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レチナ同盟

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[1364]お久しぶりです 投稿者:elmar

投稿日:2022年12月24日 (土) 21時29分

本当にお久しぶりです
皆さん お元気ですか?
2022年も終わりに近づいてますが 先日 日本カメラ博物館に行って来て感動致しました
それは ライカヌル(0)が ショウケースに鎮座していました
22台試作との言い伝えでして 現存するのは 17台とも言われている 1台が置いてありました
カメラ試乗 歴史に残る1台を見てきました
クラシックカメラ好き ライカ好きには たまらない一品です
このカメラを見に行く価値はあると思います
是非 行って その目で見てきて下さい
ちなみに スマホでの撮影は禁止となってます
では

[1363]銀塩難民 投稿者:Tarakowski

投稿日:2020年07月24日 (金) 12時10分

土浦市唯一のラボが無くなってもう1年半になります。隣のつくば市にはキタムラがあるのですが、生活圏が違うので行ったり来たりはできません。という訳で、クラカメ数百台が失業状態です。私自身も定年で雇用延長2年目、あと3年で失業です。このまま滅びていくのかなんとも残念なことです。レチナが蘇る日が来るのでしょうか?コロナと心中しなければいけないのは本当に残念。

[1360]イコンタスーパー6? 投稿者:佐々木順

投稿日:2019年11月04日 (月) 21時18分

買って使ってISO100浅草の夜景それなりに撮れました
これなら冬山で6x9使えるのではと考えましたが
画質は現代レンズが良いとのこと諦めて
6x9 機械式カメラ探してみようと思ってます

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[1361]山歩きの銀塩カメラ投稿者:ナースマン
投稿日:2019年12月02日 (月) 05時37分
若い頃、フジカGLプロに65mm付けて山に持ち出していた。
当時のフイルムでも、フォーサースデジより画質は良い。
然し、カメラバック、三脚となると、流石にかさばるし重い。
重さと大きさを我慢できるなら、後期の固定鏡胴、EBCフジノン付のGSWプロ当たり最高と思う。
デジは画素が上がると、画質が硬い。銀塩には柔らかさがある。
硬い画質を望まなければ、セミ判でも十分。
テッサー系は結構甘さもある。特にF4,5、隅まで流れない。
スーパーイコンタはファインダーが使いにくい。
F4,5付セミイコンタいかがですか?透視ファインダーが良い。
バックから取り出し、手持ちで、ほぼ無限撮影なら問題ない。
距離計付なら、パールTRS、又はパールUのヘキサーF4,5。
戦後のコート付、現代のフイルムにの対応している。
固定鏡胴なら、フジGS645S、EBCフジノン60mmF4。
距離計、露出計装備、ライカ判40mmサイズ。結構使える。
ライカ判なら、コニカ現場監督28。デジ並み、全自動撮影。
本来の用途で28mmでも隅まで歪が無い。ヘキサー並みの画質。
加えて、全天候型で丈夫。大型ストロボ、コンデジより使いやすい。
どれも今では捨て値。見つければ、買っても損はないと思う。

[1359]あけましておめでとうございます。 投稿者:ナースマン

投稿日:2019年01月01日 (火) 19時24分

平成最後の年。銀塩もいよいよ風前の灯火。
銀塩好き、レチナ好き、スプリングカメラ好き、の皆様。
最後まで頑張りましょう。

[1358]今年もあと僅かです 投稿者:elmar

投稿日:2018年12月31日 (月) 21時22分

平成も残りわずかとなりました
今年も色々な事がありました
皆様にとって 来年もいい年でありますように 良いお年をお迎え下さい

[1355]銀塩 投稿者:Tarakowski

投稿日:2018年09月10日 (月) 21時17分

茨城の土浦に移ってもう6年半、還暦直前になりました。
先日、久しぶりに水戸のコンフォトカメラを覗いてきました。
銀塩カメラ市場はまだまだ健在だそうです。私もiPhoneで撮るものが多くなり、フィルム消費も数年前から激減しましたが、愛機は手放しません。結婚相手や友人を手放すのは男の仁義に反するのです。
先日、今度は実家に泊まったら近所に革の職人さんが小さな店を開ていることを知りました。飛び込みでカメラの革ケースの修理をお願いできますか、と訊ねたらいつでもどうぞと。実はレチナのケース、糸が劣化して壊れたのが数点。まずは1個修理してもらおうと思いました。銀塩やめません。さすがに暗室にはもう入ることはないと思いますが。

