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[26] レアクリース物語 第1節「邪悪の瞳」 第1章
健良 - 2004年10月19日 (火) 00時10分

森の木々の間から差し込む光が、ほほを暖める。吹き付ける爽やかな風は優しく髪をすき、鳥たちの鳴き声は耳に心地よく響く。木々には、秋になると実という形をとって舌を楽しませる花たちが辺りに甘い香りを放ち、近くを通る者の鼻を楽しませている。

 アルファルファはメリアセリアスのこの時期が一番好きだった。デニス・クロウディア山脈から吹き降りる寒波が弱まり、爽やかな風が森を吹き渡るこの季節、厳しい冬が去り、秋に木々が様々な果実を実らすための温かな日差しがやってくるこの季節が。春は、エルフたちにとって最も幸福な季節だった。

 しかし、今年はいつもの年とは少し事情が違った。密猟者たちのせいで。この密猟という恐ろしい行為は、百五十年前にメリアセリアスの森にすむエルフとフサを治める人間の領主との間に条約が交わされて以来、久しく行なわれていなかったものだ。

 だが、今年は違った。アルファルファの村の近くで人間たちの作った捕獲用の罠がいくつか発見されたほか、極めて貴重な薬草や木々が乱獲されているのが見つかったのだ。

 評議会はこの事態を重く見て、フサの領主に通告し対応を求めたが、なんの返事も得られなかった。仕方なくエルフたちはフサへ、今後密猟者を捕えた場合、メリアセリアスの評議会法令に基づいてその者を罰すると通告し、馬に乗り、武器を扱える若者は、手分けをして森林内の巡回を始めた。それでも、密猟と言う盗人行為は行なわれ、それによる被害は増える一方だった。

 アルファルファは森で発見した人間たちの使う罠の事を思いだしていた。その作りは恐ろしく単純で、鋼のぎざぎざの刃がニ枚合わされ、バネと止め金の組み合わせで、中に足を入れた哀れな動物をはさみこむようになっていた。

 その卑劣な罠に掛かったのは哀れな動物たちだけではなかった。薬草を取りに来た少女が、誤って草むらに仕掛けられていた罠に引っ掛かってしまったのだ。帰りが遅いので探しに来たその娘の兄が、ぐったりした彼女を発見し、村じゅうが大騒ぎになった。

 少女はすぐに治療師の手当てを受けたが、足首切断こそ免れたものの、その醜い傷は一生残ると思われ、彼女と家族は悲しみにくれた。

 人間達はなぜあんなに残酷な物を作ったのだろう。あれには慈悲の気持ちなど一片も含まれておらず、ただ息を潜めて獲物をまち、一度獲物を捕えると決して放すことはない。仕掛けた人間は、獲物の弱り切るのを待ってからそれを取りにくればよく、彼らはそのことで痛みなど微塵も感じてはいない。

 彼らは生命の尊さを知らないのだろうか。あの罠がまだ見たことのない人間を象徴するものだとしたら、アルファルファにとっては酷く悲しいことだ。

 アルファルファは手綱をきつく握ると、馬に拍車をかけて速駆けに移った。馬に乗るのはいつも楽しい経験だった。一時だけでも陰鬱な気持ちが払われるのは有り難い。細い道を駆け抜け、川を渡り、全身に風を感じる。

 しばらくして、馬の速さを落とす。この辺りは密猟の頻繁に起こる地域だ。安易に通り過ぎるわけには行かない。巡回の意味がなくなってしまう。

 辺りを見まわし、気配を探りだそうとした瞬間だった。アルファルファの敏感な耳は馬のいななく声を聞いた。この時間、この辺りには、他に巡回する者はいなかったはずだ。だとすれば、密猟者か。

 アルファルファは馬を降りると、手綱を近くの手ごろな枝につなぎ、ここで待ってるんだよ、と優しく声をかける。

 足元に極力気を配り、なるべく音を立てぬように移動する。道をはずれると、木の根が大きくはり出していて、かなり歩きづらい。

 アルファルファの耳にはまだ、馬の鳴き声が聞こえていた。何か問題が起きているのだろうか。その馬の声には苦痛が満ちている。彼は少し足を速めて、声のするほうへ近寄っていく。

