか、そんな悪意が無いことは分かっている。
全ては、不幸な事故の連鎖でしかないのだ。
最初の壺が落下した時も、たまたま肘がその縁に当たってしまっただけで、次の掛け絵が落ちた時も、たまたまはたきがその額縁を支えていた紐に引っかかってしまっただけ。
さっきの花瓶だって、額縁を掛け直す過程で、たまたまどこか体の一部が当たってしまっただけ。
……そう……ただ、それだけのこと。
「……」
レンは無理矢理己自身に言い聞かせると、申し訳なさそうな琥珀に向かって無言で頷き、ともすれば崩れ落ちそうになる心を奮い起こしながら、両腕でがっしりと花瓶を抱え、その場に再び力強く立ち上がった。
……その瞬間。

――ガン。

短く響いた鈍い音。

――ガシャアァン!!

次いで鼓膜を刺激した耳をつんざくような砕屑音に、二人の眼差しが同時にそちらへと向けられる。
そこにあったのは、先ほど壁に掛け直したはずの掛け絵の、見るも無惨な成れの果てだった。
床に衝突した時の激しい衝撃で、その表面を覆っていたガラスは砕け散り、至るところに散乱していた。
空気中に露呈された額縁の中の絵は、とても優雅で広大な風そよぐ丘の草原の、その瞬間にしか訪れないただ一つの動を、白い画用紙上に動かぬ静として、見事なまでに捕らえられている。
……そんな優雅な絵なのに、どこか貧相な感を受けてしまうのは何故だろうか?
「……」
到底言い表しようのない哀しさの余り、もう何も言葉すら浮かばない様子の琥珀。
「……」
その隣で、同じく唖然としたように立ち尽くす、水びたし花まみれのレン。
滅多に感情を表さない彼女には珍しく、その瞳には微かに涙が浮かんでいるように見えた。

月夜 2010年07月02日 (金) 01時57分(164)
題名:姉妹の絆(第十一章)

――ピンポーン。

「はぁ……はぁ……」
呼び鈴の高い音が響く中、志貴は乱れた呼吸を整えつつ、インターホンから指を離した。
「はぁ……ふぅ……」
胸の上に手を置き、一度だけ深く深呼吸をする。

――……。

ふと、背後を振り返る志貴。
その視界に映るのは、いつもと変わらぬ遠野邸の門前の景色。

――……誰もいない……な。

そのことを改めて確認してから、志貴は小さく安堵の溜め息をこぼした。
何気なく西の空へと眼差しを向ける。
真紅さながらの真っ赤な太陽が、まだ地平線下にその身を沈めていなかった。
無限に続く雄大な空も、そこに点在する幾多の雲も、その眼下に広がる入り組んだ街も、それら全てが夕焼け一色に染められていた。
いつもなら、校内にてシエルに捕まるか、例えそれを免れたとしても、帰路の途中で待ち構えるアルクェイドに捕まるため、まだ日も落ちないこんな時間に帰れることなど滅多にない。
今日は、昨夜から風邪を引いたままの翡翠の様子がどうしても気になったため、有彦に頼んでシエルの足止めをしてもらい、志貴はその間に校舎から脱出。
アルクェイドに見つからないよう、いつもは使わない道ばかりを選んで、かなりの遠回りをしながらも出来る限り急いで帰って来たのだった。
……その途中、訳の分からない裏路地に入り、何度か軽く迷子になっていたのは秘密だ。

――ギイィィ。

と、そんなことを回想していると、木の軋む鈍い音を立てて、玄関口の扉がゆっくりと押し開かれた。
「お帰りなさいませ、志貴さん♪」
「ただいま」
笑顔で迎えてくれた琥珀に、志貴は軽く微笑みを返した。
……だが、本来そこに居るはずの人が居ない。
そのことは、酷い違和感を伴った暗い陰りとなって、志貴の心に重くのしかかっていくようだった。
「……琥珀さん、翡翠の様子はどう?」
朝、この屋敷を出た時からずっと気になっていた事を、志貴は琥珀に尋ねかけた。
「私に聞くより、翡翠ちゃんの所に直接行って上げて下さいな」
そう言う琥珀の表情は、当初志貴が予想していたものより明るく、そのことは少なからず彼に安心感を与えてくれた。
「あぁ、そうさせてもらうよ。それじゃあ、琥珀さん、後はよろしくね」
「はい♪」
笑顔の琥珀さんに鞄を預けると、志貴は逸る気持ちを抑えることなく、早足で階段を駆け上がり、翡翠の元へと歩みを急がせた。

