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(696) 動機付けに関して--------外的動機付けと内的動機付け |
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投稿者:工藤順一
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下のことは大事なことなのでもう一度きちんと書き直してみます。 この教室の目的は国語という大切な教科を楽しんで学習するということです。その手段はとても簡単なこと、-----楽しい本を読むこと、楽しい漫画を作文にする--その二つです。それらを楽しいと思って毎日の堅実な生活をすることです。すると驚くほどそれは学習の場にもなり効果があがります。好きこそものの上手に子どもは容易になりえます。このような学習の動機付けを内的動機付けと呼んでいます。
ところで、子どもに勉強させるためには、いろんな動機付けがありますが、もうひとつのものに、テストとか受験のためにという外的動機付けがあります。これは生徒さんが大人や高校生ならいい手段だと私は思います。その意味や理由がしっかりと了解できているからです。
ところが、小学生、特に低中学年ぐらいにとっては、それがそうではありません。よく意味が分かってない場合がほとんどでしょう。6年のいまごろになってようやくという生徒がほとんどでしょう。多くの進学塾というところが取っているこの動機付けは小学生にはもつともまずいやり方だと私は判断しています。特に国語という教科については算数とは逆のベクトルをもつ教科であることがほとんど理解されていません。
ですから、ほとんどの中学受験は親に無理やりしりを押されてということです。そして、そのやりたくない受験勉強は、やりたいことや遊びをわきにおいて、ひたすらがまんしながらするというのがたいていの場合の風景です。いやいやがまんしながらですから、もちろん効率も上がりません。それは長期に渡り親御さんに経済的なそして子どもには余計な精神的負担を与えています。
受験ということに名を借りて、実はあらゆることが、生徒の学習を推し進めるという観点からではなく、企業の利益と効率という観点から発想されていて、その実態は『モモ』にでてくる「時間泥棒」もどきのことが行われているのが進学塾であることは、もうたくさんの親御さんが見抜いていらっしゃることでしょう。
受験という看板と宣伝という手段で大きくなった背景には巧妙な広告会社の戦略があり、ひとつの進学塾が大きくなるともうひとつの広告会社のビルがたつほどという実態はあまり知られていないかもしれませんね。
ともあれ犠牲者は子ども本人なのですね。しかも生涯にわたってある種の影響を及ぼしていると思います。
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2005年01月12日 (水) 22時40分 |
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