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[1126](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月10日 (木) 09時02分

投稿された方の依頼により、2008年07月13日 (日) 01時58分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1128]言葉尻を掴まえて申し上げるのは避けたいと思っています。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月11日 (金) 07時01分
通りすがり様

個別の反論に反論するのも大人気ないので避けてきましたが、これだけは申し上げます。

>論文ではおっしゃるとおりこちらがお金を払って掲載してもらうことが多いですが、論文を噛み砕いたような概説、解説、そして今回のような専門的な回答には対価が発生ということです。

間違っていただいては困りますが、私は、あなたに、論文を噛み砕いたような概説、解説、専門的な回答、を全くお願いしておりません。お願いしているのは、あなたの主張する内容を裏付ける、データなり資料を示してほしい、ということです。

更に付け加えるならば、私は、あなたが専門家であることを検証するすべをもっていない。「出典」を「出展」と書くような方が、本当に研究者かしら、私と同様の好事家がいかにも専門家を装って、根拠のいい加減なお話を書いている可能性もあるのでは、という懸念も持っています。

あなたがデータを示さない限り、議論は平行線です。私は批判は歓迎しますし、こちらが不適切であれば修正するのは何らやぶさかではないので、宜しくご理解ください。

[1125]オペラ・ブッファをもう一度考えてみました。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年07月10日 (木) 00時55分

今回の批判を浴びて、再度、オペラ・ブッファとは何かを考えてみました。

私は、オペラ・ブッファの形式的特徴を備えている作品がオペラ・ブッファだろうと考えています。次にオペラ・ブッファの形式的特徴とは何かですが、それを理解するには個別の作品に当たるのが一番です。即ち、オペラ・ブッファと呼ばれている作品の形式的特徴を抜き出して行き、その共通性をまとめたものがオペラ・ブッファの形式的特徴になるということです。

ところが、現在オペラ・ブッファとして知られている作品はそれほど多くなく、実際に歌劇場のレパートリーとなっているのは、モーツァルトのダ・ポンテ三部作、ロッシーニの何作品か、ドニゼッティの「愛の妙薬」と「ドン・パスクワーレ」、ハイドンの「月の世界」
チマローザ「秘密の結婚」ぐらいでしょう。せいぜい10強、甘く見ても15-16というところでしょうか。

ところが、その15か16の作品は、その形式的な特徴が良く似ています。幕構成は、2幕のものが最も多いですが、3幕の作品、4幕の作品(フィガロの結婚)と必ずしも一致しませんが、バッソ・ブッフォの活躍、スーブレットの存在、幕切れのアンサンブル・フィナーレ、三一致の法則に従う、といった共通の特徴があります。

逆に申し上げれば、このような形式的な特徴を持ったイタリア語喜劇オペラが「オペラ・ブッファ」だ、ということになります。

卵が先か鶏が先かみたいな議論をしておりますが、一定のサンプルからその特徴を導き出し、その特徴で、他の作品を評価しようという考え方ですね。

次に問題になるのは、その基準を他の作品に敷衍したとき、どこまでを許容とし、どこからを許容としないかの問題になるのだろうと思います。私は、その許容幅はあまり広くないと考えています。しかしながら、それは実際に作品に付いた分類名は一切問題にならない。上記に示したような形式的特徴を満たしていれば、dramma giocosoと書かれていようが、Commedia per musica と書かれていようが、それがオペラ・ブッファと呼んで宜しいのだろうと思っています。

オペラ・ブッファという言葉は、「通りすがり」さんの言に拠れば、「18世紀末までほとんど存在しないターム」だということです。ということは、19世紀の批評家か音楽家が、当時の流行の喜劇的歌劇をそのように呼んだ、ということになります。とするならば、彼らがオペラ・ブッファを特徴付ける形式的特徴として考えたものは「同時代の喜劇オペラ」の形式的特徴、即ち、今日我々が見聞きして知っているオペラ・ブッファの形式的特徴をしてオペラ・ブッファと呼んだと考えられます。勿論歴史的な経緯を踏まえて、オペラ・ブッファのカテゴリーを考えたのかもしれませんが、当時のオペラが、毎年新作を上演するのが常識だった以上、同時代の作品の特徴を踏まえた、と考える方が自然です。

そのように考えると、「通りすがり」氏が与えたオペラ・ブッファの定義、即ち、「当時はCommedia per musica、そして宮廷での上演、あるいはヴェネツィアでの場合Opera giocosa, dramma giocosoと呼ばれる、同時代の人物を素材に作られた喜劇系の3幕のオペラ」というのは、オペラ・ブッファを拡大して考える場合は適切かもしれませんが、本来オペラ・ブッファとして考えられてきた作品を定義するには無理があるように思います。