――コンコン。

扉をノックする乾いた音が、夕暮れに照らされた遠野邸内に響き渡る。
「翡翠? 入っていいか?」
「し、志貴様!? え、えと……はい、お入り下さい」
扉の向こう側から声が返ってくるのを待って、志貴は静かに部屋の中へと足を踏み入れた。
「翡翠、体の調子はどう……?」
問いかけようとして、志貴は首をひねった。
自分に背を向けて、こちらからでは分からないよう、ベッドの隅で何やらコソコソやっている翡翠の姿が見えたからだ。
「……何やってるんだ?」
「い、いえ!? べ、別に何も……」
志貴の問いかけに反応して、素早くこちらを振り返り、なにくわぬ表情を必死に取り繕ってはいたが、不自然に上がった語尾がその努力の全てを台無しにしていた。

――……怪しすぎる。

……とは思ったものの、全身から健気さを滲み出している翡翠を見ていると、それだけで何だか聞くのが憚られてきて、

――……まぁ、いいか。

志貴は、結局何も聞かないことにしたのだった。
「翡翠、風邪の具合はどうだい?」
「あ、はい。多分、もう大丈夫だと思います」
そう答えながら、こちらへと正座で向き直る翡翠。

――……ん?

そこで初めて、志貴は彼女の膝の上に居る黒い何かの存在に気が付いた。
それは、目を閉じて気持ち良さそうに丸まっている、黒猫姿のレンだった。

――珍しいな。

志貴はそう思った。
実際、琥珀とレンが一緒にいることなら、それなりの頻度で見かけるが、翡翠とレンというこのツーショットは、なかなかお目にかかれない光景だ。
いつも笑顔の琥珀とは違って、ちょっと堅い表情の翡翠とレンという組み合わせも、これはこれでなかなか微笑ましい。
そんなことを考え、志貴は思わず口元を綻ばせた。
「……志貴様? どうかしましたか?」
そんな志貴の様子に、翡翠が子首を傾げながら問いかけてくる。
「いや、何でもないよ」
志貴が、やはり口元に笑みを浮かべたまま、やんわりと言葉を返した。

――ガチャッ。

それに次ぐように、背後で再び扉の開かれる音がした。
志貴と翡翠、二人分の視線が、同時にその方へと注がれる。
「翡翠、体の調子はどう……あら?」

月夜 2010年07月02日 (金) 01時59分(165)
題名:姉妹の絆(第十二章)

扉の向こう側から姿を現した秋葉の言葉は、その眼差しが志貴を捕らえると同時に、軽い驚きの内に遮られた。
「おかえり、秋葉」
「秋葉様、おかえりなさいませ」
そんな秋葉を、志貴と翡翠が各々の言葉で迎える。
「ただいま。兄さん、今日は随分と早かったようですね?」
二人の側へと歩み寄りながら、秋葉が少し不思議そうな様子で尋ねる。
「ん? あぁ、翡翠が心配だったから、今日はちょっと急いで帰って来たんだ」
「そうですか。ちょっと急いだだけでこんなに早く帰って来られるのでしたら、もう少し門限を厳しくしても問題無さそうですね」
「なっ!? お、おい、それはちょっと……」
冗談とも本気とも取れない彼女の発言に、半ば本気で慌てる志貴。
「ふふっ……さて、そんなことより、朝と比べて体調は如何かしら?」
そんな志貴を横目に、秋葉は悪戯っぽく笑いながら翡翠へと言葉を掛ける。
「多分もう大丈夫だと思います。薬も飲みましたし、かなり楽になりましたから」
翡翠が落ち着いた様子で受け答える。
そんな彼女から、つい先ほどまでの挙動不審さなどは、微塵も見受けられなかった。
その顔色も、昨晩のような青白いものではなく、大分血の気も戻って、普段通りの彼女にかなり近づいていた。
呼吸が乱れている様子も無いし、必要以上の発汗も見受けられない。
何より、彼女特有の笑顔が戻っている。
それは、琥珀のような満面に浮かべる笑みと比べたら、とても細やかで儚く、一見しただけでは笑っているようにすら見えないかもしれない。
けれど、見る者の心にはしっかりと届く……そう、琥珀の笑顔を辺り一面に咲き誇る向日葵に例えるなら、翡翠は無数に群生するその向日葵達の中、ただ一輪だけで、力強くそびえる蓮華の花……そんな感じの笑顔だ。
「……志貴様? 私の顔に、何か付いていますか?」
「えっ?」
志貴の口から驚きの声が漏れる。
自分でも気付かない内に、翡翠のことをジロジロと見つめていたようだ。
そのせいでか、恥ずかしそうに問いかける彼女の頬は、少し紅潮して赤く見えた。
「あ、い、いや、何でも無いよ」
動揺しそうになる心を押し殺し、志貴は出来る限りの冷静さを装いながら、隣に立つ秋葉へと目線を泳がせる。
「……」
腕組みをし、無言でそこに佇む彼女の表情に、先ほど志貴をからかった時のような笑みは存在していなかった。
あからさまに不機嫌なオーラを醸し出している。

