昔、「目の奥の星を見る」という事をよくやっ
ていた記憶がある。これって俺だけかな？目を
閉じて、目蓋を手で押すと、暗闇の中に星とい
うか、赤や黄色の星のようなものが見える。そ
して、その星は形を色々変えていく。時として
満面の星となったり、それが吸い込まれていき
しまいには真っ白に爆発したり、退屈なときは
結構、それをしてると面白いもんだった。それ
に限らず、思い返してみると一人で遊ぶ事が好
きな子供だったような気もする。小学生の頃な
んて、「えかきちょう」は手放せなかった。そ
ういう部分が現在の仕事にも少なからず反映さ
れていると思うし、このメルマガだって言って
しまえば一人遊びの極みのようなものである。
そう考えると、毎回、こんな一人遊びにおつき
合い頂いているのは恐縮すること、この上なく
思っているわけです。

話は逸れたが、椎名林檎・待望の新作である、
『加爾基　**　栗の花』を聴いて思った事は、
そんな「目の奥の星を見る」ような一人遊びの
感覚であろうか。正直なところ、この作品って
非常に難解な作品だと思う。発売日に購入した
ときには、「よし、雑文書くぞ〜」と思ったわ
けだが、あまりにも難解すぎて何回聴いても全
くわからない、とても考える作品だったので、
一回聴くのを止めてしまった。メルマガを発行
し始めて、こんな事は初めてかもしれない。
がしかし、ふとした瞬間に幼い頃の「目の奥の
星を見る」遊びの事を思い出し、「おや？これ
は…」と思い、もう一度聴きだしてハッキリと
結論が出た。「なんだ、これは究極の一人遊び
じゃないか」と。だとしたら、一聴して理解に
苦しむのも何となく合点がいくような気もする。

もともと、椎名林檎の作品には遊び心が満載さ
れているのは、もはや周知の事実である。総演
奏時間が意味深な数字になっていたり、曲目が
シンメトリーを描いていたり、演奏者のクレジ
ットに変な注釈がされてあったり、文字化けし
た文字を曲のタイトルにしたりと。もちろん、
今作に関してもその部分は全開である。それに
ついては、色々な媒体で語られているので、こ
こでは触れまい。では、こういう部分って椎名
林檎的には何らかの意味でもあるんだろうか？
ハッキリいって全然無いんだろうな。そして、
それを深読みする事も実は大変野暮なことのよ
うな気もする。

ただ、『勝訴ストリップ』や『無罪モラトリア
ム』なんかと決定的には違うのは、前述した作
品が演奏でもっていくタイプの「剛」の作品で
あるならば、今回の作品は完全に「柔」の作品
であるということ。演奏自体、非常に力が抜け
ていて、物足りない部分も否めないかもしれな
いが、その時点で椎名林檎のもはや手の中とい
ってよい。思えば、『勝訴〜』とか出る前に、
「次回で椎名林檎は完結する」とかの謎掛けを
徹底にしてきた。その間、出産、育児、「其の
壱」と謳われたカヴァー集だったりで、聴衆を
煙に巻き続け、ひらりひらりと身をかわしてい
ったとこに行き着いたのは、椎名林檎という名
の底なし沼だったのかもしれない。僕の中では、
その沼こそ真の意味で椎名林檎・本編へ繋がっ
ていき、それは頭の中の果てしない宇宙へと抜
けていくような気の狂いそうなイントロダクシ
ョンなのである。

だとしたら、やはり椎名林檎はやはりとんでも
ないタマである。何せ、名盤の誉れ高い『無罪
〜』や『勝訴』を完全な前フリに使ってしまっ
たのだから。名盤に胡座をかかずにそれ以上に
スゴイ作品を作る…というよりも、そんな胡座
をかかずにという表現も彼女の中では、してや
ったりの謎かけかしれない。僕は『百色眼鏡』
は見ていないが、謎に満ちた彼女のロマンは確
かに大正時代のエッセンスがよく似合う。今後
も椎名林檎は謎をかけていくだろう。「目の奥
の星を見る」ようにどうなるかわからない、果
てしない宇宙のような深い謎を。そんな丹念な
仕事をも『やっつけ仕事』なんて言っちゃう彼
女はやはり、ただ者じゃない。