【コミュ障でも楽しい!】レンタカーの回送ドライバー

Touka's BBS

「あんた書きなさいよ」「お姉ちゃんが書いて」「いいかげんにしなさい」

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私の50冊 [85]
投稿者: P (2005年02月21日 (月) 18時51分)


『伝わる・揺さぶる!文章を書く』山田ズーニー
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』村上春樹
『天然コケッコー』くらもちふさこ

以上、私とダブってます。
といっても、多分自分は50冊も思い浮かばないけど(笑)






こんばんはクロスケです [84]
投稿者: クロスケ (2005年02月19日 (土) 22時17分)


こんばんは
先日は当方のお絵描き掲示板に書き込みをいただき
ありがとうございました

自分、耳の悪い人なので
本来はアニメは見てもわからないのですが
ターンAガンダムはいろいろと縁があり
見たくてしかたないけどどうしようかなと思ってたら
トウカさんのホームページを発見しまして
こりゃええわい、と
ここの台詞集を見ながら観賞させていただきました
めっちゃ時間かかって、一話につき二時間とかかかりましたが
それだけかける価値はあったです
まさかそんな使われ方するとはお思いでなかったでしょうが
お礼を言わせていただきます
どうもありがとうございました

そのトウカさんに自分の感想連載を見ていただき
感想までいただけたことに感動することしきりであります
人の縁ってすばらしい

今後ともホームページの御発展をお祈りしております
それではお邪魔しましたー

http://www.geocities.jp/kurosuke662000/






今月のヤングユー [83]
投稿者: トウカ (2005年02月19日 (土) 03時53分)


Gackt、ガンダムについて大いに語る。
http://char.2log.net/archives/blog593.html
最後の2行が特に笑える。∀と違ってZガンダムのTV版には思い入れがないから(それぞれのキャラクターにはあるけど)、結構楽しみだったりします。ほら、良くなる事はあっても悪くなる事はないから……(´・д・`)


今月のヤングユー
表紙……これはひどい。ちょっと見るに耐えんね。扉に描く絵と表紙に描く絵をごっちゃにしちゃいかんと思う。

そんでもって渡辺ペコ
ダメ。全然ダメ。舞台を現代にしてしまうのなら、原作・太宰治、にするのではなかった。ちゃんと自分の名前で描いて横の柱に、「太宰治のグッド・バイに影響を受けた一作です」なり「太宰治のグッド・バイへの私なりのオマージュです」なりと書けばよかったと思う。そうすればもう少しは自作に対する責任感が生まれただろうに。今回のは、都合のいいところだけ自分のイメージを膨らませて、後は全部原作に責任を押し付けてしまっている。

この人は漫画家になる前からずっと描きたいと思っていたものは全部描いてしまって(描けてしまって、でもいい。それくらいの才能はある)、現在は本物の漫画家への道を探る為の迷走中なんだけれど、蛇ピに続いて二回連続原作付きという最悪の選択をしてしまった。ってゆーか、くらもちふさこの前にまずはたかさきももこの漫画を参考にした方がいーと思うよ、私は。

アマリリス
いや、まあ、その、なにが問題かって言ったら4巻が出るのにいまだに話が終わっていないって事が最大の問題ですけど、それは本当に困ったことですけれど、なんか、ひとつ裏返って面白くなってる気がします…。っていうかバイトさん、今日から君が主人公だから!。苗字すらないけど桃田や赤井だって下の名前はないんだ、気にするな。

ほいでもって、桃田さんの方は『恋より趣味を取るんですか?』なんて言われてるけど、いくら男の内面には興味のない岩館真理子とはいえ、今回ばかりは赤井君の中身の無さを前にしてうろたえていると思う(笑)。
少女漫画内におけるヒエラルキーからすれば、主人公の桃田とくっつくのは赤井以外にありえないのだけれど、赤井君のひっかかりの無さを前にして、岩館真理子は今、とまどっている。

このまま、このまま自縄自縛の少女漫画の枷を岩館真理子に突き破ってほしい。運命の人とか関係ないから!それ、気のせいですから!そんなことより、今自分が一番楽しめている関係の方が大切だって。もういいかげん、星の瞳のシルエットの呪縛から解き放たれる時期だと思う。


