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武道大好き掲示板

何か記念に書いてください!

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[982] 初心者
From:Joshua

初めまして、海外で昨年の10月に剣道を息子と始めた50歳の女性です。ご存知だと思いますが、剣道にも形があり、最初はできなかったのですが、はまってしまい。あるきっかけがあって、合気道をしている現地の男性から杖道のことを知りました。杖道の存在を初めてその時、聞きました。
それで杖道を昨日、初めてして、剣道と同様にはまってしまいました。
それで皆さんに質問ですが、杖道の形、打太刀、仕太刀の形の仕方を書いてあるサイト、杖道の用語の説明のサイト、杖のもちかた等の説明のサイトがあればご紹介ください。
剣道は襲われたら、防御できないですが、杖道は杖があれば、戦えますよね。すごいと思いました。杖道をすることによって、剣道の上達が早まればいいなぁと思ってます。

2009年05月24日 (日) 16時26分


[984] 杖のもちかた
From:谷照之

杖道の用語、杖のもちかた、などの基本的なことが記されたサイトは知りません。
杖道の啓蒙を目的としたサイトは無いのかもしれません。

お勧め出来るのは、書籍です。
それも、入門書のような薄手の本がいい気がします。
ご面倒でもそうされてはいかがでしょう。

2009年05月25日 (月) 14時32分


[979] 「下関の思い出(その6)」
From:ダイスケ

 塩川先生の道場での、杖道の稽古の事も書いておこう。稽古自体
は松原先生を筆頭に、高段者が下の面倒を見てくれる。稽古終わり
が近づくと、二階から塩川先生が降りてきて、段に応じて太刀を持
ってくれる。恐らく、教えていた高段者の稽古という側面が大きい
のだと思うが、高段者になればなるほど本数を多く持って貰える。

 塩川先生の太刀は、きちんと切っているけれど、杖を正しい位置
に導いてくれる、正しく杖を使ったらここに杖が入るんだ、と言う
のを教えてくれるような動きであった。効かせようとか、余計なこ
とを考えなくて良い。更に驚くべき事は、どんな無茶をしても、怪
我をする事も、させる事も全く無かった。色々な意味で、東京から
せっかく来たのだからと、サービスしてくれていたのかも知れない。

 当時苦手としていた切懸をお願いした時のこと。最後の入りで、
こちらの位置が悪かったのか、切り終わった体制の塩川先生が、ほ
んのわずか、対している僕しか分からない程度によろめいた。普通
の人であれば全く気にしない範囲の、重心のずれである。

 その時、「ダイスケ、今のはお前の術が効いたんじゃないぞ。飲
み過ぎでワシが勝手によろめいただけじゃからな。」と言われ、却っ
て恐縮したのを覚えている。塩川先生が本気でかかってきたら、本
来その前の胴切りで両断されていたはずである。こう言った類のこ
とは非常に嬉しい指導で、良い思い出である。


 稽古の中日に、寶満山の竈門神社に連れて行ってもらう事になっ
た。さらに、第26代の統、乙藤先生(故人)の所にも行くと言う。和
さんと二人で興奮した。特に(当時)杖道界のトップの師範に会える
なんて、出発の時には夢にも思っていなかったのだ。

 その日の塩川先生はスーツ姿で、ネクタイもきちんと締めていた。
道着姿や普段着は見た事があったが、スーツ姿を見るのはその時が
初めてであり、特別な日だと感じた。今思えば、乙藤先生に礼を尽
くしたという事だと思う。

 塩川先生、里富さん、和さん、僕で車に乗り込む。運転は里富さ
んだ。他の人の運転だと、色々と(笑)指示をしてくる塩川先生も、
里富さんの運転だと何も指示しない。
#他の人の運転で、指示しまくっているのも見たことがある(^^;


 まずは竈門神社。見覚えのある石碑や社の前で記念撮影した。
前の広場で杖術を奉納演舞するか、などと冗談(?)を言われたが、
稽古着も着ていなかったし恐縮するしで、結局遠慮する事にした。
写真でしか見た事がなかった場所に来る事が出来て、これだけで
嬉しかった事を覚えている。ちょうど桜が散りかけの、少し肌寒さ
も感じる時期だった。

 その後、乙藤先生のお宅に移動した。車を降り、塩川先生が先頭
を切って歩く。とある住宅の玄関前に着くなり、塩川先生が「失礼
します!」と大きく声を出した。それに応えて「おう、入れ!」と
の声。僕が習った通りの師に対する礼を塩川先生もされていたので、
ものすごく印象に残っている。


