――今晩、私とデートしてください♪
それは、夕飯を食べ終え、部屋へ戻ろうとした俺に、琥珀さんが耳打ちしてきた言葉だった。 そして俺たちは今、人気のない深夜の道路を二人で歩いている。 今日はクリスマスイブ……いや、もう日付的にはクリスマス当日か。 結構厚着はしてきたものの、冬の、それも深夜の冷えきった空気はさすがに肌寒かった。 しかし、それ以上に恥ずかしいという感情の方が大きかった。 というのも……、 「ふんふふ〜ん♪」 「……あの、琥珀さん」 「ん〜? なんですか、志貴さん」 「……ちょっとくっつきすぎじゃないですか? いくらなんでも恥ずかし過ぎるんだけど……」 俺は小声でそう呟きながら、周囲に目配せをした。 そう。 今、俺と琥珀さんは、腕組みをして歩いているのだ。 それも、ただ腕を組んでいるだけならまだしも、必要以上に身を寄せてきているもんだから、たまったもんじゃない。 「別に良いじゃないですか。こんな時間、誰も外を出歩いてなんていやしませんよ」 「そ、そうかもしれないけど……」 琥珀さんの言うことももっともだが、これはそういう問題ではない。 誰かの目がある可能性は極めて低いが、かといって0かと問われれば一概に頷けない状況である以上、周りが気になるのも当然というものだろう。 「ほらほら、そんなおどおどしないで下さいよ。せっかく二人っきりのデートなんですから、もっと楽しみましょう?」 「そ、そう言われても……」 「むぅ……志貴さんは、私と腕組みするのがそんなに嫌なんですか?」 「い、いや、そんなことはない!」 慌てて否定する。 断じて嫌などということはない。 俺とて健全な男子。 嫌どころか、むしろこんな状況は嬉しいくらいだ。 ただ……深夜とはいえ街中で堂々と女の子と腕組みっていうのは……。 「でしたら、もっと楽しそうにしてください。要は考え用ですよ。この街全体を貸し切りにしてると思えば、恥ずかしくもなんともないでしょう?」 ……なるほど、貸し切りデートか。 確かに、そう考えれば恥ずかしくも……なくはないけど、少しはマシかな。 「……まぁ、多少は。それより、今からどこに行こうとしているんですか?」 「……気になります?」 「そりゃあ、こんな時間にデートだなんて言われたら、どこに行くつもりなのか、気にならない方がおかしいと思いますけど……」 「ふっふっふ〜♪ それは、着いてからのお楽しみですよ〜♪」 そう言って、琥珀さんは意地の悪い笑みを浮かべた。 悪戯好きの琥珀さんは、こういう他人をからかうような笑顔が似合う。 しかも、見ていて不快感を微塵と感じないから不思議だ。 「ふ〜ん……何だろうなぁ……」 「見たら、きっとびっくりしますよ〜♪ ……色んな意味で」 「え? 今、何か言いました?」 「いいえ〜、何も言ってませんよ〜」 ……気のせいってことにしておこう。 問い詰めたところで、どうせ上手くはぐらかされるだけだろうし。 他愛のない会話に花を咲かせ、時たま出てくる聞き捨てならない不穏な単語にツッコミを入れている内に、俺たちは商店街へと足を踏み入れていた。 両サイドに隙間なく立ち並んでいる店は、当然のことながら、そのことごとくがシャッターを下ろしていた。 一つの街灯もないため、光源と呼べるものは、自販機から漏れる僅かな光と、夜空にて晧々と輝く月だけ。 そんな薄暗い道を歩き続け、商店街のちょうど中央、巨大なクリスマスツリーの立つ、円形に開けた空間へと辿り着いた時だった。 「さて、着きましたよ〜」 「え?」 琥珀さんの言葉に、俺は首を傾げた。 琥珀さんの来たがっていた場所って、ここのことなのか? どうして? てんで理解できなかった。 こんな所、この大きなクリスマスツリー以外には何もないのに。 しかも、こんな時間帯だ。 電源が入っていないため、これではただの黒い木でしかないじゃないか。 「んふふ〜♪ どうして私がここに誘ったのか、全然分からないって顔ですね」 「だってこんな所、電源の入ってないクリスマスツリー以外何にもないじゃ……」 「まぁ、このままじゃそうでしょうね〜。それじゃ、その理由を教えてあげますから、志貴さんはちょっぴりそこで待ってて下さい」 そう言うと、琥珀さんは組んでいた腕を離し、俺の返事を聞く前にツリーの方へと駆け出して行ってしまった。 「えぇっと、確かこの辺りに……うぅ〜、暗いと良く分からないですね〜……」 一体、何をする気なんだろうか? 見たところ、ツリーの根元の辺りで何かを探しているみたいだけど……。 「……あ、あったあった♪ それじゃあ志貴さん、いきますよ〜!」
――カチャッ。
琥珀さんの言葉を聞き終えると同時に、何かスイッチを押したような音が聞こえた……次の瞬間、
――パアッ。