ハチクロと白ポンがないと、なんか別冊ヤングユーを買ったような感じがしてしまう…。今回はたまたまの巡り合わせで、ジリ貧というわけではないから、「攻めの姿勢が見える」と評価してもいいけれど、正直空振りだよね…。






私の50冊 [82]
投稿者: トウカ (2005年02月14日 (月) 18時40分)


最近はてなではやってる、自分が影響を受けた50冊ってのを選んでみました。
影響を受けたっていうか好き(だったことがある)っていうか。1作者につき1作品で本と漫画を50ずつ。

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Ink/2087/bookscomics50.html






『ちゃんと話すための敬語の本』橋本治 [81]
投稿者: トウカ (2005年02月11日 (金) 06時48分)


敬語には尊敬語・謙譲語・丁寧語の三種類がある。あって、江戸時代までは別にそれらは「尊敬語」とかとは呼ばれていなかった。身分のある者と身分のない者がおり、身分のある者はその中で細かくランク分けをしていた。ランクの下の者が上の者に話しかけるとき、その作法は厳密に決められており、それを逸脱した者は法律で罰せられた。

(今の言葉で言えば)「法律で罰せられる」から、江戸時代の人間は偉い人に対して敬語を使っていたのである。尊敬しようが尊敬してなかろうが、当時の人は偉い人に対して敬語を使ってきたのだ。だってしょーがねーじゃん。それが明治時代になって、国の方策としての身分制度がなくなったとき、ああいう言葉をなんと呼ぶことにしようかと考えて「尊敬語」なんて字を当てはめてしまったのが間違いなのである。

それはそれとして、自分と他の人との距離を認識するツールとして敬語を含む日本語は複雑で優秀なものである。だからアホはほっといて自分なりに敬語と付き合ってみよう、っていう本。



>Pさん
その点+αは妃子の次の一歩が明確に描かれていましたよね。っていうか+αの6話、今読み直すととんでもなく濃いわ〜。
普通漫画の最終回といったら、もっとエンディングっていうかフィナーレっぽいはずなのに、4分の3くらいまで平気で話を展開していってますね。んで、おばけたんごのような切って落とすオチじゃなくて、順当な終わらせ方でまとめている。リアルタイムで読んでた時は「あと○ページしかないですよ、先生!」ってことばっかり気になって何も読めてなかった気がします。

恋愛関係にはなれなかったけれど、妃子が本当に希求していたのは私たちって関係なんだよね。でも、そのことをはっきりと意識していたわけじゃなかったから、5話の終わり〜最終話の初めで恋愛関係の不可能を突きつけられた後、もう最終回だっていうのに逆に私たちって関係から身を引き離そうとしている。それがそれまでの妃子だったわけだし。

最後の最後、ようやくなんとか私たちという関係を作ることができて、妃子は初めて友達を得ます。それは「お父さんと私」に代表される、特別な存在としての私、ではなく、もう少し相対化された私。0か100かの二者択一ではなく、ぎこちないながらも中庸を身につけた妃子は、「天水さんを好きなんです」なーんて言葉をぶつけれたりもする。

ってとこで、αの方の6話もそれとおんなじ展開だったことに気付いてあっけにとられます。






[80]
投稿者: トウカ (2005年02月09日 (水) 02時05分)


>suuさん
とても長い間レスを返せないままですみませんでした。

>よつばと!
多分、雑誌で一話ずつ読んでいくよりも、単行本でまとめて読んだほうが面白いと感じられる漫画なんだと思います。面白いというか、世界を大切にしているって感じは、最初に戻って読み返さないと全体像が掴みづらいですからね。

よつばと!の完成度の高さはやはり、あずまんが大王で4コマを何本も描いて身につけられたのだろうと思います。どこにでもありそうでどこにもなかった漫画を、ひとつひとつ作り上げていった経験の賜物だと。

>ポストモダニスト
っていうかモダンもポストモダンも、私にとっては昔からよくわからないままの用語なんですが、「どう読めるかが大事」がやっぱり一番大事なんだと思います、読んでる本人にとっては。ただ、その個人的な関係がどこまで他の人にとって価値があるかどうかが問題なだけで。

でも、だからといってデータを羅列して形だけの客観性を取り繕う姿勢ってのはあんまり好きじゃないですね。あくまで個人的な感想であっても、読み物として価値があるものもある。ないものもある。だから私は夏目房之介よりも岡田としおの方が好きです。

