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[41] レアクリース物語 第1節「邪悪の瞳」 第5章@
健良 - 2004年11月03日 (水) 11時45分

 

 アルファルファは村に舞い戻った。森を出ていったときの浮き立つような気分はもう感じることはできない。森の中に漂う空気も、これから始まる戦の予感に重く沈み込んでいた。

 彼が村にたどりつくと、村人がたくさん飛び出してきて大騒ぎになった。誰も彼も、フサの動きを知りたがっている。

 アルファルファは質問の声を無視して、父の姿を捜し求めた。ちょうど、家から出てくるところだ。アルファルファは馬から降りた。

 「父上。只今戻りました」

 「アルファルファ。いったい今まで、何をしていたんだ」

 「すみませんが、話は後です。ライアード師に会わなくては。評議会は、もう決定を下しましたか」

 「戦だ。メリアセリアスはフサの挑戦を受けた。ライアードは総指令官に任命され、軍の再編成を行なっている」

 アルファルファは再び馬上の人となり、評議会の開かれている首都へ向かった。ライアードはそこで軍の編成を行なっているのだ。

 首都につくとすぐ、軍指令部のおかれている建物に向かった。ここが使われるのは約百年ぶりだという。平和を願う人達の手でふさがれた入り口も、再び戦争によって開かれてしまった。

 建物の中は士官に任命された戦士達であふれかえっていた。アルファルファは、手近にいた一人の戦士からライアードの居所を聞き出した。彼には二階の一室が事務所として与えられていた。

 「ライアード師。お話しがあるんです」

 「アルファルファ、いいところに戻ってきた。君はフサに行っていたそうだな。向こうの様子を教えてもらえると、ありがたいんだが」

 アルファルファは今までの経緯を話した。ソニアとの関係には極力触れないようにして。

 「なるほど。大変なことに巻き込まれたものだな、アルファルファ。これで、メリアセリアスを守らなくてはならない理由が、一つ増えたわけだ。我々は負けるわけにはいかない。アルファルファ、君を私の副官に任命する。今は、君の知識が必要だ」

 アルファルファはその申し出を快く受けた。もともと、そのつもりでここまでやってきたのだ。二人は長い間、軍の編成について話し合った。アルファルファの意見を取り入れて、ライアードが最初に出した案を修正していく。

 「むこうの軍は、新兵の割合が比較的多いようだな。その辺りに勝機を見いだせればいいんだが。しかしながら、こちらの兵士達も経験豊富とはいいがたい。いかに軍の統率をとるか、それが問題だな」

 

 右前方をライアードの騎馬が進んで行く。彼は金色に輝く鎖鎧をまとい、陽光を反射して眩いばかりに輝いていた。多数の副官を従えながら、メリアセリアスの軍指令官に相応しい姿で先頭を進んで行く。

 アルファルファはその後方から、彼の影のようについていった。出立ちもまさしく影のようだ。アルファルファは全身を黒い鎖鎧で覆っていた。

 黒は、メリアセリアスでは不吉な色とされていた。アバロニスでは王族を、人間達の間では権力を示す色ではあったが、メリアセリアスでは死そのものを表し、戦の装束には決して用いない色だ。

 アルファルファにとって黒は他の意味を含んでいる。彼にとって、黒はソニアの流れる髪の色だった。彼にとって、黒はソニアの燃える瞳の色だった。彼女を助けることができなかった自分が彼女の色にくるまれて死ぬというのが、ひどく似合っているように、アルファルファには思われた。

 ライアードが馬の足を止める。彼は頭上に手を上げると、さっと横に振る。アルファルファはそれを受けて、角笛を口に当てると停止の合図を吹いた。

 角笛にしたがって、背後に続く軍が一斉に足を止める。アルファルファは間を置かず、配置を命じる旋律を吹き鳴らした。士官達はそれを聞き、自分の部下に指示をだしはじめ、配置は速やかに完了した。

 目の前にはフサの軍が広がっている。太鼓や笛の音が、ここまで聞こえてくる。前衛にはフサの騎士達がおり、彼らの板金鎧が日の光を反射して、眩しく輝いていた。

 旗もいくつか見える。アルファルファはその中に羽ばたく鷹を見つけ、にやりとした。サンドフォード家の紋章だ。他にもいくつか、記憶にある紋章を見つけた。黒豹、灰色熊、白蛇、紅薔薇、飛竜……

