前につきあっていた彼女と、こんな話をしてた事 がある。本当に凄いアーティストの条件は?勿論 それは人により、条件は異なっている。何を重視 していくかによって、それはだいぶ違ってくる。 まぁ、しかしその彼女とはハイロウズの甲本ヒロ トというお互いの最大公約数を持っていたので、 それをもとに、当時、世間を席巻していた椎名林 檎あたりの世界観を基準として考えてみた。
(1)エロティックであること 何もHな歌詞を書いているというわけではない。 そこに混在する、彼(彼女)のエロに対する価値 観というものを如実に感じる事のできる事。それ は風景でも、心情でもよし。
(2)奇妙であること 常人には理解の出来ないキチガイぶりを体現でき、 その世界観はある意味、滑稽に映る場合もあるが、 それをも武器にして、芸術の域に進化する事ので きる才能。
(3)ユーモアのある事 思わず、クスリと微笑んでしまいそうなニヒルな ユーモアセンスを持って、それを臆面もなく「う た」として昇華のできる真面目さ。
色々な名前が出てきた。ヒロト、林檎はもちろん、 桑田佳佑、aiko、ジュディマリ(というよりもTAK UYAとYUKIのソング・ライティングチーム)宮本く ん、松任谷由実・・・しかし、賛否両論はあろう が、二人の中で、草野マサムネ。この人こそ、以 上の3つの条件を完全に兼ね備えた凄いアーティ ストとして決まった。
そんな彼のバンド、スピッツの10枚目、『三日 月ロック』が発売された。色々なところで言われ ているかと思うが、ある意味、今作は最高傑作に 」該当する。ある意味というのは、確実な証拠は あり得ないという事が言えるからである。聴き手 にとっては、未だに『ハチミツ』は超えてないよ という人もいるだろうし、案外『フェイクファー』 好きなんだよなぁという人もいる。その価値観も 多種多彩である。しかし、今時点では見事に過去 の呪縛を引きちぎって、前進しまくる彼らの潔さ を見る事ができる。もしかしたらCDという音の世 界で、「見る」というのは不適切かもしれない。 ならば、感じる事ができるという言い方の方がい いだろう。
とにかく、「この曲がすごい」、「あの曲はどう だ」とかの余計な理屈を挟ませない、逆にいうと 全ての楽曲が「語れる」といってもよい。まず、 言える事は全ての曲に「エロティックで、奇妙で ユーモアに溢れている」点であろうか。マサムネ 自身、「このアルバムには入るべき作品ではない が、自分がリスナーだったら、入れてほしい」と 述べている『遥か』にもである。
そんなこのアルバムの中で特にというか、敢えて 自分が「最高だ〜」と思ったのは、『ブルーハー ツのテーマ』に憧れて、作ってみようと思ったが、 今さら『スピッツのテーマ』はないだろうという ことで、ミカンズという架空のバンドのテーマ曲 を作るという、ちょっと笑えるエピソードに溢れ た『ミカンズのテーマ』。ババロアという、誰も が食べた事のある(と思うけど)懐かしいおやつ から広がる宇宙を優しく歌っている『ババロア』、 私小説的な青い炎のようなエロがプンプン匂って くるが、それは生々しいながら、悪い臭いではな いという事実をキチンと提示した『ガーベラ』。 この辺が僕の中ではおそらく前述した、3つの条 件を一番わかりやすく提示している点では好きで ある。
つまり、この作品はすべて標準を超え、キラキラ に輝いている高水準を叩き出している。それは混 じりっ気のない雲のないところにポッカリ浮かぶ 月のように。実はこの作品は『満月ロック』にす べきだったと思う。でもマサムネの微妙な謙遜と ユーモアはきっと、満月を許さなかったんだろう な、三日月にも輝きは存在している。チラリと見 える三日月にこそ、草野マサムネの真骨頂を表現 している。三日月の中の満月、それに気付くか気 付かないかは、リスナーの判断次第だが、いつも 月はあなたを見ている。そんな優しさに溢れた包 容力のあるアルバムだと思う。
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