 馬が見えた。栗毛の立派な牝馬だ。右の前足を怪我しているらしい。アルファルファは暴れる馬の横から近づいて手綱をつかむと、優しく首を撫でてやる。背中についた重そうな鞍と荷物を手早く外して、馬の負担を軽くする。

 「大丈夫。心配しなくていいよ」

 アルファルファはしゃがむと、馬の前足に手を当てて怪我の具合を調べた。骨に異常はない。多分、捻挫だろう。辺りを見回し、手ごろな木切れを見つけると、前足に副木を当ててやった。これで村までは歩けるだろう。

 今度は、この馬の持ち主を探しにかかった。まさか鞍のついた馬だけが、森のこんな奥でうろついているなんて事はありえない。どこかに乗り手がいるはずだ。

 しばらく歩き回って、その人物を見つけた。地面につっぷしている。身体を覆うように広がっている長い黒髪からして、おそらく人間だろう。メリアセリアスのエルフは色の濃淡こそあれ、たいがいは金髪で、アバロニスのエルフにごく少数、黒髪が存在するだけだ。その者達も多くはアバロニスの王族に近しいもので、こんなところにいるはずはない。

 アルファルファは腰に吊った剣に手をかけながら、細心の注意を払って、倒れている人物にゆっくりと近づいて行った。

 「お前は何者だ。密猟者なら、捕えねばならない」

 その人物には動くようすがなかった。何かの策略かもしれないが、このままにしておくわけにも行かず、アルファルファは腰を下ろして、この人物を調べることにした。

 首筋に手を当てると脈が感じられた。死んではいないようだ。落馬して気を失ったのだろうか。うつ伏せになっているために顔にかかる髪を退けて、顔をのぞき込んだ。整った顔をした女性だ。そう、美しいと言える。

 だが、アルファルファと同い年の女性の中にも彼女より美しい娘はいるし、特に気をひかれるものでもない。何処かに外傷がないか調べたが、特に見つからなかった。

 アルファルファは彼女を抱き上げると、栗毛の馬を引いて愛馬のもとに戻った。彼女の事は村の長である父にまかせるより他はない。今自分にできるのは、彼女を村に連れ帰る事、それだけだ。アルファルファは馬を導きながら、なぜか心の浮き立つのを感じていた。

 

 お茶に入れられた香料が鼻を心地好くくすぐる。アルファルファはそれを少しすすって、口の中に香りの広がるのを楽しんでいた。

 「息子よ。いずれにせよ、彼女は厄介の種にしかならんよ」

 その父の溜息混じりの言葉は、アルファルファの胸をかき乱した。

 「父上。彼女はなにひとつ、武器を持っていなかったのですよ。それでも彼女が密猟者だと思うのですか」

 「私はそうは思わんよ、アルファルファ。彼女が武器を持っていなかったのは私も知っているし、荷物の中に密猟品と思われる物が入っていなかったのも知っている。しかし、他の者達はどう思うだろう。森で倒れていた人間を見て。あんな不幸な事件の後で」

 父が“人間”と言う言葉を強調するのを聞いて、村人の反応の激しさを思い出した。アルファルファが彼女を村に連れ帰ったとき、村人達はこの知らせを聞いて彼のもとに殺到し、早く彼女に裁きを下すようにと口々に叫び始めた。

 父が何とか彼らを説得して、途中で投げだした仕事に戻しはしたが、いつまた騒ぎ始めるか解からない。

 「では、どうするつもりですか。評議会に裁定をまかせても明確な証拠がなければ、彼らも彼女を裁くことなんてできません。まして、僕達がただ村人の感情を静めるためだけに、彼女に罰を与えるなんて」

 「とにかく、彼女の話しを聞いてみねば。なぜ森の中で倒れていたのか」

 部屋の扉の開く音が聞こえて、二人は話しを中断した。戸口にはアルファルファの母が立っていた。彼女は、アルファルファの連れて来た女性の看病をしていたのだ。

 「彼女の具合はどうかね、ファリナ」

 「気がつきましたよ。ただ、酷く動揺していますから。彼女が怪我人だということを忘れないように」

 親子はうなずき合うと椅子から立ち上がって、騒ぎのもとである女性が病室としている部屋に向かった。

 部屋に入ると、アルファルファは再び人間の女性を見た。最初の印象どうり、彼女は若く、美しかった。人間はエルフに比べると、かなり早熟である。彼女がこの村のエルフの、子供も含めて、誰よりも若いと言う事実は、アルファルファをおかしな気分にさせる。

