【コミュ障でも楽しい!】レンタカーの回送ドライバー

Touka's BBS

「あんた書きなさいよ」「お姉ちゃんが書いて」「いいかげんにしなさい」

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Zの感想面白いですね [193]
投稿者: 伊藤悠 (2005年12月21日 (水) 00時43分)


論理と具体性を伴った勢い、素敵です。
胸のつかえが取れた気分です。






頭をリセット。 [192]
投稿者: トウカ (2005年12月03日 (土) 16時07分)


ちょっと体調不良で、少しの間レスをお休みさせてください。
あれもこれも抱え込みすぎ。
再開は年が明けてからかな?

2005年に読んだ漫画のベスト10、タイトルだけ挙げておきます。

1・「2005年のヤングユーに掲載された傑作短編群」
  勝田文・大沢めぐみ・清原なつの・坂井久仁江・岩館真理子・
  渡辺ペコ・池谷理香子・たかさきももこ・ヤングユー/集英社
2・「駅から5分」 くらもちふさこ・コーラス/集英社
3・「アマリリス」 岩館真理子・ヤングユー/集英社
4・「あいびき」 勝田文・クイーンズコミックス/集英社
5・「魔人探偵脳噛ネウロ」 松井優征・週刊少年ジャンプ/集英社
6・「よつばと!」 あずまきよひこ・電撃大王/メディアワークス
7・「大奥」 よしながふみ・メロディ/白泉社
8・「ファミリーレストラン」 雁須磨子・F×comics/太田出版
9・「転校生〜オレのあそこがあいつのアレで」
  古泉智浩・ビッグコミックスピリッツ/小学館
10・「おおきく振りかぶって」 ひぐちアサ・アフタヌーンKC/講談社

〜コミックスになっているのは単行本で読んだ作品。


今月のコーラス(縮小版) 2006年1月号
重い。






映画の本 [191]
投稿者: AYAKO (2005年12月01日 (木) 18時18分)


情報ありがとうございました。
映画のことがいろいろ載っているし 買って得したって感じです。

しかし 実写版「エヴァ」ってどんな風になるのか??

http://www004.upp.so-net.ne.jp/marugoto-ferret/






おしゃべり怪談? [190]
投稿者: N耳 (2005年11月29日 (火) 15時13分)


トウカさん、ナーーーーイス!
アタリ付けて書店行ったら紐でくくってあったので、中を確認出来ないまま恐る恐る買って帰りました(^^;)
あった♪良かった(ほっ)
面白い・・・トウカさん、ありがとうm(_ _)m

では、アイコンはディアナ様で(深い意味はありません)






すばらしい!! [189]
投稿者: (2005年11月29日 (火) 12時30分)


トウカさん、抜群に「ヒキ」ですな〜。

早速、チェックさせていただきました。

駒込行くときは、ご一緒させてください。。

情報いただきます!






ちゃんねるpoo [188]
投稿者: トウカ (2005年11月27日 (日) 18時31分)


>秋雀さん
>AYAKOさん
夜勤の間はほとんど家に帰って寝るのが仕事みたいなもので、なかなかレスできません。もちょっと待ってくださいね。


久しぶりに本屋に行って新創刊の雑誌をなんとなく手に取ってめくってみたら、なぜかくらもちふさこの新連載エッセイが始まっていた。おおおおおおお!いまだ電波力衰えず!俺スゲー!今駒込に行ったらくらもちふさこと偶然出くわせる自信があるね!

「ガンダムはターンAから入ったので」の言葉に一瞬衝撃を受けたワタシ、違いますから。そのあたりの前後関係ちゃんと判明してますから。っていうか、∀ガンダム放映時の99年に初めてファンレター出したのね。その中で∀に触れてたんだけど翌年来たお返しの年賀状に「∀ガンダム見てます、大好きです」とのコメントが。つまり、リアルタイムであの夕方からの低視聴率ガンダムアニメを見ていた人だから。電波だよね。99年の天コケは「右田のキモチ」から「わしら」まで。あーもーすっげービビット。あの頃ほんと、天コケと∀をなめるように繰り返し繰り返し繰り返し何度も見てた。ほかにすることもなかったしな!
ままま、∀と初代(TV版)と逆シャアのセリフ参照されたい折は、どーぞ当サイトをご利用くださいな。

しかしこの雑誌、月刊ぬータイプの別冊扱いなんだけど、いいよね。ケロロ軍曹とかの話題でなんとなくくらもちふさこの名前を覚えていた読者が、本屋でふと「駅から5分」のコミックスを手にしたりするんだよ。つーか、心ある人はターンAという単語に反応するからね。ガンダム語る人はいくらでもいるけど、その語りの中に「∀」が含まれているかどうかで心に留めておくか流すかを判別するねん。

ちなみに、このエッセイコーナーを担当した編集がかなり込み入ったマニアで、くらもちふさこの指名は単なる偶然ではなかったのは、むかいのページのエッセイを書いている人のプロフィールを見ればわかる。






