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[55] レアクリース物語 第2節「鉄の腕」 第1章
健良 - 2004年11月08日 (月) 23時12分

鉄の腕
 

 冬の始め。レアクリースで最大の港を抱えるクリムヒルトは、冬の大しけに捕まる前に、できるだけ多くの荷を運ぼうとする船乗りたちと、商人たちとでごった返していた。日ごと深まる寒さをものともせず、金の亡者たちは街の中を縦横無陣に走り回る。

 酒場はどこも船乗りたちでいっぱいだった。彼らは安いラム酒を浴びるように飲みながら法螺話しや古い迷信の披露に興じ、夜が更けるまで飲みあかす。朝になると痛む頭を抱えながら、自分のねぐらである船に戻っていくのだ。

 そんな酒場のひとつ、<竜封じの鏡>亭でひとりのエルフが葡萄酒をすすっていた。癖のある金髪、緑の瞳を持つ彼は、顔中にあざを作っていた。口に葡萄酒を含むたびに、少ししかめっ面をする。口の中が切れて、葡萄酒がしみるらしい。彼はメリアセリアスのアルファルファ。旅の戦士だ。

 森から出てくるエルフはかなり少ない。たいていのエルフは、人間社会の急速な変化や粗暴に見える文化を嫌っているのだ。

 しかしながら、どこの世界にも変わり者はいる。人間たちのあふれる活力に惹かれて森を後にしてくるエルフが、二十年にひとり位はいるのだ。彼はそのひとりだった。

 アルファルファが皿に盛られた萎びた果実をつついていると、突然、背後から肩を叩かれる。アルファルファは振り向きつつ、腰に吊った短剣に手を延ばしかけるが、相手の顔を認めると止めた。そこに立っていたのは顔見知りの男だった。

 ゲイリー・ブルーアロー。アルファルファはフサでの騒動の際、彼の力を借りたことがあった。当時、彼は傭兵隊の隊長をしていたのだ。

 「騎士殿、久しぶりですな」

 「ゲイリー、僕は騎士じゃない。騎士の位を剥奪されてしまったんだ。今ではただのエルフだよ」

 「ただのかどうかは知らないが、とにかくおめでとう。これで堅苦しい口調を使わなくてすむ。ずいぶん立派な顔になったな」

 ゲイリーはアルファルファの向かいの席に座りながら言った。アルファルファは苦笑する。

 「喧嘩を売ってくる馬鹿者が多くてね。今朝から腕を五本と、足を三本、顎の骨をひとつ折ったかな。しばらくは静かだろうけど、新しく船が入港してくる度に挨拶に来られるんじゃたまらないよ」

 「そいつは災難だったな。相手がだよ。船乗りは迷信深いからな。おい、葡萄酒なんか飲んでるのか。もっとうまいのがある。一杯おごらせてくれ」

 ゲイリーはアルファルファの返事を待たずに、大声で黒麦酒を二杯注文する。すぐに給仕が飛んできて、泡をこぼしながら卓にジョッキを二つ置いていく。

 何事にも挑戦すると決めていたアルファルファはジョッキを持ち上げ、中に入っている泡立つ液体を口に含む。苦い。あまり、おいしいとは思えなかったが、吐き出すこともできず苦労して飲み込んだ。

 「おいおい、麦酒のおつまみに果実はないだろう。なにかたのもうぜ。腹が減ってるんだ。このところ、ゆっくり食事もできなくてな」

 ゲイリーは、魚料理とソーセージの炒めたもの、じゃがいもを揚げたものをそれぞれ一皿づつ注文した。

 「肉が食えんとは言わせんぜ、アル。エルフが肉を食えるってことは調査済みなんだ」

 「食べられないことはないさ。エルフの消化器系は人間のとそう変わらない。ただ、習慣としてエルフは……」

 「エルフが肉を食えないことの医学的根拠なんざ、聞きたくないさ。ようは、好き嫌いの問題だろ。慣れちまえばなんてことはない」

 ゲイリーの言うとうりだ。アルファルファもそのことは経験から知っていた。

 メリアセリアスにいるときは、栄養価の高い果実が手に入るので肉を食べる必要はなかった。だが、レアクリースを旅して回ると食料の調達に困ることもある。そうすると、好き嫌いを言っていられない。当然、肉しか手に入らないこともある。アルファルファも生き延びるために肉を口にしてきた。