 ライアードの指示で、アルファルファはまた角笛を吹いた。準備の合図だ。メリアセリアスの弓兵達が長弓に矢をつがえる。騎兵は剣を抜き、歩兵は槍を構えた。

 今、メリアセリアス全軍の視線はただ一点、総指令官の右手に注がれている。ライアードは、手甲に包まれた右腕を高々と上げていた。

 風が止んだ。アルファルファがそう思った瞬間、ライアードの右手が鋭く振り下ろされる。弓兵達は矢を放つ。放たれた矢は放物線を描き、フサの軍に雨のように降り注いだ。

 つぎの瞬間には、敵の放った矢がこちらを襲う。アルファルファは盾を掲げ、矢から身を守った。まわりからは、不運な者たちの呻き声や罵声が聞こえてきた。

 敵の射撃が一段落ついたところで、ライアードが素早く指示をだす。

 「よし、突撃だ。アルファルファ、角笛を。士官には、笛の音を聞き落とさないように注意しろ、ダーレック」

 アルファルファは突撃の旋律を吹く。騎兵が地を蹴立てて突進して行く。歩兵はその後を慎重な足取りで進んでいった。弓兵は二隊に分れ、戦場の右翼と左翼に進んでいく。

 こうしてその場には、殿軍として約四十人ほどの騎兵が留まった。そのうち何人かは伝令として戦場を駆け巡り、指令官の指示を伝えて回った。完全な戦闘状態になると、角笛の指令は聞き逃されることがしばしばあった。

 早朝、日の出とともに始められた戦闘は、昼を過ぎて完全な膠着状態となった。指揮系統は麻痺し、組織的な動きがとれなくなってしまった。

 「こうなると、戦争とはとてもいえん。たんなる喧嘩だ。互いに刃物を持っているだけに、始末が悪い。アルファルファ、角笛をダーレックに渡せ。十人ここに残す。残りは私についてこい。敵の右翼を切り崩す。ダーレック、敵の右翼が崩壊したら、退却の合図をだせ。恐らく、敵も引くはずだ。これ以上続けても、なんの益もない」

 ライアードと三十騎の騎兵は、退却の機会をつくるため、フサ軍の右翼にかかっていった。アルファルファも途中まではライアードに続いていったが、フサの騎士の一人に行く手をさえぎられ、はぐれてしまった。

 アルファルファは騎士と剣を交える。アルファルファはフサでの生活で、騎士の戦い方はだいたい心得ていた。相手の騎士は、アルファルファよりも馬の操り方が下手だった。アルファルファは物心ついてから五十年間も馬に乗ってきたのだ。たいがいの人間よりは、馬を巧みに操れて当然だ。

 アルファルファは騎士のついてこれないような動きを相手に強いて、騎士がバランスを崩したところで胸に一撃を放った。

 アルファルファの剣は相手の胸当てを貫くことができなかったが、相手を突き落とすには十分な打撃を与えた。落馬した騎士ほど戦闘力のないものはない。彼らの堅固な鎧が、ひとたび落馬すると重い足枷になるのだ。

 アルファルファは落馬した騎士をそれ以上かまわなかった。相手もこちらから逃げようとしていたからだ。自分がとどめを刺さなくても誰かがやってくれるだろう。

 アルファルファは辺りを狂おしくみまわした。ライアードの輝く金の鎧はどこにも見えない。

 アルファルファは激しい戦闘が行なわれている一角を発見すると、そこに馬を向けた。その後はほとんど意識した行動をとれなかった。突き掛かってきた敵の武器をかわす。敵の隙をついて剣を振る。盾を掲げ、剣を振り上げ、振り下ろし、馬を操る……。

 五人目までは覚えていた。アルファルファ自身も無傷ではない。両足に一箇所づつ、敵の歩兵に切りつけられた傷があり、出血は今も続いている。それでも、アルファルファは戦い続けた。体の痛みなど問題ではない。心の、精神の痛みに比べれば……

 退却の角笛が鳴り響く。メリアセリアスの兵は潮のように引き始め、フサの兵もそれに合わせて退却し始めた。アルファルファはフサの軍を見て、切り込んで自滅しようかと考えたが、戦はこれが最後ではあるまいと思い、退却することに決めた。

 この初戦において、メリアセリアスも、フサも、死傷者の数だけ見ればほとんど同じだけ被害を受けた。

 しかし、メリアセリアスは数では表せぬ大打撃を受けたのだ。この戦いでメリアセリアス軍総指令官、剣匠ライアードは背後から敵の矢を受けて、帰らぬ人となっていた。

 

