「……良い天気だな」 待ち合わせ場所である広場のベンチに座り、志貴は空を仰ぎながら、一人小さく呟いた。 その視界いっぱいに隈無く広がる、無限の如く澄みきった遠い青空。 雲一つ存在しないそれは、まさに頭上高くに広がる大海そのものだった。 「……」 何気なく眼鏡を外してみる。 それでも、その瞳に映る世界は何一つと変わらない。 「……良い天気だ」 誰に言うという訳でもなく、もう一度だけ静かにそう呟くと、外していた眼鏡を掛け直し、視線を水平に戻した。 広場の周りに植えられた枯れ木達が、今の季節を雄弁に物語っている。 だが、それを思わせない程の陽光が、街全体にさんさんと降り注いでいて、肌寒さよりかは仄かな暖かみを感じた。 天気の良さに引かれたのか、冬の朝なのにもかかわらず、広場のあちこちに人の姿が見られる。 ジョギングしてる人や、犬の散歩をしている人。 それに、ベンチに座って読書に耽っている人もいる。 皆各々に、冬の最中に訪れた、一時の暖かな快晴の休日を満喫しているようだった。 「遠野くーん!」 そんな目覚めを間違った春を思わせるのどかな空気の中に、聞き慣れた声が響いた。 「ん……」 何気なく立ち上がり、声の音源へと目線を動かす。 その瞳に映し出されたのは、肩から下げた鞄を上下に揺らしながら、こちらへと駆け足で走り寄る、一人の少女の姿だった。 白のレンチコートを身に纏い、首元に巻かれた赤いマフラーが一際目を引く。 一歩駆け寄るその度に、今日の空のように鮮やかな青のロングスカートが、彼女の動きに合わせてヒラヒラ風と戯れる。 「遠野君、おはよう♪」 志貴の目の前まで来てから、その少女―さつきは、満面に笑顔を浮かべて言った。 「あぁ、おはよう。さ……弓塚さん」 一瞬“さつき”と言いそうになって、志貴は慌てて“弓塚さん”と言い直した。
――危ない危ない……これは夢の中じゃなかったな……。
口には出さず、自分自身に言い聞かせる。 「ごめんね。待たせちゃったかな?」 「ん……いや、そんなこと無いよ。俺も今来たばかりだから」 腕に巻いた時計に、一度だけ目を落としてから、志貴はやんわりと答えた。 実際には、軽く半時間ほどはベンチに座り続けていたようだったが、別にそんなことを敢えて言う必要は無いだろう。 さつきが罪悪感を覚えるだけだ。 「そう? 良かった♪」 さつきが朗らかな笑顔を浮かべる。
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