 乙藤先生と奥様の歓迎を受け、一緒にこたつに入ってお話を色々
と聞かせて頂いた。正確に言えば、正座して背を伸ばし、乙藤先生
と塩川先生の話を拝聴させて頂いた。こたつには、膝の先しか入っ
ていなかった。一緒のこたつに入れさせて頂くのは気が引けたので
ある。途中で乙藤先生に気遣って頂き、もっと足を入れたらどうか
と勧めて頂いて恐縮したのを今でも覚えている。

2009年04月20日 (月) 10時39分


[980] 下関の思い出
From:一緒に行った人

とても久しぶりに谷先生のサイトを覗いてみたら、谷先生は更新もせず、ダイスケが孤軍奮闘していたのですね。
ダイスケ、久しぶり。懐かしい話、とてもうれしいです。

乙藤先生にお会いできた事、乙藤先生と塩川先生のお話を聞けた事は、僥倖でした。
ダイスケ、あの時のテープってまだあるの? 機会があったらダビングさせてほしいです。
あの時の強烈な思い出は、乙藤先生、塩川先生の会話を子守唄に、うつらうつらしていたダイスケの姿。かなりハラハラしました。僕などはるかに及ばない大物です。


せっかくなので下関の思い出をもう一つ。ここで書く事といえば、やっぱり谷先生との出会いでしょう。
雲の上の先生ばかりの稽古場所で、数少ない同レベルの稽古者。それが谷先生でしたね。
さわやか、朗らか、ダンディーと、絶対彼女に会わせたくないタイプでした。
稽古後に「飲みに行きましょう」とお誘いいただき、ありがたくお受けしたのですが、こちらは宿から着てきたまんまの稽古着。谷先生はビシッとスーツ姿。
どこから見ても「親分と使い走り」の一行は、道行く酔っ払いが振りかえる中、下関の繁華街を歩きました。
あの時は「なんだこのオヤジ」とちらっと思ったりもしましたが、連れて行っていただいたお店が予想に反しお酌をする女性のいないお店だった事実により、個人的好感度はめちゃくちゃアップしたのですよ。
帰京の際、お土産にいただいたウニの瓶詰の味、忘れません。


突然登場して昔話なんて失礼と思いましたが、あまりに懐かしくて飛び入りいたしました。

2009年05月13日 (水) 01時29分

[981] 言い訳を
From:谷照之

スーツ姿だったのは、仕事帰りの稽古だったからです。他意はございません。
当時の私は四十代半ばだったと思います。
今は還暦を過ぎてしまいました。

カズさんとダイスケが、度々稽古に来るのでホテル代がもったいないから、「家に泊まったら」と言ったことも覚えております。
残念ながら、その約束を果たせず、平成9年には私が東京へ出て来てしまいました。

カズさんの紹介で、明正小学校で出口師範に杖を教わり。渋谷では小林師範(カズさん)に居合を教わり始めました。

以後、紆余曲折、本当に色々ありました。
しかし、何はともあれ現在、三人とも武道を続けていられるのは、めでたいことだと思っています。

2009年05月14日 (木) 10時59分


[975] 「インプットとアウトプット」(ダイスケの部屋 番外編6)
From:ダイスケ

 入出力、と書くと僕の中ではなんとなく電気的な意味合いが強く
感じ取れたので、カタカナにしてみた。あまり意味はない。

 武術におけるインプット、アウトプットは必ずしも言葉、文字に
よるものだけではない。擬似的なものやデフォルメしたものを利用
した体感、感覚的なもの、画像や動画を含めたビジュアル的なもの、
その他多岐に渡る。特に古武道と言われるものは、代々伝えていく
コンテンツが大事であるし、インプット、アウトプットはある程度
以上に重要、必須と言える。


 自分の中に蓄積したものが無ければインプットが大事だ。最初は
我というフィルタをかけずにどんどん蓄積していくのがよい。師範
が複数人いる場合は特にそうだ。こだわり無く、全て受け入れる事
で結果的に情報へバイアスがかからず、一般解にたどり着きやすい。
またその姿勢は素直であると受け止められるため、特別な情報が得
られる場合があるかもしれない。これは嫌らしいか。

 情報にバイアスがかかり、結果的に特異解にたどり着いてしまっ
て、それを唯一の解のように考えている人もいたりする。それはそ
れで解であるし、過程などを考えると非常に興味深い。ただし、そ
れは唯一絶対のものとして代々伝えていく必要はない気がする。

