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[33] レアクリース物語 第1節「邪悪の瞳」 第3章
健良 - 2004年10月21日 (木) 12時39分

 ドリアン・ハーウィックの執務室はかなり広いものだった。部屋の中央に大きめの卓がおかれ、ドリアンがそれに向き合って座っている。

 傍らには灰色の長衣を着た男が立っている。おそらく側近のダラスだろうと、アルファルファは見当をつけた。

 アルファルファが部屋に入るなり、ダラスは彼に鋭い視線を向けてきた。一方、ドリアンの方は、エルフなど見もしなかった。

 「ソニア。よく戻ってきた。心配していたよ。メリアセリアスの森でお前を見失ったと聞いて。あの森は物騒だからな」

 アルファルファは口から出かかった抗議の叫びを危ういところで飲み込んだ。今はドリアンを刺激してはいけない。かくたる証拠をつかむまでは。

 「あの森が危ないなんて、そんなことはありませんわ。あそこでは親切にしてもらいましたよ。私達が彼らにしていることを考えると、ほんとに過ぎたもてなしでした」

 ドリアンの顔が歪む。笑っているのか、怒っているのか、とにかく歪んでいるとしか言いようがない顔だ。

 「彼らとは。我々が彼らにしたこととは。ソニアや、お前はなにが言いたいのかね。私にはさっぱり解からぬが」

 「まあ、そう言う事にしておいてもよいでしょう。今のところは。とにかく、御挨拶にまいっただけですので。よろしければ、部屋に下がらせてもらいます。旅の疲れが出ましたので」

 「ともあれ、お前が無事でよかった。祝いに、今夜は舞踏会でも行なうか。お前も楽しめるだろうからな。ところで、後ろの彼は、いったい何者だ」

 そらきた。アルファルファは来たるべき騒動のため身を堅くする。ソニアは伯父の問に明るい調子で答えた。

 「彼は、メリアセリアスのアルファルファ。私の命の恩人で、今は私の守護騎士です」

 この答えにドリアンもダラスもあっけにとられた。

 「な、なにをたわけたことを。エルフは騎士になどなれぬわ。お前の父親は、お前にろくな教育を与えなかったのだな」

 このドリアンの暴言にソニアの言葉が凍りついたように冷たい物と変わった。傍で聞いているアルファルファもぞっとするほどだ。

 「父を侮辱するのですか。いいですわ、そのお言葉、伯父上にそっくりお返しします。エルフは騎士になれぬと定めた、法令、戒律、典範など、どこにも存在しません。嘘だとお思いでしたら、あなたの信頼するダラスにお尋ねになったらよろしいわ」

 ドリアンはその通りにした。尋ねられたダラスは話しづらそうだったが。

 「ドリアン様。姫様のおっしゃる通りでございます。どの法令にも、エルフを騎士にすることを禁じる条項は、存在しておりません。私の思いますところ、今まで騎士になろうとするエルフなど、一人もいなかったためではないかと」

 「もうよい。私はエルフの騎士など認めん」

 ソニアはその言葉をあざ笑った。

 「御勝手になさいませ。ですが、彼を解任することは伯父上にもできませんよ。貴族会議の裁定があるまでは、彼はどんなことがあっても私の騎士なのです。それがお嫌なら、私を勘当なさったらよろしいわ」

 ドリアンにとって、それはできない相談だった。いくら扱いにくいとはいえ、ソニアはまだ利用価値のある手駒だった。

 「解かった、勝手にせい。だが、貴族会議で承認される事は、まずあるまい」

 「お気遣いは無用ですわ」

 そう言い放つと、ソニアは部屋に出た。アルファルファも部屋を出たが、そこで追ってきたダラスに捕まった。

 「姫様。この者と話がしたいのですが。時間は取らせません。お許しを」

 ソニアは少し考えてから答えた。

 「許します」

 彼女は、彼女を囲むようにして立っていた女官のひとりに話し掛け、その女官を残して去っていった。

 「エルフよ。名はなんと言う。答えたくなければ答えんでよろしい」

 「私の名はアルファルファ。あなたは今、魔法を使っていますね。目がそう言っています。残念ですが、私の思考を読むことはできませんよ。右手の薬指が見えますか。この指輪が守ってくれているのです。私の母も魔術師でして」

