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[1137]『夜長姫と耳男』 投稿者:一静庵

投稿日:2008年07月29日 (火) 00時11分

東京室内歌劇場のオペラ『夜長姫と耳男』を観ました。
間宮芳生さんの音楽は太棹三味線が入っていたり、フルートを尺八のように吹いたりしても日本調ではなくジャズ風ともいえる感じでした。ものすごく難しそうな歌を、歌手の方々は歌い切りましたが、夜長姫の大貫裕子さんは強いソプラノでわがままな夜長姫を演じ、最後についに耳男に刺殺されるまで、はっきりした日本語が聞こえる素晴らしいものでした。可愛らしい微笑みがなんとも恐ろしかったです。耳男の太田直樹さんは、夜長姫に魅せられて屈折していく自分でもどうしようもない状態の苦しさのようなものを、実に巧みに歌っていたと思います。ストーリーテラー的役割のアナマロ多田康芳さんも歌詞がよく聞き取れ、一幕のこのオペラを集中して聴くことに一役買っていたと思います。「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ・・・立派な仕事をして・・・」というクライマックスでは、心が震える思いがしました。
バルコニー席で、舞台の全体は見えませんでしたが、彼岸と此岸をあらわしているらしい彼岸花やからたちの枝が、なんとも不気味でした。上がり下がりするハーフミラーを使用していましたが、その中は見えなかったので、何の効果をねらったものかは、良く解りませんでしたが、第一生命ホールのような室内楽向きのホールで最大限工夫してあったのではないかと思います。寺嶋陸也さんの指揮は見えなかったけれど、非常に明晰な音楽づくりだったように思います。

原作:坂口安吾
台本:友竹正則
作曲:間宮芳生

指揮:寺嶋陸也
演出:中村敬一

夜長姫(ソプラノ):大貫裕子
耳男(バリトン):太田直樹
夜長の長者(テノール):吉田伸昭
アナマロ(バリトン):多田康芳
エナコ(ソプラノ):松本薫

太棹三味線:田中悠美子
ヴァイオリン/ヴィオラ:手嶋志保
チェロ:松岡陽平
フルート1st:中川昌巳
フルート2nd:西村いづみ
クラリネット/バスクラリネット:伊藤紀江
パーカッション:山口泰範
ピアノ/チェンバロ:藤原弥生

第一生命ホール

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[1138]ありがとうございます。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月31日 (木) 00時36分
一静庵様

私も行きたかったのですが、この週末は多忙でとても行く時間は取れませんでした。

詳細のご報告、ありがとうございました。再演されたときは是非聴きたいものです。

[1136]多忙で追加できません。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年07月28日 (月) 23時55分

先週から今週にかけて忙しく、本文の更新が出来ません。8月までお休みです。

[1132](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月16日 (水) 07時03分

投稿された方の依頼により、2008年07月18日 (金) 02時14分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1134]別に結構です。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月16日 (水) 21時08分
通りすがり様

もう書き込みは無いかと思っておりました。

>先にも申しましたが、ある程度データとして、作品名や著書を示しているはずですので、これ以上どのようなデータを示せばいいのか、ピンポイントでお教えください。

個別のデータは別に教えていただかなくても結構です。というよりも記名でメールを頂き、論文リストを教えていただいたほうが、すんなり納得できそうです。

>自説に大分とこだわってらっしゃる様子にお見受けしました。
別に拘りはありません。
それなりに調べて書いたつもりですので、修正するのもきちんと調べて修正しようとしているだけです。

週末私も図書館で少し調べましたので、貴見の妥当性もある程度は確認しました。100%同意はしませんが。そのうち修正して公開します。

そういう調査の気持を起こさせてくれた意味で、深く感謝しております。

[1131]八周年、おめでとうございます! 投稿者:一静庵

投稿日:2008年07月15日 (火) 23時19分

「どくたーTの音文協奏曲」八周年おめでとうございます。
当初の熱気は薄れたとはおっしゃりながらも、地道な更新があり、素晴らしいです。「あれは、何時だったっけ?」とか「指揮者はどなたっだかしら?」などと思った時にすぐに解り、活用させていただいております。
ますますのご発展をお祈りしております。

