「論理に強い子どもを育てる」、「国語のできる子どもを育てる」の感想をお書き下さい。
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投稿者:もと講師
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「聞く」ことの獲得について。 まず子供大人に関わらず、聞きたいと思う気持ちが本人をして耳を傾けさせるのではないでしょうか。 これは伝える側の姿勢も関係してきます。 伝える内容、動機をよく観察する必要があります。 美しい言葉で実は非難していないか。 単語ではなくそこに流れる「質」のようなものに子供は特に敏感です。 「話す」ことに論理的思考が必要なら「聞く」ことにも同じく必要です。大事なのは始めに論理的思考ありきではなく、「伝えたい」「聞きたい」気持ちが本人にあるかどうかです。 「この人にこのことを伝えたい」「わかってもらいたい」という熱意が、相手に分かりやすいように文を組み立て、話そうとの努力をうむ。 表面は厳しい言葉でも信頼関係があれば「この人の言ってることを受けとめたい」「この人は私のために言ってくれているのだ」真剣に聞こうとする。
これは国語の域をこえて生きていく上で大変重要な課題といえます。 他者に関心を持てないというのは自分自身にも無関心とはいえないでしょうか。自分とは違う相手の思考回路に合わせた話し方や聞き方をできるようになるには大変な訓練が必要です。 まず自分を観察する。自分の癖を知る。いつも癖を自覚する。 相手を観察する。相手の癖を知る。自分の思考とは別に相手の思考を同時に想像する。実際に相手にそれを伝えてみて確認する。 大人の私達がこういったことを日常生活で実践していれば 子供を特別指導する必要はなくなるはずです。 もう一つは。話したい子には質問形式で、聞く姿勢を自然と促す。 始めはその子自身の話題から入り、次第にこちらの立場を想像させます。説教ではなくこちらの想いをストレートに語ります。 たいてい、最後はきちんと聞いてくれます。 勿論だめなときもありますが。 その子の関心が他にある場合は難しいですね。 ご参考までに。
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2002年12月12日 (木) 21時32分 |
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