――うわー……。

「志貴さ〜ん、秋葉様〜、お夕飯の準備が出来ましたよ〜」
場に気まずい空気が漂い始めたその時、階下から琥珀の明るい声が聞こえてきた。
「あ、琥珀さんが呼んでるから、俺はこれで……」
これ幸いと、逃げるように扉の方へと向かう志貴。
「……仕方ありません」
その後ろを、ちょっと不機嫌そうな秋葉がついて行く。
「それじゃ、また後で来るから」
「寝れるようなら、少しでも寝ておきなさいよ」
「はい。ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
ベッドの上で気落ち気味に頭を下げる翡翠に、柔らかく微笑み掛けながら、志貴と秋葉は連れだって部屋を後にした。
夕飯の席へ向かうため、階下に続く階段へと歩みを進める。
「……あら?」
その途中、ちょうど階段に差し掛かった辺りで、不意に背後から聞こえてきた秋葉の声に、志貴の歩みがその場で止まった。
後ろを振り返ったその瞳に、壁に掛けられた絵を凝視する秋葉の姿が映り込む。
「どうかしたか?」
「え?あ、いえ、何でもありません」
「そうか? なら、琥珀さんも待ってくれてることだし、早く一階へ下りようか」
「えぇ、そうですね……」
志貴に催促されるがままに、その後に続いて秋葉も階段を下りて行く。
未だに納得のいかないといった表情で首を捻る秋葉の脳裏には、つい先ほどまで見ていた、高所から流れ落ちる滝の描かれた絵が、今もぴったりと張り付いていた。

月夜 2010年07月02日 (金) 02時00分(166)
題名:姉妹の絆(第十三章)

瞼の裏に広がる暗がり。
その中で、琥珀は夢を見ていた。
とても静かで、とても寂しく、とても苦しかった、あの時の夢を。
世界中何処を探しても、自分はずっと独りぼっちなんじゃないだろうか。
そう考えるのが怖かった。
今は必要とされていても、何時かは要らないモノとして捨てられてしまうんじゃないだろうか。
その時が来るのが嫌だった。
でも、それと同じくらい、モノとしてしか扱われていなかった、あの時が嫌いだった。
あの人は、私のことを一人の人間“琥珀”として見てくれたことなど、ただの一度も無かった。
あの人にとっての私は、“感応者の娘”という血統書の付いた、体の良いペットでしか無かったのだろう。

――止めて……止めて……!

泣き叫ぶ私の身体を、悪意に満ちた両腕が乱暴に束縛する。

――お願い……止めて……!

悲痛な叫びは言葉に成らず、私は恐怖を前にただ泣き喚くのみ。

――痛い……痛いよ……。

身体を犯される度、全身を引き裂かんばかりの痛みが襲う。
でも、本当に痛いのは心の痛みだ。

――イヤ! 止めて! 私を壊さないで!!

私はモノじゃない!
私は、ただ黙って座っているだけの人形なんかじゃない!

――イヤアアァァッ!!


「っ!?」
その悲鳴を最後に、琥珀の中の悪夢は途切れた。
「はぁ……はぁ……」
肩を激しく上下させながら、怯えた瞳で周囲をせわしなく見回す。
窓からカーテン越しに差し込む月の光だけが、その部屋を薄暗く照らしていた。
視線を落としてみると、そこには目を閉じて安らかな寝息を立てている翡翠の姿あった。
……どうやら、翡翠の看病をしている間に、いつの間にか寝込んでしまっていたらしい。
「……嫌な夢……」
ポツリと呟く。
あの日以来、私はずっと仮面を被り続けている。
笑顔という名の仮面を付け、その心を人形と化させることによって、私はあの地獄にも等しい日常をやり過ごしてきた。
自分を自分として見てもらえない、ただ必要なだけのモノとしてしか扱われない、無数の刃で心を切り刻むかの如き鋭利な苦痛。
抗おうとすればするほど、その刃は鋭さを増し、傷口は深く、痛みも増大の一途を辿った。
だから、私は自らに、抵抗という言葉を忘れた人形と成り果てることを強制し、同時に“喜”以外の感情を心の奥底に封じ込めた。
それは、あの人が亡くなり、自分を偽る必要が無くなった今も続いている。