>両監督の「こだわり」の変化
ブレン・もののけ→エヴァンゲリオン(すみません、私にとってのエヴァはTV版だけです)によって突きつけられた、作劇法の行き詰まりを体現した作品だと思います。エヴァの時代的意味って最終回がどーのこーのじゃなくって、「結局、これとこれとこれをぶち込めば面白いアニメが作れるんでしょ」ってぶっちゃけがまんま成功してしまったところにあって(トップ→ナディア→エヴァって路線の総まとめ)、その当時の疲弊しきったアニメ界は一言も言い返せなかった。結果、その後のアニメはどれもが「それぞれのエヴァンゲリオン」になってしまう。

∀・千尋→上記の結果、冷戦状況を体現した二項対立、みたいな理詰めで作るストーリーの価値がなくなってしまったことを実感して、目の前にいる人間のしゃべり方や日々の暮らし方へ帰り、そこで思いがけない果実を得た。人がしっかりと生きて考えて、お互いに関係を持ち合えば、おのずとストーリーは立ち上がってくる、っていう作劇法。ガイナックスのラインでフリクリもこの仲間に入れたい。

キングゲイナー・ハウル→ストーリーの整合性に捕らわれなくなった。それよりまして、いわゆるフィルムの躍動感みたいなものを前面に押し立てている。ガイナは知らん。

作品の出来・不出来というよりも、これら3期の作品群はそれぞれ、受け手としておこなう(求められる)深読みの種類が違う、ってのが一番性格な私の印象です。んで私は、∀・千尋・フリクリみたいなタイプの深読みを要求する作品が好きだ、と。


>種デス
私もガンダムシードは10話くらいまで横目で見てて、んでなんか無人島に漂流した回で登場人物が誰も彼も叫びまくってうるさいので見るのをやめました。
とはいえ、おかげ様で世代交代してガンダムという名前が生き続けているわけで、ガンダムという名前が生き続ければこそ、不朽の名作である初代や、私の好きな∀ガンダムに新たに出会う人も生まれるわけでございます。いつ誰が見たって面白いと感じる(可能性がある……)から普及の名作なわけですし。私も∀ガンダムから初代を再発見したクチですから。シードの超マニアになって他のガンダムも見たくなる、ってパターンじゃなきゃそうそう初代のTV版なんて見ないですよ、普通(笑)。とにかくとっつき悪いですもん。






恋愛成就でなくてもいいから [79]
投稿者: (2005年02月01日 (火) 12時20分)


紀ちゃんの、次の一歩のきざしだけでも見届けさせて
終わって欲しいというのが正直なとこです。

話題沸騰の「くらもちハウルパロ漫画」オモロイですよ!

http://kuramochifusako.girly.jp






今週のルサンチマン [78]
投稿者: トウカ (2005年02月01日 (火) 02時34分)


>今週のルサンチマン
こっちの月子ちゃんもあと2話で終了〜スピリッツは週刊なのでこちらの方が一足お先に最終回。「宮本から君へ」の頃の新井英樹にそっくりな絵を描く人なんだけれど、打ち切り決まってからの展開がこれまた新井英樹の「ワールドイズマイン」そっくりでなんか微笑ましい(あと「国民クイズ」の雰囲気も)。
「WIM」よりも二周りほど展開はしょぼいけれど、「突然語られる世界的インターネット網→核ミサイルのスイッチ」という映画「ウォーゲーム」以来使い古されたパターンも、キャラクターの性質上「WIM」よりもメインのドラマに直結していて嫌な感じがしないのがいい。

思わず全てのガードを解いてしまった月子を守るのは、いつも月子が持ち歩いてたぬいぐるみのモブさんのみ。でもこのモブさん、多分作品世界の中に入り込んだ作者自身だから、最強と言えば最強だろうけれど、実際にはなんもできないんだろうなあ。モブさんと月子が力を合わせてアンリアルの世界を自分ごと全部フォーマットしてしまい、タクローの思い出の中に生き続ける、ってのはこの話においては最悪のバッドエンドだ。「そんなことしたらただのゲームになっちまうじゃねーか!」