「機動戦士Ζガンダム 恋人たち」感想。 [187]
投稿者: トウカ (2005年11月20日 (日) 03時28分)


詰め込みすぎで、映画の体をなしていない、と言う人の気持ちはわかる。
でも、これでええねん。映画はこれでええねん。言葉にしにくい予感が体を震わせ、言葉にしやすいアラが各所に散らばっている。映画が映画であるか否かというのは、前者の体を震わせる予感があるか否かの一点にかかっていて、それ以外は完成度の問題でしかない。ああ?原作知らない人がついてこれない?追い返せよそんなやつら。ここはディズニーランドじゃないんだ。

突然始まるオープニング。複葉機でそこら中跳ね回りながら着艦するベルトーチカ。ギャハハハハハ!映画館じゃなくてうちでDVDで初めて見てたら心置きなく笑えたのに!作っている人間の心の動きが指先の感覚のレベルで伝わってくるんだよね。ライブだ。いや、俺ベルトーチカ好きだからさ、新作作画がまったく別人なのも含めてゲラゲラ笑っちゃったよ。とりあえず「そうですね」と答えておくカミーユ。バカ、そりゃロランの間合いだって。幸せなことに俺カツの事も全然嫌いじゃないのでアムロから銃を受け取るシーン、素直に感動できてんの。なんかもううらやましーでしょ。ハヤトステキー!パトレイバー2の松井さんみたいー!ZZを私たちは知っていて、だからこそ一秒一秒に本当の命の輝きを見ることができる。ベン・ウッダーもいるんじゃん、椅子を尻で磨くだけの男じゃねえぜ!そしてステファニー・ルオ!ギャァァァァァー―――!萌えェェェェー―――ッ!一生ついていきます!黒服で雇って下さいィィッ!

体内時計で計って開始からここまでで20分。もう映画として十分じゃん?ああだったらいいのに、こうだったらいいのにって言いたくなるような所ははっきり言って無数にある。でも、それはあくまで完成度の問題だから。1部の時の感想で認めたように、このΖガンダムは∀ガンダムよりも先の今という時代に爪をかけているけれども、あくまで昔の番組の再編集でしかないから、0.5歩しか前に踏み出してないんだ。もし、私たちが望んでいるあーだこーだが完全に再現されていたとしたら、この0.5歩の位置でトミノヨシユキは憑き物が落ちて映画監督として終わってしまうだろう。真打ちはこの映画の持つイキオイ、この肌ざわりの記憶がなだれ込むようにして作られる次の新作、改めての1歩にあるのだ。

それでは、ま、その余計なあーだこーだ…。

ニューホンコンで二戦するわけだけれど、あまりのつなぎっぷりが笑えるね。画面の端っこでさりげなくアムロの最強っぷりが表現されていて鳥肌が立つ。ヒョイッとかクルッとか、カミーユをアウドムラに降ろしてすぐに離艦するところなんて素敵すぎ。それにしてもベルベルたん萌え。アムロとカミーユとベルトーチカ三人が港前で話してるシーン、この5年後におんなじシーン見る予感が(笑)。アムロ以外は人物違うけれど。

フォウにまったく思い入れのない私のファーストインプレッションは「あ、これロザミィでも繋がるかも」。いくらなんでも若い女の子がとっかえひっかえ出過ぎなんだよね。カミーユとロザミアってこの時点ではまだ面識ないし、このままロザミアが連投した方が話としてはスッキリするよなあ。

それでもフォウよかった。短い時間の中で切なさを感じるドラマが書けている。サイコガンダムの顔にカミーユが取りついて話すシーン(うわ、これも5年後になんか見るなあ。でも7年前にはなかった)、今ならこのよさがわかる。っていうか5年後の記憶が二重写しにダブって感動できるように導いてくれる。
せっかくサイコガンダムの顔に取り付いても、カミーユには人に語って聞かせるような立派な人生なんてどこにも持っていないんだよ、ハサと違って。それでも話す。ぜんぶ話す。それまでのフォウにとって、彼女の「今」を形作っている他人たちは、特定の一面しか見せようとしない、ペラペラの紙に描かれた二次元の絵のような障害物でしかなかったんだけれど、ここで初めて、顔も背中も内蔵もある人間がフォウの世界に現れる。そのあと急に銃を向けるのは、これが「ローマの休日」だからだ。人一人分の思い出があれば、それを支点にして周りを取り囲む世界の意味を書き換えることだってできるんだよ。

ヘンケンは好きじゃない。最後にバカやるから。今回の書かれ方はそのバカの為の伏線張りだろう。なんでみんなヘンケンを許しちゃうのかなあ?