 ようは慣れの問題だ。今も肉を食べるには少し抵抗があったが、最初の頃のように、口に含んだとたん酷い吐き気に襲われることはなくなっていた。

 しばらくして、注文した料理が届く。ゲイリーは早速、それをかたづけにかかる。アルファルファも皿に残っていた果実を食べてしまうと、一本のソーセージを長い時間かけてかじっていた。

 「ゲイリー、君は今も傭兵稼業を続けているのかい」

 「ちょっと、違うな。トラブル・シューティングさ。よろず、揉め事引き受けます、ってね。借金の取り立てから、喧嘩の仲裁、家畜小屋の掃除。そういや、産婆の真似事だけは、まだしたことがないな」

 「お産はトラブルじゃないからさ。偉大なる、生命の誕生」

 「そんなこと言うのは、お前さんがまだ、世間知らずだからさ。ありゃ、大災難だぜ。まわりの状況によっては」

 ゲイリーはそう言って笑った。

 「まあね、やってることは以前とさほどかわっちゃいないんだ。ほんとのところはな。ダラスに解雇されてからこっち、なかなか苦労してきたよ。やっこさんは刺激的な仕事をくれる、いいパトロンだったんだが。いまじゃ、フサの司政官様さ。陰謀、知略、なんでもござれってね」

 アルファルファが最後にダラスにあったのは一箇月ほどまえだ。まったく、あれはまさしく政治家を絵に書いたような男だ。最初の選択を間違えていたのはアルファルファではなく、ダラスの方ではないかと考えることがある。

 「ここへは何のようで。仕事かな」

 「白状しちまうけど、あんたを探しにきたんだ。メリアセリアスに行ったんだが、英雄殿は諸国漫遊の旅に出ちゃったわ、って言われてね。ずいぶん捜し回ったよ」

 「誰だい、そんなことを言ったのは」

 「ファラドーラスの姐御さ」

 この呼び方がおかしくて、アルファルファは大笑いした。確かに彼女には姐御肌なところがあった。しかし、既婚者の女魔術師を捕まえて姐御とは。

 「彼女はアリアトリムに戻ったと、そう思ってたけど」

 「評議会に気に入られてるみたいだったぜ。フサとの協定で破格の賠償金がとれたろ。あれは姐御の助言のおかげだと考えてるんだな、評議会は。それで議員のひとりが彼女を評議会の顧問に推薦した。今、彼女は二つの組織に対する忠誠心で、真二つにされてるよ」

 「ファラドーラスは確かに切れる女性だけど、政治に係わるタイプじゃないな。彼女はアリアトリムに戻ると思う。それに、アリアトリムには夫と息子がいるんだ」

 「へぇ、そいつは初耳だ。今度あったら口説いてみようと思ったんだがな。旦那もエルフなんだろ。そいつは勝ち目がないな」

 ゲイリーは残っていた麦酒を一気に飲み干す。

 「どうだ、俺の持ってきた仕事、受けないか」

 「内容も知らずに、うんとは言えないな」

 「聞いたら引き受けてもらわなきゃ困るぜ。あんたの良心が痛まない仕事であることは保証しよう」

 アルファルファはゲイリーを見つめた。彼は悪い男じゃない。ゲイリーはダラスに雇われていたのだ。ダラスは曲がったことが嫌いで、不正を酷く憎んでいた。そんなダラスが道徳的に信用できないような人間を雇うだろうか。

 「解かった、ゲイリー。話しを聞こう」

 「ここじゃ、ちょいと無理だな。目も、耳も多すぎる。解かるだろ」

 アルファルファはうなずいた。酒場には金になりそうな話しに必死になって聞き耳を立てている輩が必ずいるものだ。

 「前の通りをちょっと港の方へ行ったところに、部屋を取ってあるんだ。そこに仲間を待たせてある。そこに行って話しをしよう」

 アルファルファとゲイリーは席を立った。ゲイリーが勘定を済すと二人は通りに出て、部屋が取ってあるという宿屋に向かった。

 