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[1356]銀塩投稿者:ナースマン
投稿日:2018年09月11日 (火) 18時26分
私まだ銀塩使ってますよ。デジと半々ですが。
但し、120フイルムが風前の灯火。135がほぼメイン。
135スプリングとなれば、限られてしまう。手持ちでは、レチナ、コンテッサ、ウエルタウエルチニ後期型。LMライカ系が多くなる。
一体、最後まで使う銀塩は?使わなくなった個体は断捨離?
イコンタのコレクション等、引き取ってくれるコレクター(博物館)でもあれば、と思う昨今です。

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[1357]中判スプリング(Re:銀塩)投稿者:lensmania
投稿日:2018年09月25日 (火) 06時45分
最近中判スプリングカメラの人気がないそうです。
近所の中古屋さんの話では、商品が動かない、他の店舗も同じといいます。
昔手が届かなかったスーパーイコンタ69のV型が、最盛期の10分の一くらいで出ていました。
まだ二眼レフは動いているようです。
逆に、35mmフィルムが使える機種は、棚の顔ぶれがよく変わっているのでそこそこ人気があるのでしょう。コンパクト機が中心。
スクリューライカは一頃の見る影もないほど安くなりましたけど。
私はモノクロ現像を再開してからフィルム消費が増えて、120スプリングも含めほとんど休眠していたカメラが再稼働しています。無限が狂っているものは再調整に出さないと。

[1354]逆転の発想U 投稿者:ナースマン

投稿日:2018年01月14日 (日) 08時56分

45年マミヤは戦前のVを再開。尚、敗戦国の日本。国際特許が切れる。イギリスのエンサインコマンド等、バックフォーカシング方式のカメラが出現する。
戦後のV。オリンパスのズイコー、500sのセイコーラビットが一応標準。他に、レンズはシムラー、ネオコン。シャッターはコーナンラビット、200sのスタミナなどが付く。又巻き上げノブの大型化、巻き上げギア、シャッター位置等の見直し。
47年W。距離計を中心に、内部設計を見直し。反射ファインダーを外し、完全な透視式1眼ファインダーに。
53年X。66、645兼用。Dズイコー、セコールSレンズ。
55年WB小型軽量化。55年オートマット。中型スプリング初のセルフコッキング。基本、スプリングカメラのセルフコッキングは困難。バックフォーカシングのマミヤだからできた。
58年マミヤシックスオートマット2型。アルバダファインダー、レンズがマミヤセコールに。これがマミヤシックスの最終機。コニカパールWと共に、世界的に見ても、スプリングカメラ最終期の物である。以後、マミヤはレンズ交換式の2眼レフがメインとなる。
(戦後の機種には、K、KU、WS、P等普及品が有るが、煩雑になるので、削除した)
オリンパスのズイコーレンズ。戦後直ぐの物は、使った光学ガラスの特性で、白濁したものが有る。注意。

[1353]逆転の発想 投稿者:ナースマン

投稿日:2018年01月14日 (日) 08時05分

国産スプリングのレポート、マミヤを外すことはできない。
何ですが、残念なことに、私のコレクション。マミヤが無い。
資料による概要をレポートします。
1940年マミヤ光機製作所。写真家の間宮精一氏が、自ら理想のカメラを作るべく、実業家の菅原氏に資金援助を頼み創業した。
間宮氏は、自らの経験から、バックフォーカシング方式を考える。
普通写真機は、レンズ側を動かし、焦点を出す。スプリングの場合、前蓋の開閉が有り、レンズ面の固定が問題。更に、距離計連動となると、連動ピンの作動も問題。スプリングカメラを開発した、ツアイス。ドレイカイル方式で、連動ピンを持たない、光学連動を考えた。間宮氏は、発想を転換。レンズ面は固定のみ。フイルム面を前後さすことで、ピントを出す。世界初の技術である。
此れだと初めから、距離計連動も可能。然も、ピント調節は裏側のギアだけでできる。間宮氏は、最初から当時最高である、スーパー6を目指す。
40年マミヤシックスT。F3,5KOLレンズ(上代光学研究所)KOLラビットシャッター(200s)距離計連動、1眼ファインダー、フイルム自動巻き止め。最初からほぼ完成していた。
尚、その特徴から、レンズ、シャッターは何でも装備可能。持ち込み制作することができた。最初から、国産優秀品として、軍御用達にも成っていた。41年TA。Tの襷はイコンタと同じ3本であった。然しマミヤはその構造から、レンズボードを固定するだけ。バルダ型の2本襷に変更。ウエルター0版シャッターを装備。
42年V前期型。TはAに始まり、細かく変化。何故かVになる。二重露出防止、シンクロ装置付。ここまでが戦前。