 ダラスの眉がつり上がる。右側だけ。見た目には悪い男には見えないが。アルファルファはそう思った。

 「なかなか準備がいいな。アルファルファ。お前はなにを探りにきた」

 アルファルファは笑った。

 「私がスパイだったら、決してそれには答えませんよ、ダラス。私はそこまでお人好しではありません」

 「なるほど。じつに面白い。ここにいつまでいるつもりかね」

 「私の仕事が終わったと思えるまで。そう長くはいたくありませんね。森の中のほうがゆったりできる」

 ダラスは軽くうなずいた。

 「時間を取らせて悪かったな、アルファルファ。今度ゆっくり話がしたいものだ」

 「いずれまた。時間がとれたなら」

 ダラスはそれ以上何も言わず、ドリアンの執務室に入って行った。

 アルファルファはその場に立ちつくして今の会話を振り返った。確かに、思考を読まれなかった自信はあった。母はこういう防御的な魔法については、天才的と言える才能の持ち主だったから。

 だが、ダラスが気落ちした様子ひとつ見せなかったのが気になる。彼の力は母をしのぐ程なのだろうか。

 ここで、おかしな事に気がついた。ダラスは執務室でアルファルファの名前を聞いていたはずだ。それなのに、廊下で再び名前を尋ねた。これに何か特別な意味があるのだろうか。

 ソニアの残していった女官の声で思考が中断された。

 「アルファルファ様。私はマリーと申します。あなたのお世話をさせていただくことになりました」

 それを聞いたアルファルファの声がうわずった。

 「何だって。僕の世話をするって。君がかい。冗談じゃない、僕は自分の事くらい自分でできるさ。召し使いなんていらないよ」

 マリーはこれを聞いて、困り果ててしまったようだ。

 「それでは私の立場がございません。私が失敗をしでかしたのだと、そう思われてしまいます」

 「でも、僕には召し使いなんて……」

 マリーの表情を見ているとその先が言えなくなってしまった。ここでアルファルファが彼女をはねつけたら、本当に彼女は罰せられるのだろう。

 「解かった。郷に入っては、郷に従えだ。よろしく頼むよ、マリー」

 彼女の表情が目に見えて明るくなった。

 「では、お部屋に御案内いたします。こちらへ……」

 足早に歩いていくマリーについて行きながら、アルファルファは尋ねた。

 「ソニアとすぐに話がしたいんだ。彼女のところに案内してもらえないかな」

 「そのことでしたら、後ほどソニア様の方からお会いにいらっしゃるそうです。そうお伝えせよと。それから、アルファルファ様。ソニア様の事は敬称でお呼びになったほうがよろしいかと。あなた様は騎士でいらっしゃいますが、ソニア様を呼び捨てになさることは許されておりません」

 アルファルファは頭を掻いた。

 「ここでは呼び方が問題になるのか。なんて馬鹿ばかしい」

 「馬鹿ばかしいだなんて。私達は、自分の身をわきまえているだけです」

 「僕たちの社会ではね、僕は一人の兵士にすぎないんだ。だけど、メリアセリアスの評議委員とだって対等に話す。だからといって、僕が彼らを尊敬していないわけではないんだ。事実として、彼らは立派な人達だからね。僕たちが尊称を用いないのには理由がある。言葉と言うのは、聞き手ばかりでなく話し手までも、容易く欺くものだからね。相手をおもんじる気持ちは、言葉では表せない。態度で表すものなんだ」