 宿屋はそれほど上等なものではなかったが、夜、夜盗を恐れなければならないほど酷いものでもなかった。

 階段を昇って二階に上がる。廊下の両側に扉がならんでいる。ゲイリーの借りたのは、突き当たり、右側の部屋だった。

 ゲイリーは扉をあける。蝶番の油が切れているのか、扉は軋みながら開いた。

 「ゲイリー、彼は見つかりましたか」

 部屋の中にいた女性が口を開く。茶色の髪、茶色の瞳。長い髪は後ろでひとつにまとめられている。目には冷たい光が宿り、その気になればどこまでも冷酷になれる女性なのだろうとアルファルファに思わせた。

 驚いたのはその服装だ。上半身には短衣、下半身には身体の線にぴったりとあった洋袴。それに、かなり重そうな長靴をはいている。まるで、男のような出立だった。腰に吊った細身の剣に目をやって、アルファルファは納得した。彼女は戦士なのだ。

 「彼がそうだ。我らの助け人。アルファルファ、彼女は俺の部下、じゃなくて、仲間、ダイアナ・C・マーキュリー」

 「メリアセリアスのアルファルファです。よろしく、マーキュリーさん」

 「ダイアナで結構よ、アルファルファ」

 そう言って、彼女は右手を差し出した。アルファルファはその手を握る。どこまでも男性式なのだな、この人は。

 「あら、奇麗な指をしているのね。あなた、本当に戦士なの」

 「ええ、一応は。手品師でないのは確かですよ」

 「面白いわ、その冗談」

 その言葉とは裏腹に、彼女はにこりともしなかった。

 「ダイアナ、すまんが、外で見張りをしてくれないか。アルファルファに事情を説明していないんだ。誰にも立ち聞きされたくない」

 彼女は、はい、とひとこと言って部屋を出ていった。

 「あれはちょっときつい女だが、腕は立つんだ。どっかの誰かが、彼女をドラゴン・ウーマンて呼んでたな」

 「それじゃ、ファラドーラスと一緒だ」

 「姐御もそんなにきついのか。ふむ、彼女が既婚者だったのに、感謝しなければならんな」

 ゲイリーは窓の外をしばらく眺めた後、カーテンを引いた。部屋の中が薄暗くなる。

 「用心し過ぎるってことはないのさ。経験から言ってもな。まず、依頼人のことから話そうか。依頼してきたのは、サリアノース行政府治安維持部だ」

 アルファルファは眉を寄せて考え込んだ。

 「サリアノースっていえば、治安維持にかなり力を注いでいるところじゃないか。人手が足りないなんてことはないだろうに。何でわざわざ、外部の人間を雇うんだ」

 「数だけ揃ってても何にもならないからさ。役人なんてそんなもんだろ。てきとうに仕事をこなしていれば、食いっぱぐれる心配はないんだ」

 「それで、いったい何を頼まれたんだい」

 「<鉄の腕>って知ってるか」

 アルファルファは首を横に振った。聞き覚えがない。

 「最近、サリアノースで大暴れしている、犯罪者集団の頭でね、その集団も同じ名前で呼ばれてる」

 「それで」

 「依頼を受けたのは、ニ箇月位前かな。そいつらの頭を逮捕するか、殺すかしろって言われたんだ。それで、今まで必死になって探したんだ、そいつの居場所を。それが、どうもうまく行かない。調査に出してた部下を、何人も死なせちまった。雇い主の忍耐も限界に近くてね。こうしてるうちにも、被害総額はどんどんつり上がってるだろうな」

 「僕に何をして欲しいんだ」

 「腕の立つ戦士が欲しいんだ。アルファルファ。真っ先に思い浮かんだのがあんたでね。仲間達も承知してるよ。あの時いた連中はね」

 アルファルファは拳で軽く額を叩いた。犯罪者集団か。サリアノースでは何が犯罪に当たるのか良く解からなかったが、迷惑をこうむっている人間がいるのは確からしい。

 ゲイリーは貴族が嫌いだ。彼はそう公言してはばからない。すると、損害を被っているのはサリアノースの民衆なのだろう。貴族の利益のためだけに、ゲイリーが働いているとは考えづらい。