それにしてもハーフムーン・ラブ、ハーフムーン・ラブはカットできなかったのか?そんな律儀に2度も3度もサラが行ったり来たりする必要ないだろ。中盤は月へのコロニー落しひとつにしぼって徹底的に書き込めばよかったのに。それでジャマイカン、バスク、ジャミトフ、シロッコ、サラ、ヤザン、ジェリド、マウアー、ぜんぶ書ける。書いたらトミノヨシユキが終わるけど。

コロニー落しという強行的手段に出る武闘派バスクとジャマイカン、その拙速に違和感を感じるジャミトフ、その間隙を縫って暗躍するシロッコ、サラはシドレ曹長と先鋒、偵察、潜入、戦場を掻き回すヤザン、おっとり刀でジェリドが登場した時にクライマックスに入って、刺し違えるマウアーのガブスレイ!こうでなくっちゃいかんだろ!

…あー、俺、すげーティターンズの人のこと書いてもらいたかったんだわ。エゥーゴみたいな夢見る組織なんてどうでもいいからさ。タクティクスオウガでヴァイスが好きでLルートしか選べない人間だもんなあ。

マウアーの扱いが悪すぎ。シロッコとかと実務的な会話をする部分は描けているけど、肝心のジェリドとの一対一の関係がかかれてない。困ったねってくらい書かれていない。誰か一人マウアー担当の脚本家割り当てて、専属でマウアーのストーリー考えさせればよかったのに。マウアーもだけど、ガブスレイがもったいない。こういうところで旧作からの流用が響いてくるなあ。

Zガンダム
―出てくる必要なかった。ずっとmkIIでよかった。
それでエマがずっとリックディアスでさ。

ハイメガランチャー狙撃
―ちゃんとエヴァンゲリオン見てないからこうなるッ!

八方何も存在しない宇宙空間での戦闘を魅力的に描くことは今の作劇方法では無理だ。不可能。夜明け日没の太陽と昼間の太陽との大きさが違って見えるくらいハッキリと無理だ。宇宙空間で描くべきことは、その底無しの虚無の感覚であって戦闘ではない。∀ではきちんとそのことがわかっていたのに、なんでそこまで律儀に原作のつまらなさを尊重するかなあ。

描くべき戦術がないから、敵の強さ、味方のピンチを描こうとしてハンブラビやガブスレイの理解しがたい峰打ち攻撃が当たる当たる当たる。それ、クライシスの表現になっていませんから。って解れよ。TV番組のノリで映画を作るなよ。多分一番不満があった部分。

真ん中の黄緑のサラミスがモンブランな。

今更言っても無駄だけれど、レコアさん、そこまでして無理矢理ティターンズに寝返る必要なんてもうどこにもないんですよ。あなたにはもう、エマさんと戦わなきゃいけない必然性なんてないんです。エゥーゴで楽しくやれてりゃそれでいいじゃないですか。そんでパラス・アテネはサラに譲ってくださいってば、もう。

そしてハマーン・カーン。
なにが問題かって、トミノヨシユキと榊原良子があんまりハマーンのこと好きじゃないってのが問題だ。いや、本当の問題は私たちがこれほどまでにハマーン・カーンを偏愛していることの方にあるか。みんな一緒にジークジオンって唱和したいんだよね。オレら摂政とか参謀とか大好きだしさ。それを実現するポテンシャルを持っていて、その行動は小悪党だ……ほんと悲しいけど、ハマーン・カーンは二十世紀に置いていこう。

シロッコ?…グワダンを内から破壊するような物の価値のわからん野蛮人に用はない。






表紙・紀・野生子・青野 [186]
投稿者: AYAKO (2005年11月13日 (日) 13時26分)


トウカさん こんにちは。

表紙
インパクトあり過ぎ。(*∩∩*)
何年か経ってこの表紙を見たときにきっとまた感動するんだろうな。


少女漫画の主人公として振舞う。−なんかすごくわかる。
ほんと トウカさんはすごい。

ウタ君の気持ちとかみんなわかっていて 自分の気持ちを押し通す紀が可愛くなかった。(月子に対する紀の行動はそれほど嫌いではないです。紀が嫌いだと言うと勘違いされるので。)
お弁当を持ってきた紀 そして仕舞おうとする紀 一瞬でまた開いた紀が好きではなかった。
(なぜかは、トウカさんの様に自分の気持ちをうまく説明できませんが。)
くらもち作品の中で唯一嫌いになった紀だけど それだけでは終わらせないくらもち先生はやっぱり凄いです。

野生子
天然。愛さずにはいられないキャラクター。
しっかり者と他人も本人も思っているところが面白い。
実際にしっかり者なのだろう。
でも青野君は知っている。ふふふ

私の周りにもしっかり者の天然が居ます。最高に素敵な人物です。 
(根岸先輩と同じで天秤量りがつり合っているからかな。)

青野
うん、くらもちさんは絶対に映像が見えていると思います。
だから その空気観や人物のリアルさが伝わってくるのではないかな。
(どうやって映像を見るかは全然わかりませんが。f(^^;))
出演者たち(主役も端役も---と言うか くらもちさんにかかるとみんな主役級?)は実際にそこで生きている?

