voice61■梯子のはなし?
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[127]おなまえ:おーはし
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その昔、こういう芝居を観た。 …二人の男女が知り合って恋をして、男の方が 死んでしまう。そして、葬儀を行うことになる。 その時点から、時間を遡って描く物語。 つまり、芝居の幕開きはその男の葬式から始まる。 しかし、回想形式は取っていない。 場面が時間逆流するだけ。
…あれは面白かったな。 …いや、その形式手法じゃない。 …その芝居が。
そんなことを思い出した。この小説を読んで。
「ヨークシャーの荒れ野で農場を営むキャロルのもとに、 奇妙な男が転がりこむ。不運な経緯から彼女は男に 怪我を負わせ、回復までの宿を提供することにしたが、 意識を取り戻した男は、過去の記憶がまるでないと言う。 幻惑的な冒頭から忘れがたい結末まで、圧倒的な筆力で 紡がれる悪夢と戦慄の謎物語。驚嘆のデビュー長編!」
…以上がこの本の内容紹介文。 小説は、ジェレミー・ドロンフィールド『飛蝗の農場』。 ※飛蝗はバッタと読むそうな。勉強になるなぁ。
奇妙な男は、スティーブンだったりナイジェルだったり ミッシェルだったり、そしてアランだったりと名前が くるくる変わる。…いわゆる逃亡者。
物語には二つの軸があり、ひとつはこのスティーブンと キャロルのラブストチックな話。…でも男の方が怪し 過ぎるので甘いコイバナにはならない。何だか不気味!
もうひとつは、各所でのスティーブンの逃亡生活の話。 …これが読み解くのに厄介で、何で厄介かというと 事象の時間がバラバラに綴られているのだ。 つまり、A→B→Cと進むところが、B→A→Cと なっていたりする。それでも書いてある内容は難解でも 何でもないので、読み進めて行くうちに理解は出来る。
…B→A→Cっていうのはあれですな、 梯子に登って作業していたら、その梯子をいきなり 外されて、落下するようなものですな。 …梯子を外される事が分かっていれば、何とか対応 出来ますもんね。…人間、こうしてこうなるという 時間に沿った予測的事象が狂うと慌てるものです。
…でもどうやって対応するんだろ? …梯子がいきなり外れるんだろ? …分かっていても落下するな。俺ならきっと。
例えば、次に何が起こるか分からないというドキドキが ある。その場合、ある程度時間に沿って物語は進行して いる。もちろんドキドキさせるためには、間違いなく 見ている側を裏切らなきゃいけないので、かなり手の 込んだ次の展開が必要だろう。…予測不可能な事態。
ところがこの小説の場合、次に何が起こるんだろう? ではなく、次に何が書いてあるんだろう?となって しまう。何しろ進行がバラバラなもんで。…すみません。
「あんだよ!面白くねぇんじゃねぇか、この小説!」 …と、お思いのあなた、それは違います。
確かにB→A→C的に進行するストーリー展開だけど、 XYZあたりになると、ビッシッとすべてが結びつく。
「そりゃ最後ぐらいまとめてもらわんと困るがな!」 …と、お怒りのあなた、その通りです。
問題なのは、ラストまで読者を引き付けるそのやり方。
次に何が起こるんだろう?も希望と期待なら、 次に何が書いてあるんだろう?も希望と期待。 …その希望と期待を読む側に持続させるのは、 この小説の場合、全編に漂うあやし〜い空気だ。 そして怖い事に、とっても“血の匂い”がする。 なのに血がない。出て来ない。…匂いだけ。 ―だから怖いのだ!
これは引きずられる。この充満する高濃度の圧力を 打破しようと、勢いラストまで読み進めてしまう。 …ま、ラストはやっぱり血だらけなんだけどさ。
時間を遡ったり、時間をバラバラに描く事は 取り立てて珍しい事ではない。そんな手法はありきたり。 …そりゃ時間が順序立っていないので、 その時間の亀裂、断崖、隙間から何かを感じることはある。
梯子を外された途端、人生の全てと生きる真理を そこに見てしまうのと似たようなものだ。 ↑ほんとかよ?
要はそういう手法を使うにしても、いい作品になるか どうかは、その作り手のセンスと筆力、心の筆圧かな。 …心の筆圧。 …お〜、我ながらいい表現!
そうそう、クドカンの『木更津〜』も裏攻撃とかで、 キュルキュルキュルって巻き戻して、そこまでの話の 裏の出来事を描いていたな。主にうっちー活躍。
あれもただ見ている分には、くだらなくて 可笑しいんだけど、やろうと思えば同じ時間軸で 語れないことはない。「一方こちらでは…」っていう 進行にすればいいんだもん。
でもそうしないところに『木更津〜』の成功の素がある。 「くっだらなくって可っ笑しいぜ!」ってなるのね。
たまには梯子を外す人になってみよう。 …でもそれが相手にミエミエでうまく外せない 場合もある。…ばれていなくても、タイミングがずれて 相手が登り切ったあとに外す場合もある。…間の悪い奴。
あ〜、俺ってそういう所があるんだよね。 ―心に筆圧を!
2004年10月09日 (土) 07時24分
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