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[1133]便乗して〜♪投稿者:kintaro
投稿日:2008年07月16日 (水) 12時00分
8周年なのだそうですね。おめでとうございます!!
私のサイトが出来た頃からのネット上でのお知り合い〜〜^^;

これからも楽しみにしていますので、よろしく〜♪

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[1135]ありがとうございます。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月16日 (水) 21時13分
一静庵様
Kintaro様

結構マイナーなサイトですが、月1000人の方が見ているわけですから、ありがたいことだと思います。これからも、データの蓄積をしながら続けていければと思います。

今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

[1127]モーツァルト講座のお知らせ 投稿者:kintaro

投稿日:2008年07月10日 (木) 18時09分

お久しぶりです。不適切な場合は削除してくださいね。
人気の講座ですので、是非お知らせしたくて。^^

◇◇モーツァルト講座のお知らせ◇◇
海老澤敏の新モーツァルト名曲選(声楽編)
2008年後期講座募集案内

モーツァルトには名曲が数多いです。海老沢先生にはすべての作品が名曲であると。。。しかし、その夥(おびただ)しい名曲の中から敢えて新たに選りすぐって名曲の名曲たる所以を探り、その秘密に迫ります。
概 要

海老澤敏の新モーツァルト名曲選(声楽篇)
【コース】音楽U   【時間】 毎回10時40分〜12時10分(計12回)
概要 モーツァルトの声楽曲に焦点を当て、その聴き所を探り、その魅力の秘密に迫ります。
回 月/日(曜)
1 10/16 (木) 《すみれ》 ―古典派歌曲の真髄―
2 10/23 (木) 《踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ》 ―少年作曲家の声楽コンチェルト―
3 10/30 (木) 戯れの歌声は響く ―カノン、ノットゥルノの世界―
4 11/6 (木) 《戴冠式ミサ》 ―教会堂に谺する信仰告白―
5 11/13 (木) フリーメイスン・モーツァルト ー友愛讃歌は高らかにー
6 11/27 (木) 聖母マリアとキリストに寄せる祈りー《マリア讃歌》と《アヴェ・ヴェルム》―
7 12/4 (木) オペラ・アリアの驚異の世界 ―憧れを歌うー
8 12/11 (木) オペラ・アリアの驚異の世界 ―怒りの歌ー
9 12/18 (木) オペラ・アリアの驚異の世界 ―歓喜の頌歌ー
10 1/22 (木) オペラ・アリアの驚異の世界 ―悲しみに沈むー
11 2/5 (木) コンサート・アリアの多彩な花園を散策する
12 2/12 (木) 死者への祈り ―《レクイエム》の境域ー


 
【コース】音楽U 【定員】300名 【受講料】会員 7,000円  聴講生 10,000円
場所 新百合21ビル多目的ホール
時間 毎回10時40分から12時10分
講師 日本モーツァルト研究所所長 海老沢敏先生
<申込み・問い合わせ先>  
かわさき市民アカデミー  事業推進室
http://www.kpal.or.jp/2zigyou/21academy/index.html

〒211-0064 川崎市中原区今井南町514−1 川崎市生涯学習プラザ 
TEL 044−733-6626 FAX 044−733-6697

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[1129]楽しそうですね。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月13日 (日) 08時03分
Kintaro様

書き込み、ありがとうございます。
楽しそうな講習会ですね。木曜日の午前中となると、私には縁のないものですが、盛会をお祈りします。

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[1130]私は講座の関係者ではないけれど。。投稿者:kintaro
投稿日:2008年07月13日 (日) 11時57分
ご無沙汰ばかりですみません。
掲示板を久しぶりに覗いてみたら、かなり熱いコメントの数々を読んでしまいました。^^

通りすがりさん、是非モーツァルト講座へお越しくださいませ。
直接色々と質問することも出来ると思いますよ〜。

管理人様もお仕事が暇になられたら、参加してくださいね〜♪
^^

[1126](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月10日 (木) 09時02分

投稿された方の依頼により、2008年07月13日 (日) 01時58分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1128]言葉尻を掴まえて申し上げるのは避けたいと思っています。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月11日 (金) 07時01分
通りすがり様

