やっぱり、宇多田ヒカルって天才なんだなってこと
今更ながら『FIRST LOVE』を聴きながら思う。何を
言うのかと思った方も多いだろう。過去に書いた事
があるけど、僕はきわめて遅れてきた宇多田ヒカル
フォロワーである。何せ、『AUTOMATIC』のビデオ
・クリップのダサさ加減に苦笑してしまったクチだ
からである。その時には気付かなかった彼女の本質
を見抜けなかったことというのは、このお化けアル
バムを購入した７００万とも８００万ともいえるリ
スナーよりも遅れをとっていたといえて、これまで
買ったCD達にも申し訳がたたない、そんな気になっ
てしまった。それくらい、宇多田ヒカルは天才であ
り、その頃の僕は少しへそ曲がりだったのかもしれ
ない。

しかし、最初のアルバムから、あのような完璧なサ
ウンドを構築できるということは、やはり類い稀な
才能である。音の緻密さと若さが程よく溶け合い、
そこに１ミリの狂いも無い歌のウマさが乗っている
最高級のR&Bをいきなり作られては、ある意味自信
を無くしたサウンド・プロデューサーもいたことだ
ろう。（そこからTKこと小室哲哉はR&B指向より、
トランス指向に向いていき、つんくは徹底した歌謡
曲路線に傾倒していったことも頷ける）それくらい、
これまでの既成概念を覆い尽くす日本の音楽界にと
って黒船だったのかもしれない。

どの辺が黒船だったかというと、サビにその秘密が
隠れているといってよい。不思議とアッパーじゃな
いのである。従来の日本歌謡曲（大胆に全てをそれ
で括るのは少し語弊があるものの）には、CMやテレ
ビのタイアップなどでウケるようにわかりやすいア
ッパーなサビが全てあった向きがある。これはロッ
ク・ポップス問わずである。そのメロディが流れた
瞬間に、そのテレビドラマ等の情景が見えてきて、
全身にあらゆる形で表れる高揚感、これこそ日本の
歌謡曲に多かれ少なかれ求められていたサビの魔力
だったとしたら、宇多田ヒカルの『FIRST LOVE』に
は、あまりそれが感じられない。もちろん、シング
ル曲である『AUTOMATIC』『MOVIN'ON WITHOUT YOU』
『FIRST LOVE』には、「THIS IS 宇多田ヒカル」と
いうような御挨拶的なサビは存在するが、そこまで
の高揚には至らない。というか、わざとそこに向か
わせるようなあざとさが、その曲群には存在しない。
あるのは、彼女自身の無類の歌唱力、佇まいなどの
アーティスト像であり、『魔女の条件』とかで使わ
れていたにも関わらず、自分にはそのシーンなどを
かき消す程、純粋に宇多田ヒカルを見ることができ
る。

要はイノセントなんである。『FIRST LOVE』で７０
０万とも、８００万ともいえるリスナーに訴えかけ
たもの、それは極上のR&Bでもなく、様々な情景で
もなく宇多田ヒカルそのものであるといってよい。
そこには一切の感情移入もタイアップによる判官び
いきもなく彼女の実力だけを、クールに現出してい
る。そんなイノセントな部分を見せつけられては、
聴衆は黙って跪くしかない。その当事から思ってい
たことだけど、このアルバムからカラオケにカット
されていても、あまり歌っている人を見た事が無か
った。（FIRST LOVEは別格として）きっと、どんな
に歌ってもこの圧倒的な存在感には勝てないという
降伏感、そしてクールなサビに代表される歌いにく
さ、それが彼女の肝であり、黒船たる所以といえる
のだろう。

その後、宇多田ヒカルを日本が放っておくわけもな
く、徐々に彼女の歌にはサビの高揚感や情景が見え
だしてきたが、これも彼女が日本のマーケットに染
まってしまったなんて思えない。あるとしたら彼女
が、わざとそんな曲を作り世に送りだしているとし
か考えられない。近く彼女は世界進出も果たすのだ
ろうが、日本を経由した黒船は、どのような形で凱
旋するのだろうか。おそらく、それまで聴いた事の
ない異物ともいえるサウンド・スタイルを確立して
しまうかもしれない。黒船はどこへいっても黒船で
なくてはならない。宇多田ヒカルの冒険はまだまだ
序章にも満たないのかもしれない。