絵は新井英樹だけど、この漫画と本質的に一番そっくりなのはファイブスターなんだよね。しかし今回のラインハルトのカッコよさは、ファイブスターでは絶対に表現できない種類のカッコよさだと思う。魂の震え具合が違うっていうか。



>Pさん
今年もよろしくお願いします。

>紀ちゃんは救われる必要があるのか。。?
今の紀ちゃんって、宇大郎を取ったらなんも残らないんですよね。これが月子(こっちの月子さんね・笑)だったら、心の支えとしての家族が描写されているから、放っておかれても大丈夫なんですけど。

宇大郎と両想いになれないことよりも、宇大郎を取ったら何も残らないことこそ、今の紀ちゃんの最大の問題点なので、変に別の彼氏ができて(いや、いやいや、たとえそれが宇大郎であっても、だ)、そこの最大の問題点をぼかしたまま終わられてしまうのだけは回避してほしいですね。
……好きな人を主人公に取られた直後、別の人を好きになってハッピーエンド(?)というのは、まさに「星の瞳のシルエット」の真理子のパターンですが、この漫画はもっとも少女漫画らしい少女漫画なので、そこであらわになる欠陥は、少女漫画自体が持つ構造的な欠陥であるともいえます。

紀が自分自身の中の大きな空白から目をそむけた場合、彼女の周りを漂っている、怨念のようなもの・残留思念にたやすく心を乗っ取られてしまうでしょう。そうなればあとに残るのは自滅のみ。うまいことそれを避けることができればいいんですけど、その具体的方法がわからないので、とにかく時間を進めれば、と思ったのです。

「負け犬」だからこそ、その後の生活が重要になってくるわけで(笑)。まあ、テレビとかで勝ち負け言っている人間は、結局自分で自分の人生に責任を持つことのできない、右へならえの問題先送り人間なだけですから。いまだに高度成長やバブルの時代に両足突っ込んでるバカは放っときましょう。


>suuさん
レス、ちょっとお待ちください。






お久しぶりです [77]
投稿者: suu (2005年01月30日 (日) 18時01分)


お久しぶりです。

よつばと!読みました。前言撤回。面白いですね、これ。(笑)
>20年分の時間をすっとばかして∀ガンダムが来たみたいな関係
と、いうことは僕は1stのガンオタみたいなモンだったのでしょうか(笑)。

う〜ん、僕もあの面白さはうまく説明できませんねぇ。
ただ何となく言えるのは、あずまきよひこ先生はすごい独特の感覚の持ち主で、ある種の天才なんじゃないかなあってことです。惑星開発委員会の善良な市民さんは青木摩周さんとの会話で

「なんであるか」ではなく「どう読めるかが大事」
でもそれってポストモダニスト以外にはただのトンデモなわけで・・・。

と言ってましたが、あずまきよひこ先生はそういった事までも意識して描いているような気が…。 その辺がトウカさんの仰っていた
>オタクごと世界全体を包み込むかのような作者の人柄の良さ
と、いうことなのかなぁ…。∀ガンダムも「全てのガンダムの歴史を肯定」みたいな事を言ってましたよね?

>漫画マニアであればあるほど楽しめる
>それはどうかな?と思っていたのですが、やっぱりそれは正しかったのかもしれません
……それじゃ僕は漫画マニアってことですか(笑)
あんまり否定できないけど(笑)


>富野由悠季と宮崎駿の歩みはシンクロしていて、ブレンパワード→∀ガンダム→キングゲイナー、と、もののけ姫→千と千尋の神隠し→ハウルの動く城、の2本の線が相似形になっています。
あー。これも何となくですけど、分かる気がします。
ただ、これは説明するのは僕には難し過ぎるかなぁ…。
両監督の「こだわり」の変化、みたいな事でしょうか?
丸くなった。とでもいうのか…。


>ブラック・ラグーンをサンデーGXで読んでみました。
>パンチのおっちゃんが出てくるところはあまし趣味じゃないけど
あ、極道関係の漫画ではないのでご安心を(笑)というか、パンチのおっちゃんが出てくるのは一時期のストーリー展開のはずなので、(僕もコミックスで読んでるだけですので)もし良かったら第1巻から読んでみてください。


また長くなりましたね。ではこの辺で。


P.S
そういえばトウカさん。現在放映中の「ガンダムSEED DESTINY」はどう思います?僕は前作の「ガンダムSEED」を見て これはいいや…。と思ったのでデスティニーは見てません。思わせぶりなだけで結局リアリティとかない感じがするので。






あけまして、おめでとうございます(笑) [76]
投稿者: (2005年01月30日 (日) 11時26分)


紀ちゃんは救われる必要があるのか。。?