 「解かった、ゲイリー。手を貸そう。どれだけ力になれるか解からないけど」

 ゲイリーはにやりとする。

 「あんたは、絶対引き受けると思ってたよ、アル。そうと決まれば酒盛だ。ダイアナも連れて飲み直しにいこう」

 

 夢。雨の季節が過ぎ、木々が光を集め、実りの秋のために力を蓄える夏。強い日差しを避け、涼を得ようとし、動物達は木陰へ、あるいは水辺へと集まっていく。

 アルファルファは泉の淵に座って、春の騒動を思い返していた。手にした笛を吹かなくなってからどれくらいたつのか。歌も歌わなくなってしまった。演奏会に誘われても、別に用事があると言って断ってしまう。甘い恋を語る旋律は、いまだにあの黒髪の女性を、声の涸れるまで歌い通した夜を、アルファルファに思いださせた。

 「アルファルファ、何を考えているの」

 澄んだソプラノ。ソニアもそうだった。でも、ソニアはもっと音楽的な、そんな節をつけた喋り方をしていた。それに、彼女の口にしていたのはメリアセリアスの言葉ではなかった……

 「アルファルファ、彼女のことを考えていたのね」

 「アルミラ、読心術を憶えたのかい」

 アルファルファはとなりに腰を下ろしたエルフの女性を見た。彼女は、ソニアとは違っていた。アルファルファと同じ緑の瞳。尖った耳、高い背。そして、彼女の髪は、サフランの色だ。

 「あなたの顔を見れば、魔法を使う必要なんかないわよ。それに、興味本位で相手の思考を読んだりしないわ、魔術師は」

 アルファルファは笛に視線を戻した。

 「あなた、後悔してるのでしょう」

 「何をだい」

 「ソニアをフサに帰したこと。あなた達は、お互いに愛し合っていたわ。どうして彼女を行かせたりしたの、アルファルファ」

 アルミラの言葉はアルファルファの心を締め付け、耐えがたい苦痛を与えた。鳴咽が漏れそうになる。一度、深呼吸をして、呼吸を整える。

 「……仕方がなかった。人が死ぬのに耐えられなかったんだ。彼女がここに残れば、事態が収まるまでに、もっと多くの人が死んだはずだ。ソニアも、彼女も解かっていたはずさ」

 「男の人ってみんなそうなのね、アルファルファ。理想ばかり追って、自分だけが幸せになるのを怖がるのよ。ソニアは、本当に理解していたかしら。女は、もっと利己的なものよ。世界の平和より、自分の幸せが大事。女はね、そう考えるのよ」

 「……アルミラ、君もそうなのか」

 アルミラはアルファルファをじっと見つめた。無表情に。やがて微笑むとこう言った。

 「そうよ。私は、女ですもの。幸せになりたいわ」

 アルミラは静かに立ち上がり、村の方へゆっくりと歩いていった。アルファルファは彼女の後ろ姿をじっと眺めていた。

 これは夢。日差しの強い夏の……

 

 アルファルファは目を覚ました。途端に酷い頭痛が襲ってくる。昨晩は、ゲイリーの勢いにつられて、かなり深酒をしてしまった。次の日に酔いが残るまで飲んだのは初めてのことだ。

 それにしても、あの夢はいったい。アルファルファは苦笑いする。自分はまだ感傷に浸っているのだ。恋人からむりやり引き裂かれた、悲劇の主人公。

 馬鹿ばかしい。もっと前向きにならねば。そのために森を後にしたのではないか。

 アルファルファは勢い良く寝台からはね上がり、一瞬後に後悔した。頭が痛い。あまりの苦痛に思わず呻き声を上げてしまった。

 「ふわああ。なんだ、アル。もう起きたのか」

 「頼む、ゲイリー。お願いだから、声を落としてくれ」

 「んっ。なんだ、あの程度で二日酔か。情けない奴だな」

 「君がどうかしてるんだ。きっと、人間の規格から外れてるんだ、君の身体は。エルフは酒に強いはずなんだよ、人間に比べれば」

 「俺の身体は、環境に適応してるだけさ。お前さんもすぐに慣れる。なに、二日酔なんざ、頭から水を浴びれば一発で治るもんだ」

 「水を浴びるって。いったいなんの冗談だい。今何月だと……、おいっ、ちょっと、なにするんだい、ゲイリー」

 ゲイリーはアルファルファの首をつかむと、部屋の外へ引きずって行った。

 「ごちゃごちゃ言うな、男らしくない。俺もつき合ってやるさ。こいつは日課なんだ。慣れたほうがいい」

 アルファルファは痛む頭を省みず大声で抗議したが、ゲイリーは聞く耳を持ち合わせていなかった。

 

