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『犬祭4』作品登録リスト(小説部門)

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作品名:碌碌犬 競作

――夕刻。とあるマンションの一室。
突然訪れた役人と警察官は、一匹の犬をつれ、男の部屋をノックした。

はじめまして。迅本と申します。犬祭り、初参戦させて頂きます!
宜しくお願い致しますー。

迅本 洋 2010年08月24日 (火) 23時56分(38)
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作品名:碌碌犬

 男は言葉を失った。 目の前の犬は今にも、ワンと一声 吼えようとしているように見える。
 低くうなりを続ける大型犬は、ぴったりと男の瞳に視線を合わせて、離そうとしない。
 犬のリードをもつ、スーツ姿の役人も同じだ。
 意図せず全身から汗が噴出し、喉がカラカラに乾く。
視界が端から少しずつ暗くなっていくようだ。 自分の鼓動の音だけが、やけに大きく聞える。
呼吸がうまく出来ず、たまらず男は自室の壁に手をついた。
 その瞬間に、犬は、男に向かって大きく吠え立てた。

「ワンワン!! ワンワン!!」

 腰を抜かした男は、ぎゅっときつく目を瞑り、次に目を開いた時、その瞳は絶望に塗りつぶされていた。
 無表情なスーツの役人は、小さく一息を付くと、無慈悲な台詞を口にする。

「森園健太さん、あなたをコード66と認定する。 同行願おうか。」



 連行される息子を見て、母親は血相を変えて歩み寄ろうとするが、それは私服警官に阻まれた。
「ウソでしょう。 刑事さん、冗談よね? これ、何かの間違いなんでしょう?」
 息子は蒼白な顔をして、うつむいたまま、役人に連れられて玄関へと歩みだす。
その瞳は涙に濡れ、一瞬 母親の姿を見て唇を振るわせたものの、言葉にならない。
「やめてっ、やめて下さいっ、ケンちゃんを連れていかないで! ケンちゃん!」
「奥さん、奥さん。 酷なことを言うようですが、落ち着いて下さい。」
「何を言ってるの!!だったら、ケンちゃんを連れていかないで下さい!ねぇっ、放して! ケンちゃんが何したっていうんですか!」
 母親の悲痛な叫び声に、スーツの役人はゆっくりと振り向いた。
冷たい無表情な瞳で母親を見つめ、つぶやくように言った。
「何をしたか、ですか。 いいえ、奥さん、『何もしないから』ですよ…。 ご安心下さい、息子さんは我々の訓練施設で、立派な大人に矯正してみせます。」
 そして、もう一名の警官と、役人と、犬と、そして『66』と認定された男を送り出し、鋼鉄の玄関の扉は、重々しい音を残して閉ざされた。
 嗚咽を漏らし、崩れ落ちる母親を、私服警官は言葉もなく見つめていた。


 夕方の空は重い雲に覆われ、どこもグレー一色に塗り固められていた。
 男は落ち着きなく肩をゆすり、今にも泣き出しそうな表情だが、そばにぴったりと張り付いた大型犬が、
泣き出す事を許さない。 声を上げれば、すぐ足元で、ウウ、とうなり声をあげるのだ。
 マンションの階段を降りて、駐車場に停められた覆面パトカーにたどり着くと、
役人は犬を男から離し、男を後部座席に乗せ、ドライバーに指示を出す。
 私服警官にリードを預けると、役人も男に続いて後部座席に腰掛け、扉を閉めた。
 膝の震えが収まらない男は、しかし犬を遠ざけた事で、いささかの安心を取り戻したようだった。
 スーツの役人は、ポケットからハンカチを取り出し、男に手渡した。
「これで、涙を拭くといい。」
「……。」
 その声は、先ほどの冷徹な声と同一人物とは思えないほど、優しい。
「森園健太くん。 これから君が行くところは、わかるな?」
 男はこくりと頷く。
「成人福祉施設です…」
「そうだ。 しばらく家を離れ、君は、立派な大人になるための訓練を行うことになる。」
 消え入りそうな、恐い、という声が聞えた。
 役人は笑顔を浮かべて、男の肩をたたいた。
「何、今は不安だろうが、良い所だ。 おふくろさんとは離れる事になるが、時々なら面会もできるし、メールも送れる。
 何も不安がることはない。 向うにつけば、きっと落ち着くよ。」
 役人は懐から一枚の名刺を取り出し、男に差し出した。
「私の名前は守矢和義という。 不安になったら、いつでも連絡をくれるといい。 今日は、手錠をかける事なく済んで、救われたよ。 ありがとう。 きみならば、きっと立ち直ることができると信じている。」
 男は名刺ごと、役人の差し出した手を握り締め、堰を切ったように泣きじゃくった。
その肩を再びたたき、役人はドライバーに目配せをして、車を降りた。