オペラ評論家の永竹由幸さんは、2006年12月に新国立劇場で行われた「セビリアの理髪師」のパンフレットに、「ロッシーニにとってオペラとは何であったか?彼のオペラに対する考え方」という文章を発表しているのですが、彼はその中で、「まずオペラ・ブッファとは何かを考えてみよう。最初の本格的なオペラ・ブッファはゴルドーニ台本、ガルッピ作曲の3幕の喜劇的歌劇「アルカーディア・イン・ブレンタ」(1749年)と考えて良い。これ以前のペルゴレージの「妹に恋した兄」(1732年)3幕やA.スカルラッティの「貞節の勝利」(1717年)3幕のようなバロック時代の喜劇的要素をもった世話物は、その作り方からいって後のオペラ・ブッファとは大きく違うし、インテルメッツォの「奥様女中」(1733年)等は音楽的には優れていても、あくまでも幕間劇であって、それで独立して一晩の興行を打てない」と書かれています。

私はガルッピのオペラに詳しいわけではないですが、永竹さんの意見では、19世紀初めのオペラ・ブッファの形式的特徴でさかのぼれるのは、18世紀半ばまでだ、ということのようです。

一方、「通りすがり」さんは、「ナポリの1707年のCommedia per musicaが喜劇オペラ/オペラ・ブッファの祖であることは間違いのないところです。」と主張していますが、日本を代表するオペラ評論家の意見と違う以上、「オペラ・ブッファ」という言葉の定義を含めて、もっと精緻な論理展開を望みたいところです。

という訳で、当面私は永竹説をとり、1749年から1842年までのほぼ100年間をオペラ・ブッファの時代といたしましょう。

次に幕数の問題ですが、これは確かに「通りすがり」さんの言うとおりです。調べてみると、1780年より前は、喜劇オペラと雖も3幕が普通のようです。しかしながら、18世紀後半から19世紀前半をオペラ・ブッファの時代としますと、3幕が主流の時代は30年、2幕が主流の時代は70年ということになります。とすれば、全部をまとめて書くのであれば、オペラ・ブッファは2幕を原則とする、というのはやや乱暴なまとめ方ではありますが、3幕を原則とするという見方よりは適切な感じがします。

次に、「卑俗な」同時代人が主人公:修正するのはやぶさかではありませんが、フィガロ、アディーナとネモリーノ、アンジェリーナ、イザベッラ、卑俗な同時代人の実例は一杯ありますね。

「1792年、チマローザが『秘密の結婚』を発表した後、オペラ・ブッファの名作は生まれてこなかったが、」というのは、どうも本当のようです。これまた永竹さんの受け売りですが、ナポレオンが欧州を席巻したこと及び彼がカストラートを禁止したため、19世紀初頭イタリアオペラは一時的に衰退したそうです。その10年間は新作があまり生まれず、再演物が多かったようです。

以上、オペラ・ブッファに関する意見です。私の文章は一部修正したほうがよりわかりやすくなりそうですので修正しますが、全体として問題があるとまでは思えませんでした。

[1120](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月07日 (月) 14時50分

投稿された方の依頼により、2008年07月08日 (火) 01時18分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1122]どうかと思います。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月07日 (月) 21時52分
通りすがり様

長文の追加発言を改めて歓迎します。どうもありがとうございました。
貴見に関しては、更に検討して、近日中にご返事を差し上げます。

なお、最後の
「専門家として正式に回答すれば対価が発生します。ここでは誰でもアクセスできるウェブ上ですから、一通りすがりとしての意見として感想を書きました。特に貴殿以外に読ませるようなものでもないので、この感想もすぐに消去いたします。意見に責任は持ちますが、署名をして意見を述べる場ではないという認識です。

これは、如何でしょうか?
私も自然科学者の端くれとして、これまでいくつかの論文を発表しておりますが、我々の世界では、対価を頂いて論文を発表するなどということはありえず、場合によっては論文審査料をお支払いして雑誌に掲載してもらいます。

即ち、自分の意見を述べるのに対価を頂くということは、通常ないのです。

今回、あなたは専門家の背景を持った方として、素人の書いたものを批判しているわけですが、批判をする以上、その学問的背景を明確にするのは義務だと思います。また、貴見が妥当かどうかを私が検証することが出来ないとすれば、私としても、判断のしようがありません。

更に申し上げれば、もし、私の記載した事項が不適切であれば、メールでご指摘いただければ済むことです(私のメールアドレスは公開しております。おかげさまで、スパムメールの嵐で、必要なメールを読み落とすことがあります)。掲示板というパブリックな部分に書かれた以上、それは掲載しつづける責任があるのではないでしょうか?