ただし 映像が見えてもそれを表現できることがまた凄いですけど。

今度はぜひ「α」「月のパルス」「駅から5分」ツアーにこちらへおいでくださいませ。
待ってますよ。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/marugoto-ferret/






2005年に読んだ漫画べスト2 [185]
投稿者: トウカ (2005年11月07日 (月) 12時33分)


>秋雀さん
長文書いて疲れたのでレスはちょっと待ってください。
今年読んだ漫画のランキングを書き溜めようとしたら、ひとつの項目だけでこんな膨大な量の文章になってしまったのでさっさと貼って世に問う!(…気にしないでください)ておきます。
ネタがネタなんでねー短くならないよねー。ちなみにランキングの1位は「今年のヤングユーに掲載された傑作短編のすべて」です。そっちは多分テキトーに短くまとめます。


2・「駅から5分」 くらもちふさこ・集英社/コーラス
今年のくらもちふさこは、往年のトウカイテイオーを髣髴とさせるほどの恐ろしい差し馬っぷりでした。特に2話。その前の連載「月のパルス」からの助走も含めてです。

少女漫画の根本はボーイ・ミーツ・ガールにあります。つまり少女漫画であれば、話が始まる前から「出会うこと」は確定していて、その分だけぬるく、甘い。
くらもちふさこは自分の描く漫画が少女漫画であることに頑固なまでに固執していて、その作品はシフォンケーキのような上品な甘さで私たちの心を癒してくれます。その上品な甘さの秘訣は、「運命の出会い(=ボーイ・ミーツ・ガール)」という甘味料の強烈な甘さに身を任せすぎず、クールな視線で形作られた、甘くない世界が、運命の出会いの周囲をまるごと包みこんでいる点にあります。

「月のパルス」という曲芸のような実験少女漫画の主人公はやはり紀で、この少女漫画が実験作だというのは、主人公の紀とはまったく別のところで「運命の出会い」が起きてしまっていて、それで少女漫画としてのノルマは達成されているからです。

この漫画に「運命の出会い」はひとつしか用意されていなくて、それは月子と宇大郎のために使われました。なぜ「運命の出会い」がこの世界にひとつしかないのかと言えば、作者であるくらもちふさこがそのように設定して描き始めたからです。それが実験漫画だということです。途中で設定を破棄して別の「運命の出会い」を持ってきて、それでも漫画として大団円を迎えることは可能ですが、それは美しくないでしょう。そういう(美学の)問題です。

その世界にひとつしかない「運命の出会い」を月子と宇大郎に使用されて、それでも紀はとても責任感のあるくらもち漫画の主人公なので、少女漫画の主人公として振舞おうとします。「運命の出会い」という絶対的な足場を奪われて、それでも少女漫画の主人公として振舞う紀の痛々しさは、この文章を読んで作品を思い返した人全員を改めて憂鬱な気持ちにさせるに十分なほどの救いのなさでした。

それはとんでもない構図になります。少女漫画の主人公として当然得られるはずの「運命の出会い」の権利を不当に剥奪された紀は、現実世界の中で少女漫画的ファンタジーを無理矢理つくりあげようとする未成熟な人間という烙印を押されてしまいます。いや、これは別にくらもちふさこの意地が悪いんじゃなくて実験の経過がそういう道筋を辿っているってことです。化学実験なら混ぜればあとは勝手に反応しますが、ひとつひとつ展開を考えなければならないくらもちふさこにとっては死の苦しみだったでしょう。

これまでの少女漫画の中でほとんど万能の価値を持っていた「若さ」というステイタスすらも、紀においては「未成熟」という欠陥でしかありません。


しかし………、それでいいのだ!

若いっていうのは、世間が言うほど素晴らしくも美しくもかっこよくもない。
若いっていうのは、世間が指し示すほど若くない。私たちはそれを知っている。

紀は若いので目の前にぶら下がっている「運命の出会い」しか見えません。現実には存在しない紀と宇大郎の「運命の出会い」をどうにかして演出しようと躍起になって、目隠ししたまま現実世界に生きる紀の姿は、まるでスーパーの野菜売り場でパントマイムをする人のように不様で失笑を買いますが、それと同時に紀は現実世界に一人の人間として生きていて、そこに紀の魅力があります。
藪や坊との偶然の出会いから始まる普段の関係性の中にこそ、紀の本当の魅力、生きている人一人分の魅力が詰まっている。

