[912] NIGHT -TRANCE WORLD- |
- ロキ - 2007年03月11日 (日) 23時26分
――アフリカ大陸 エチオピア
荒れ果てた大地に、少女は座っていた。
眩しすぎる太陽に身体を照らし、飢餓すらも忘れてしまった感情を置いて
少女は空を見上げていた。
辺りに蝿が舞う。どこから湧いているのか、わからない。だがその蝿はまるで少女を母とでも崇めるように飛行する。
服を着ない体が太陽に焼かれて爛れているが、少女は気にもしていなかった。
いまさら気にしたところで、少女にはそれを回避する術がないからだろうが。
肋骨が皮膚を突き上げて、内臓が下へ下へと押される。腹は妊婦のように膨れていた。
大人は辺り一体に何人でもいる。だが誰一人として、彼女に手は差し伸べない。
人としての良心も悪心も蔑ろにして、損得のみに動く大人達に、世界がそうすることを要求しているのだ。
目が濁っている。
暗い。そして、醜い。
子どもの当然の権利のはずだ。
光を発することは子どもの権利であり義務であるというのに、少女は――。
男が、彼女のもとに歩み寄る。
旅人なのだろうか。彼の素性は、もうどうでもよかった。彼女にとって、空を見ること以外、どうでもよかった。
サングラスの奥にある旅人の目に、少女はどう映っているのかはわからない。
ただ、旅人は少女に手を差し伸べた。
差し伸べられた手は逞しくて、筋肉がついている。この国ではありえない体型だ。
少女は視線をそらさない。手をとらない。空に、空にしか興味はない。
科学によって育った地球は、荒れ果てていた。
もはや七つの大罪は背負えきれなく、それを放置し、安息を求めるために障害は排除していった。
人は荒み、歴史は腐り、世界は溶け出していて
明けることない夜が、地球を包んでいる。
この世界にもはや希望を見出すのは、砂漠の中で一滴の水を探すのと同じような状態になってしまっていて
男はしだいに差し伸べた手を身体へと引き寄せるようになった。
「…助けてやるでやんす」
黒いマントが風によってたなびく。
「…こんな世界、オイラが変えてやるでやんす」
握った拳は、血を流した。血の滴が、砂漠に溶け込む。
「…こんな腐りきった世界…誰も望んでなんかいやしないでやんす…」
心臓が締め付けられている。男は涙を流せずにはいられなかった。
「…人が傷つく世界のどこが…平和だというんでやんすか…」
涙も、砂漠に溶け込む。一滴の雫が、砂漠へ。
「…助けてやるでやんすよ…絶対…」
男は、踵を返した。
空を見上げる少女は、まだ、空を見上げていた。
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