いや、もしかしたら救われないまま終わるのかも。
恋愛には勝者もいれば、敗者もいる。
一組の幸せなカップルの影には、沢山の犠牲者。
つまり、紀ちゃんは「少女漫画の負け犬ヒロイン」
というキャラということで。

あ、マモルに接近して過去の悪さをネタにゆすって
仕返しするとか。。。

いや、忘れ去られたヤブ君が、イケメンになって
帰ってきて、紀と結ばれ、親父の支持層で代議士
に当選して権力を握り、傾きかけたアスマブランドを
買収するとか。。。


本年も、よろしくお願いします。






月のパルス第12話感想。 [75]
投稿者: トウカ (2005年01月30日 (日) 00時19分)


カップラーメンは最近出た塩味がおいしい。

sideA::
ジュブナイルならここで一発盛大なイベントが始まって、告白どころか自己紹介の段取りすらすっとばかして、世界が二人を近づけるのだけど、これはジュブナイルではなかった。では、少女漫画なのか?う〜ん、そうかもしれないが、私の中の少女漫画というイメージとはなにか違うような。今はただ誠実な漫画としか。がんばれ宇大郎。

二人の間でだけ通じる秘密の符牒があればよかったのに。宇大郎が口にできたのは紀から聞いたのですらない、わけのわからんばーさんから聞いたどこかの誰かの名前だけ。聞こえるはずもない方向から自分の名前が呼ばれるのを聞いて、月子は振り向く。

プリクラ1枚で一目惚れなんて、月子にとっては空前絶後のありえないことだけど、宇大郎なんて気配だけで恋してたんだ。マモルマモル言ってんじゃねー。言ってやれ宇大郎、こちとら100年も前からあんたのこと好きだったんだ!って。

sideB:
岸君がはじかれてしまって紀はどうなるのか?
機械的にパターンにあてはめると月子とマモル、紀と宇大郎の組み合わせが一番ありえそうだけれど、少女漫画における恋愛、いや両想いというのはひとつの奇跡なのだと思う。そこで『恋愛的瞬間』(吉野朔実)の中に出てくるモノローグを思い出す。

「俺だけがこんなに想ってる。これではダメだ。
こんなにバランスが悪くては、奇跡なんか起こらない」

宇大郎は当初(まあ、今もだけど)月子のことを想っていて、それをあらためて紀の方へ向きを変えようとするならば何かイベントが必要だ。でも少女漫画の中で「好きだ」って気持ちを乗り越えるようなイベントって存在するのだろうか?「突然両親が事故にあって、もう私にはあなたしか頼る人が…」なんてドラマツルギーははなから無視していいし、「いがみあってたけれども本当は似た者同士なの」なんてパターンでもない。

無理だ。ちょっとした親切なんかでは宇大郎と紀の間のバランスは釣り合わない。だから奇跡は起きない。誰かを好きって気持ちは、少女漫画の中で一番大切な要素だから、それを変えちゃうような具体的なイベントなんて存在しないのだ。内に隠れていた潜在的な「好き」を引き出すことはあっても。

今の紀に残された手段(?)は、時間を飛ばすことだけだと思う。たとえば突然3年後。紀は成長してもういちど宇大郎と出会いなおすのだ。紀は歳をとることで魅力の増すキャラだと思う。直接漫画で描かれることのできない、なんでもない日々の繰り返しが今の紀には必要なのではないだろうか。


カラーページ、ホワイトが画面に映らない残像を、まるでホログラムのように浮かび上がらせる。






[74]
投稿者: トウカ (2005年01月26日 (水) 05時22分)


>やこさん
今の白衣でポンはファンにとっても作者にとっても拷問ですよね。この前の短編のように、漫画家としての力はまだちゃんと持っているんだから、ほんと編集部にはたかさきももこを白ポンから解放してあげて欲しいです。
なぜか周囲の人に助けてもらえる、ってとこまで含めて桃園の能力だと私は思っていたから、私は桃園も嫌いじゃなかったんだけど、今回のははっきりと看護婦失格ですよ。っていうかこれは、作者のSOSなのかもしれない…。