 メリアセリアスの兵士達の気持ちは重く沈んでいた。指令部として立てられた天幕のなかにライアードの死体が運び込まれる。金色の鎖鎧が脱がされ、寝台の上に寝かされた。アルファルファはその傍らで、沈黙を守りながら立っていた。

 ライアードの死に顔は不思議と安らかなものだった。彼は今までずっと、戦い続けてきたのだ。幼いころから剣を学び、長じてからはレアクーリスの各所を回って技を磨いた。そして今、故郷メリアセリアスの地を守るための戦で死んでいった。これが彼にとって、満足いく人生だったのだろうか。

 アルファルファは、自分の師というべき人物が二人も死んでしまったことに絶望していた。老騎士、ロベルト・アバティエロ。彼はアルファルファの身代わりとなり、ソニアを守りながら死んでいった。剣匠、ライアード。彼はアルファルファが引き起こした戦争で命を落としてしまった。

 まわりの人々は言うかもしれない。アルファルファには責任がないと。しかし、これらの出来事は自分のふがいなさから起こったものだと、アルファルファは信じていた。アルファルファの心を責めさいなむのは、彼自身の心だった。

 「総指令」

 アルファルファは自分が呼ばれているのに気がつかなかった。しばらくして、その呼びかけが自分に対して行なわれているのだと気づく。

 「総指令、ご報告したいことがあります」

 天幕の入り口に立っていたのはダーレックだった。ライアードが戦死したことで、それまで副官だったアルファルファは総指令官に任命された。アルファルファはすぐにダーレックを自分の参謀に任命したのだ。

 ダーレックは生粋の軍人だった。与えられた任務に疑問をもたず、常に軍全体にとっての最善をつくす。

 アルファルファにとって、今すぐにでも必要となるのはその冷酷さだ。人間を、ただ種族の違いだけで憎み、殺せるだけの冷酷さ。ソニアが以前、優しさと呼んでいたものは、戦争において邪魔にしかならない。

 「先ほど、人間を一人、捕えました。間者である可能性がありましたので、私が取調べました。この人物は、ソニアと名乗っており、自称、フサ領主の娘だそうです。ちょっと信じがたい話ですが。彼女はあなたの名前をしっていました。あなたに会いたいとも言っています。少し、気になりましたので」

 「その女性はどこにいる。僕が訊問しよう。ここに連れてきてもらえないか」

 「わかりました。すぐに」

 ダーレックは敬礼して天幕をでていった。ソニアがここに。まさか、そんなことが。彼女は今ごろ、自分を軽蔑して……

 「アルファルファ」

 その女性は、まぎれもなく、ソニア本人だった。髪は乱れ、顔は涙で濡れていたが。両脇を兵士に固められ、天幕の入り口に立っている黒髪の女性は、現実のソニアだ。あの日以来、ときおりアルファルファの目の前に現われ、彼をあざ笑った幻のソニアではなく。今、目の前にいるのは、病んだ心の生んだ、幻影ではなかった。

 「君たちは、さがっていてくれ」

 兵士達は命令に従い、ソニアをその場に残して去っていった。

 「アルファルファ、アルファルファ」

 ソニアがアルファルファに抱き付いてくる。アルファルファは消えてしまうのではないかと恐れながら、彼女を優しく受けとめた。

 「ソニア、どうしてここに」

 「逃げ出してきたのよ」

 アルファルファは笑った。あの逮捕劇以来のことだ。

 「君が逃げ出してきたのは、これが初めてではなかったね」

 ソニアも笑う。

 「そうね。あの時は、今ほど必死ではなかったわ」

 「ソニア、すまない。僕は誓いを守れなかった。君を危険にさらしてしまった。君が望むなら、僕はこの場で自害しよう」

 「そうして、また私のもとから去っていくというの。いいえ、許さないわ。私を置いて行かせたりしない。もう、絶対に」

 ソニアはアルファルファの唇に、自分の唇を重ねた。アルファルファはその暖かさに心のしこりが溶けていくのを感じた。

 「私はもう、フサへは戻れないわ。伯父は恐ろしい人よ。人の命の重さなんて、全く考えていないのよ。ダラスが教えてくれたの。私の父はやっぱり、毒殺されたのだって。長期間服用すると少しずつ衰弱していくような、そういう毒をつかって。それを指図したのも、やはり伯父だったのよ。ダラスは側近になったふりをして、伯父のことを調べていたの」

