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認知症の方で介護者が一番困る問題が「せん妄」である。せん妄について専門医でも 十分な理解が出来ていないように感じる。治療がきちんとなされず、困っている介護者は非常に多いと言う現状であろう。今回はせん妄について考えてみたいと思う。
せん妄と言うのは意識障害であると言われている。意識障害とは、大脳の活動が低下している状態であるといわれているが、正確な解釈は難しいようである。次に大脳の活動はどうやってコントロールされているのかを少し説明する。 脳幹部に「脳幹網様体(意識の中枢)」と呼ばれる領域があり、そこから視床と呼ばれる領域あたりを通じて、大脳全体に刺激を伝える通路がある。これを上行性(大脳)賦活系と呼ぶ。覚醒しているときは、脳幹網様体から大脳賦活系を通じて刺激が大脳全体に送られる。その刺激を受けて大脳が働くから覚醒を保てる。脳幹網様体からの刺激が減るとだんだん意識レベルが低下して、最後に意識が無くなる。この系統が病的な原因で傷害されると、意識障害といい、生理的な変化で起こると睡眠と言う。そういう意味では意識障害と熟睡を区別することは難しい場合もある。
意識障害は大きく分け二つの要素に分かれている。ひとつは「意識の清明度の変化」。 もう一つは「意識内容の変化」と言い「せん妄」は意識内容の変化によって起こると言われている。おそらく前者の「意識の清明度の変化」は「脳幹網様体−大脳賦活系」の障害で起こり、「意識内容の変化」は、大脳の局所的な機能障害によって起こるようである。 もっともこの点の医学的な解明はまだまだ不十分である。 大脳の局所的な障害で起こる「せん妄」は、薬物によるものが多い。代表的な薬物としては、パーキンソン病の治療薬・睡眠薬や精神安定剤・一部の胃の薬(ドグマチールなど)・ 全身麻酔薬などが上げられる。「眠剤や精神安定剤」は、せん妄の時に飲ませるとせん妄を著しく悪化することが多いので注意が必要である。 せん妄は夜間目立つので「夜間譫妄」と言う事が多い。この時眠らないから眠剤で寝かせようと言う考えの医師が少なくないようである。しかし多くの場合効果がないだけでなく、譫妄が著しく悪化することが多いのはこのためである。私はせん妄を起こしたら睡眠薬は一時中止する。もっともせん妄と不眠を区別するのが困難な場合があることは確かである。私はこのような場合せん妄の治療を優先させる。
私が行っている「せん妄」の治療はニコリン(シチコリン)1000mgの大量静脈注射である。昔は慎重にゆっくり静脈注射していたが、最近は安全性の確認が出来てきて短時間(30秒程度か)で投与する。1回の投与で収まる場合も少なくない。収まるときには投与後数分以内に改善が見られることが多い。重症の方も2〜3日で収まることが多い(投与ごとにせん妄状態の改善が見られる)。ひどい方には一日3回(ニコリン3000mg)まで投与したこともある。 最初に父にこの方法を教えられてから、20年以上この方法を愛用している。最初はニコリン250〜500mgだった。このときは必要があればセレネース1/2Aの筋肉注射も併用していた。早く投与すると効果が良いことに気付き、せん妄に対するニコリンの効果は血中濃度の最大値に左右されると考え、投与するニコリンの量を増やして短時間で注射してしまう方法で対応を始めた。それによってセレネースの必要がほとんどなくなった。 この方法で、せん妄の治療を行っている医師はほとんどいないと思う。でもこの方法で(場合によりセレネースの筋注を必要とするが)、「せん妄」の90%程度はコントロールできていたと思う。私がコウノメソッドとフェルガード類を知る前、曲がりなりにも認知症の治療を行ってこれた理由はせん妄を抑えることが出来たからである。多くの医師はニコリンを急速に投与することを恐がって点滴でゆっくり投与するので効果が得られにくいと私は考えている。
私が認知症の方と関わって感じた大きな疑問が二つあった。ひとつは錐体外路症状を含めパーキンソニズム(軽症から超重症)の合併が非常に多いことである。もうひとつは、脳幹部を中心とした、小さな脳梗塞が非常に多いことである。
パーキンソニズムが多かったのは、私が関わった方の多くが「レビー小体型認知症」やレビーミックスが多かったためだと最近わかった。小阪先生や河野先生のおかげである。