貴見は、確かに私の蒙が開かれる部分があるのですが、顔が見えない方の意見を鵜呑みにするのは非常に気持が悪い。私に「サイトを閉鎖しろ」とまでおっしゃったのですから、言いっぱなしにならないようにしていただきたい。それが自分の意見に責任を持つということです。

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[1124]困りましたね。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月08日 (火) 22時47分
「通りすがり氏」は、上記の私の意見に反論することなく、また自分のご意見を消されました。
私は、いろいろ考えてみたのですが、根本的に彼の言わんとするところがよく分かりません。もう少し、実証的な議論をしていただけると宜しいのですが、そこは全くありませんでした。更に、当方の検証のために、意見の根拠を示していただきたいとお願いしたのですが、そこも完全にゼロ回答でした。
私は、サイトの誤りについて指摘された場合、自分で確認してから修正することにしています。今回の場合、確認する手段を示していただけないので、「通りすがり」さんの意見が妥当かどうかを確認しようがありません。従って、問題になったページは、私が検証可能な批判が来るまで、このまま置いておきます。

[1119]真っ当な批判は、ありがたく受けます。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年07月06日 (日) 08時44分

1117番の投稿は、私が、本サイト中に書いた、

「オペラ・ブッファとは何か-Wikipediaのオペラ・ブッファに対抗する」という記事に対し、「通りすがり」と名乗る方が、
「オペラブッファとしての検索に真っ先にひっかかってくるわりに、認識と記述が大変まずいですので一言コメントさせていただきます。」ということで、かなり厳しい批判をいただきました。
この批判の内容は、
@オペラブッファの誕生の時期は、私が書いた1750年ごろではなく、更に半世紀遡れる。
A主人公は「卑俗」ではなく、同時代の上級市民が主流である。
B喜劇的オペラは、元々ナポリの地方芸能だった。
Cインテルメツッオは喜劇オペラの起源ではない。
D喜劇オペラは本来3幕構成である。
Eオペラ・ブッファにはどくたーTが書いた以上に沢山の名作、重要な作品がある。
F喜劇オペラの作品数は恐らく3000以上ある。
G以上、間違いが沢山あるので、当該ページは閉鎖すべきである。

以上8点に整理できますが、比較的内容のしっかりした真っ当なものでした。

私は、このような批判は大歓迎ですので、全然かまわないのですが、「通りすがり」氏の批判にも、いくつか不明点、曖昧な点がありましたので、下記のような回答を書かせていただきました。

ところが、回答を投稿してまもなく、「通りすがり」氏は、その投稿を削除されました。大変残念なことです。

勿論削除するのは、投稿された方の自由ですが、論争を持ちかけた側の態度としては、ただ逃げたようで後味が大変よろしくない。
即ち削除したのが、
@返答があまりにも稚拙で論争する気が失せたのか
A返答が妥当で、自分の議論の立て方が不適切だと考えたのか
これも判りません。

ネットは言いっぱなしのメディアではありますが、折角の議論のチャンスを仕掛けた側から打ち切るのは、大変残念なことです。

私の投稿への返答は、当面削除せずに掲載いたします。

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[1121]全然「重要ではない」は極論過ぎるのでは?投稿者:歌う蔵元(暫定)
投稿日:2008年07月07日 (月) 18時10分
Tさん、こんにちは。6に対する意見です。

No.1118の書きこみの中で、
> 実際にオペラを楽しむ立場のものにとって、滅多に上演されない、
> CDもない「重要な作品」は、全然「重要ではない」のです。
の部分は、やはり「勇み足」というか、間違いではないでしょうか。

この週末、「古書店めぐりは夫婦で」という本を読んでいたのですが、この本には、シンクレア・ルイスとブース・ターキントンなどが存命中には人気作家でも後年あまり読まれなくなった例として、イーディス・ウォートンとジェイン・オースティンが映画やテレビドラマ化でリバイバル人気の出た例として上げられています。
オペラの場合上演にはお金も労力も桁違いに必要ですから、一度人気の落ちたものが再上演される難しさは、素人にもわかります。

また、私の趣味の分野の例を挙げますと、
1995年の時点では、エリザベス・フェラーズとジョセフィン・テイは、代表作だけは訳されているがその他はほとんど訳されていない、自分の好きなクリスティアナ・ブランドやマーガレット・ミラーとは比較にならない程度の人なのだろう、と思っていました。しかし、そのたった10年後には、間違いだったことが明らかになっていたわけです。