 「知っているよ。彼は“赤”の魔術師で、アリアトリムの命令を受けて行動していたんだ」

 「その任務はしくじってしまったがね」

 その声に驚いて、アルファルファは顔を上げた。見慣れないエルフがそこに立っていた。

 いや、目許や口許には、どこかで見たような、そんな特徴的なところがあった。突然、そのエルフの顔が変化して人間の男の顔になる。

 「ダラス。こんなところで何してるんです」

 「ここは、なかなか警備が厳しいね。エルフに化けるのにはひと苦労したよ。おや、ソニア姫、ここにおいででしたか」

 「私はもう、姫ではありません。メリアセリアスに亡命します」

 「それは難しいと思いますな。まあ、それは取り合えずおいておこう。アルファルファ、君に知らせたいことがあるんだ」

 ダラスは背中に背負った荷物をおいて、近くにあった椅子に腰をかけた。

 「明日、ドリアンが出陣してくるよ」

 「まさか。フサの領主が、どうして今になって、自分の身を危険にさらすというんです。こちらも、フサを十分に打ち負かしたわけではないんですよ」

 ダラスは眉を寄せた。

 「ドリアンは身の危険を犯しているわけではないんだ。これが困ったところでね。今の彼なら、メリアセリアスの軍を一人で押し返すだろうな」

 「言っている意味が解かりませんが」

 「封印が解けかかっているんだ。ダ=ライの力が“右目”を通して、ドリアンに注ぎ込まれている。彼は事実上、無敵だ」

 封印が解けかかっている。カーライルがほどこしたと言われる封印が。ドリアンが解いたのだろうか。あまり考えたくないことだが、ダ=ライが自力で解いたのかもしれない。

 「すると、打つ手はないわけですか。黙って、ドリアンに殺されるしかないのですか。ダラス、そうなんですか」

 「君に贈り物があるんだ。アリアトリムの大導師から」

 そう言いながら座っていた椅子から立ち上がると、ダラスは長細い包みをアルファルファに手渡した。アルファルファが包みをほどくと、中から、見事な意匠の鞘に入った、ひと振りの剣がでてきた。

 アルファルファは鞘から剣を引き抜く。真白な刀身が現われる。金属ではないようだが、アルファルファには材質をいい当てることができなかった。鍔もと近くには、魔法文字がびっしりと彫り込まれていたが、それが一体何を意味するのかアルファルファには全く解からなかった。

 「これはいったい……」

 「霊剣“キールアークラ”。バーグダントエラスを破滅に導いた剣だ」

 「どうして、僕にこれを」

 「予言者たちさ。彼らが大導師に進言したんだ。彼らは“時空連続点”からの反響波を解読して、未来のある時点の出来事を……、いや、理論なんてどうでもいい。予言はこうでた。事態を収拾するためには、この剣が必要だと」

 「なぜ、僕なのですか」

 「最初は、ライアードに使ってもらうことになったんだ。彼は、メリアセリアス随一の使い手だから。だが、彼はもういない。今、最強だと考えられたのは、君なんだよ、アルファルファ」

 ダラスはライアードの遺体を見て、ひどく悲しそうな顔をした。

 「彼は、君の師匠だったんだ。本当に、気の毒なことをした」

 「いいえ。彼は満足だったでしょう。生前、戦場で死ねるのは、武人の誇りだと言っていました……」

 アルファルファは涙が溢れてくるのを押さえられなかった。突然、頭の中が怒りで満たされた。やり場のない怒り。

 「武人の誇りですって。彼が満足したですって。自分だって、そんなこと信じちゃいないのに。ダラス、聞いてください。僕は今日、人間を殺しましたよ。それも一人や二人じゃない。彼らは、フサの兵士でした。彼らは自分の死に満足していましたか。彼らだって、武人でしょう。だったら、あの苦しそうな表情はなんなのですか。あの苦痛に満ちた叫びは。僕の殺した相手は、みんな命乞いをしましたよ。戦場に、誇り高い死なんてありゃしないんだ。そして、僕は彼らを殺してしまった。フサの兵士だという、それだけの理由で。正義とはいったい、この世のどこにあるというんです」