―――本来のくらもちキャラ、それも主人公ならば、藪や坊と何度か話しているうちにそこで初めて現れる自分自身の魅力に自然に気がつく直感を当然に持っています。しかし、その直感が発揮されるタイミングというのは、多分、くらもちふさこ本人にもコントロールできなくて、だから、実験の途中で勝手に直感が発動してしまわないようストッパーとして、あの霊が紀に取り付いたので「ある」(と断定)。別に悪の地下帝国からの先兵ではなかったのだ。だから後半、くらもちふさこがもう外して大丈夫と思ったところで都合よく消えてしまったわけで、その分、くらもちふさこは漫画が下手だと言われても仕方がない―――。

紀は、月子や宇大郎の世界の住人ではなく、坊や藪の世界の人間である。

「月のパルス」は今、あなたの喉元に感じたかすかな違和感、その首根っこを押さえるために行われた実験だったのです。
坊や藪と話している姿が魅力的なら、それでいいのだ。どうして坊や藪は安定していて時に宇大郎よりも魅力的なのに、紀はそこに生きようとしないのか?そのこだわりに光をあてて正体を明らかにさせることはなくとも、この実験の中でくらもちふさこの指先は、確かにその首根っこを押さえる感触を得た。

その指先に残る確かな感触の記憶だけが「駅から5分」の2話を描かせたのだろう。運命の力を借りなくとも、人は人と偶然に出会うのだ。それがボーイとガールなら、やっぱりそれもボーイ・ミーツ・ガールで少女漫画なのだ。

*1・月子と宇大郎の話の部分はもう、くらもちふさこに任せろ、である。甘味料しか使ってないのに上品な舌触りってな具合の、空中庭園のような出来。物語としての整合性を保つ為のわずらわしいノルマから解放されたふたりの美しいページには、30年間漫画を描いてきて一番上達したのは、描きにくい所は描かずに済ます技術だよな、と、変な感心をさせられてしまう(笑)。

*2・藪や坊→焦点がぼやけるので外したけれど、正確には藪や坊や梶

*3・リアルタイムで「月のパルス」の感想を書いていたときは、なにがなにやらわからなくて暗闇の中を手探り状態で描きつづけていたのだけれど、今読み返してみると、ちゃんと書くべきことを書いていて我ながら感心する。
ちなみに、「月のパルス」ではなくて「駅から5分」が2位なのは、おいしいとこだけスプーンですくって味わいたい私の嗜好のせいです(笑)。






もうすぐ8日は… [184]
投稿者: 秋雀 (2005年11月05日 (土) 18時44分)


毎回「どのアイコンにしようかな〜」と一覧を眺めるのが楽しみです。

ヤングユーの最終号にアンケートがついていたら…。アマリリスは大団円でしたね。岩館真理子の物語では初めてではないでしょうか(白雪兄だけが…)。ある意味、ちょっと岩館真理子っぽくなかったかもしれないほど。私にとって、岩館真理子はあの「うちママ」のラストの不安定さと切なさ以外の何者でもないんですよね。もちろん、連載当時はかなり面食らいましたし、悔しい思いでいっぱいでしたが、今となってはあれでこそ岩館真理子作品なんだとも思えます。完成形ではないけれど、永遠に完成しないというか。

「やっぱり少女漫画では結婚生活は描けない。」
コーラスはそもそも大人のための少女漫画という謳い文句で始まりましたよね。けいとはしぶしぶOLやってたって(笑)岩館真理子も永遠の少女なんでしょうね、きっと。そして、読者もきっと、同じなんだろうなぁ。少なくとも私はそうです。ヤングユーやコーラスを買って、少女漫画を読みたかったんだもん。

アマリリスは結局最後まで、岩館真理子の本質である切なさや不安定さをほとんど見せませんでしたね。でもちゃんと、私たちに夢と非現実の楽しみおもしろみを見せてくれた大傑作になりました。嬉しいです。さらに、その時々に読ませてくれた短編たちも。そこにはやはり、変わらず切なく愛しいストーリーたちは健在でしたし。

私も最後に、ヤングユーと岩館真理子に花束を贈りたいです。

>ICO
すごい!ドラクエを買いに走ったときに、他のソフトなどには目もくれなかった中、なぜか偶然このICOにだけ手が伸びたんですよ。なぜかわからないけど、なんか。なんか好きだなぁって。なんだろう?って。あの偶然はなんだったんだろう。パッケージなどはちゃんと見なかったんですが、なんとなく、なんとなく。

でもそのあと、売れすじランキングのところで第2位に燦然と輝いているICOのパッケージをちゃんと見たら、ご存知かとは思いますが、「これはキリコのパクリじゃないか!!!」って、まず大激怒しました(笑)「ICO」も「CHIRICO」の「ICO」ですよね。で、旦那にぷんぷんに愚痴を吐きまくったやつです、ICO。それとも、あとからキリコのほうを絡ませたんでしょうか。ああいうふうに、パッケージに名画をパロるのってアリなんですか???キリコ財団から訴えられたりしないんでしょうか(笑)