パイジェッロ、サリエリ、チマローザ等々には、フェラーズやテイのようにこれから私たちの前に明らかになってくるものがまだまだある、と考えるほうが自然なのではないかと思いますので、「全然重要ではない」ではなく、「重要である可能性が高いが、まだ未知の部分が多過ぎる」とでも書いたほうが良いのではないでしょうか。

「対抗する」本体についても、水谷さんなりミン吉さんなりにも点検してもらって欠点の少ないものにしておいたら如何?、と思います。

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[1123]極論かも知れません。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月07日 (月) 22時23分
歌う蔵元様

追加発言、どうもありがとうございます。
貴見のとおり、「秘密の結婚」から「アルジェのイタリア女」の間に傑作がないかどうかは、わからないというのが本当なのでしょう。
ロッシーニの傑作だって、30年前までは全く省みられていなかったわけですから。研究が進むにつれて復活する作品はあるかもしれませんね。

私がこの期間に作曲されたオペラ・ブッファで聴いたことがある作品は、サリエリの「ファルスタッフ」です。これは非常に楽しめる作品でしたが、これと「秘密の結婚」、あるいはこれと「アルジェのイタリア女」とを比較したとき、私は、「秘密の結婚」をとるし、「アルジェのイタリア女」をとりたいと思います。

少なくともその経験と他の文献にも同様の記載があったことからそのように書かせていただきました。

傑作かどうかは個人の主観による部分が多いと思いますので、サリエリの「ファルスタッフ」を傑作と呼び方がいて当然宜しいですが、もし、「秘密の結婚」から「アルジェのイタリア」の間に傑作が作曲されたとすれば、それが何であるかを明示していただかないと仕方がないと思います。

オペラはまずは音楽ですので、音楽をなくして傑作かどうかを判断することは難しいと思います。素人は演奏もされない、CDもないものを傑作とは判断できないと思います。

逆に専門家は、スコアを見てこれは傑作だ、と思うのであれば、それを演奏会や録音でどんどん一般の聴衆に示していただきたいです。そうすれば、「ランスへの旅」が押しも押されもせぬロッシーニの名作になったように、空白の時代の作品が名作として蘇ると思います。

[1117](削除) 投稿者:システムメッセージ

投稿日:2008年07月04日 (金) 12時35分

投稿された方の依頼により、2008年07月05日 (土) 12時14分に記事の削除がおこなわれました。

このメッセージは、設定により削除メッセージに変更されました。このメッセージを完全に削除する事が出来るのは、管理者の方のみとなります。

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[1118]ご批判、ありがとうございます投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年07月05日 (土) 10時03分
「通りすがり」様、厳しいご批判、ありがとうございます。このような批判は、非常に大事だと思っております。「通りすがり」様は、音楽史をご専門にされている方のようですが、そうであるならば、もう少し丁寧な議論をしていただけると、こちらの蒙昧な部分も更に整理できるかと思います。

なお、当方は、音楽史の専門家でもなんでもなく、単なる一趣味人に過ぎませんので、原典に当たるとか、カタログにあたるとかはしておりません。通常入手可能な日本語の成書、文献によっております。また、専門の論文を確認しているわけではありませんし、最新の研究成果をフォローしているわけでもありません。勿論、二次資料にのみ基づいて、いかにも本当らしく書くのは怪しからんというのは正しい批判ですし、またそのような行為が学問的姿勢でないことは申し上げるまでもありませんが、実際に現在日本で一般人が入手できる文献等を組み合わせると、私の書いたような記述になると思います。

また、そのような文献には、貴見の批判のような観点での記載は見つけられなかったので、もう少し丁寧なご指摘を伺えると、大変ありがたく存じます。

以下、貴見を検討します。

私の持っている、或いは今回参照した文献には例外なく、「インテルメッゾ」が「オペラ・ブッファ」の原点である、或いは先駆である旨の記載があるのですが、貴見は、それは間違いであるとおっしゃる。

ここで、問題になるのは、「喜劇的オペラ」=「オペラ・ブッファ」か、という問題があります。18世紀のオペラはとりあえず措いておいて、ヴェルディの喜劇「ファルスタッフ」は、しばしば「オペラ・ブッファ」と書かれるのですが、ヴェルディのこの作品は、明らかに喜劇ですが、明確なアリアとかレシタティーヴォの区別もなく、音楽が全体として一つの流れを作るところなど、モーツァルトやロッシーニのオペラ・ブッファとは一線を画します。従って、私は、「ファルスタッフ」を「オペラ・ブッファ」とは認めていません。