>天使のウインク
チェックしてくださってありがとうございます。映画や漫画ではなく本であそこまで激賞したものを読んでもらえるってのは、なかなか気恥ずかしいものがあります(笑)。
ぼんやりと背中の小脳で感じていたような事柄を、しっかりとすくい上げて文章化してくれる能力がすさまじいですよね、この人は。それだけって気もしますが(笑)。
引用―――
「本質は単純だ。異常というディテールに騙されず、不気味という見せかけにごまかされるな」を原則にしようとするクラリスの周りには、不気味な人間ばかりが登場する。“異常”ではないはずの現実社会の住人=男達が、自分の任務を全うしようとするクラリスを、彼女が“若い女”であるという理由だけで、いやらしい表情をちらつかせて見る。不気味というのなら、それこそが不気味である。
―――終わり
とか。

引用―――
〜つまり、人間とは「なにが正しいか?」を考える生き物だということですね。人間はずーっとそうやって来たはずなのに、いつの間にかその習慣がなくなっている。「考える」とは、「なにが正しいか」を考えることではなくなって、いつの間にか、「なにが一般的か、なにが多数派か」を考えることになってしまっている。
―――終わり
『華氏911』の感想であれだけ文句を言ったのは、「なにが一般的か、なにが多数派か」というマーケティングの呪いからマイケル・ムーアが解き放たれてはいないと感じたからでした。たとえば911の復讐としてアフガニスタンに空爆するのは仕方がない、ということを意識的にスルーしているところとか。それをやったらアメリカは単なる「でかいアルカイダ」になっちゃうんだけどね。


タワーリングインフェルノは私、消防所長と設計士の見分けもつかない人間ですから(笑)。序盤にひだるまになった人と社長の甥も区別がつかなかった。
ストーリーの必然の中でこそ役者も輝くって考えの人間なので、タワーリングインフェルノはやはり、時代に許されていたって感じがしますね。ポセイドンアドベンチャーもローマの休日もジョーズも、どれも嚆矢でありながらリメイクのしようがないという点で共通しています。それらに比べるとやはり、なんかいろいろもやもやが出てくるので…。

ロード・オブ・ザ・リングの3巻を借りてきたんですが最初の10分で見れなくなりました。あの調子で3時間半も続けられるってのは私にとっては拷問以外の何者でもありません…。






『アヴァロン』感想。 [73]
投稿者: トウカ (2005年01月26日 (水) 05時21分)


『ルサンチマン』>『アヴァロン』

ネームバリュー(集金能力)だけで映画を作ってるな。この人は才能がどうこう以前に根性がない。そしてそれは映画監督としては致命的である。

ネットワークゲームを題材にしたというには、あまりにお粗末なゲームのイメージ。こんなもんネトゲーじゃないよね。換金してるし、ありゃ近未来のパチプロの話だ。パチンコは換金できるから大人の遊びなんだ、って本気で思ってる輩と同じところ歩いてるよ、この人は。

内容はともかく画面はきれい、という評価が一般的だけれど、きれいたってコンピューターでトーンをそろえたアメリレベルのきれいさで、たとえば『ハンニバル』のフェチックなカメラや、カウリスマキ、ウディ・アレンなどの作る画面に比べれば、映画とプレステムービーほどの違いがある。カメラワークが秀逸な分、アメリの方がきれいだしね。


冒頭に挙げた『ルサンチマン』は、今スピリッツに連載されている近未来(2015年・笑)のネトゲーを題材にした漫画だけど、現在打ち切り進行真っ最中なんですよね。『ペット』といいこれといい、なんでスピリッツはこういう漫画を打ち切るんだろう?「編集王」連載していた雑誌だろ、編集者魂ってものはないのか!?
この漫画を一言で言い表してる名台詞
「現実を直視しろ。俺たちにはもう仮想現実しかないんだ」

最近コミックスを買ったんですけど、2巻のオビ裏の推薦文が…
「男たちの悲しい本音を、実にリアルに、説得力のある形で描き出している」(北海道新聞夕刊漫画コラム・雑賀喜由氏)
………なんか一瞬、世界がゆがみました(笑)。これは、そういう効果を狙った高度なオビ芸なの…か?