岩館真理子も絶賛なんですか〜?じゃあやろうかなぁ(ぉぃ
ちなみに、アクションは苦手ですがパズルは大大大好きなんで、はまるかも。






今月のコーラス 2005年12月号 [183]
投稿者: トウカ (2005年11月01日 (火) 08時23分)


>表紙 くらもちふさこ
う……。
なんてゆーか、余白がまったくないので、視線の逃げ場がなくて雪隠詰め。難しい真正面顔でもデッサンは崩れておらず、表情もついているのはさすがというか当然というか。そっか、表紙っていう一番フォーマルな場でアップを描く時の細部は(今の時点では)こういう絵柄になるのか。正対すると逃げ場がなくて苦しくなるから、横にしたり脇に置いたりして眺めています。影のつけ方すげー勉強になる。やっぱこれでいいんだ。
少なくともこんな表紙絵描くベテラン漫画家は男女問わず日本に一人しかいないね(笑)。破れかぶれのインパクト。表紙絵としては一応成功しているのか……?

壁紙、収まりよくなるよう周囲をカットして、彩度を落として色相化えて、モノクロ一歩手前にして使ってます。色相変化のバーをどこに持っていっても変にならないってのはやっぱりすごい。


>PONG☆PONG 小沢真理
ド・リ〜ムな方面の話ですね。昔の話じゃなくて今のライちゃんがチアリーダーやる話だったらもっとよかったんだけど。
みんなで男子チア部をやりました。成功しました。よかったです。って、なんのひねりもないストーリーの代わりに、主人公のキャラが不安定要素を担当することで話を読ませる原動力のドキドキ感を作り出している。
前回の読みきりの反応がよくて巻頭カラーなんだろうな。コーラスのことだから連載化というか話が続けられることになるだろうけれど、雷蔵が読者に与えるドキドキ感、それはありていに言ってしまえば、今はいいけど、歳を取ったらどうするの?って問いかけなんですよ。
だから雷蔵を主人公にして漫画を描くなら、そこの部分にしっかりと取り組んで描かなきゃフェアじゃない。雷蔵に対しても誠実ではない。けれど、今回の話の腰くだけのラストを見るに、今の作者にそこまで真面目に取り組む根性は無くて、結局雷蔵は妖精化してしまうんだろうな。

>君のいない楽園 佐野未央子
しらね。

>アイスエイジ もんでんあきこ
失敗した。一から十まで一話にまとめて語るんではなかった。少しずつ断片を見せて、足りないところは読者の想像にお任せすればよかったのに。時々こういう安い話を描いてしまうのがこの人の弱点だ。ああ弱点だ。結局この話で一番つらい思いをしたのは女の子ではないか。すでに死んでいるからつらいと言えないだけで。このおっさんはなにをグジグジと昔語りしてんだ?

>悪いのは誰 松田奈緒子
む。なんか面白くなってる。各所に配置されたキャラがそれぞれの必要性を持ってるように見えて無駄を感じない。新人の主人公が入った職場の人間関係はイビツにゆがんでいるが、だからそれを正しましょうって話じゃなくて、それはひとつの役割分担として組織はきちんと生産的に回転しているのがよい。「よ〜し、私もがんばるゾ!」じゃない展開を期待。
この人もどうなるかと思ったけれど、ヤングユーから某刺客がやってきても丁丁発止の頑張りを見せてくれそうだ。

>桜びーだまチョコレート 甘夏堂
ふん、本場ヤングユー仕込みのへなへな漫画家勝田文が登場すれば、こんな木っ端一息で吹き飛んでしまうわ。


>駅から5分 第2話 くらもちふさこ
扉、線が荒れてる!?そういえば、以前に一、二度こういう線で描かれた扉があった気がする。どの話だったっけ?
絵柄が変わる前兆かと思ったけど、なんていうか、いつものきれいな線でFSSのキャラシートのようにきちんとパッケージングされるタイプのキャラじゃないからこういう線になったんだろうか?

野生子さんいいよねー。特にスタイルというものはない。普通という海に飲み込まれていて、別にそんなことは気にしない。日をあてられたこの機会に、ここぞとばかりに人情を見せるわけでもない。それでも高野文子化せず、ちゃんと少女漫画になっている。こんなキャラ主人公にして、特に無理もさせずに少女漫画になってるんだよ。ありなんですよ、実はこういうのありなんですよ。少女漫画の可能性の地平が広がったのをはっきりと感じました。

野生子さん一人合点の旅がとても面白い。
そうなんです、いつも迷って迷い慣れてるから、途中で立ち止まって呆けることもなく、きびきびと判断してきびきびと行動するんだよね。その判断が正しいかどうかは別として。
そしていつまで経ってもたどり着けないと、偶然を拾い集めて勝手に霊的なもののせいにしてしまう。でも、迷いながら目に入ってくる風景はとても心に残るかけがえのないものなので、それを方向音痴というマイナスの能力だとは思わないから、特に意識して治そうとは思わないんだよね。
四丁目はあるねん。でもその入り口が意識のエアポケットにおっこっちゃうような所にあるから、何度その前を通っても同じように見落として気がつかない。でも自分では一度通った道のことはぜんぶ把握してると思ってる。

それにしても、東京生まれで東京育ちのくらもちふさこに、なんで田舎から出てきて初めて山手線に乗った人間の気持ちがここまでリアルにわかるんだろう?