[1352]遅れてきた富士 投稿者:ナースマン

投稿日:2018年01月13日 (土) 07時59分

富士写真フイルム。戦前はフイルムの会社。
写真機を作ったのは戦後の48年。富士天然色フイルムの発表と同時です。フジカシックスTA,TBです。
ほぼイコンタ6のコピー。シャッター(200sロータス)とボデーは社外品ですが、レンズは自社製。AがF4,5、BがF3,5のフジ。距離計は無く、折り畳みオプチカル透視ファインダー。
別に、輸出専用のTC。此方は500sのセイコーラビット付。
初めから、スプリングとしての基本形はできていた。他社に追いつけ追い越せ。年々、細かい変化が有る。
49年シンクロが付いたTAS,TBS、TCS。レンズ名がレクターに。50年ファインダーが筒に成ったUBS。
52年UCS。ボデーがダイキャスト化。流線形と呼ばれるファインダーとシャッターに成る。ファインダーにセミ判のラインが入り、66,645兼用となる。C型ではあるが、これは、国内販売もしている。シャッターは500sのセイコーラビット、レンズはプロ用に開発したフジナーに。53年UCR。シャッターを200sのレクタスにした普及品。
55年スーパーフジカシックス。距離計連動、1眼識RF、スタートマーク式自動巻き止め(自動巻き止めに成ったので66専用)
此れで、フジのスプリングはほぼ完成形。イコンタスーパー6と比較してもほぼ差が無い。イコンタF2,8テッサーに対して、F3,5フジナー。この点は差が有る。アルミダイキャストで700g程、1k程のスーパー6より軽く、1回り小さい。
56年スーパーフジカシックスM。シャッターがMX対応になる。
これがこのシリーズ最終形。
私の個体。スーパーフジカシックスM。父が新品で買った物。
父は手に入れた時<フジが作ったプロ用写真機。ツアイスイコン、スーパー6にも負けてない>と自慢していた。その後父はニコンSを手に入れ、中学生の頃私の物に。当時使っていたのはオリンパスペンF。4切に伸ばすと、確かに差がある。これがプロ用かと、妙に納得した。
フジのスプリングは、一応これで終わり。ですが、フジって不思議な会社。83年GS645シリーズで、スプリングカメラを復活。
GS645プロフェッショナル。75mmF3,4EBCフジノン、500sコパルシャッター、RF、LED露出計内蔵。
素晴らしいカメラですが、重大な欠点が。当時既に、蛇腹用の良質な革が無く、化学繊維系を使う。此れが劣化する。後に、補修用の改良品を出している。今生き残っているものは、この補修品に交換したものが多い。
2011年フジGF670発売。66,67兼用のスプリング。
銀塩フイルムと、プロ用機材を作ってきたフジ。そのプライドと感謝を込めて、最後に作り出した、銀塩スプリングカメラ。
EBCフジノンレンズと、電子シャッターを備えている。
今年3月で生産中止になる。恐らく銀塩スプリングカメラの終焉何でしょう。

[1351]セミ判専門 投稿者:ナースマン

投稿日:2018年01月12日 (金) 10時25分

ミノルタの悲劇。大阪、神戸の空襲で、ミノルタは本社、工場とも灰燼に。ドレスデン大空襲で灰燼に帰したバルダ社に似ている。
その為戦後の復旧は遅れる。46年新たにセミミノルタVAを発売。
シャッターは自社製の500sコーナンラビット、レンズはF3,5チヨコーオオサカ、プロマー、ズイコー等半分寄せ集め。巻き止め装置付。47年VBやっとレンズがロッコールに統一(これは、ミノルタコードの物と同じ)48年VCシンクロと巻き止め解除レバー付き。此れが戦前から続くセミミノルタの最終機。
51年ダイキャストボデー、ミノルタセミP発売。VCの設計を、基本から見直し。必要以外の物を外したシンプルな製品。F3,5チヨコープロマーSUレンズ、200sコーナンフリッカー付。ファインダーはガリレイ筒形、距離計無し、巻き止め装置無し、赤窓になる。
私の個体。シャッターは軽く、ほぼブレが無い。レンズは3枚玉だが、コート付新設計。開放はそれなりだが、絞れば鋭い。
セミネッターより、1回り大きいが、保持はしやすい。
戦前のオートセミミノルタの様に、<過ぎたるは猶及ばざる>が無い。およそ不調は考えられない。56年迄7万代ほど生産された。
これがミノルタのスプリング最終機。




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