よく、「子供の頃ってどんな子供だった？」みた
いな質問って受けることがある。おそらく僕だけ
ではなく、誰しも何回は聞かれたことがあるだろ
う。そこで、色々答えるのだが、あまりハッキリ
答える事ができない。覚えてないのだ。つーか、
ハッキリ覚えているというのは、凄いことだなと
感心してしまう。よほど印象的な出来事やイヤな
出来事があったのだろうか、ある意味、そういう
のを覚えているのは、その人の「物心」がそこで
形成されているといっても過言では無いだろう。

もちろん、僕もそういった類いの出来事は何とな
くではあるが、覚えている。しかし、時を隔てる
につれ、その記憶というのはイマイチ曖昧になっ
ていく。それこそが、おそらく普通の子供だった
ということの何よりの証拠であり、その後の自分
の人生をより刺激的に過ごしている何よりの証拠
に感じる。だから、偉人とかの生涯とかって、少
しは虚言も混じっているんじゃないのかなと最近
感じるようになった。例えば豊臣秀吉なんて、名
無しの農民である。どんな幼少時代を送っていた
かなんて、誰が知るってもんである。

そういう時、音楽というのは現代社会の幼少時代
を辿る記憶として、都合のいいものはない。あの
曲が流れていたとき、僕はこんな事をしていた、
〜君という友達とこんな事を喋っていたとか、そ
の日の天気はどうだったという事を詳しく覚えて
いたりする。例えばそれが写真とかで残っていな
くても、そういうことは克明に覚えていたりする。
だから、昨今のカヴァー・ブーム、リバイバル・
ブームというのは、自分のリアルタイムを侵害さ
れている気にもなる時もあるように思えてきた。
もちろん、その曲を通し、現代の若者が大人にな
ったとき、記憶のシンクロを起こすというのもあ
るのだけど。だから、やっぱ何でもかんでもカヴ
ァーすりゃいいってもんじゃないだろうし、まが
りなりにも「アーティスト」と名付けられている
のなら、そこは充分に考慮して頂きたい。

さて、話は逸れたが僕にとって、新しいジャンル
の音楽を聴くというのは新たな記憶を読み込む作
業である。ニュー・カマーだったり、それまで名
前は聞けどちゃんと聴いた事がなかったアーティ
ストとか。僕にとってビョークってそんな存在で
あった。実は世界的に大物であるビョークってア
ルバムとかを通して聴いた事がなかった。もちろ
ん、一音楽好きとして人並みの興味を抱いていた。
ロック・フェスに出るとか、来日講演の場所はこ
んな風変わりなところでやるとかね。もちろん、
『ダンサー・イン・ザ・ダーク』も観た。色んな
情報を通して彼女の歌声は聴いたことがあるのだ
が、何故か入りこんではいかなかった。一度、ソ
ロの前身であるSUGER CUBESも借りてきたことが
あったが、ダビングしただけで、今ではどこにあ
るやらという感じである。

そんな僕がよし、ビョークを聴いてみようと思っ
たのは、何となくである。少しだ金銭的に余裕が
あったので、そういう時こそ新たなジャンルの開
拓をしてみるチャンスである。オリジナル・アル
バムとしては最新作にあたる、『VESPERTINE』を
聴いてみた。やはり、凄い。まるで胎内の中で流
れる音色、歌声は奇跡のものとして、なるほどこ
の人が燦然と活躍している理由がよくわかる、唯
一無二のものである。
聞けばこのアルバムは自分の子供への子守唄のよ
うなニュアンスの、きわめてプライベートな作品
だと聞いている。だとしたら、その子供にはその
頃の記憶が克明に刷り込まれる瞬間のように思わ
れる。母が自分のためにこんな私的でそれでいて、
唯一の音を作ってくれたとしたら、その後の人生
がまた刺激的になったとしても、その頃の自分の
「物心」というものは永遠に残っていくだろう。
そして、このような音を聴いて自分の３０歳の記
憶というものにも多少は残っていく、「物心」っ
て子供だけのもののように思えるけど実は全生涯
あるものなんだなと実に思うわけなのである。