そして青野。
じーさんばーさんもちゃんと描き分けられるからこの漫画家は画力がある、って言い方を時々耳にしますが、それで画力があるってんならくらもちふさこはどうなるんだろうね?警察官を描き分けられている。モブとして脇役で出てくるステロタイプな警察官じゃないよ。少女漫画の主人公として出てくる人間を、少女漫画の主人公でありながら、かつ、警察官として描いている。
以前Princeさんのところの掲示板で「くらもち作品のカッコいい男の子像」として書いた「仕事・人」としてのカッコよさをほとんど満たしていてしびれます。ほとんどというのは野生子さん以外の人の対応をしているコマも欲しかったという点で。

人が一人、しっかりと生きていること自体がかっこいい。最後のページで青野が「うん、どこ?」と訪ねるコマから感じられる暖かさというかやさしさというか、なんかもう漫画の中の出来事とは思えない。


ちなみに、二度目に訪れた交番にかかっていた「パトロール中です」の札はくらもちふさこの単純ミスだと思うし、最後に墓場に着いたのは、勢い込んで出て行っても、自分で歩くとやっぱり墓場にたどり着いてしまうおかしみだと思います。
次回は、沢田君が飛び出した先にあったものが主題かな?






今月のメロディ  2005年12月号 [182]
投稿者: トウカ (2005年10月31日 (月) 01時23分)


あれ……メロディ?

>大奥 よしながふみ
ただいま大ブレイク中。血も涙もない展開。いや、展開を進める為の土台になった脇役達に対して血も涙もない。しかし、平気でこういうことをして、なおかつそれに溺れない所によしながふみの魅力というか、底知れぬうまさがある。よしながふみ、最近のぬるい時代劇は好きじゃないんだろうな。

>かわたれの街 勝多文
ヤングユー最後のエース!メロディで描くと話の構成がゆるくなっちゃうんだよな。それでも密度たかくって読み応えあり。あーこの男の情けなさ。あーこの人の多さ。高橋由佳利だー。ちょっと違うけど高橋由佳利だー。祭りのあとだー。∀ガンダムのソシエに限らず、一番魅力があって強いキャラが、最後に一人もので終わるってのは正しいバランスの漫画の定石なんですよ。最終回で全員が一度にくっついて終わりってのはあまりに奇妙だし、事の本質から目をそらしているように思える。かといって端っこの方にいる人間に貧乏くじ引かせてもねえ。アマリリスの白鳥兄(←一番カッコいい)にも同じことが言えます。

まめちしきー。 枝豆は大豆やねんで。 






ICO [181]
投稿者: トウカ (2005年10月30日 (日) 00時52分)


うおぉ、一夜にして伝説になった伝説のバンド(笑)ヒステリックブルーのCDを新品で置いているのんきな店屋がまだあったとは!
他はともかくとにかくヒスブルの「春」と「ベイサイドベイビー」の2曲が大好きで、今でもMDでヘビーローテーションで、どうしてもCDで持っておきたいと探し回って、これまでずっと手に入らなかったのでした。しかし、歌えない歌ばっかり好きになるのはやめて欲しい<私

>秋雀さん
ドラクエ8が終わった後のお薦めのプレステ2のゲームは、岩館真理子もご推薦の「ICO」です。
今はBest版で出ているので新品でも安いです。
まあ、この紹介ムービーを見たら秋雀さんは必ずやるでしょう。このイメージの世界をすみずみまで味わえるアクションパズルゲームです。パズルの難易度は徐々に上がっていき、歯ごたえのある難しさですが、理不尽な罠はなく、あくまで応用の積み重ねです。
私はとにかく「岩館真理子だってクリアしたんだ」と一心に念じながら解いていきました(笑)。

http://www.i-c-o.net/main/icocm.html






ヤングユー、フラワーズ [180]
投稿者: トウカ (2005年10月29日 (土) 21時59分)


>秋雀さん
それではコーラスヤングユー化計画始動!ですね。
さっそくコーラス買ってきました(や、なんにせよ今月のコーラスは買うけど…)。
アンケート葉書の一枚や二枚でなにかが変わるとは思ってませんが、ヤングユー休刊っていう空前絶後のありえない事態の直後ですから、やれることはやっておこうと…。
好評を頂けた「今月のヤングユー」は今回から「今月のコーラス」として復活します。最終号でやった全作品レビューは、大変だしカドも立つんで、よっぽどの事がなけりゃやらないと思います。