 彼女の瞳をのぞき込む事は、アルファルファに軽い衝撃を与える。彼女の瞳は、その艶やかな長い髪と同様に黒かった。その瞳の中に恐れの色を見ると、彼は少し罪悪感を感じ始める。

 父が彼女と話しをするために寝台に近づいた。アルファルファはそのやや後ろで静かに立っていた。

 「私はこの村の長、アルフィードだ。私の言っていることが解かるかね」

 父の使っているのが人間たちの北部地方語だということが、アルファルファには解かった。人間の言葉は北と南で違っている。だが、その違いはほんのわずかで、どちらかが解かれば、もう片方を理解するのは容易い事だった。アルファルファも父から両方を教わっている。

 黒髪の女性は父の問い掛けに答えなかった。

 「君には密猟の疑いがかけられている。君があの森で何をしていたのか、説明してもらいたいのだが」

 女性は黙っている。話そうと言う気はまったく無いようだ。きつく結ばれた口許が、雄弁にそれを物語っている。

 「仕方が無いな。自白を強要するわけにはいかないし。君は、君の怪我と馬の怪我が治るまで、ここにいてよろしい。その後は、ここから出て行ってもらわなければならないが、近くの人間の街までは護衛を付けよう。それも怪我が治ってからだ。それまで君の面倒は私の妻、ファリナがみる」

 父はそれだけ言うと部屋を出ていった。アルファルファはもう一度彼女の瞳をのぞき込んだ。

 「あなたが、助けてくれたの」

 アルファルファは不意に話しかけられて、身体が引き攣るのを感じた。

 「えっ……。君を見つけたって事なら、そう」

 「そう……ありがとう」

 「君は……いや、話せない事情があるんだな。ゆっくり休むといい。父はあんなふうに言ったけど、君への疑いははれているんだ。気にしなくていいよ」

 「ええ」

 彼女の表情が堅くなったと思ったのは、アルファルファの思い過ごしだろうか。そこで母の言った事を思い出し、アルファルファは静かに部屋を出ていった。

 

 六日後。アルファルファの連れてきた女性が回復したと母が判断した後、父の宣言した通り、彼女は追放処分となった。

 アルファルファは彼女の護衛役に志願し、認められた。他の者達はすべて彼女に悪意を抱いており、他に誰も引き受けるものがいなかったためだ。

 父は最初、アルファルファが彼女の護衛につくことに難色を示したが、母の口添えがあると渋々認めたのだった。

 「外の世界を見てくるのは、悪くないと思うわ」

 別れ際、息子のほほに口づけしながら、母はそう彼に言った。

 今日も差し込む日差しは優しく、風の爽やかな、よい天気だった。この時期には、雨の降ることはめったにない。雨が降り始め、森の木々に恵みを与えるのは、もうすこし先のことだ。

 アルファルファはこのさき見るであろう、森の外の世界に思いを駆せていた。

 人間達。それは、彼にとってのひとつの謎だった。密猟者たちの他の生き物を平気で殺す残虐性は、すべての人間に当てはまると、村の人々は考えていた。

 しかし、アルファルファはそれを疑問に思った。初めて会った人間からは、そんな残虐性など感じなかったためだ。それを父に訴えたときの、驚きの顔を思いだす。息子がこんな事を言うはずがない。その顔は、そう言っていた。