月夜 2010年07月02日 (金) 02時02分(167)
題名:姉妹の絆(第十四章)

いや、偽るという表現は、些か語弊を生じるだろう。
今の私は、もうあの時の私では……人間らしかった私を、無理して押し殺していた頃の私ではない。
もはや私という人間は、笑顔の仮面を張り付けた、単なる人形の私でしかないのだ。
そのことを再認識する度に、胸の奥に居座る、己自身への巨大な諦観の存在を感じてしまう。

――……いつまで……私は……。

「……姉さん?」
「え?」
唐突に掛けられた声に、焦点を失っていた琥珀の瞳が我を取り戻した。
ベッドの中からこちらを見上げる、澄んだ翡翠色の瞳と目が合う。
「あ、ごめんね、翡翠ちゃん。起こしちゃった?」
応えながら、琥珀が即座の内に笑顔を作る。

――また、笑ってる……私……。

そんな自分自身に、琥珀は今まで感じたことの無い程の自己嫌悪を覚えた。
偽りの笑顔を浮かべることによって、翡翠まで騙してしまっている。
そう考えるだけで、自分という存在が嫌で嫌でたまらなくなるようだった。
「……ねぇ……姉さん」
そんな琥珀に向かって、翡翠が静かに口を開いた。
「何?」
知らず知らずの間に伏し目がちになっていた目線を持ち上げ、琥珀が彼女の方へと向き直る。
そんな琥珀の気持ちを見透かすかのように、澄んだ翠色の瞳で彼女を見つめながら、翡翠は小さく口を開いた。
「……姉さんは、このお屋敷のこと、好き?」
「え?」
思いもよらない彼女の問いかけに、琥珀は戸惑いを露わにした。
「私は好き。志貴様が居て、秋葉様が居て……姉さんが居る。そんなここが、私は世界中の何処よりも大好きよ」
一言一言を、まるで噛み締めるかのように言い放つ彼女の口調からは、小さく弱々しいその声とは裏腹に、何物をもってしても折ることのできない、強い意思が感じ取れた。
「姉さんはどう?」
「え?」
「このお屋敷のこと、好き?」
問いかける翡翠の眼差しは、とても穏やかで慈愛に満ちていた。

――……私は、今まで一体何を悩んでいたのだろう?

そんな彼女の眼差しを一身に受けている内に、心に根付いていた暗い思考が浄化されてゆくのを感じた。
人形の私?
それが必要であったのは遥か昔のこと。
今は、そんな私でいなければならない理由も無いし、そんな私でいる必要も無い。
今の私は、もはや“感応者の娘”という業を背負ったモノなどではなく、一人の人間“琥珀”なんだ。
こんなにも近くに、こんなにも優しく、暖かく、慈しむように私のことを見つめてくれている眼差しがある。
そんなことにも気付かないで、私は一体何をしていたんだろう。
「……私も好きよ」
無意識の内に、琥珀は口を開いていた。
「みんなが……翡翠ちゃんが居るこのお屋敷が、私も何より大好き」
琥珀の面に、かつての笑顔が戻ってくる。
人形になってしまう以前の、明るく朗らかで、とても無邪気な心からの笑み。
そこには、ほんの僅かな陰りすら見受けられなかった。
「……こんなこと、私が言うのもおかしいかもしれないけど……」
控え目な口調で言葉を繋げながら、一度だけ視線を下へと落とす。
「もし、例え姉さんと同じことを、姉さんと同じように出来る人が居たとしても、やっぱりそれだけじゃダメなの」
諭すような、それでいて暖かい彼女の声が、琥珀の心に深く染み入る。
「姉さんと同じ能力を持っている人が必要なんじゃない。他の誰でもない、かけがえのない姉さんが必要なの。志貴様にとっても、秋葉様にとっても……もちろん、私にとっても」
再び、翡翠の瞳が琥珀を見上げる。
どんな言葉も必要ない、言外の優しさで満ちた暖かい瞳が。
「……うん。ありがとう、翡翠ちゃん……」
小さな、だがはっきりとした声で、琥珀は強く呟いた。
暗がりの中、誰にも気付かれることなく流した涙は、彼女の袖にひしひしと降り注いでいた。

月夜 2010年07月02日 (金) 02時03分(168)
題名:姉妹の絆(エピローグ)