 マリーは疑わしそうな顔をした。どうも信じられない。彼女がそう考えているのは明らかだ。

 「ですが、ここは私達の社会です。私達のきまりを守っていただかないと」

 アルファルファはうなずいた。

 「解かってる。君の忠告には感謝するよ。ここで一つ提案があるんだけど」

 「なんでしょうか」

 「僕をアルファルファ様と呼ぶのをやめてくれないか。そんなふうに四六時中呼ばれるのかと思うと、ぞっとする。アルファルファだけでいいよ」

 マリーは当惑していた。彼女にこんな事を言った騎士は、彼が初めてだ。

 「そんな。できません。さっきも言った通り……」

 アルファルファはマリーの言葉を右手を振ってさえぎった。

 「そう、君は僕を敬称で呼ばなくてはならない。だけど、今はどうだい。ここには僕と君の二人きりだ。相手の呼び方なんて他の誰が気にするんだい」

 マリーはしばらく黙って考え込んだ。

 「……解かりました。あなたがそうお望みでしたら、アルファルファ。そうお呼びいたします。ただし、他に誰もいないときだけです」

 アルファルファはにっこりと笑った。

 「無理言ってすまないね。でも、そのほうがずっといいよ。もうひとつだけ、お願いがあるんだ。この城の馬小屋がどこにあるか教えてくれないか」

 マリーは立て続けに言い付けられるおかしな頼みに、とうとうこらえ切れなくなって笑いだした。

 

 アルファルファにあてがわれた部屋は、広さこそドリアンの執務室に劣ったが、壁に取付けられた窓が広く、開放的な感じを受ける。おそらく、ソニアが気を使ってくれたのだろう。

 部屋には壁に添って寝台が置かれ、その反対側の壁には収納棚と鏡台が置かれていた。今は入浴の準備がされている。部屋の真ん中に、ちょうど身体が入るくらいの長い大きな桶が置かれ、それにお湯が満たされ、湯気を立てている。

 「あなたの持ってこられた荷物は後で運ばせます。すぐに必要なものがあれば、おっしゃってください。私が持ってまいります」

 「いや、今、必要なものはなにもない。大半は野営用の道具だから。ところで、マリー。部屋から出てくれないかな。さっそく、入浴したいんだ。まさか、それも手伝わせろなんて、いわないよね」

 マリーはにっこりと笑った。

 「たいていの方は、ぜひそうしろとおっしゃるものです。席を外せとおっしゃるならそういたします。ですが、採寸だけはさせていただかないと」

 アルファルファは顔をしかめた。

 「採寸だって。いったいなんのために」

 「今夜の舞踏会のために礼服を仕立なおすのです。そのための寸法を。ソニア様にお聞きいたしましたら、あなたは礼服をお持ちでないとのことですので。服を脱いでいただけますか」

 アルファルファは思わず大声を出してしまった。

 「服を脱げって。どうして。なんのために」

 「もちろん、正確な寸法をとるためですわ。踊るのですから、身体にぴったり合った服の方がよろしいでしょう」

 アルファルファは天井を仰いだ。まさか裸に剥かれるなんて。それも、自分の召し使いとはいえ、女性のまえでだ。

 「解かった。解かったよ。寸法でもなんでもとってくれ」

 アルファルファは諦めて裸になった。マリーは彼に歩み寄ると、目盛の刻まれた紐を片手に、襟回り、肩幅、胸回り、胴回り、袖丈、と言う具合に順序よく、あくまで事務的に寸法を計っていった。これも彼女にとっては、極く日常的な仕事なのかもしれない。それほど時間をかけずにすべて計り終えた。

 「私は席を外しますか。お望みならお手伝いいたしますが」

 アルファルファは情けない声を出す。マリーにからかわれているのが、今ははっきりと解かっていた。

 「頼むから、マリー、部屋から出ててくれ。僕のかよわい神経が焼き切れてしまうよ」

 「かしこまりました」

 マリーは部屋に、押し殺した笑い声だけを残して出ていった。

 どうも騎士の生活は、孤独の入り込む余地が著しく狭いようだ。アルファルファのような者には、あまり望ましい社会とはいえない。

 ソニアにとってもそうだったのだろう。まして、彼女は領主の娘、与えられる自由は騎士よりも少ないにちがいない。アルファルファは、ソニアの家出はごく自然な行動だったのだと解かった。正常な精神構造をした者なら、誰だって逃げ出すにきまっている。

 ただ、これはエルフの頭で考えたのであって、別の価値観も存在することを忘れないようにしなければ。偏見からは悲惨な結果しか導かれない。

 とにかく、今しばらくの辛抱だ。これには多くのものがかかっている。ソニアの運命だけではない。メリアセリアスの運命も。

 