同様の問題が18世紀のオペラにもあると思うのです。「喜劇的オペラ」の創始は、例えば、「オペラ事典」(音楽の友社、1993)に拠れば、「17世紀のヴェネッイアやローマのオペラでは、深刻な物語の合間に喜劇的な場面が挿入されることが多かったが、ジューリオ・ロスピリオージ(1600-69)の台本にマッツォッキが作曲した《悩むものは希望を持て、Chi soffre speri》(1639)や、アントーニオ・マリーア・アッパティーニ(1609/10〜78頃)が作曲した《禍転じて福となる、Dal male il bene》(1653)のように喜劇的内容の独立したオペラも作られた。」とあります。

しかしながら、「オペラ事典」では、この両作をオペラ・ブッファの先駆とはしていません。一方、「The Concise Oxford Dictionary of Opera」(私が参照しているのは1979年に発行された第二版)に拠れば、この両作品をオペラ・ブッファのさきがけとしています。

私は、この両作品とも全く知らないので、その内容からオペラ・ブッファであるかどうかの判断は出来ないのですが、今回は、オペラ・ブッファを比較的狭いジャンルとして捉えたいという立場で、「オペラ事典」の記載を優先しました。

同様に18世紀初頭にナポリで上演された喜劇的オペラがオペラ・ブッファの先駆としてよいかどうか、という点についてもその内容を知らないので、何とも申し上げられないのですが、「Commedia per musica」=オペラ・ブッファではないのではないでしょうか。もし、「Commedia per musica」=オペラ・ブッファというのが一般的な認識であるならば、なぜ、1733年にナポリで初演されたインテルメッゾ「奥様女中」が、オペラ・ブッファの先駆けである、といった記載が蔓延するのでしょう?

オペラ・ブッファの完成形を仮にモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」やロッシーニの「セヴィリアの理髪師」に置いた場合、ここに到るまでの歴史的経緯の中では、インテルメッゾあり、その他の喜劇的オペラあり、あるいはコメディア・デッラルテあり、そういう影響はもちろんあるのでしょうが、18世紀末、或いは19世紀初めのオペラ・ブッファの様式の元がどこにあるのかが、オペラ・ブッファの始まりになるのだろうと思います。なお、「奥様女中」のスーブレットとバッソ・ブッフォとの関係は、「コジ・ファン・トゥッテ」における、デスピーナとドン・アルフォンゾ、「セヴィリアの理髪師」におけるロジーナとバルトロの関係であり、インテルメッゾがオペラ・ブッファの先駆であるという指摘は明快です。

ちなみに、最初にオペラ・ブッファを名乗った作品を知りたいと思い、いろいろ調べたのですが、結局判りませんでした。もしご存知でしたらお教え願います。

以上を踏まえ、1750年ごろオペラ・ブッファの形式が出てきたと私は書いたのですが、もし、18世紀末、或いは19世紀初めのオペラ・ブッファの様式の元が18世紀初頭まで遡れ、それが学会の定説となっているのであれば、その辺の詳細をご教授ください。

また、「「同時代、あるいは現世の卑俗な人物を主人公とする喜劇」の部分も大きな誤りで、」と指摘いただきましたが、これもどうでしょう?「卑俗な」とは、「高貴な」の反対語として使っているのですが、オペラ・セリアの主人公の「英雄」や「名君」や「神」ではなく、「心が高潔ではない同時代人」、という意味です。

実際に現在普通に聴けるオペラ・ブッファの主人公の多くは、上級市民かもしれませんが、心が上級な人は少ないように思います。

「原則として二幕構成。三幕構成、四幕構成のものもあるが、多くの場合二幕に整理可能。」と言う部分も誤りです。
と書かれましたが、こちらも如何でしょう。まず、「コジ」や「セヴィリア」を基準としてオペラ・ブッファ形式を論じている私と、イタリアオペラ史の中での喜劇的オペラを視点に考察されている「通りすがり」様とは、そもそも前提が違うようです。喜劇オペラ全体では貴見のとおりかもしれませんが、18世紀末のオペラ・ブッファを前提としたとき、この記載が誤りだと断定できないように思います。

「1792年、チマローザが『秘密の結婚』を発表した後、オペラ・ブッファの名作は生まれてこなかったが、」
「オペラ・ブッファは、数百の作品が発表され、上演されたものと考えられるが、重要な作品は、それほど数があるわけではない。」
という記載にも、ご批判を頂いておりますが、これは、実際の上演を楽しむという観点で書いたものとご理解ください。実際問題として、今日世界中の劇場で取り上げられているオペラ・ブッファの中で、1792年に初演された「秘密の結婚」と1813年に初演された「アルジェのイタリア女」の間に傑作があるという見方はされていません。勿論その間も沢山のオペラ・ブッファが作曲されてはいるのでしょうが、今日劇場のレパートリーとしては残っていないというのは事実でしょう。