電源の入っていなかったツリーに、一気に目映い輝きが点った。 「っ!?」 俺は思わず目を見張った。 薄暗かった商店街に、ツリーを中心として光が走る。 正確には、俺の居る側にだけだが。 しかし、これは……。 「えへへ〜。どうですか、志貴さん?」 笑顔を振りまきながら、駆け足でこちらへ戻ってくる琥珀さん。 「ど、どうって言われても……」 そんな彼女に、俺は言葉を返せずにいた。 ツリーに施された電飾。 それは、どこにでもある普通のクリスマスツリーのように、アットランダムに散りばめられたものとは明らかに違った。 言葉にして説明するのも恥ずかしいが……ほら、幼い頃とか、自分と仲が良い子の名前で相合い傘の悪戯書きなんかしたりしただろう? 単刀直入に言うなら……ズバリそれだ。 電球の連なりによって形作られた相合い傘の下にあるのは、同じくたくさんの電球で書かれた二人の名前だった。 ……それが誰であるかは、もはや言うまでもないだろう。 「あ、ほらほら、志貴さん。あそこのベンチ、このツリーの特等席なんですよ〜。さぁ、行きましょう」 「あ、うん……」 琥珀さんに連れられるまま、俺はベンチに腰を下ろした。 突っ込みたいことは色々と、それこそ本当に数え切れないくらいあったが、多すぎるが故に何も聞くことができなかった。 「本当はこっち側だけじゃなく、全方向から見えるようにしたかったんですけどね。さすがに時間と手間がかかりすぎるので、こちら一方向からだけになっちゃいました」 なんてことを、楽しそうに話す琥珀さん。 「いや、こっち側だけで十分でしょう……っていうか、琥珀さん、こんなのいつの間に作ったんですか?」 「それは、夜中こっそりお屋敷を抜け出して、地道にこつこつですよ。これ、メカヒスイちゃんの力を借りても、完成させるのに一週間くらいかかったんですから」 「……そ、それはまた……なんというか……ご苦労様です」 なんだか聞き慣れない不穏な単語が聞こえてきた気がしたが、そこは敢えてスルーする。 下手に深入りすれば、地下室に機械化した自分を見ることとなりかねない。 「むぅ……それだけですか? せっかく苦労して作ったのに……」 頬を膨らまし、細目でこちらを見上げながら、琥珀さんが拗ねたような声を出す。 「いや、えっと……」 鮮やかにデコレートされたツリーに目を向けながら、俺は返答に困った。 確かに、琥珀さんが俺のことを想ってこれを作ってくれたという事実は、この上なく嬉しかった。 だけど、これは……いささかやり過ぎというか、恥ずかしすぎるというか……。 「……迷惑でしたか?」 声のする方へと視線を戻す。 そこにあったのは、こちらを見上げる彼女の潤んだ瞳。 「えっ!? め、迷惑だなんて、そんな滅相もない!」 反射的に否定する。 「……本当ですか?」 「もちろんです!」 「……迷惑じゃないってことは、嬉しいってことですよね?」 「え……あ、えっと……」 一瞬、言葉に詰まる。 だが、今更嬉しくないだなんて言えるはずもなく、 「そ、そう、なるかな……」 俺はなあなあに頷くことしかできなかった。 「良かった〜、喜んでもらえたなら、私としても作った甲斐があります♪」 「あ、あはは……」 思わず、口から漏れる渇いた笑い声。 結局、女の涙は最強ということらしい。 これで俺も、こんな派手なことをされて喜べる、バカップルの仲間入りというわけか……。 また一つ、一般人と一線を画してしまった気がして、小さく肩を落とす。 「さて、と。準備も整ったことですし、それでは……」 そんな俺の横では、笑顔に戻った琥珀さんが、なにやら懐に手を伸ばしていた。 「……メリークリスマスです、志貴さん♪」 コートの中から白い袋を取り出すと、琥珀さんは満面の笑みを浮かべながら、それを俺の方へと差し出した。 「え……これ、もしかして……」 「はい。私から志貴さんへのクリスマスプレゼントですよ♪」 琥珀さんの懐にずっとあったからだろう。 受け取った袋は暖かく、冷えた手に心地よかった。 「ありがとう、琥珀さん」 「どういたしまして♪ でも、お礼は中身を見てからにして下さいな」 「あ、うん。なんだろう……」 封の役目をしていた星形のテープをはがし、中に手を入れる。 ふかふかとした柔らかい感触。 これは……毛糸かな? ってことは、中身はきっと……。 袋から手を抜き出す。 一緒に出てきたのは、予想に違わず、毛糸で作られた手編みのマフラーだった。 「慣れないことだったので、ちょっと歪かもしれないですけど……」 「いや、そんなことはないよ。むしろ、このほつれ具合のおかげで、手編みって感じがしてすごく嬉しい」 「そうですか? ありがとうございます♪」 「早速巻いてみてもいいかな?」 「はい、もちろんです。あ、そうだ」 と、そこで琥珀さんは一旦言葉を区切ると、俺の手からマフラーを取った。 「志貴さん、一緒に巻きましょう」 「え? 一緒にってどういう……」 「こういうことですよ〜♪」 そう言うと、琥珀さんは一層俺の方へと身を寄せてきた。
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