手塚治虫さんの伝記に、お母さんだけはマンガを読んだり書いたりすることを認めてくれた、という告白がありました。まさしくお母さんがあの世界的な作家を生み出したのです。その子がたとえどんな子であれ、only one の我が子ですよね。その子の個性=特殊能力や癖や性格を見抜き評価できるのもお母さんが一番的確です。お母さんしかいません。

　いまは、障害ですら個性と認めていこうという社会です。普通のお子さんの個性が認められないはずはありえません。「勉強ができる」とはそういった個性の一つでしかありません。

　犬ですら言葉で評価されているのに、学校では人間の子どもだけは数字で評価される社会に私たちは住んでいます。そして、この学校化された社会ではいまだに、コンピューターのように早く正確に計算できるとか、記憶できるとか、事務処理ができるということが「頭がいい」ということの証明になっています。そうして、そのような基準で選抜されたいわゆる「頭のいい」人間が一流大学に入り、これまで官僚や医者や教師や銀行マンになってきました。

　そこでは与えられた問題に対して一瞬の「疑い」を持つことすら許されません。一瞬の疑いも、コンピューターにはありませんもの。ところが、それが優秀なことの証ではないことが最近、いたるところで露出してしまいました。問題を解くのではなく、問題自体を設定する能力、コンピューターそのものをどう扱うのかという能力の方が必要だったのです。

　ところで、みなさん、たとえばご自分の命をそのようにしてのみ選抜されてきた医者に安心してあずけられますか。この国の行政はどうなっているのでしょうか。役所まかせにできますか。たとえば外務省は何をしてきたでしょうか。学校だけに任せられますか。誰も任せていないでしょう。銀行はどうなんでしょうか。全財産を銀行にあずけられますか。

　これはもちろん個人の問題ではなく、日本というシステムの問題です。それを学校の制度が支えています。そして、その学校の制度を--ほとんど神話的にまでなっいるそれを進学塾が支えているわけです。

　しかしながら、日本全体がいま確かにおかしくなってしまっているのではないでしょうか。もしも、ほんとうに頭のいい人々が運営するのだったらそうはなってはいないはずではなかったでしょうか。少しでも疑いを持ちながらやっていたら、もう少しましなことになっていたのではないでしょうか。

「善良で無知な大衆を頭のいい優秀な官僚=党員が指導して国を運営していく。」

　そんなことをいまだに信じている教育者がいて、私はある時にけんかをしてしまいましたが、その方はまだ文部科学省にとりいってごちゃごちゃとやっているようです。

　みなさん、本当にそんなことを信じていますか。私は疑っています。
　すると、この自分というもの、こうでしかありえない個性というものを認め、信じていくしかなくなります。他のだれでもない自分、決して何々さんのようではない自分、何々は得意だが、何々は不得意な自分、それと一生つきあっていくしかないのですから。
　それとも、一生、そんな自分は基準からははずれているというコンプレックスの下で生きていくのでしょうか。まさか。ですよね。学校的な価値は社会に出ると裏と表ほど転換してしまいますから。生きていくことは本当に慎重さが必要な時代になってしまいました。
誰もが手塚治虫にはなれませんが、実は誰もが手塚治虫、つまり、自分なのです。