更にオペラ・ブッファがいくつ作曲されたかを、私は知りません。貴見のとおり数千という見方が正しいかもしれません。しかしながら、例えば、ロッシーニは喜劇的オペラを10いくつか書いているわけですが、その中で、オペラ・ブッファとして彼が認識していたのは5作品である、ということを踏まえると、オペラ・ブッファとして生まれている数は、数千よりは少なくなるのではないかと思います。

また、「また、CDがないだけで、「重要な作品」は膨大にあります。」
とか書かれています。これもそのとおりなのでしょうが、実際にオペラを楽しむ立場のものにとって、滅多に上演されない、CDもない「重要な作品」は、全然「重要ではない」のです。

以上、貴見を検討致しましたが、議論の土俵がずれていることが非常に気になります。用語の定義を含めて、もう一度ご批判を賜れれば幸いです。なお、根拠資料があればご教授願います(できるだけ日本語で。イタリア語の文献を教えていただいても、私には読めません)。

「まだまだ一部しかコメントできないほど問題が見つかります。」
是非、ご指摘願います。

なお、「通りすがり」さまは、専門家のようですから、「通りすがり」などという匿名で記載するのではなく、専門家としての矜持を持って、少なくとも自分の専門を明確にした上でご批判いただけると建設的であると考えます。

なお、このページを閉鎖するかどうかは、もう少し丁寧なご批判を頂いた後に検討させていただきます。

[1114]上演情報 投稿者:歌う蔵元(暫定)

投稿日:2008年06月21日 (土) 12時34分

Tさん、こんにちは。
最近気づいた点について、書き込みます。

大島幾雄さんが出演した「沈黙」の役、
シャープレスはいくらなんでも間違いで、
ヴァリヤーノ(一字位違うかな?)なはずです。

5月31日にNHKBS2で放送された
「秋田 郷土創作オペラ ねぶり流し物語」
鳥居俊之(東京芸大卒)作曲
築地利三郎 (東京芸大卒・声楽家)
中鉢 聡 (東京芸大卒・藤原歌劇団)
長谷川留美子 (声楽家・二期会)
3月30日に上演されたそうです。
築地さん、年を考えれば立派、
中鉢さん、イマイチ不調?、
長谷川さん、素晴らしい存在感、岩手にもこういう人がいれば・・・、
という感想です。

もうひとつ、最近ビデオテープを見つけたのですか、
オペラのすべて2001等にもれていた上演、
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」
二期会公演(訳詞)
1983.11.27 日生劇場
ドン・ジョヴァンニ  勝部 太
騎士長  木川田 澄
ドンナ・アンナ 河原 洋子
ドン・オッターヴィオ 小林 修
ドンナ・エルヴィーラ 大下 久見子
レポレロ 池田 直樹
ツェルリーナ 鮫島 有美子
マゼット 山村 民也
秋山和慶指揮 東京交響楽団 
大下、小林の海外組は他に放送録画があるとは思えないので、
なかなか貴重なのではないでしょうか。


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[1115]投稿者:歌う蔵元(暫定)
投稿日:2008年06月21日 (土) 12時40分
確かめたら、ヴァリニャーノでしたね。

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[1116]情報とご指摘ありがとうございます。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年06月22日 (日) 11時27分
歌う蔵元様

情報提供とご指摘ありがとうございます。

大島さんの件、幾らなんでもひどいですね。言い訳がましいですが、半分居眠りしながら作ったのでしょうか。早速修正しました。そのほか、自ら気がついたところも直しました。

注意しながらページを作成しているつもりですが、見直しはほとんどやらないので、間違いは発生します。気がつけば直すようにしているのですが、指摘されないと気がつかないことが多いです。

どうか今後も、気がついた点、ご指摘願います。

「秋田 郷土創作オペラ ねぶり流し物語」
これはBS2で放送されたことも含めて、全く知りませんでした。中鉢さんは、秋田出身ですから出演されたのでしょうね。

私の上演記録の情報源は、いくつかあるのですが、地方の創作オペラに関しては、なかなか知ることが出来ないのが実情です。毎年定期的に上演を続けている団体のホームページは定期的にチェックしているのですが、イヴェントとして行われるオペラ上演は、東京で知ることが難しい状況があります。

この件は、調べて修正いたします。ありがとうございました。

>もうひとつ、最近ビデオテープを見つけたのですか、
オペラのすべて2001等にもれていた上演、
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」