 アルファルファは溜息をつく。父が護衛に付くのを反対したのも解かる。息子が人間にまるめこまれてしまうと思ったのだろう。息子は、するべきでない恋をしていると。

 しかし、アルファルファの心の中には、彼女に対する恋愛感情はなかった。彼女は解かねばならない謎のひとつ。アルファルファはただ、そう考えていたのだ。

 「君は僕の名前を知っている。僕が君の名前を知らないのは、不公平だと思うけど。名前だけでも教えてくれないか。君とか、あなたとか呼ぶのは、嫌なんだ」

 彼女は少し考えた後、きっぱりと断る。

 「だめよ。いくらあなたが命の恩人でも、教えられない」

 「君がそんなに嫌がる理由が解からないな。どうしてなの」

 彼女はアルファルファの顔をじっと見つめる。そうすれば、相手の真意が計れるのだと言うかのように。

 「エルフは、全員が魔法使いだと聞いたわ。相手の名前さえ知れば、どんなに離れていても相手を呪い殺せる。夜には、全員で呪文を唱えて魔神を召喚して、魔力を得るって」

 これを聞いてアルファルファは大声で笑いだした。

 「それじゃまるで、お伽話に出てくる妖魔族だよ。それじゃ聞くけど、君は村にいた六日間のうち、一度でも呪文の詠唱を聞いたことがあるかい」

 アルファルファには彼女の表情で、彼女が少し動揺しているのが解かった。

 「いいえ、ないわ。けど、私に聞かせないようには、できるはず」

 この答えに、アルファルファは左の眉だけ上げておどけてみせる。

 「なかなかてごわいね。実を言うと、僕の村には魔法を使える者が三人しかいないんだ。一人は僕の母。君は母を知っているね。彼女は魔術師だ。それから、トールヌールと言う魔術師見習。最後に、僕と同い年のアルミラ。彼女もまだ見習だ。三人はアリアトリムの魔術師組合に正式登録されていて、月初めに“青”の導師ファラドーラスが視察に来る。ちなみに彼女もエルフで、メリアセリアスの出身なんだ。とにかく、僕の村では、彼ら三人だけが魔法を使える。ほかの者達は、魔法の魔の字も知らないよ」

 「私には、魔術師と、そうでない者を区別する方法なんて解からないわ」

 これを聞いてアルファルファは考え込んでしまった。どうやって彼女に自分が魔術師でないと、教えられた事は真実ではないと解からせればよいのか。

 「じゃあ、これを見て。これは飾り物じゃない、本物の、鋼でできた剣だ。僕は剣術を学んだんだ。剣匠ライアードのもとでね。これは、僕が彼に修業期間を終えたと判断されたとき、彼にもらったものだ。これを腰に吊ると、酷く重く感じるよ。重量と責任で。もし僕が魔術師だったら、絶対にこんなのを持ち歩こうとは思わないだろう。もっと軽くて強力な武器が、魔術師にはあるんだから。君たちの魔術師もきっとそうだと思うよ」

 「そうね。伯父の側近のダラスも、剣を使わない。魔術師ではないようね、あなたは」

 「では、名前を教えていただけますか」

 「あなたが、あなたの仲間に教えないと誓えるなら」

 アルファルファは誓った。心を込めて。それで彼女が安心できるならばと。

 「もし、あなたの許し無しに話せば、この剣に突かれて死んでもいい」

 「私の名前は、ソニア」

 アルファルファは思わず笑ってしまった。こらえようとはしたのだが。

 「なにがおかしいの」

 「ソニア。ソニア。名前にしてはね、あまり耳になじみがない」

 この無礼な態度に、ソニアの眉がつり上がる。

 「言わせてもらいますけど、私にとってはアルファルファだって酷い名前だと思うわ。失礼ですけどね」

 アルファルファはソニアを睨み付ける。ソニアはアルファルファを。どちらも怒った顔をしていたが、互いの目尻に、ぴくっ、と言う断続的な動きを認めると、二人は同時に吹きだした。

 「失礼は佗びますよ、ソニア。聞き慣れればいい響きですしね」

 「お世事は結構ですわ、アルファルファ。あまり好きじゃないの、その名前」

 「自分の名前なんだから大切にしなくては。あまり不用意に教えてはいけませんよ。相手が魔術師だと困ります」

 ソニアはからかわれたと知ると、怒るべきか笑うべきか迷って、結局笑うことにした。それにアルファルファの笑い声があわさる。

 アルファルファはこの状況を楽しんでいた。彼女の名前はソニア。これで彼女に関する謎がひとつ解けた。ほんのささやかなものであったが。

 しかし、アルファルファの中で、彼女にたいして“ソニア”と言う名がついた事は、彼に大きな喜びを与えた。いつか人間の事をもっと深く知ることができる、そんな期待をもって。

 