 ダラスは、アルファルファの両肩をきつくつかんだ。

 「アルファルファ、正義とは、世の中が乱れるほど、見つけにくくなるものなんだ。だが、その存在を疑ってはいけない。その疑念は、さらなる悪徳を招くのだ。正義の存在を疑ってはいけない。疑ったとき、君は敗北者となるのだ、アルファルファ」

 ダラスの力強い言葉はアルファルファの心に染み込んでいった。ソニアの心配そうな顔がアルファルファの視界にはいる。

 「すみません、ダラス。取り乱しました」

 「君には、かなりの負担がかかることになる。“キールアークラ”でも、ドリアンを倒すことができるか解かっていないんだ。実験するわけにもいかないし。予言者たちの力も、魔法的存在が係わると精度が落ちてしまう」

 アルファルファは霊剣に目をやった。アルファルファには、それにどんな力が宿っているのか全く解からなかった。

 「これしか、手はないのでしょう。僕が止められなければ、ドリアンはメリアセリアスを攻め落とし、“左目”を手にいれるでしょう。ダ=ライは封印を解かれ、カーライルはもう、この世にいない」

 アルファルファは幼いころの英雄願望を、皮肉な気持ちで思い返した。

 「僕は明日、英雄になれるかもしれませんね」

 アルファルファの顔に浮かぶ自嘲的な笑みは、まわりの者を不安な気持ちにさせた。ソニアは口を開きかけるが、結局、何も言えなかった。

 「ダラス。お願いがあります。ソニアを僕の母の所に、送ってもらえませんか。明日、もし負けたなら、あそこも安全とはいえませんが、ここよりはましです。母はソニアをかくまってくれるでしょう」

 「いやよ、私はここに残るわ。アルファルファ、ここにいさせて。お願い」

 「ソニア、わがままを言うものではありませんよ。あなたがここにいれば、アルファルファはあなたの身の安全が気になって、やるべきことに集中できないでしょう。あなたが本当に、彼のことを心配しているなら、彼の言う通りにすることです」

 「でも……」

 ソニアはダラスに反駁しようとしたが、ダラスの表情から自分に対する思いやりを感じ取ると、黙ってうなずいた。

 「アルファルファ。ソニアは必ず、君の母上の所に届けよう。君の健闘を祈っているよ」

 「ありがとう、ダラス。ソニア、母によろしくつたえてくれ。僕は親不幸な子供だったけど、あなたを愛していたと」

 「アルファルファ、それじゃまるで……」

 アルファルファはソニアの言葉をさえぎった。

 「ダラス、彼女を連れていってください。あなたにも感謝しています」

 ダラスはうなずくとソニアの手を取り、来たときと同じようにエルフに化けて天幕をでていった。アルファルファはその場に取り残される。“キールアークラ”は柱につるした発光石の光を反射して、冷たく輝いていた。

 

 アルファルファは軍の編成を少し変えた。騎兵の中から精鋭をニ十名選び、遊撃隊を組織したのだ。

 ダーレックには殿軍の指揮を任せ、アルファルファは遊撃隊の指揮を取ることにした。遊撃隊に与えられた使命はただひとつ、フサの本陣を叩き、フサ領主ドリアンの首級を上げることだった。

 戦闘の序盤は、前の日とほとんど変わらない。アルファルファはライアードの死によって軍の士気が下がることを予想していたが、総指令の死はかえって、人間に対する憎しみを深めたようだった。

 中盤に入って、フサの軍はやや押されぎみになる。遊撃隊は殿軍の後方に待機していた。

 「総指令、ダーレック参謀より伝言です。敵の左翼を切り裂くことに成功」

 「よし。そこを突いて、一気に敵の本陣に切り込む。いらぬ戦闘は避けろ。あくまで、目的はフサの領主だ。前進」

 アルファルファは二十人の精鋭の先頭にたって、馬を走らせた。黒い鎖鎧をまとい、右手に霊剣“キールアークラ”を掲げて。

 “キールアークラ”の光は、遊撃隊の旗印となった。馬蹄は土煙を上げ、鎧で覆われた馬たちが戦の喧騒の中を駆け抜けていく。

 目の前に歩兵の一団が立ちふさがる。アルファルファは速度を落とすことなく突っ込んでいった。突きだされる長柄の武器を右手の剣でなぎはらい、進路上にいる愚かな歩兵の身体を馬の蹄で跳ね飛ばした。