[72]
投稿者: やこ (2005年01月25日 (火) 19時21分)


かむさん、入院されてたのですか。おそまきながら退院おめでとうございます。静養なさってください。
日記拝見しました。夜景や雪の積もった写真、よかったです。

すごく今更な話なんですけど、ヤングユー、白衣でポンのあまりの品のなさにびっくりしてしまいました。早く次の連載に移ってほしいです…
岩館作品については、かむさんと同じく、どういう心境で描いたんだろう?と。トウカさんの言うとおり、飼い猫が亡くなったというのもあったかもしれませんね。

あとこちらの掲示板みて「天使のウインク」読みました。アドバイスどおり図書館で借りてきた(笑)調べ物があったので…
この人、文章に結構クセがあると思うのですが(なんていうのかな、結論への持っていき方が他の人と違うというか。だから順番に読んでいかないとダメ←当たり前だ)、面白かったです。社会的な責任を持って生きたいものだと思いました…
(具体的には、明日からどうすればいいのかな…)

「タワーリング〜」は私にとっては子どものころよく観た思い出の映画なので、評価が甘くなってしまうのですが、
>『ポセイドンアドベンチャー』で最初のホールから動かなかった人々に、ずっとカメラを当てているみたい
というの、笑ってしまった。たしかにそうかも…
これはオールスター映画、スターを見るための映画なんで(当時の人にとっては、いくらたくさん人物が出てこようが、元々顔を知ってる役者ばかりなので、見分けがつく)長くても許してねってとこでしょうか…
昔はお正月に必ず放送してたものだけど(しかも二晩に分けて)、最近さすがに観ないなあ。

スパイダーマン2は面白いですよ。スパイダースーツに関するあれこれ(中身は普通の青年だという)も一応出てきます…

http://park18.wakwak.com/~yako/index.html






いらっしゃいませ。 [71]
投稿者: トウカ (2005年01月25日 (火) 01時40分)


今週のスピリッツのアフロ田中冒頭の一発ギャグ…立ち読みながら声出して笑ってしまった。

>ていわいさん
いらっしゃいませ。
ご指摘されたところを改めてチェックしてみましたが、戯れている、ですよね。無理やり聞けば、恐れている、と聞けなくもないですが、やっぱ無理矢理すぎです、それは。
戯れているってなんかロランの語彙じゃないような気がしてたんですね。しかし、修正しておきました。ご指摘ありがとうございました。


>AYAKOさん
なるほど!それにしてもすごい似せっぷり(?)ですよね。2代目裕次郎とかはぜんぜん似てないのにさ(笑)。

ジェームス・ディーンのあのオーラはないんだけれど、その分小奇麗で友人役にはぴったり。この前「理由なき反抗」(いや、理由はあるよなあ、あれ)を初めて見たんですが、ジェームス・ディーンってなんていうか、たとえばキムタクのような、パッと見てわかる二枚目じゃないんですよね。すんごい微妙な魅力っていうか、映画の中においてだけ真の輝きを見せる本物の映画スターっていうか。

「理由なき反抗」では、結局一番足手まといだった子が死んで終わりますが、ギルバート・グ でのお母さんが死んでおしまいってのとは違って、悲しいながらも考えさせられるラストでした。
事件の熱狂が冷めない中、父親が「一緒に戦おう」ってジェームス・ディーンを抱きしめるけれど、それがいつまで続くだろう?私には、すぐにまた日常の中に埋もれてしまうように思われる。でも、それは事件前の日常とまったくのイコールというわけでもなくて、まるでまわりの空気が海水にでもなったかのような重い日常を、ひとかきひとかきかき分けて前に進んでいくのだ。でもそれは、新天地へ逃げ出して、今までのことは全部リセットって生き方よりも、ほんと、スクリーンの中のジェームス・ディーンにふさわしい生き方なんじゃなかろうか。

「理由なき反抗」で描かれる感情って、卒業するものじゃなくて積み重ねていくものだよなぁと私は思うのです。なんで「あの頃は私も若かった」の一言で自分の過去を切り捨ててしまえるんだろう?











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