 のんびりと進んできたので、日暮れまでに森を抜けることができなかった。

 アルファルファとソニアはここで夜を明かすことに決めた。馬から鞍を外し、荷をほどいて野営の準備をする。

 野営といっても、それほどおおげさな物ではない。することと言えば鞍袋から、食料と明かり取りのランタン、夜露と地面の寒さから体を守るための毛布を取りだすだけだった。

 「なぜ、火を焚かないの。ランタンの油がもったいないわ」

 不思議そうに問掛けるソニアに、不思議そうな顔をしてアルファルファは答える。

 「森の中では、裸の火を使わない。当然のことだよ」

 「それも評議会法令に含まれているわけね」

 「いいや、違う。森を守るためさ。法令に定められている訳じゃない。当たり前すぎて、その必要がないんだ」

 ソニアはまだ不服そうにランタンを見つめている。

 「薪になりそうな枯れ木がたくさんあるのに。非経済的だわ」

 それを聞いたアルファルファは、無造作にランタンをつかむと、逆さまに地面においた。この常軌を逸した行動を見て、ソニアは短い悲鳴を上げる。

 油が一度に発火したら、辺りいちめん火の海になってしまう。ソニアはそう思ったが、実際には何も起こらなかった。ランタンは逆さまにされたまま光り続けている。

 「油の心配をしているようだけど。これには油は使われてない。ドワーフ達との貿易でね、時々輸入される石を使っているんだ。なんでも、日中光りにあてておくと、どういうわけか石が光りを溜め込んで、夜に発光するんだそうだ。これを見つけたとき、ドワーフ達は喜んだだろうね。彼らは経済的って言葉が好きだから」

 「脅かさないで、アルファルファ。心臓が止るかと思ったわ」

 「ごめん。脅かすつもりはなかった。機嫌治しに、果実はいかが。とれたてだよ。朝もいだばかり。ただ、秋になるのに比べると味が落ちるかもしれない」

 ソニアはアルファルファから果実をひとつ受け取る。アルファルファはソニアの小さな口が、赤い果実の表面に可愛らしい歯を立てるのを眺めていた。

 「おいしいわ、とても」

 そう言って彼女はもう一口かじった。それを見て、アルファルファも自分の分を食べ始める。アルファルファがニ個目を半分ほど平らげたとき、ソニアが果実を手にとって、それをただ見つめているのに気がついた。

 「どうしたの。やっぱり、口にあわないのかい」

 「変だわ。私達は、エルフとも、ドワーフとも取り引きをしているのに、私はこんなにおいしい果実を食べたことがないし、夜に発光する石の事も知らなかった。この果実がおいしいのは、禁じられているからなのかしら」

 「いいや。この果物が輸出禁止になっているとは聞かなかった。でもこんな事を父から聞いたことがある。人間の商人は、好んで宝石や織物、木彫りの彫像を買って行くって。なんでも、重さの割りには高く売れるからだそうだよ。僕の村では貿易をしていないから、詳しい事は解からないけど」

 ソニアは溜息をついた。果実の表面に細く奇麗な指をはわせている。

 「いやね、人間って。利潤ばかりを追及して。この果実はこんなにおいしいのに。ドワーフの光る石だって、油に比べたらずっと安全だわ」

 「エルフにだって欲はあるよ。ドワーフ達は言う必要もないね。ただ、僕らは、みんなが幸せにならなくちゃ、誰一人として幸せとは思えないんだ。ある意味じゃ、一番傲慢な考えだよ。それがエルフ達にとって、最大の不幸なんだと、ある賢者は言ってた。名前は忘れちゃったけど」

 その言葉に込められたふざけた調子にソニアがくすくすと笑った。アルファルファも彼女に微笑みかえす。

 「君の荷物の中に竪琴があったね。弾くことができるのかい」

 「ええ。小さい頃から、花嫁修業と称して、いろいろ仕込まれたから。竪琴もそのひとつ」

 アルファルファは感心していった。

 「花嫁修業というのがどういうものかは知らないけれど、君のご両親は芸術に興味をもっていたんだね」

 ソニアは首を振ってそれを否定した。

 「そうじゃないの。父が私に竪琴を学ばせたのは、それが当時の流行だったからよ。夕食の後、その家の娘が竪琴を弾くのがね。最近では廃れてしまったけれど。私が竪琴を弾けないのは体裁が悪いと思ったのよ、父はね」