ヤングユーのラストアンケートは、私は坂井久仁江の「約束の家」にしました。
途中、ヤングユーを買うのをやめたのが、これの前の話「花盛りの庭」でのショックのせいでしたし、それからまた読み始めたのもこの「約束の家」がきっかけでした。
主人公の春佳が生まれる前から結婚するまでを飛び飛びで綴る、いわゆる『階段』形式の話でした。そのなかで登場人物それぞれの人生を、出し惜しみなく見せてもらえて、あの頃の私を支えてくれた作品です。

でも、もしアンケートが最終号についていたら「アマリリス」にしてたかもしれない…。(秋雀さんには申し訳ないですが)「うちのママがいうことには」の後半の躓きは、やっぱり少女漫画では結婚生活は描けないという構造的問題が元にあったと思います。アマリリスでは桃田と赤井は結婚生活を送ってないのではっきりと問題が解決されたとはいえませんが、なんていうか………

ヤングユーは「働く女性の為の少女漫画誌」ではなくて、「大人になった為に働いたり結婚したりせざるを得なくなった女性の為の少女漫画誌」だったと思います(だから最後に女ニートを描いた上田めぐみは、ヤングユーの主題をとても正しく掴んでいたと私は思う)。
だからけいとはしぶしぶOLやってたし、結婚も、英太郎がああいう実も蓋もない奴なんで(笑)、今の内にやっておかないとって消極的な気持ちがあって、それを考えないですむように父親や暖兄の大反対に意地になって対抗してたようにも思えます。結婚したけいとは毎日なにをして過ごしているんだろう?

アマリリスの桃田さんは、大人になってなにかしらにならなければならなくなった時、(数年の社会人経験のあと)自分自身がやりたいと思える花屋の店長になりました。お父さんが脱サラして家族で花屋を始めたのだからなにやら御都合主義に見えますが、私はこれは御都合主義ではなくて、桃田さんの明確な意思、こういう生活なら幸せになれる、だからこういう暮らしをしたいという強いビジョンが、桃田さんの今の生活環境、仕事環境、友人関係を作ったのだと思います。

世間一般のモノサシに気を取られず、今の自分はどういう生活を送れば幸せになれるだろう?って問いと実行の繰り返しこそがヤングユーの本質で、だから高橋由佳利の雑誌だし、勝田文がエースだし、たかさきももこが屋台骨だし、アマリリスの成功(!・笑)が、その最後に花束を捧げてくれたと思います。



>おーつかさん
あーヤングユーは潰れたけどフラワーズはしっかりと続いてますね。「ぶ〜け」→「クッキー」やらなにやらと比べても段違いに成功したリニューアルでした。フラワーズとヤングユーって割と重なる所もあって、清原なつのは絶対フラワーズに描かせるんじゃねえぞ、わかってるのかヤングユーの編集部!とか言ってたのは、私の中にもおーつかさんと同じような、プチフラワーの頃の「懐かしまんが雑誌」という悪いイメージが残っていて、しかも清原なつの自身が一番そういう影響を受けてしまいそうな人だったからでした。言っちゃわるいが最近SFマインドがとんと感じられなくなった坂田靖子みたいに。

しかしヤングユーが無くなってしまった今となっては、清原なつのはフラワーズで書くのが一番幸せなのかもしれません。コーラスは急激に人口密度が増加して(笑)、清原なつのが落ち着いて連載できる雑誌ではないですし、今イブニングで連載している漫画は痛々しくも迷走しています。突然のおじさん雑誌で、読者との距離がうまくつかめないんだと思います。

いや、清原なつのは関係ないってことで、フラワーズ創刊第一号の表紙を飾った吉野朔実(第三期)は元気にしてますか?第二期(ジュリエットの卵から恋愛的瞬間まで)の頃大ファンで、天然コケッコーの載っているコーラスは立ち読みで済ませて「僕だけが知っている」のぶ〜けを買っていたものです。
吉野朔実はぶ〜け最後の連載でもあった「恋愛的瞬間」の13話「世界の果てまで」で、第二期分で描くべきことはすべて描いてしまい、新たな地平をさがすための修行の旅にでたのでした。その時私は、どれほど低迷しようとその修行の旅を見届けようと思って追いかけてたのですが、グレン・グールドをネタにメロドラマを一本描いたことにマジギレして絶交(っていい方も変ですが。ただの読者なので)したのでした。

それにしても、来月の8日が恐ろしい。






ドラクエ8 [179]
投稿者: 秋雀 (2005年10月22日 (土) 00時35分)


↓のトウカさんのコメント見て買っちゃいましたよ!

もうゲームは二度と買わない、やらないだろうと思っていたのに、今、興奮状態です。7は途中でやめちゃったままです。6はつまんなかった〜。5はストーリーじたいは好きだった。でもやっぱり1〜3ですよね。あの感動再来なるか?楽しみです。

http://ca419.sakura.ne.jp/akisuzume/index.html











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