個別の反論に反論するのも大人気ないので避けてきましたが、これだけは申し上げます。

>論文ではおっしゃるとおりこちらがお金を払って掲載してもらうことが多いですが、論文を噛み砕いたような概説、解説、そして今回のような専門的な回答には対価が発生ということです。

間違っていただいては困りますが、私は、あなたに、論文を噛み砕いたような概説、解説、専門的な回答、を全くお願いしておりません。お願いしているのは、あなたの主張する内容を裏付ける、データなり資料を示してほしい、ということです。

更に付け加えるならば、私は、あなたが専門家であることを検証するすべをもっていない。「出典」を「出展」と書くような方が、本当に研究者かしら、私と同様の好事家がいかにも専門家を装って、根拠のいい加減なお話を書いている可能性もあるのでは、という懸念も持っています。

あなたがデータを示さない限り、議論は平行線です。私は批判は歓迎しますし、こちらが不適切であれば修正するのは何らやぶさかではないので、宜しくご理解ください。

[1125]オペラ・ブッファをもう一度考えてみました。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年07月10日 (木) 00時55分

今回の批判を浴びて、再度、オペラ・ブッファとは何かを考えてみました。

私は、オペラ・ブッファの形式的特徴を備えている作品がオペラ・ブッファだろうと考えています。次にオペラ・ブッファの形式的特徴とは何かですが、それを理解するには個別の作品に当たるのが一番です。即ち、オペラ・ブッファと呼ばれている作品の形式的特徴を抜き出して行き、その共通性をまとめたものがオペラ・ブッファの形式的特徴になるということです。

ところが、現在オペラ・ブッファとして知られている作品はそれほど多くなく、実際に歌劇場のレパートリーとなっているのは、モーツァルトのダ・ポンテ三部作、ロッシーニの何作品か、ドニゼッティの「愛の妙薬」と「ドン・パスクワーレ」、ハイドンの「月の世界」
チマローザ「秘密の結婚」ぐらいでしょう。せいぜい10強、甘く見ても15-16というところでしょうか。

ところが、その15か16の作品は、その形式的な特徴が良く似ています。幕構成は、2幕のものが最も多いですが、3幕の作品、4幕の作品(フィガロの結婚)と必ずしも一致しませんが、バッソ・ブッフォの活躍、スーブレットの存在、幕切れのアンサンブル・フィナーレ、三一致の法則に従う、といった共通の特徴があります。

逆に申し上げれば、このような形式的な特徴を持ったイタリア語喜劇オペラが「オペラ・ブッファ」だ、ということになります。

卵が先か鶏が先かみたいな議論をしておりますが、一定のサンプルからその特徴を導き出し、その特徴で、他の作品を評価しようという考え方ですね。

次に問題になるのは、その基準を他の作品に敷衍したとき、どこまでを許容とし、どこからを許容としないかの問題になるのだろうと思います。私は、その許容幅はあまり広くないと考えています。しかしながら、それは実際に作品に付いた分類名は一切問題にならない。上記に示したような形式的特徴を満たしていれば、dramma giocosoと書かれていようが、Commedia per musica と書かれていようが、それがオペラ・ブッファと呼んで宜しいのだろうと思っています。

オペラ・ブッファという言葉は、「通りすがり」さんの言に拠れば、「18世紀末までほとんど存在しないターム」だということです。ということは、19世紀の批評家か音楽家が、当時の流行の喜劇的歌劇をそのように呼んだ、ということになります。とするならば、彼らがオペラ・ブッファを特徴付ける形式的特徴として考えたものは「同時代の喜劇オペラ」の形式的特徴、即ち、今日我々が見聞きして知っているオペラ・ブッファの形式的特徴をしてオペラ・ブッファと呼んだと考えられます。勿論歴史的な経緯を踏まえて、オペラ・ブッファのカテゴリーを考えたのかもしれませんが、当時のオペラが、毎年新作を上演するのが常識だった以上、同時代の作品の特徴を踏まえた、と考える方が自然です。