 「流行というのはどういう物なんだい。馬鹿みたいに聞こえるだろうけど、僕はそれを知らないんだ」

 ソニアは、本当に、と尋ねかえす。アルファルファは黙ってうなずいた。

 「流行というのはね、意志をもたない人間が周りから孤立するの恐れて、他人に追従することよ。私もそんな中に育ったわ。自分の意志がどこにあるかもはっきり解からない。ひょっとしたら、私は父の作った、他の誰かの複製なのかもしれないわ」

 ソニアの声が重く沈み、その急激な変化にアルファルファは不安を感じた。

 「そんなことはないさ。君には君だけの考え方があるはずだし、君だけの悩みもあるはずさ。他の誰にも、肩代わりすることはできないんだ。手伝ってあげることはできるけど」

 「あなたは哲学者なのね、アルファルファ。エルフはみんなそうなのかしら」

 アルファルファは声を立てて笑う。

 「この世に生まれてきてね、死んでゆく定めにあるものはみんな哲学者なのさ。程度の差こそあれね。でもさっき、君に言った言葉は、僕の母が僕に言った言葉なんだ」

 「あなたのお母様が」

 「そう。僕の父は、僕の幼いころ、僕を政治家にしようとしていたんだ。評議会の議員に。でも、僕はどうしても、自分が政治家に向いているとは思えなかった。悩んだものさ。父を傷つけるのは嫌だったし。それで母に相談した」

 「それでどうなったの」

 「僕は僕で、ほかの誰でもない。そう教えられてから、父にはっきり言ったんだ。僕は政治家にはならないって」

 「お父様は反対なさらなかったの」

 「ああ。何も言わなかったよ。事前に母の口添えがあったらしいんだ。僕が嫌がっているって。後で解かったことだけど、母は僕を魔術師にしたかったらしい」

 「それじゃ、あなたが剣術を学ぶと言ったときはびっくりしたでしょうね」

 「どうかな……。たとえそうでも、顔には出さなかったよ。僕の意志を尊重するつもりだったんだと思う」

 束の間の沈黙。アルファルファは再び口を開く。

 「とにかく、君は君で、ただ一人の人なんだ。誰かの複製でもない。自分を卑下しちゃいけない」

 「そうね……惨めになるだけだわ」

 彼女は一度うつ向いて目の辺りを擦った後、再び顔を上げて明るい調子で話しだした。

 「私の竪琴に興味があったんじゃないかしら、アルファルファ」

 「実はね、取引をしようと思ったんだ」

 ソニアの目が笑っている。彼女が泣いていたと、そう思ったのはアルファルファの錯覚だったのか。

 「取引ですって」

 「そう、取引を。まず、君が僕に人間たちの間で歌われている歌を一曲、歌うんだ。僕はその報酬として君に、僕たちエルフの間で歌われている歌を披露する。どうかな」

 「あなた、歌は上手なの」

 「どうだろう。僕の専門は笛なんだ。横笛。でもね、ある人は僕の歌を上手だと言ってくれたよ」

 貫くようなソニアの視線に、アルファルファは頭の中をのぞかれているような、妙な気分がした。

 「……きっと女性ね、その人。いいわ。まず私からね」

 ソニアは自分の荷物から、表面に細かい浮き彫りの施された木箱をとりだした。指先で止め金を外すと、静かに蓋をあける。箱の中は運ぶ途中で竪琴が破損しないように、柔らかな素材を使って内張りがされている。

 ソニアは竪琴を優しく取り出し、調子を見るため一度かき鳴らす。弦は、彼女の意に反して、不協和音を響かせた。ソニアは少し顔をしかめる。

 「だめね。しばらく使っていなかったから……」

 ソニアは弦を順番に弾いて、調子の狂っているのを見つけると、正しい音程を保つように張力を調整した。やがて満足すると最初の和音を奏で、彼女の歌う高音がそれに和して響いた。