 アルファルファはくしゃみをした。外套の前をかたく引き寄せる。ゲイリーのおかげで二日酔は治った。

 いや、治ったのではない。風邪をひいて、酷い頭痛がするうえ、寒気を感じて身体が震える。そういった症状は、あらゆる点で二日酔の苦痛を凌駕していた。アルファルファは揺れる鞍の上で、風邪の症状と戦っていた。

 「どうして、あの程度で風邪をひくんだ。俺なんか、なんともないぜ」

 それに、アルファルファは鼻にかかった声で答える。

 「やっぱり、君は規格外なんだ。普通の人間が、あんなまねして平気なはずないさ。エルフだってそうさ。ドワーフだってやらないよ、あんなこと」

 「人を化け物みたいに言うなよ。これは、日頃の鍛練の賜物さ」

 アルファルファは布を鼻に当て、思いっきり鼻をかむ。一時的に鼻が通るようになるが、頭の重い感じは消えない。

 「いったい、どんな鍛え方したんだい」

 「いろいろさ。なにせ、野蛮な感じの男が好きだって言う女が多いもんでね。彼女らの期待に答えなけりゃ」

 アルファルファは呆れ返った。

 街道沿いに進んでフサにいたる行程は通常五日間なのだが、アルファルファの体調に合わせて、七日間かけた。おかげで、フサに到着するころには、アルファルファの風邪は完治していた。

 フサの街は半年前の戦争の痛手をまったく表に出していなかった。かえって、戦前よりも活気にあふれているように、アルファルファの目にはうつった。

 フサは新しい領主による新しい政策によって、戦争によって受けた被害から完全に立ち直っていた。

 兵力は戦前の半分にされ、軍事予算も三分の一に減らされた。民衆にかけられていた税は引き下げられ、貿易品にかけられていた間税も引き下げられた。

 このことで他の都市との貿易が活発になり、結果として、フサ行政府の予算収支はドリアンの残した借金の精算と、メリアセリアスに対する賠償金の支払いを行なっても、まだ黒字を保っていた。ここまで、ダラスの才覚は大当たりしている。

 アルファルファは街の中央に立っている城を見て、胸が締め付けられた。あの城のどこかに、ソニアがいるのだ。

 「アル、どうした。顔色が悪いぜ。風邪をぶり返したか」

 「いや、ゲイリー。少し疲れただけだ。なんでもないさ」

 「そうか。アル、ダラスに会っていくか」

 「ダラスに……。いや、よしておこう。彼も忙しいだろうし、すぐには会えないだろう。それに、依頼人を待たせてるんだ。寄り道している暇はないさ」

 「友人に挨拶していくぐらい、いいだろうに」

 「……ゲイリー、正直なところを言おうか。彼に会いたくないんだ、ここ、フサの街では」

 「いい思い出がないって事か、ここには」

 アルファルファは答えなかった。ゲイリーは肩をすくめる。

 「ダイアナ、宿屋を見つけて部屋を二つ、取っておいてくれ。この通りを少し行ったところに、<黒髪の乙女>亭というのがある。そこで酒盛りをしてるから、気が向いたらくればいい。アル、嫌なことは酒を飲んで忘れちまうに限るぜ。俺も付き合ってやろう」

 そう言って、ゲイリーはアルファルファの馬を導いて行った。

 