そのように考えると、「通りすがり」氏が与えたオペラ・ブッファの定義、即ち、「当時はCommedia per musica、そして宮廷での上演、あるいはヴェネツィアでの場合Opera giocosa, dramma giocosoと呼ばれる、同時代の人物を素材に作られた喜劇系の3幕のオペラ」というのは、オペラ・ブッファを拡大して考える場合は適切かもしれませんが、本来オペラ・ブッファとして考えられてきた作品を定義するには無理があるように思います。

オペラ評論家の永竹由幸さんは、2006年12月に新国立劇場で行われた「セビリアの理髪師」のパンフレットに、「ロッシーニにとってオペラとは何であったか?彼のオペラに対する考え方」という文章を発表しているのですが、彼はその中で、「まずオペラ・ブッファとは何かを考えてみよう。最初の本格的なオペラ・ブッファはゴルドーニ台本、ガルッピ作曲の3幕の喜劇的歌劇「アルカーディア・イン・ブレンタ」(1749年)と考えて良い。これ以前のペルゴレージの「妹に恋した兄」(1732年)3幕やA.スカルラッティの「貞節の勝利」(1717年)3幕のようなバロック時代の喜劇的要素をもった世話物は、その作り方からいって後のオペラ・ブッファとは大きく違うし、インテルメッツォの「奥様女中」(1733年)等は音楽的には優れていても、あくまでも幕間劇であって、それで独立して一晩の興行を打てない」と書かれています。

私はガルッピのオペラに詳しいわけではないですが、永竹さんの意見では、19世紀初めのオペラ・ブッファの形式的特徴でさかのぼれるのは、18世紀半ばまでだ、ということのようです。

一方、「通りすがり」さんは、「ナポリの1707年のCommedia per musicaが喜劇オペラ/オペラ・ブッファの祖であることは間違いのないところです。」と主張していますが、日本を代表するオペラ評論家の意見と違う以上、「オペラ・ブッファ」という言葉の定義を含めて、もっと精緻な論理展開を望みたいところです。

という訳で、当面私は永竹説をとり、1749年から1842年までのほぼ100年間をオペラ・ブッファの時代といたしましょう。

次に幕数の問題ですが、これは確かに「通りすがり」さんの言うとおりです。調べてみると、1780年より前は、喜劇オペラと雖も3幕が普通のようです。しかしながら、18世紀後半から19世紀前半をオペラ・ブッファの時代としますと、3幕が主流の時代は30年、2幕が主流の時代は70年ということになります。とすれば、全部をまとめて書くのであれば、オペラ・ブッファは2幕を原則とする、というのはやや乱暴なまとめ方ではありますが、3幕を原則とするという見方よりは適切な感じがします。

次に、「卑俗な」同時代人が主人公:修正するのはやぶさかではありませんが、フィガロ、アディーナとネモリーノ、アンジェリーナ、イザベッラ、卑俗な同時代人の実例は一杯ありますね。

「1792年、チマローザが『秘密の結婚』を発表した後、オペラ・ブッファの名作は生まれてこなかったが、」というのは、どうも本当のようです。これまた永竹さんの受け売りですが、ナポレオンが欧州を席巻したこと及び彼がカストラートを禁止したため、19世紀初頭イタリアオペラは一時的に衰退したそうです。その10年間は新作があまり生まれず、再演物が多かったようです。

以上、オペラ・ブッファに関する意見です。私の文章は一部修正したほうがよりわかりやすくなりそうですので修正しますが、全体として問題があるとまでは思えませんでした。

[1120](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月07日 (月) 14時50分

投稿された方の依頼により、2008年07月08日 (火) 01時18分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1122]どうかと思います。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月07日 (月) 21時52分
通りすがり様