この公演は、二期会50周年記念誌にも掲載されていないので、日生劇場の委託公演だと思います。私の公演記録も84年以降でまとめており、83年以前は極めて不十分です。従ってよく分かりませんが、そのようなテープが見つかったこと、大変嬉しいことですね。

[1112]マルタ 投稿者:一静庵

投稿日:2008年06月08日 (日) 16時10分

私もウィーン・フォルクスオーパーの『マルタ』に行って参りました。2日目の公演で、ハリエットはジェニファー・オローリン、声がまろやかな美しさで、容姿も可愛らしさのある方でした。ライオネルを傷つけてしまったという時の歌はしんみりとしていて、涙を誘うものでした。ライオネルのメルツァード・モンタゼーリは、あまり伸びない声でしたので、ちょっと他の人とつり合いがとれないようなところもありましたが、「ああ、かくも汚れなく」は素敵でした。ナンシーはドクターのお聴きになった日と同じダニエラ・シンドラム、プランケットはラルス・ヴォルトでした。
指揮者はシューラーでした。3日目のみが、エリーザベト・アットルなのですね。ピット内のトロンボーンとテューバ奏者が見えましたが、とても若い人たちでした。金管のアンサンブルが柔らかな音で、のんびりとした雰囲気をかもし出しているような気がしました。
装置は変換に時間がかからないように、レディ・ハリエットのお城の居間と森の居酒屋が同じ壁面を使っているのでしょうが、もう少しお城は豪華にしてほしかったし、女官の時と農民に扮装したときの衣装にもっと差があってもいいのじゃあないかと思いました。ただ、壁が開いて、季節の変化のある戸外になるところは面白かったです。
当日に配られる配役表には、顔が随分怖いわんちゃん役は何も記載がありませんが、休むところの仕草などかわいらしかったですね。
見終わって何かほのぼのとするような作品で、こういうものが、やはりフォルクスオーパーらしいというのかしら、と思った次第です。

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[1113]マルタ投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年06月08日 (日) 21時21分
一静庵様
書き込み、ありがとうございます。
この作品、きちんと聴いたのは初めてですが、もっと取り上げられても良いように思いました。ある意味、オペラの入門篇みたいな作品です。
舞台はウィーンから持ってきたものなのでしょうね。一静庵様がおっしゃる対比をつける、という観点はそのとおりだと思いますが、実際ウィーンでも東京と同じ演出でされているのでしょうから、仕方がないかもしれません。

渡された配役表には、主要6人しか乗っておりず、一寸だけソロのある三人の女中や、三人の農夫の名前はわからないままでした。ましてや、怖い犬役の名前まで書けないということなのでしょうね。
そこまできちんと書いた方が良いと私も思います。

スタッフも同様ですよね。照明とか衣装とか通常かかれるスタッフの名前も省略でした。それで良いのかしら?

[1110]「椿姫」 投稿者:とーます

投稿日:2008年05月17日 (土) 17時00分

こんにちは。はじめまして。オペラ大好きです。色々なオペラ公演へ行っています学生です。
面白そうなオペラ公演の情報をゲットいたしました。出演者の方からお話も聞き、ちらしをもらいました。
小山さんがアルフレードを歌われるみたいです。藤原歌劇団本公演の約1ヶ月前にも「椿姫」歌われるのですね。
詳細は

G・ヴェルディ:オペラ「椿姫」
全3幕 イタリア語原語上演 字幕付
2008年7月17日(木) 18時30分開演(18時開場)
  杉並公会堂
  チケット 全席自由席 前売り4000円、当日券4500円
  音楽監督・指揮 高野 秀峰
  演奏 オーケストラ アンサンブル トウキョウ
  合唱 コール アンサンブル グルック

ソリスト歌手:
ヴィオレッタ 横井 香奈
アルフレード 小山 陽二郎
ジェルモン 木村 聡
フローラ 片岡 ひろみ
アンニーナ 宮地 伸枝
ガストン 伊東 大智
ドゥフォール 月野 進
マルケーゼ 川口 寛記
グランヴィル 小川 雄亮
ジュゼッペ 内田 吉則

稽古ピアニスト:今東薫
字幕協力;リリカ イタリアーナ オペラ
制作:GluckStudio
〒186−0001 東京都国立市北1-3-11-206
http://www.mahorama.com/gluck/
チケット予約・お問い合わせ:グルックスタジオ
tel;080-3399-0803
FAX:042-576-5938
Gluck-info@t.vodafone.ne.jp
【チケット取り扱い】杉並公会堂 03-3220-0401