 それにしても酷い演奏だ。楽器の調律ぐらいしっかりできないのだろうか。調子はずれな和音をきくたび、こちらの神経は少しずつ擦り減ってくる。

 他の人間が文句を言わないのが、アルファルファは不思議でならなかった。なんと驚くことに、多くの人間達はこの曲に合わせて、楽しそうに踊っているのだ。

 アルファルファは耳の後ろを擦りながら、なんとか不快な感じを消そうとした。うまくいかない。目の前を通り過ぎていく給仕の持った、酒を乗せた盆から盃をひとつ取り上げた。

 盃に満たされていたのは葡萄酒だった。それを口に含み、ろくに味わいもせず飲み込む。それを数回繰り返すと、軽い酔いがまわり、酷い音楽も気にならなくなった。

 少し落ち着いたアルファルファは、浪費するにはおしいほどの葡萄酒を、その値打ちに釣り合う程度の恭しさをもって味わった。

 アルファルファにとって、葡萄酒はとても珍しいものだった。エルフ達も、各種の果実を使った果実酒を作ることがある。その銘柄の中に葡萄酒はない。その寒すぎる気候と、土質のせいで、メリアセリアスでは葡萄が栽培できないのだ。

 その結果、葡萄酒は、ジェニス・フォリアのホビット達との取り引きで手にいれることになる。その間にはいる仲買人たちによって、葡萄酒の値がたっぷりと、彼らを十分に肥やすだけ、釣上げられるのは言うまでもない。

 結果として、メリアセリアスでは、葡萄酒がもっとも高価な酒となるのだ。ちなみに、他の醸造酒や、蒸留酒が外から入って来ることもあるが、エルフ達にはあまり人気がない。理由は、そう、味覚の違いとしかいいようがない。

 葡萄酒がフサでどのくらいの価値を持つものか、アルファルファには解からなかった。まわりを見たかぎり、葡萄酒を彼のように感動しながら飲んでいる人間がいないのを見ると、ここでは安く手に入る物なのかもしれない。

 アルファルファは父が、商人達は取り引き相手がエルフの場合、かなり強引なやり方で値を吊り上げるのだ、と言っているのを聞いた事があった。

 最後の一口を飲み干すと、アルファルファはグラスから目を上げた。そのとたん、部屋の反対側の壁にいる男が自分を睨み付けているのに気がついた。

 ルディール・グッドラウル。ソニアの伯父がきめた、彼女の婚約者。アルファルファには正式に紹介されたわけではなかったが、その男は舞踏会が始まるなり、当然の権利とばかりにソニアと踊ったので、あれが婚約者なのだろうと確信していた。

 あの男はいつまで睨み付けているつもりだろう。ひょっとしたら、こちらが目を逸らすまで続けるつもりか。むこうがこちらの視線に気がついているのは、ほぼ間違いない。

 アルファルファはしばらく相手を見つめていたが、不意にばかばかしくなり視線を逸らせた。自分は、なぜ、むきになっているんだ。こんな睨み合いになんの意味がある。これで相手が満足するのなら、そうさせておけばいい。ルディールがアルファルファの事をどう思っているのにせよ、結局、問題となるのは、ソニアの気持ちなのだ。

 ソニアがアルファルファをどう思っているのか、彼自身にはよく解からない。彼女の行動は好意ともとれるし、単に彼が協力者として必要なだけなのかもしれない。

 アルファルファ自身の気持ちといえば、本人にもはっきりしない。彼女に対して感謝の気持ちがあるのは確かだ。経緯はどうであれ、アルファルファを外の世界に導いたのは、ソニアだったのだから。彼女が現われるまで、森を出る決心ができなかったのは確かだ。

 ソニアはまだ踊りの輪から出られないでいた。彼女のための舞踏会なのだから、一曲終るたびに誘いを受けるのは当然と言えるが。

 アルファルファはソニアの動きを見て感嘆の念をおぼえた。彼女の身体は小柄ではあったが、身分相応の優雅さが、その動きにはあった。

 旅の疲れも溜まっているはずなのに、そんな気配は微塵も見せない。足運びは五曲目に入った今でもまったく乱れておらず、顔には笑みさえ浮かべている。

 もっとも、アルファルファにはそれが、とって付けたものであるのがはっきりと解かったが。

 五曲目が終わった。踊りの輪の中は、次の相手を求める声で騒きだす。

 「私と一曲、踊って下さいませんか。森の騎士様」

 アルファルファは突然声をかけられて、驚き、狼狽した。声をかけてきた女性は黒い髪を高く編み上げ、真紅のドレスを着ていた。顔だちも華やかで、アルファルファは彼女の目の中に挑戦的な光りを見た。