 この妨害でニ名の騎兵を失い、一名がはぐれたが、残った遊撃隊員たちは勢いを失うことなく突き進んでいった。

 この力強い一団を制止させるべく、フサの騎士団が駆け付けてきた。彼らを巻くことはメリアセリアスの騎手たちにも難しく、否応なしに戦闘に巻き込まれた。

 アルファルファは、切りかかってくる敵に容赦はしなかった。彼の握った霊剣は恐ろしく切れ味がよく、騎士の板金鎧を紙か何かのようにやすやすと切り裂いた。

 アルファルファは、いつの間にか戦闘の狂気に陥っていた。騎士たちにとって、哄笑を上げながら、光る剣を振るう黒い鎧をきたエルフは、悪魔以外の何物でもなかった。

 アルファルファは騎士たちが自分から遠ざかろうとしているのに気がついた。辺りを見回し、鷹の紋章を見つけると挑戦の声を上げた。

 「サンドフォード。僕の挑戦を受けろ。僕はメリアセリアスのアルファルファだ。逃げるつもりか、サンドフォード。あの時のように」

 怖けづいていたサンドフォードはそうするつもりだった。アルファルファは騎士の背中に嘲笑を浴びせかけると、大声で叫んだ。

 「フサの騎士とはこの程度のものか。かつて、あぜけり、踏み付けにしてきたエルフ一人に、尻尾を巻いて逃げるとは。もはや、フサの命運は定まったな」

 アルファルファをさえぎる者はいなくなった。遊撃隊員はまだ騎士たちと戦闘を繰り広げている。アルファルファは一瞬も躊躇しなかった。単騎でフサの本陣を目指す。

 本陣には兵が全くいなかった。そこだけが戦場から隔離されているようだ。その空間をただ一人の男の存在が占めていた。

 フサ領主ドリアン。今や金の台座にはめられた“ダ=ライの右目”は金の鎖で彼の首にかけられ、そこから発する光は昼間の星のように輝いていた。

 その邪悪な光は、灯台の灯のようにアルファルファをドリアンのもとへ導いた。

 「貴様か。やはり、始末しておくべきだったな」

 「ドリアン。貴様はどうして流血を好むのだ。ダ=ライを蘇らして、いったいどうするつもりなのだ」

 「知れたこと。ダ=ライは力だ。純粋、かつ強力な。人間社会がひとつに統一できんのは、貴様らエルフのせいだ。貴様らは、調和だ、バランスだとほざいて、人間に干渉してくる。レアクリースは一人の王によって統一され、さらなる発展を遂げるのだ。そのために、ダ=ライを解き放ち、エルフを滅ぼす」

 「馬鹿な。ダ=ライはすべてを滅ぼしてしまうぞ」

 「収穫を終えた畑はどうなるんだ、エルフよ。再び耕されるのではないか。これは同じことなのだ。エルフとともにこうるさい魔術師どもも滅んでしまえば、これほど都合のよいこともあるまい」

 「ダ=ライは制御不可能な存在だ。お前に従うはずはない」

 ドリアンは気味の悪い笑みを浮かべる。それはどこか、人間離れしていた。

 「解かっていないのは貴様の方だ、エルフ。ダ=ライは喜んで私に従うだろう。なぜなら、私がそのダ=ライだからさ」

 ドリアンの顔に急激な変化が訪れる。額が前にせりだし、顎が鋭く尖る。唇が大きく裂けた。中から長くなった犬歯が見える。

 瞳の色が一瞬脱色した後、右目が赤く、左目が緑に染まった。その目は、胸もとにかかっているルビーに負けぬほど、ぎらぎらと輝きだした。

 「跪け、エルフ。レアクリース王の前だぞ」

 恐ろしく低い声で、ドリアン、いや、ダ=ライは叫んだ。ルビーの輝きは正視できぬほどになり、そこから溢れ出る力が肌で感じられた。その力はドリアンの物であった身体に、脈打つように流れ込んでいった。

 突然、力が空間に満ち渡り、アルファルファは恐怖に襲われた。馬が竿立ちになる。アルファルファは必死に耳もとにささやいて馬を落ち着かせようとしたが、無駄だった。とうとう鞍から振り落とされ、アルファルファは落馬した。

 霊剣“キールアークラ”は暖かな光を発した。右手の温りだけがアルファルファを襲いかかる恐怖から守っていた。

 「その長竿で私を倒すつもりか。ならば、試してみるがいい」

 ダ=ライはかなり大きな戦闘斧を振り回しながら、アルファルファに近寄ってきた。最初の一撃をアルファルファは盾で受けとめた。




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