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[1111]昨年も椿姫投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年05月22日 (木) 23時37分
とーます様
ご紹介ありがとうございます。
そういえば、グルックオペラさんは、昨年も今頃立川で「椿姫」上演したと思います。メンバーは変わっているようです。

[1107]第49回N響オーチャード定期 投稿者:一静庵

投稿日:2008年05月03日 (土) 15時34分

5月1日にN響オーチャード定期を聴いて参りました。
曲目解説には、「傑作の森」へ、という題がついていました。
交響曲 第3番「英雄」と ピアノ協奏曲 第4番というベートーヴェンがもっとも創造力に溢れていた時期への入り口の作品2つのプログラムです。
指揮は飯守泰次郎さん、ピアノはフランク・ブラレイさんでした。
N響は日本人指揮者が指揮をすることが少ないですね。
さて、ピアノ協奏曲は、オーケストラがとても重々しいのに対し、ブラレイさんのピアノは軽いというか、ふわぁっとした空中浮遊のような雰囲気で、なんとなくしっくりいっていないような感じがしました。一方「英雄」は、堂々たるもの、重厚で、ベートーヴェンの作曲の意図が伝わってくるようでした。
アンコールには、バッハのアリアが演奏され、N響の美しいストリングアンサンブルを聴き、気持ちも爽やかに帰途につきました。
なお、この日、ホルン1番に竹村さん、クラリネットにヌヴーさんがエキストラで乗っておられました。

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[1108]楽しまれたようですね。投稿者:どくたーT@管理人
投稿日:2008年05月04日 (日) 22時41分
N響も昭和40年代は日本人指揮者(例えば岩城宏之)をしばしば使いましたが、その後は定期だと年に1ヶ月ぐらい、地方公演だと半分ぐらいになりましたね。
外国人指揮者だからいい演奏をするということはないのですが、録音もよくやるような外人指揮者のほうが、集客力はあるのでしょうね。

飯守さんは、がっちりとした構成の重厚なベートーヴェンを演奏される方ですから、今回もそのように持っていかれたのでしょう。
ベートーヴェンの第4ピアノコンチェルトは、女性的とも言われることが多い作品ですが、ブラレイさんは、そういうイメージで演奏されたのでしょうか?

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[1109]ピアノ協奏曲 第4番投稿者:一静庵
投稿日:2008年05月05日 (月) 08時54分
女性的なイメージか、ということはよく解りませんでしたが、洒脱味があるというのでしょうか、そんな感じでして、伴奏のオーケストラの雰囲気と合っていないような気がしたのです。

[1106]日本演奏連盟クラシックフェスティバル第20回記念スペシャル・ガラ・コンサート 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2008年05月03日 (土) 09時33分

5月1日、東京文化会館大ホール
19:00-21:30

指揮・司会:飯森範親
オーケストラ:「フェスティバル・オーケストラ」(新日本フィルと東響のメンバーを中心に東フィルと日本フィルのメンバーが加わっている)
コンサートマスター:高木和弘(東京交響楽団)
プログラム
モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」序曲
モーツァルト 「フルートとハープのための協奏曲」第1楽章 
 フルート:高木綾子/ハープ:吉野直子
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」第1楽章
 ピアノ:清水和音
ラロ 「スペイン交響曲」第5楽章
 ヴァイオリン:堀米ゆず子
ヴェルディ 歌劇「椿姫」から「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」
 ソプラノ:高橋薫子
サン・サーンス ヴァイオリン協奏曲第3番 第3楽章
 ヴァイオリン:大谷康子
ドヴォルザーク チェロ協奏曲 第1楽章
 チェロ:堤剛
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 第1楽章
 ピアノ:中村紘子

ガラ・コンサート、お祭りですから、祝祭的気分が出ていればそれで良し、とすべきなのでしょう。その意味では十分楽しめる演奏会だったと思います。
ただ、明らかに準備不足の演奏でした。オーケストラが普段やりなれていない同士での組み合わせなので、どこかよそよそしい。飯森範親は一所懸命振っているのは判るのですが、どこか踏み込めない演奏です。

ソリストは、日本を代表する名手・大御所ばかりですから、それなりにまとまってはいるのですが、やはり今ひとつ面白くないのですね。その中でよかったのは大谷康子のヴァイオリンと堤剛のチェロでしょう。
大谷は、いかにも楽しそうに演奏して、ガラ・コンサートの雰囲気にマッチさせました。また、大谷は普段オーケストラのメンバーとして演奏しているので、こういったオーケストラとどう演奏すれば良いのか、というところがわかっている、という気がしました。
堤の演奏は、格が一つ上で、その品格を飯森もオーケストラも尊重していることがわかる演奏で、大変結構でした。




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