 アルファルファには選択権がほとんどなかった。踊りの誘いが行なわれた場合、身分の低い者が身分の高い者をはねつけるのは相手に対する無礼になると、マリーに教えられていた。

 ここに参加した中では、自分はかなり身分の低い者らしいから、結果として、誘われたら必ず踊らなくてはならないのだ。

 「光栄です、お嬢様」

 アルファルファは内心うんざりしていたのだが、それが相手に伝わらないように表面を繕った。

 踊ることには特に問題はない。最初の五曲をしっかり見ていたので、踊り方を身に付けていた。というのも、彼には一度見た体の動きなら、体格に大きな差がない限り完全に再現する能力があったためだ。

 アルファルファはこの能力を磨くことで、剣術の基本的な型とその応用を身に付けたのだ。アルファルファは、自分の剣術の師匠に心から感謝した。

 アルファルファは女性の手をとると、踊りの輪の中に入った。運よく相手が見つかった者がその場に留まり、見つからなかった者、疲れて休憩を取る者が部屋の隅に移動すると、楽士達は酷い音楽を再び演奏し、踊りは再開された。

 「お上手ですのね。よく舞踏会には参加なさるのですか」

 「いいえ。今夜が初めてです」

 「では、噂は本当だったのですね。ソニアがあなたを騎士にしたと。それもごく最近の事だと聞きました」

 噂が流れている。いったい、どんな噂だろう。ソニアの立場が悪くなるようなものでないといいが。

 アルファルファは、なぜか、目の前の女性からその内容を聞き出すことをためらった。彼女がソニアを呼び捨てにしたのに気がついたためかもしれない。

 「姫様とは、どのようなご関係ですか」

 女性は、このアルファルファの言葉を聞いて笑った。

 「私を知らないと。噂どうりなら、それもしかたありませんわね。私はジョアンナ・グッドラウル。ソニアと私の兄が結婚すれば、私は彼女の妹になります。兄はあなたのことをかなり、意識していますわ。ところで、あなたのお名前はなんとおっしゃるのかしら」

 「私は、アルファルファと申します」

 このジョアンナと言う女性は、なにが目的で自分に接触してきたのだろう。ただ踊るためだけではないだろうと、アルファルファは思った。

 「私と踊ると、ルディール殿が気を悪くなさるのでは」

 「兄はかえって喜ぶでしょう。私にあなたを誘惑させれば、恋敵が減るんですもの。兄は物凄い野心家ですのよ」

 「私は恋敵になどなりません。私は、姫様の騎士の一人に過ぎないのです」

 「私の知るかぎり、彼女の騎士はただ一人しかいませんわ。まあ、あなたがそう言うのでしたら。誤解なさらないで欲しいのですけれど、私は兄に言われてあなたに近づいたわけではありませんわ。私個人の興味からなんです」

 興味。興味だって。いったい何だって、自分に興味を持ったのか。今まで会った人間達の反応を考えると、自分は田舎騎士程度にしか見られていないのは確かだし、アルファルファ自身もそう思っていた。

 「私のどこに興味をもたれたのですか」

 「謎めいたところ。エルフについてはいろいろ聞かされていますわ。それこそ、身の毛のよだつようなのをいくつも。愚かな者達はそれを鵜呑みにしていますけど、私は信じません。あれは、悪意あるものが意図的に流した迷信ですわ。あなたに会って、ますますそう確信しました」

 これを聞いたアルファルファは苦笑した。ジョアンナにかかればソニアさえ愚か者なのか。しかし、ソニアはあの時、脅えていたのだ。他の理由で。

 「人を見かけで判断するのは危険だと言いますよ、ジョアンナ様。あなたはまだ、私をよく知っているとはいえません」

 その時ちょうど、曲が終わった。相手を変えるためにまわりがざわめきだした。ジョアンナはアルファルファの手をしっかりとにぎり、自分の胸もとに近づけた。

 「おっしゃる通りです。では、教えていただけますか。あなたの、ソニアへの忠誠心がどこから来ているのか。どうすれば、私はそれを打ち破れるでしょう。お答えになって、アルファルファ」