脳梗塞については、最近は短期間(1日〜2日)で大きな気温差が大きな発生原因であることが判って来た。15度程度の温度差になると急に脳幹部の脳梗塞の発生率が高まることが判った。このような極端な温度差を起こす地域は非常に限られており、多くの医師はこの脳幹部の脳梗塞発作を見たことがないのだと思う。後は夏場では脱水の関与も大きいことがわかってきた。入浴後などでも時に見られることからも、脱水が関与していることは 間違いない。
数年前訪問していたある方が、せん妄の原因が脳幹部の脳梗塞であること示唆してくれた。せん妄が「脳幹網様体−大脳賦活系」の障害によって起こっている方が少なくないと考えてニコリンの投与量を増やしていったのは、このためである。実際効果があった。 この方はせん妄発作を起こしたときに、交叉性麻痺と言って脳幹部のある部位の障害以外では発生しない症状を伴っていた。その後いろいろな方でせん妄発作時に注意してみていると、せん妄発作を起こすときは、意識障害と麻痺などの巣症状という脳血管障害などで見られる症状の出方があることが確認された。多い症状はせん妄と下肢の麻痺である。下肢の麻痺は、せん妄状態にあるときは、火事場の馬鹿力でマスクされ気がつかないことも珍しくない。せん妄発作を起こした高齢者が普段は杖を使いやっと歩いていたのに、譫妄を起こすと若い介護者が追いかけても追いつくのが大変と言うのはこのためである。この現象は、錐体外路といって脳幹部に多くの中枢が存在する運動機能を調節する系があり、この系統の機能で普段は「火事場の馬鹿力」が使えないようにしている。この機能に障害があり「火事場の馬鹿力」がつけえることは、脳幹部に影響があった証拠のひとつと考えている。下肢の麻痺は、歩けないほどではないが自分の体重を支えることが充分出来ないことは良くある。脳梗塞の発作時には一時的にこの下肢の麻痺が強く出たり、意識障害が起こることも多いようである。これらのため転倒が多いと考えている。この現象はレビー小体型認知症に目立つことは確かである。小坂先生やコウノ先生が、「意識障害」や「せん妄」をレビー小体型認知症の症状にあげている。この脳幹部の脳梗塞の関与があるのではと、私は考えている。 あとニコリンは脳梗塞による麻痺(保険では上肢のみ)や脳血管障害や頭部外傷の意識障害の治療薬として、長年用いられてきた薬である。脳梗塞が譫妄の原因と考えると、ニコリンでその症状が改善するのも説明がつく。 コウノ先生はニコリンを興奮系と位置づけているが、私はこのことに違和感を覚える。ニコリンの効果やその効き方などから、ニコリンは破損した神経回路を短時間で修復していると考えられる。下肢の麻痺などで長期間投与していると(10~14日)、認知症の原因に関わらず、認知機能が改善することも珍しくなかった。これらの事実から、ニコリンは破損した神経回路を修復していると考えている。同じことはフェルガード100でも感じている。 フェルガード100を服用していると、「脳幹部の脳梗塞」に伴うせん妄発作時に、以前ほどニコリンを使用しなくても済むようになった。フェルガード100が、認知症の方の破損した神経回路を修復しており、小さな脳梗塞の影響が出にくくなったためと理解している。 私はニコリンとフェルガード100を修復系と呼んでいる。
以上長々と書き綴ってしまったが、せん妄が脳幹部の脳梗塞で起こるという考えは、私の仮説でしかない。ただ、実際に起こったことを見ていただくと、医学的な知識がある方はこの仮説を支持してくれる。ニコリン投与前と投与後の変化に驚く方が少なくないことも事実である。それほど短期間で変化する。ただし脳梗塞の大きさが少し大きいとこの効果はなくなる。おそらく1mm以下の病変であろうと考えている。この大きさでそのような強い影響が起こること自身なかなか信じてはもらえないが・・・・。
以上の説明から、せん妄の治療で、抑制系の薬に頼りすぎると失敗する原因があることが理解していただけたであろうか。私はせん妄も何らかの脳の機能障害から起こる事が多いと考えている。この場合修復系をまず使い脳の機能障害の改善を図るべきだと考えている。私はこの考えでせん妄の治療に当たり、多くの場合治療に成功してきた。 いまだ譫妄の治療法は、確立しておらず多くの介護者が、せん妄に悩まされている。このような現状が早期に改善されることを願っている。認知症専門医による譫妄の治療法の確立が早期に望まれる。
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2008年11月16日 (日) 10時10分
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