 それは恋の歌だった。かなうはずのない恋。彼女はその悲しさと、切なさと、やるせない思いを森の木々の間に響かせた。

 アルファルファはそれを感じた。頭で理解するだけでなく。やがて、最後の繰り返し部分が終わると、彼は惜しみ無い拍手を彼女に与えた。

 「すばらしかった」

 「ありがとう。今度はあなたの番よ。伴奏はどうするの」

 「うん。残念だけど、僕は竪琴が弾けないんだ。だから最初、伴奏無しで歌うから、後から君のいいと思う通りでいいから、弾いてくれないかな」

 「ええ。それでいいなら」

 アルファルファは歌った。彼の歌声は高く、森の木々の間を良く通った。

 彼は原曲のまま、つまりエルフの言葉で歌ったので、ソニアには歌詞こそ解からなかったが、その旋律は彼女の心を捕え、即興で、おそらく間違っている伴奏を付けなければならないことに、彼女は心を痛めた。

 アルファルファは最後の一音を息の続く限り歌い上げた。その余韻が森の木々に吸い込まれていくと、ソニアは心苦しそうに口を開いた。

 「残念だわ。きっと、伴奏はあっていなかったわね。曲の美しさをそいでしまったわ」

 「そんなことはないよ。デュリードに教えてやるって、そう思っていたところだ。彼は編曲をするんだけど、君の伴奏は、彼のより数段、良かったよ」

 「ありがとう。お世事でも嬉しいわ」

 アルファルファはお世辞ではないと言い張ったが、ソニアに信じさせることはできなかった。彼女はそれほど曲の美しさに心打たれていた。

 その後も最初の契約は忘れ去られ、互いに自分の知っている歌を披露しあった。アルファルファは歌い終わる度に歌詞を翻訳して聞かせてやり、詞の美しさを何とか説明できないかと苦心した。

 ソニアは、アルファルファに二人で歌いあう恋歌を教えてやり、竪琴の伴奏で合唱した。それは二人にとって、心踊る経験だった。

 「ああ、だめだわ。もう声がかれそう」

 「そうだね。咽の潰れる一歩手前だ」

 「こんなに、無心に歌を歌ったのは、何年ぶりかしら」

 「僕も、こんなことは久しぶりだ」

 アルファルファは、木々の間から見える月の光りで時の流れを完全に忘れていた事に気がついた。

 「よろしければ、続きは明日にいたしましょう。夜空に月がかかるとき」

 「喜んで。あなたのお心が変わらぬように……」

 アルファルファとソニアは互いに顔を合わせると、芝居がかった台詞を笑った。ソニアは歌を歌い過ぎたといい、アルファルファもそれにうなずく。

 「とにかく、今日はもう寝よう。寝不足は美容の敵だから」

 「あら、エルフでもそうなの。あの奇麗な娘達が容姿について悩んでいるなんて、想像つかないけれど」

 「彼女達には彼女達の悩みがあるのさ。明日は少し早く出よう。今日の分を取り返したい」

 「私は、そんなに急がなくてもいいのに……」

 ソニアの声が沈んでいる。なにが彼女を悩ませているのか。

 「どちらにせよ、睡眠不足は体に良くない。さあ、眠って。でないと明日がつらいよ。鞍の上は寝心地がいいとは言えないから」

 「どちらかが、見張りに立ったほうがいいんじゃないかしら」

 「大丈夫。森は僕らの味方だ。それに、この辺りには人を襲うような猛獣はいないんだ」

 「……人間を除いてね」

 「ソニア、君が気に病むことじゃないんだ。本当に」

 ソニアは答えなかった。アルファルファは彼女が眠ってしまったと思った。彼女は何か隠している。

 しかし、アルファルファは待つことに決めていた。いつか彼女が、自分から打ち明けてくれるまで。目を閉じるとたちまち睡魔に襲われる。それにあらがうことなく、アルファルファは眠りについた。

 ソニアは悩んでいた。アルファルファに本当のことを話すべきではないか。彼なら、きっとソニアを信じてくれるだろう。他のエルフ達に比べれば、彼は人間にずっと好意的だ。

 それでも、ソニアには決心がつかなかった。エルフのすべてを理解しているとはとても言えなかったから。

 ソニアの耳にアルファルファの寝息が聞こえてきた。彼を無理に起こすようなことはすまい。ソニアは逃げ道が見つかってほっとしていたが、その反面、そんな自分の心の弱さにはがみする思いだった。



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