 アルファルファは口篭った。その感情がまともに顔に出てしまったらしい。アルファルファの表情を見て、ジョアンナは高笑いした。

 「いいですわ、アルファルファ。お答えにならなくても。それは次の機会にいたしましょう。今夜は楽しかったですわ」

 アルファルファは一礼するとまた壁際に戻った。ジョアンナはすぐに次の相手を見つけたようだ。

 アルファルファは服がしわになるのも構わずに、壁にもたれかかった。ふと、給仕の一人が自分の顔を見つめているのに気がついた。反対に睨み返すと自分のしていることに気がついたのか、給仕はそそくさと自分の仕事に戻っていった。

 すると、身分の低い者達の間にも、ソニアの連れ帰った森の野蛮人の噂は広まっているわけだ。まあ、自分は確かに珍しい存在なのかもしれない。だがそれを、まわりの反応からまざまざと知るのは不愉快なことだと、アルファルファは思った。貴族や、それに仕える者達のゴシップ好きは、あらかじめソニアに聞かされてはいたのだが。

 アルファルファはジョアンナについて考えた。彼女は、ソニアから聞いていた貴族の婦人一般からは明らかにはずれていた。ソニアがすべてを語ったとは限らないし、ジョアンナの振る舞いは表面だけのものだったのかもしれないが。

 ひょっとしたら、貴族の生活と言うのは、それをゲームだと割り切れるか否かで、楽しく生きるか、ソニアのように思い悩むか、違いが出てくるのかもしれない。どちらにせよ、アルファルファはジョアンナのような女性は好きになれないと思った。

 そんなことを考えながら、アルファルファは通りすぎる給仕の手から葡萄酒の入った盃を取り上げたのだった。

 

 まわりから馬の呼吸音が聞こえてくる。それは、ゆっくりと落ち着いたペースで繰り返されていた。

 アルファルファは舞踏会が終るなり、素早く自分の部屋に取って返すと、マリーに自分の服を渡し、馬小屋の場所を聞きだして、さっそく足を運んだのだ。

 いくつかある馬小屋のひとつ、一番奥の小部屋にアルファルファの馬はつながれていた。小部屋といっても、両側を薄い壁で仕切っただけのものだったが。

 「ここの人は、ちゃんと世話をしてくれているみたいだね。飼葉も、水も、たっぷりもらえたかい。これから忙しくなって、かまってやれなくなるけど、ちゃんと世話してもらえるように頼んでおくからね」

 アルファルファがエルフの言葉で話し掛けると、馬はわずかに耳を動かした。彼の話しを理解しているわけはないのだが、アルファルファの声を聞いて安心したのだろう。

 アルファルファは部屋の壁にかかっていた刷毛を手にとると、馬の背を優しく擦ってやった。馬の毛並みに逆らわぬように、慎重に。

 まわりの馬が突然いななきだす。アルファルファの馬もわずかに身じろぎした。誰かが馬小屋に近づいてくるようだ。アルファルファのように、馬を心配して見に来る騎士が他にもいるのだろうか。

 入り口に誰かが立っている。アルファルファが顔を上げると、そこにはマリーがいた。彼女が口を開こうとするのを見て、アルファルファは片手でそれを制止した。馬をこれ以上刺激することはない。

 アルファルファは、足元に置かれていた、まだ運ばれていない彼の荷物の中から長細い箱を取り上げた。その中には彼の横笛が入っているのだ。

 それを脇に抱えると、アルファルファは静かに馬小屋を出た。

 「いったいどうしたんだい。君の馬も、あそこにいるのかい」

 「私どもは、馬などもてません。お部屋に、ソニア様がいらっしゃっています。至急、お会いしたいと」

 アルファルファは歩きながら尋ねた。

 「なんでこんな夜更けに。彼女も疲れているだろうから、話し合いは明日にすると思っていたのに。無理をしているんじゃないかな」

 「ブリジット様もそうおっしゃいました」

 「ブリジットって、誰だい」

 「姫様付の女官です、アルファルファ様」

 「マリー、やめてくれ」

 マリーは何か言おうとしたが、すみませんとひとこと言って、黙り込んでしまった。マリーは顔を逸らす。アルファルファはそんな彼女の横顔を、じっと見つめていた。

 「マリー。君は、なぜ身分に差があるのか、それがほんとに正しいことなのか、考えたことがあるかい」

 マリーは振り返って、アルファルファを見つめかえした。彼女の顔には驚き、戸惑い、そして悲嘆の色が見えた。一瞬後にはそのすべてが消え失せ、無表情な面を現す。

 「いいえ。ありません。一度も」

 それは嘘であることが明らかな言葉だ。それ以上、アルファルファは尋ねなかった。彼女の傷を癒すのは、彼女自身なのだ。

 

