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[1889]新国立劇場「椿姫」プレミエを鑑賞しました。 投稿者:どくたーT@管理人

投稿日:2015年05月11日 (月) 23時50分

新国立劇場「椿姫」プレミエ、見てまいりました。諸事情により感想のアップロードが週末までできませんので、掲示板に投稿します。

鑑賞日:2015年5月10日
入場料:7776円 C席 4F2列14番

主催:新国立劇場

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲「椿姫」(La Traviata)
全3幕字幕付きイタリア語公演
新制作
原作:アレキサンドル・デュマ・フィス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ

スタッフ
指揮:イヴ・アベル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤 洋史

演出・衣裳:ヴァンサン・プサール
美術:ヴァンサン・ルメール
照明:グイド・レヴィ
ムーブメント・ディレクター:ヘルゲ・レトーニャ
音楽ヘッドコーチ:石坂 宏
舞台監督:村田 健輔
芸術監督:飯守 泰次郎

キャスト
ヴィオレッタ:ベルナルダ・ボブロ
アルフレード:アントニオ・ボーリ
ジェルモン:アルフレード・ダザ
フローラ:山下 牧子
ガストン子爵:小原 啓楼
ドゥフォール男爵:須藤 慎吾
ドビニー侯爵:北川 辰彦
グランヴィル医師:鹿野 由之
アンニーナ:与田 朝子
ジュゼッペ:岩本 識
使者:佐藤 勝司
フローラの召使:川村 章仁

感想 プレミエの好発進‐新国立劇場「椿姫」を聴く

新国立劇場のプレミエは生煮えの演奏にあるというのが一般的な評判ですが、今回の「椿姫」、トータルで見てなかなか素晴らしい演奏だったと思います。

まず、ヴィオレッタが良い。ボブロというソプラノ、初めて聴く方ですが、レジェーロ系のソプラノで、声が繊細な印象です。それが少し神経質に聴こえる部分もあり、最初の一声を聞いた時には、この声で最後まで歌いきれるのだろうかと一寸不安に思いました。しかしそれは杞憂でした。確かに強い声を出せるタイプではないけれどもバランスの良い歌唱のできる方で、最初の大アリア「ああ、そは彼の人か〜花から花へ」がまず軽い歌唱でよかったと思いますし、一方で、感情を込めた低音の魅力が欲しい第三幕の「さよなら、過ぎ去った日々」も繊細でかつ密度がある歌唱で、魅力的でした。

もちろん、これは歌手の才能努力の結果であるわけですが、それ以上に指揮者のフォローが上手かったということを指摘しなければいけません。アベルの指揮は、歌手に良く寄り添っていて、オーケストラにも繊細な音色を要求しているのだろうと思いました。アベルのこの寄り添い方は、歌手の歌心を刺激したのだろうと思わせるのに十分でした。

アルフレードも魅力的でした。ポーリは若手のイタリア人テノールのようですが、いかにもアルフレードと言うべき若々しさがあります。なよっとした若さではなく、軽質プラスチックのような硬質な若さが魅力的です。「乾杯の歌」を聴いて、この声で、第二幕冒頭のアリアをどう歌うのか、と興味津々になりました。そして、それは若々しいけれども堂々とした歌唱で、魅力的でした。私は、先の藤原歌劇団公演の西村悟などいろいろなアルフレードを聴いておりますが、ポーリのようなアルフレードは久しぶりに聴いたように思います。私の中では、今回一番の収穫であると思いました。

一方でジェルモンのダサはやや難ありと申し上げるべきでしょう。「プロヴァンスの海と陸」のようなアリアはそれほど気にならないのですが、ダサは年齢が若いせいか、ヴィオレッタの表情を受けきれない。第二幕の一番の聴きどころである、ジェルモンとヴィオレッタの二重唱は、ソプラノの切々とした歌を受け止められないのがバリトンの実力を物語っているように思いました。この4月に聴いた藤原歌劇団の「椿姫」では、佐藤亜紀子と牧野正人がこの部分を非常に印象的にくっきりと歌い上げ、深く感動したので、その域へソプラノを連れてくるためには、ある程度の年期・経験が必要だ、ということなのかもしれません。

脇役の日本勢は総じて立派。特に山下牧子・フローラ、須藤慎吾・ドゥフォールが良く存在を主張していたなと思います。また合唱も新国立劇場合唱団の力強さに感心いたしました。

イヴ・アベルの指揮は歌手に寄り添う丁寧なもの、その効果が、全体としての統率につながったのではないかと思いました。

さて肝心の演出ですが、全体としてはシンプルですが、鏡を使った派手なもの。床も壁も鏡面で、合唱団員が舞台に入ってくると、どこもかしこも人だらけという感じになって、部屋のイメージが特定されない感じがします。舞台の中心には常にピアノがあり、それが第一幕ではヴィオレッタの使うカウチになり、第二幕前半では、ヴィオレッタの文机になり、第二幕後半ではカード大になります。そして第四幕ではヴィオレッタのベッドになるという具合。第二幕前半ではこうもり傘が常に宙に浮いているのですが、あれは、何の隠喩だったのでしょう?美しい舞台ではあると思いますが、一方で、演出家の意図が空回りしているようにも思いました。第三幕の演出家の意図は多分ヴィオレッタが瀕死か死後であることを言いたいのだと思うのですが、「今日はヴィオレッタは死なないのね」と頓珍漢な感想を言っていた小母さんもいらっしゃいましたから。



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