「それじゃあ琥珀さん、翡翠、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ〜♪」
「翡翠。貴女はまだ病み上がりなんだから、今日一日無理はしないようにね」
「分かりました。では、行ってらっしゃいませ」
各々の制服に身を包んだ志貴と秋葉を、玄関口にて琥珀と共に見送る。
いつもと何ら変わりのない朝だ。
琥珀達が熱心に看病をしてくれたおかげだろう。
すっかり熱は下がっていたし、体調的にもおかしいところはどこにもない。
「それじゃあ姉さん。私はお屋敷の掃除と洗濯をするね」
「は〜い。翡翠ちゃん、お願いね〜♪」
琥珀の言葉を背に、翡翠は二階へと続く階段を上った。
自分の部屋へと歩みを進める。
その道中、ふと壁に掛けられた一枚の絵に目がいく。
流れ落ちる滝を描いた、鮮やかな青で満たされた絵。
「……」
無言のままその場を通りすぎると、翡翠は苦笑いを浮かべながら自分の部屋へと足を踏み入れた。
ふと目線を横に流す。
壁の一角、一本だけ突き出た小さな木製の楔が目に映る。
「……」
再度苦笑。
翡翠はゆったりとした足取りでベッドの側へ歩み寄ると、その隅から一枚の四角い額縁を取り出す。
その中にはめられた絵は、地平線の彼方まで広がらんばかりの若草色の草原で埋め尽くされた、見る者の心を和ませてくれる素晴らしいものだった。
……その表面を覆うガラスが砕け散ってさえいなければ。

――秋葉様に感付かれてしまう前に、何とかして修復しておかないと……。

「……ふぅ」
小さく溜め息を付きながら、再びその額縁を元あった場所へと隠した。
「……え?」
と、不意に足首辺りにくすぐったいような感触を覚え、翡翠が反射的に自分の足下へと視線を落とす。
そこにいたのは、足の周りにゴロゴロとまとわりつくレンの姿だった。
こちらを見上げる彼女の視線と翡翠の視線が、二人の間で交差する。

――……ん?

翡翠が微かに首を傾げる。
彼女の紅い瞳の奥から、どことなく心配の色が伺い知れたからだ。

――……あぁ。

少し考えた後、すぐにその瞳の意味を悟り、翡翠がその場に屈み込む。
「心配なさらずとも大丈夫ですよ。お礼の品は、後日しっかりと用意させていただきますから」
レンの体を抱き上げ、その頭を優しく撫でる。
「……」
彼女は相変わらず無口のままだったが、気持ち良さそうに目を閉じるその様子からは、不安の気配は既に感じられなくなっていた。

月夜 2010年07月02日 (金) 02時04分(169)
題名:姉妹の絆(あとがき)


勉強なんかクソくらえだねっ♪










(ノд;)ノ










さて、夏休み明け最初の作品がやっと完成。
今回も、こんな素人相手に励ましメールをくださった方々には、感謝してもしきれません。


話は変わりますが、夏の暑さも弱まり、夏バテ解消と思った矢先、季節外れの五月病に感染しました。

なんでやねん!ヾ(`Д´`)

と自らに激しく突っ込み。

全てにおいてやる気ナッスィング。
勉学面では特に重症でした。


ベクトル?何それ?

英文法?覚える必要あんの?

古文?それ、知らなきゃ死ぬこと?


っつーか





勉強って何?

それって楽しいの?


むしろ萌えるの?


……え?

萌えない?

じゃあいいや。

(もはや再帰不能)




では、そろそろ小説の話に戻りましょうか(笑)

皆さん、今回の作品はいかがでしたでしょうか?

今まで余り目立たなかったということで、今作では琥珀さんと翡翠に活躍してもらいました。
姉妹の微笑ましくも暖かい話を描けて、個人的には結構お気に入りです。

ちなみに、最初に仮面を外せなくなった少年の話をしましたが……








自分の中で勝手に作っちゃいました(爆)





まぁ、作品に悪影響は及ぼしていないはずなので、多分大丈夫かと(^_^;)


これは余談となりますが、今回は翡翠に風邪を引いてもらい、それを起点として物語を始めさせてもらいました。
私のメルブラ初作品でも、同じように秋葉に風邪を引いてもらいました。

……え?
それがどうしたって?

実はですね……










その度に私も風邪を引いてしまうのです(爆)




現に、今も原因不明の鼻炎が続いています。
そろそろ発症から一週間経つので、もはや慢性化してますね。


ちくそ〜、やってらんねぇぜぇっ!



゜.゜(ノ∀`)゜.゜



ではでは、今回はこれくらいで終焉といたしましょう。

この作品に対する感想、アドバイス等ございましたら、下の「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方まで、よろしくお願いします。
それでは、また会えるその時まで♪
駄文長文失礼しました♪_(._.)_

月夜 2010年07月02日 (金) 02時06分(170)


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