(106) 高田馬場純情物語(2)◆◆TOM WAITS--CLOSING TIME◆◆ |
投稿者:nabes
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あの人はまだ、あの歌を歌っているのでしょうか?
専門学校時代、贔屓にしていたバーがありました。 当時、まだ喫茶店としても営業していて、昼間とか 僕はコーヒーとか飲みながら、時を潰していました。 ビートルズが自分にとっては、うるさ過ぎず流れる 心地よき空間でした。マスターが焼き上げるマフィ ンは僕の中では絶品でした。挑戦した事もありまし たが、失敗してしまいました。何かベチョベチョに なった記憶があります。
僕はその当時、つき合っていた彼女がいました。そ の彼女にそこを紹介してもらったのですが、よく、 「お似合いだ」と褒めて頂いたものです。そして二 言目には「俺もいつか、そういう彼女が出来ればい いなぁ」と言っていたのを憶えています。そしてそ れを聞いて二人で、そういう人が出来ればいいねな んて話していたものです。 ほどなくして、僕はその彼女と別れる事になり、彼 女の為に就職したといっても過言ではない広告代理 店で、あくせく働いていました。スポーツ新聞とか 三流ゴシップ誌や、レディースコミックの広告の営 業というどうしようもない仕事でしたが、まぁ、そ れはそれである意味、今の自分のアンダーグラウン ドな指針を築いたような仕事で、楽しく働いていま した。そのうち、その店は喫茶店からバーにモード チェンジしていき、BGMもビートルズにこだわらな い、色々な音楽をかけていくようになりました。そ して彼女と別れた後も僕は、そのお店に足繁く通っ ていました。その空間に惚れたわけです。
「今度さぁ、身内だけで、ここでライブみたいな事 をしようと思うんだよ」ある日、マスターが僕に言 いました。マスターを中心として、身内を中心にア ンプラグドな感じの小さなライブ、そして参加者は 自由。そして続けて、「渡辺君も何かやってよ」一 瞬、驚きましたが何となく面白そうだったので、快 諾しました。その時点で僕は真島昌利の『夜空の星 くず』をやろうと瞬間的に思いました。何となくメ ランコリックで文学的なマーシーの楽曲はきっと、 この場所にピッタリだと思ったからです。まぁ、勿 論即興なのでコード進行が簡単という合理的な理由 もあったのですが(苦笑) そして、当日。身内だけには結構な数が集まって第 1回のライブが行われました。その場所にはプロを 目指すバンドマンの人も結構いて、この中ではやる のは結構大変では?と畏縮しましたが、場の暖かい 雰囲気で何とか僕は歌い切りました。そして、最後 は勿論、マスターの出番です。彼の声は結構高音が 伸び、時に甘く、時に優しい声でした。オリジナル も交え、クラプトンやビートルズの曲を披露してく れました。そして、1曲知らない曲を演奏しました。 それが、トム・ウェイツの『恋におそれて』という 曲でした。その夜は盛況のうち幕を閉じました。
時が経ち、そのバーからも少しずつ足が離れていき ました。理由はその広告代理店を辞め、高田馬場に 用事がなくなったからです。それでも、その『恋に おそれて』がたまぁに、頭の中を翳める時がありま した。そして、ある時、中古CD屋でみつけた『CLOS ING TIME』というCDの中にこの曲は収録されていま した。内容は自分と同じような女性に出会い、こん なやつには恋などしたくないと思うものの、別れと 時を同じくして、彼女に恋をしてしまった自分に気 付く、そんな映画のような唄でした。
あの時、全く意味の分からなかった歌の真意がこう いう事だと分かり、同時にマスターが歩んできた人 生、僕の知らないマスターの人となりが見えて、と ても微笑ましく思いました。今でも年に1〜2回く らいのペースで行くと、マスターは眼鏡を鼻にちょ こんとかけ、細い目で再会を喜んでくれます。そし て、相変わらず「いつか、幸せになりたいもんだな ぁ」なんて言っています。その都度、幸せになって くれればいいんだけど、そしたら、この歌は歌わな くなっちゃうのかなぁ、とも思い少し寂しい気分に なります。
あの人はまだ、あの歌を歌っているのでしょうか? 親愛なる高田馬場のあなたに、この文章は捧げます。
追伸:またタイミングが合えば、その時は再会を喜 んでくださいね。
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2002年10月02日 (水) 05時12分 |
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