 夢。睡眠によって掘り出された遠くない過去。慎重にしまい込まれ、再び触れることを恐れた記憶。

 クリムヒルトの船付き場。フサ行政府所有の貿易船が停泊していると聞き、アルファルファの足はなぜかここに向いた。

 そこで、友人と思わぬ再会を果たす。フサ司政官、ダラス。彼は新たに就航したばかりの貿易船を視察に来ていた。

 「やあ、アルファルファ。久しぶりだね。また、森を出てきたのか」

 「こちらの華やかさに惹かれて。死に際の蛾と一緒ですよ」

 「私には、君が健康そのものに見えるがね」

 「外見は。中身はどうでしょうかね」

 ダラスは何も言わなかった。少々、顔をしかめはしたが。

 「この船の視察ですか」

 ダラスはうなずいた。アルファルファの顔を考え深げに見つめている。

 アルファルファは甲板の上に目を走らせ、船首に投石器が取付けられているのに気がついた。

 「武装貿易船なんですね」

 「フサには海軍を編成するだけの余裕はないからね。自衛のために必要なのさ。海賊の話しは聞いているだろう、アルファルファ」

 「ええ。一応は。でもどこまで本当のことなんですかね」

 「脚色の多いのは認めるよ。船乗り達は自分に箔を付けようと、かなりおおげさに話すから。でも、大筋は違ってない。ほんとなら、護衛の船団も付けたいところだが、大規模な海洋貿易をするわけじゃないから。これで十分だと思う」

 アルファルファもうなずいた。この船は全体に長細く、船足は速そうに見える。積載量は減るだろうが、速度はかなりのものだろう。フサは内陸にあるから、大きな貿易船を所有するより、クリムヒルトの船主に依託したほうが多額の保険料を引き合いにしても、まだ安上がりなのかもしれない。この船には、なにか特別な任務が与えられるのだろう。

 「アルファルファ、この船の名を知っているか」

 アルファルファはこのダラスの突然の問い掛けをいぶかしんだ。

 「いいえ。知りません」

 「<アルファルファ>号というんだ」

 アルファルファはダラスの無表情な顔に見入った。

 「いったい、なんの冗談ですか」

 「私はいたって真面目だよ。疑うなら、船首の所を見てみればいい」

 確かに、そこには流れるような書体で<アルファルファ>と書かれていた。

 「ソニアがつけたんだ、アルファルファ」

 アルファルファは、突然、この目の前にいる男に腹が立ってきた。

 「なぜ止めなかったんです、ダラス。あなたにはできたはずだ」

 ダラスは静かに首を横に振る。

 「私にはできなかったよ。それは残酷すぎる」

 この答えを聞いて、アルファルファは怒鳴り散らした。

 「どちらが残酷なんですか、ダラス。彼女は僕を忘れるべきなんだ。過去を悔やむことが彼女のためになるわけはない」

 「君のためにもならない。君は理由を欲しがっている。彼女が君を忘れれば、君は彼女を諦めるのだろう。ソニアが君を忘れた、それを理由にして」

 アルファルファは反駁できなかった。ダラスの言葉は核心をついている。

 「君を責めているわけじゃない。そう考えるのも無理はないと思う」

 「……忘れるしかないんだ。お互いに」

 「人の気持ちはそんなに簡単にわりきれるものじゃない、アルファルファ」

 アルファルファは、打ちひしがれた気分でダラスの言葉を聞いていた。

 

 空一面にかかる灰色の雲。それは、冬の訪れを表す兆しだった。デニス・クロウディアの山々はすでに雪に覆われており、近隣の地域に冷たい風を吹き下ろしていた。

 吐く息が真昼でも白い。黒い海を眺めながら、この辺りに雪が降るのももう間近だろうと、アルファルファは思った。

 ここからは、サリアノースの街が見える。フサを立ってから三日がたつ。結局、フサでは旧友に会うこともなく、不足した食料を買い足しただけで、すぐに街を出たのだった。

 今は、昼を少し過ぎたところ。夕刻にはサリアノースにつくだろう。

 アルファルファはソニアに会わなかったことを後悔してはいなかった。会ったところで、どうなるものでもない。悪戯にふさがりかけた互いの傷を広げただけだったろう。アルファルファはそう思った。

 自分のソニアへの思いが遂げられる事はないだろう。彼女が領主という身分を捨てぬかぎり。それが実現不可能なものであるのは解かり切っている。

 ソニア以上に愛せる相手が自分に見つけられるだろうか。恐らく、無理だろう。この苦しみは、アルファルファが死ぬまで続くのかもしれない。少なくとも、彼自身はそう考えていた。

 



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