長文の追加発言を改めて歓迎します。どうもありがとうございました。
貴見に関しては、更に検討して、近日中にご返事を差し上げます。

なお、最後の
「専門家として正式に回答すれば対価が発生します。ここでは誰でもアクセスできるウェブ上ですから、一通りすがりとしての意見として感想を書きました。特に貴殿以外に読ませるようなものでもないので、この感想もすぐに消去いたします。意見に責任は持ちますが、署名をして意見を述べる場ではないという認識です。

これは、如何でしょうか?
私も自然科学者の端くれとして、これまでいくつかの論文を発表しておりますが、我々の世界では、対価を頂いて論文を発表するなどということはありえず、場合によっては論文審査料をお支払いして雑誌に掲載してもらいます。

即ち、自分の意見を述べるのに対価を頂くということは、通常ないのです。

今回、あなたは専門家の背景を持った方として、素人の書いたものを批判しているわけですが、批判をする以上、その学問的背景を明確にするのは義務だと思います。また、貴見が妥当かどうかを私が検証することが出来ないとすれば、私としても、判断のしようがありません。

更に申し上げれば、もし、私の記載した事項が不適切であれば、メールでご指摘いただければ済むことです(私のメールアドレスは公開しております。おかげさまで、スパムメールの嵐で、必要なメールを読み落とすことがあります)。掲示板というパブリックな部分に書かれた以上、それは掲載しつづける責任があるのではないでしょうか?

貴見は、確かに私の蒙が開かれる部分があるのですが、顔が見えない方の意見を鵜呑みにするのは非常に気持が悪い。私に「サイトを閉鎖しろ」とまでおっしゃったのですから、言いっぱなしにならないようにしていただきたい。それが自分の意見に責任を持つということです。

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[1124]困りましたね。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月08日 (火) 22時47分
「通りすがり氏」は、上記の私の意見に反論することなく、また自分のご意見を消されました。
私は、いろいろ考えてみたのですが、根本的に彼の言わんとするところがよく分かりません。もう少し、実証的な議論をしていただけると宜しいのですが、そこは全くありませんでした。更に、当方の検証のために、意見の根拠を示していただきたいとお願いしたのですが、そこも完全にゼロ回答でした。
私は、サイトの誤りについて指摘された場合、自分で確認してから修正することにしています。今回の場合、確認する手段を示していただけないので、「通りすがり」さんの意見が妥当かどうかを確認しようがありません。従って、問題になったページは、私が検証可能な批判が来るまで、このまま置いておきます。

[1119]真っ当な批判は、ありがたく受けます。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年07月06日 (日) 08時44分

1117番の投稿は、私が、本サイト中に書いた、

「オペラ・ブッファとは何か-Wikipediaのオペラ・ブッファに対抗する」という記事に対し、「通りすがり」と名乗る方が、
「オペラブッファとしての検索に真っ先にひっかかってくるわりに、認識と記述が大変まずいですので一言コメントさせていただきます。」ということで、かなり厳しい批判をいただきました。
この批判の内容は、
@オペラブッファの誕生の時期は、私が書いた1750年ごろではなく、更に半世紀遡れる。
A主人公は「卑俗」ではなく、同時代の上級市民が主流である。
B喜劇的オペラは、元々ナポリの地方芸能だった。
Cインテルメツッオは喜劇オペラの起源ではない。
D喜劇オペラは本来3幕構成である。
Eオペラ・ブッファにはどくたーTが書いた以上に沢山の名作、重要な作品がある。
F喜劇オペラの作品数は恐らく3000以上ある。
G以上、間違いが沢山あるので、当該ページは閉鎖すべきである。

以上8点に整理できますが、比較的内容のしっかりした真っ当なものでした。

私は、このような批判は大歓迎ですので、全然かまわないのですが、「通りすがり」氏の批判にも、いくつか不明点、曖昧な点がありましたので、下記のような回答を書かせていただきました。

ところが、回答を投稿してまもなく、「通りすがり」氏は、その投稿を削除されました。大変残念なことです。

勿論削除するのは、投稿された方の自由ですが、論争を持ちかけた側の態度としては、ただ逃げたようで後味が大変よろしくない。
即ち削除したのが、
@返答があまりにも稚拙で論争する気が失せたのか
A返答が妥当で、自分の議論の立て方が不適切だと考えたのか
これも判りません。