 助手席のそばで、私服警官が役人に犬のリードを手渡す。
美しい毛並みのラブラド−ル・レトリバーは、役人の足元の定位置に収まると、首を上げて周囲を警戒した。
「守矢さん、お疲れ様でした。」
「ああ。」
 すっかり無表情に戻った役人に、警官は苦笑いし、
後部座席で顔を覆って泣いている男をちらと見て、溜息をついた。
「えらく泣いているようですが、何て声をかけてやったんですか?」
「特別なことは、何も。」
「そうですか。」
 警官は、森園健太、と書かれた資料に気の毒そうな視線を落とした。
「しかし、ひどいもんですね。 40にもなって、定職もなく、実家にパラサイトして一日中ネットゲーム、あげく母親にDVとは。 へえ、アルバイトもしたことがないのか。 こりゃあ、犬の予言など必要なくとも、66と認定されそうなもんです。 母上はえらく悲しんでいましたが、やっぱりこんな息子でも」
「余計な私語は慎みたまえよ、青山くん。」
 強い視線で、役人は警官をたしなめる。
「…は、これは失礼致しました。」
「66の送致を頼む。」
「了解しました。 ――しかし、守矢さん、本当に歩いて帰るんですか? こりゃあひと雨きますよ。 乗っていったほうが」
「いや、いい。 行ってくれ。」
 それでは、と会釈して、警官は助手席に乗り込み、車はゆっくりと駐車場を後にした。
去ってゆく車のテールランプを見送り、ラブラドール・レトリバーと、そのリードを握る役人は、ゆっくりと歩き出した。


 傍らを、隙の無い動作で歩くその犬は、
警察犬や、麻薬探知犬に並び、近年新たに活躍する事となった訓練犬である。
 『 碌碌犬 』 ――その犬は、現代社会で役に立ちそうにない者を、予言する訓練犬だ。

 かの犬に『碌碌』と認定された者――『コード66』と呼ばれる認定者は、
成人福祉施設と総称される施設へ送られ、そこで矯正訓練を受ける事となる。


 役人は、先ほどのコード66に握られた手を見つめ、小さく息をついた。
コード66の認定者は、被疑者の権利すらもなく、その運命は決定づけられている。
 施設を出る時、彼は別人となっていることだろう。

 ぽたり、ぽたりと、雨が降ってきていた。
歩きながら、傍らに繋がれた相棒を見る。

 ――いったい、何の権利があって――。

 リードを握り締めた手が、震える。
しかし、今、相棒が自分に向かって吼えたとしたら。
そう考えたとき、 一瞬湧き上がった殺意のような理不尽は、すぐに消える。
 これも、いつものことだ。
それがはたして、あきらめによるものか、恐怖によるものか、彼には判断がつかない。

 ただ、耳に張り付いた母親の悲鳴と、そして、手に残った温度を心に刻みつけ、
雨の中を、ゆっくりと帰路につく。
 自分たちに向かって吠え立てる、近所の飼い犬達の声を聞きながら。

 彼らが何を言いたいのか、役人には理解することは出来ないが、
きっと、自分をあざ笑っているのだろうという事だけは、朧げながら、感じることが出来た。

迅本 洋 2010年08月24日 (火) 23時58分(39)
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