 「ソニア、こんな夜更けになんで。疲れているだろうに」

 ソニアは首を振る。今はゆったりとした濃緑の服を着ている。舞踏会では高く結い上げていた髪も今はおろしていて、無数に身に付けていた装飾品の類も外してある。

 彼女は否定したが、その顔にははっきりと疲れが浮かび上がっていた。

 「まったく、君ときたら。ろくに休みもせずに踊りっぱなしで。疲れていないはずはない」

 「私だって、休みは取ったわ、アルファルファ。あなたが、あの雌狐と楽しそうに踊っている間にね」

 「見ていたのか。ふむ。楽しそうな顔をしてたって。すると僕の演技は満更でもないな」

 ソニアの目が、すっと細められる。

 「あの娘に想いを寄せている殿方は多いわ。ジョアンナの魅力は、エルフの男性にも通用するものなのかしら、アルファルファ」

 アルファルファは、ソニアの瞳をのぞき込みながら答えた。

 「ジョアンナにとって、人生はゲームなんだろう。いかに高い得点を上げるか、彼女は自分相手にゲームをしている。そういうふうに、僕には見えた。ほんの少ししか話せなかったから、僕の思い込みなのかもしれない。でもね、僕はそういう生き方に、賛成はできないよ。人生っていうのは、生きるっていうのは、もっと真剣なことなんだ。自分自身のも、他人のものもね。気まぐれで玩んでいいものじゃない。そういうことさ」

 「答えになってないわ」

 「答えになってるよ。僕は容姿だけで、相手を好きになったり、嫌いになったりはしない。容姿だけなら、メリアセリアスの娘達の方が、ジョアンナよりは数段上を行くよ」

 「すると、私は、彼女達の数段下になるわけね。……私はなにを言っているのかしら。こんな事を言いに来たんじゃないのに」

 アルファルファは、部屋の隅に置いてあった椅子を部屋の真ん中に持ってきて、腰をおろした。ソニアはアルファルファの寝台の上に腰をかけている。

 「疲れてるんだよ、ソニア。帰ったそうそう、舞踏会はきつすぎるよ」

 「伯父は嫌がらせの天才なのよ。嫌がらせと言えば、あなた達にしたのは、かなり行き過ぎだったわ」

 「どういうこと」

 「今夜、私の聞いた限りでは、密猟者に指図しているような人物は、やっぱり伯父以外にはいないようだわ」

 アルファルファは溜息をついた。それがはっきりしたところで、何か打つ手があるわけではない。いっそ、ドリアンが、なんの係わり合いもないほうが良かった。フサの領主は、敵にまわすには厄介な相手だ。

 「伯父はここ半年、凄いペースで軍拡を行なっているわ。ほとんど芸術的と言えるくらいね。でも、ここ一箇月、軍を維持するには、財政的に苦しくなってきているの。春の嵐で、伯父の所有していた貿易船が沈んだりして、資金ぐりがうまくいかなかったようね」

 「それで密猟か。でもそれだけで軍を維持できるほど、資金が得られるとも思えない。法令で定められた禁猟品は確かに高価なものだけど、その多くは代用品の見つかるものだ。法令の意図するところは利益の独占ではなく、種の保存なんだから」

 「そうね。伯父も、密猟で得た利益は軍資金にあてていないわ。どうも、伯父の目的は密猟ではないみたいなの」

 アルファルファは愕然とした。

 「君は、君の伯父上が、メリアセリアスを挑発していると言いたいのか」

 「たぶん。伯父としては造作もないことなんでしょうね。人の神経を逆なでするのは。私のうけた印象では、それもかなりうまくいってるようね」



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