ネットは言いっぱなしのメディアではありますが、折角の議論のチャンスを仕掛けた側から打ち切るのは、大変残念なことです。

私の投稿への返答は、当面削除せずに掲載いたします。

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[1121]全然「重要ではない」は極論過ぎるのでは?投稿者:歌う蔵元(暫定)
投稿日:2008年07月07日 (月) 18時10分
Tさん、こんにちは。6に対する意見です。

No.1118の書きこみの中で、
> 実際にオペラを楽しむ立場のものにとって、滅多に上演されない、
> CDもない「重要な作品」は、全然「重要ではない」のです。
の部分は、やはり「勇み足」というか、間違いではないでしょうか。

この週末、「古書店めぐりは夫婦で」という本を読んでいたのですが、この本には、シンクレア・ルイスとブース・ターキントンなどが存命中には人気作家でも後年あまり読まれなくなった例として、イーディス・ウォートンとジェイン・オースティンが映画やテレビドラマ化でリバイバル人気の出た例として上げられています。
オペラの場合上演にはお金も労力も桁違いに必要ですから、一度人気の落ちたものが再上演される難しさは、素人にもわかります。

また、私の趣味の分野の例を挙げますと、
1995年の時点では、エリザベス・フェラーズとジョセフィン・テイは、代表作だけは訳されているがその他はほとんど訳されていない、自分の好きなクリスティアナ・ブランドやマーガレット・ミラーとは比較にならない程度の人なのだろう、と思っていました。しかし、そのたった10年後には、間違いだったことが明らかになっていたわけです。

パイジェッロ、サリエリ、チマローザ等々には、フェラーズやテイのようにこれから私たちの前に明らかになってくるものがまだまだある、と考えるほうが自然なのではないかと思いますので、「全然重要ではない」ではなく、「重要である可能性が高いが、まだ未知の部分が多過ぎる」とでも書いたほうが良いのではないでしょうか。

「対抗する」本体についても、水谷さんなりミン吉さんなりにも点検してもらって欠点の少ないものにしておいたら如何?、と思います。

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[1123]極論かも知れません。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月07日 (月) 22時23分
歌う蔵元様

追加発言、どうもありがとうございます。
貴見のとおり、「秘密の結婚」から「アルジェのイタリア女」の間に傑作がないかどうかは、わからないというのが本当なのでしょう。
ロッシーニの傑作だって、30年前までは全く省みられていなかったわけですから。研究が進むにつれて復活する作品はあるかもしれませんね。

私がこの期間に作曲されたオペラ・ブッファで聴いたことがある作品は、サリエリの「ファルスタッフ」です。これは非常に楽しめる作品でしたが、これと「秘密の結婚」、あるいはこれと「アルジェのイタリア女」とを比較したとき、私は、「秘密の結婚」をとるし、「アルジェのイタリア女」をとりたいと思います。

少なくともその経験と他の文献にも同様の記載があったことからそのように書かせていただきました。

傑作かどうかは個人の主観による部分が多いと思いますので、サリエリの「ファルスタッフ」を傑作と呼び方がいて当然宜しいですが、もし、「秘密の結婚」から「アルジェのイタリア」の間に傑作が作曲されたとすれば、それが何であるかを明示していただかないと仕方がないと思います。

オペラはまずは音楽ですので、音楽をなくして傑作かどうかを判断することは難しいと思います。素人は演奏もされない、CDもないものを傑作とは判断できないと思います。

逆に専門家は、スコアを見てこれは傑作だ、と思うのであれば、それを演奏会や録音でどんどん一般の聴衆に示していただきたいです。そうすれば、「ランスへの旅」が押しも押されもせぬロッシーニの名作になったように、空白の時代の作品が名作として蘇ると思います。

[1117](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月04日 (金) 12時35分

投稿された方の依頼により、2008年07月05日 (土) 12時14分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1118]ご批判、ありがとうございます投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月05日 (土) 10時03分
「通りすがり」様、厳しいご批判、ありがとうございます。このような批判は、非常に大事だと思っております。「通りすがり」様は、音楽史をご専門にされている方のようですが、そうであるならば、もう少し丁寧な議論をしていただけると、こちらの蒙昧な部分も更に整理できるかと思います。

なお、当方は、音楽史の専門家でもなんでもなく、単なる一趣味人に過ぎませんので、原典に当たるとか、カタログにあたるとかはしておりません。通常入手可能な日本語の成書、文献によっております。また、専門の論文を確認しているわけではありませんし、最新の研究成果をフォローしているわけでもありません。勿論、二次資料にのみ基づいて、いかにも本当らしく書くのは怪しからんというのは正しい批判ですし、またそのような行為が学問的姿勢でないことは申し上げるまでもありませんが、実際に現在日本で一般人が入手できる文献等を組み合わせると、私の書いたような記述になると思います。

また、そのような文献には、貴見の批判のような観点での記載は見つけられなかったので、もう少し丁寧なご指摘を伺えると、大変ありがたく存じます。

以下、貴見を検討します。

私の持っている、或いは今回参照した文献には例外なく、「インテルメッゾ」が「オペラ・ブッファ」の原点である、或いは先駆である旨の記載があるのですが、貴見は、それは間違いであるとおっしゃる。

ここで、問題になるのは、「喜劇的オペラ」=「オペラ・ブッファ」か、という問題があります。18世紀のオペラはとりあえず措いておいて、ヴェルディの喜劇「ファルスタッフ」は、しばしば「オペラ・ブッファ」と書かれるのですが、ヴェルディのこの作品は、明らかに喜劇ですが、明確なアリアとかレシタティーヴォの区別もなく、音楽が全体として一つの流れを作るところなど、モーツァルトやロッシーニのオペラ・ブッファとは一線を画します。従って、私は、「ファルスタッフ」を「オペラ・ブッファ」とは認めていません。

同様の問題が18世紀のオペラにもあると思うのです。「喜劇的オペラ」の創始は、例えば、「オペラ事典」(音楽の友社、1993)に拠れば、「17世紀のヴェネッイアやローマのオペラでは、深刻な物語の合間に喜劇的な場面が挿入されることが多かったが、ジューリオ・ロスピリオージ(1600-69)の台本にマッツォッキが作曲した《悩むものは希望を持て、Chi soffre speri》(1639)や、アントーニオ・マリーア・アッパティーニ(1609/10〜78頃)が作曲した《禍転じて福となる、Dal male il bene》(1653)のように喜劇的内容の独立したオペラも作られた。」とあります。

しかしながら、「オペラ事典」では、この両作をオペラ・ブッファの先駆とはしていません。一方、「The Concise Oxford Dictionary of Opera」(私が参照しているのは1979年に発行された第二版)に拠れば、この両作品をオペラ・ブッファのさきがけとしています。

私は、この両作品とも全く知らないので、その内容からオペラ・ブッファであるかどうかの判断は出来ないのですが、今回は、オペラ・ブッファを比較的狭いジャンルとして捉えたいという立場で、「オペラ事典」の記載を優先しました。

同様に18世紀初頭にナポリで上演された喜劇的オペラがオペラ・ブッファの先駆としてよいかどうか、という点についてもその内容を知らないので、何とも申し上げられないのですが、「Commedia per musica」=オペラ・ブッファではないのではないでしょうか。もし、「Commedia per musica」=オペラ・ブッファというのが一般的な認識であるならば、なぜ、1733年にナポリで初演されたインテルメッゾ「奥様女中」が、オペラ・ブッファの先駆けである、といった記載が蔓延するのでしょう?

オペラ・ブッファの完成形を仮にモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」やロッシーニの「セヴィリアの理髪師」に置いた場合、ここに到るまでの歴史的経緯の中では、インテルメッゾあり、その他の喜劇的オペラあり、あるいはコメディア・デッラルテあり、そういう影響はもちろんあるのでしょうが、18世紀末、或いは19世紀初めのオペラ・ブッファの様式の元がどこにあるのかが、オペラ・ブッファの始まりになるのだろうと思います。なお、「奥様女中」のスーブレットとバッソ・ブッフォとの関係は、「コジ・ファン・トゥッテ」における、デスピーナとドン・アルフォンゾ、「セヴィリアの理髪師」におけるロジーナとバルトロの関係であり、インテルメッゾがオペラ・ブッファの先駆であるという指摘は明快です。

ちなみに、最初にオペラ・ブッファを名乗った作品を知りたいと思い、いろいろ調べたのですが、結局判りませんでした。もしご存知でしたらお教え願います。

以上を踏まえ、1750年ごろオペラ・ブッファの形式が出てきたと私は書いたのですが、もし、18世紀末、或いは19世紀初めのオペラ・ブッファの様式の元が18世紀初頭まで遡れ、それが学会の定説となっているのであれば、その辺の詳細をご教授ください。

また、「「同時代、あるいは現世の卑俗な人物を主人公とする喜劇」の部分も大きな誤りで、」と指摘いただきましたが、これもどうでしょう?「卑俗な」とは、「高貴な」の反対語として使っているのですが、オペラ・セリアの主人公の「英雄」や「名君」や「神」ではなく、「心が高潔ではない同時代人」、という意味です。

実際に現在普通に聴けるオペラ・ブッファの主人公の多くは、上級市民かもしれませんが、心が上級な人は少ないように思います。

「原則として二幕構成。三幕構成、四幕構成のものもあるが、多くの場合二幕に整理可能。」と言う部分も誤りです。
と書かれましたが、こちらも如何でしょう。まず、「コジ」や「セヴィリア」を基準としてオペラ・ブッファ形式を論じている私と、イタリアオペラ史の中での喜劇的オペラを視点に考察されている「通りすがり」様とは、そもそも前提が違うようです。喜劇オペラ全体では貴見のとおりかもしれませんが、18世紀末のオペラ・ブッファを前提としたとき、この記載が誤りだと断定できないように思います。

「1792年、チマローザが『秘密の結婚』を発表した後、オペラ・ブッファの名作は生まれてこなかったが、」
「オペラ・ブッファは、数百の作品が発表され、上演されたものと考えられるが、重要な作品は、それほど数があるわけではない。」
という記載にも、ご批判を頂いておりますが、これは、実際の上演を楽しむという観点で書いたものとご理解ください。実際問題として、今日世界中の劇場で取り上げられているオペラ・ブッファの中で、1792年に初演された「秘密の結婚」と1813年に初演された「アルジェのイタリア女」の間に傑作があるという見方はされていません。勿論その間も沢山のオペラ・ブッファが作曲されてはいるのでしょうが、今日劇場のレパートリーとしては残っていないというのは事実でしょう。

更にオペラ・ブッファがいくつ作曲されたかを、私は知りません。貴見のとおり数千という見方が正しいかもしれません。しかしながら、例えば、ロッシーニは喜劇的オペラを10いくつか書いているわけですが、その中で、オペラ・ブッファとして彼が認識していたのは5作品である、ということを踏まえると、オペラ・ブッファとして生まれている数は、数千よりは少なくなるのではないかと思います。

また、「また、CDがないだけで、「重要な作品」は膨大にあります。」
とか書かれています。これもそのとおりなのでしょうが、実際にオペラを楽しむ立場のものにとって、滅多に上演されない、CDもない「重要な作品」は、全然「重要ではない」のです。

以上、貴見を検討致しましたが、議論の土俵がずれていることが非常に気になります。用語の定義を含めて、もう一度ご批判を賜れれば幸いです。なお、根拠資料があればご教授願います(できるだけ日本語で。イタリア語の文献を教えていただいても、私には読めません)。

「まだまだ一部しかコメントできないほど問題が見つかります。」
是非、ご指摘願います。

なお、「通りすがり」さまは、専門家のようですから、「通りすがり」などという匿名で記載するのではなく、専門家としての矜持を持って、少なくとも自分の専門を明確にした上でご批判いただけると建設的であると考えます。

なお、このページを閉鎖するかどうかは、もう少し丁寧なご批判を頂いた後に検討させていただきます。




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