 アウトプットが必須となるのは、基本的に師範以上かな、などと
漠然と考えている。自分の中で整理されていないものをアウトプッ
トしたところで、コンテンツが正しく伝えられるとはとても思えな
いからである。いわゆる守破離の破以上が相当と言えよう。


 大人になってからの学習は、日本のほとんどの学生と違って自主
的に行うものだ。最近再認識したのだけれど、インプットは単純に
楽しい。おそらく、自ら欲するものを欲するだけインプットするの
で、つまらなく感じる要素が無いのだろう。
 ただし、眠くなる事がままある。退屈しているときやご飯を食べ
た後などの眠さと感覚が違うので、おそらく脳が疲れて休息を求め、
結果的に眠くなっているのだろう。

 比べてアウトプットは楽しくないし、疲れる。ただし、こちらは
よほど続けない限り眠くはならない。おそらく、伝えようと緊張を
しているし、伝えるべき相手の思考をトレースしたりもしているか
らだろう。しかしほとんどアウトプットですらない、でもアウトプ
ット寄りの単純作業は、逆に楽しく、またなぜか達成感もある。こ
れまた眠くならない。ただし、これは脳を使っていない気がする。
学習効果は少ないかもしれない。


 アウトプットが終わると、大概虚脱感に襲われる。達成感はない。
アウトプット自体の疲労と、何より自らの伝達能力の限界を感じ、
場合によっては後悔、反省すらしているのだ。伝えたいことの10%
も伝わっているかは疑わしい。効率的な伝達手段があればすぐにで
も利用するだろうし、とりあえずは伝達が得意な人に任せる事で虚
脱せずに済む。少なくとも僕の能力では、今後も100%伝えきるこ
とは不可能だろう、と諦めているし、不得手であると認識している。


 下手をすると初心の内、あるいは中級者位でもアウトプットを好
んでやっている人も居て、偉いなぁ、と思う。彼らは疲れないのだ
ろうか。僕は、基本的な「お約束」を口にするのがやっとだ。これ
であれば、伝わらなくても、何度でも同じことを言えば良いからだ。

 もしかしたら、疲れを取ると称して、疲れてぐっすり眠るために
お風呂に入るようなもので、疲れによる擬似的な充実感を得るため
にアウトプットをしているのだろうか。お風呂と違って血行は変わ
らないし、身体に良いとは思えないけれど。

2009年04月13日 (月) 17時20分


[976] 一般解と特異解の分水嶺
From:シンペイ

ダイスケさんご指摘の通り、入門したてで誰の言うこともすべて興味深く、少々の動きや解釈の違いなど気にも留めずに稽古する「インプット全盛」の頃、稽古している人々の動きを眺めておおよそそれに近い動きを真似るのに必死な頃、それは「一般解」を求めようとしている段階なのかもしれません。

しかしながら、その段階においても稽古している人々のバックグラウンドの違いは、「バイアス」とまでは申しませんが、インプットする上で何がしかのベクトルを与えてしまうのではないでしょうか。例えば、ある武術を学ぶ前に既に他の体術や武器術を学んでいた経験がある、といった場合。あるいは同じ武術でも系統の異なるものを学んでいた場合。これは「一般解」と言えども各人に微妙なニュアンスの違いを生じさせる要因であろうと思います。

しかしながらこの段階ではまだ「特異解」と呼べるようなモノではなく、やたらに早く技を使いたがるとか、妙に固い動きであるとか、真っ正面を向いているとか、真半身に構える癖があるとか、そんな感じですかね。それが少しずつ上達して、具体的には昇級し昇段して技の理合について考え始めると、先達の方々が提示する「特異解」をどうとらえるのか、という命題にぶつかるのでありましょう。

私自身はどんな事象であっても「個」を見つける事が目標の一つと理解していますので、「特異解」に辿り着ければ、それはそれで素晴らしい事だと思います。でも、その「特異解」を「アウトプット」するのはとても難しいというのは大変共感できる点です。自身の得た「特異解」、あるいは自身のニュアンスで修飾された「一般解」を誰かに伝えたいという気持ちが強い人というは実際に少なからずおられ、もの凄い熱意をお持ちだと感心しております。私は「特異点」など程遠く、誰かに何かを伝えたい、という気持ちもさほど強くはありません。だから駄目なんでしょうね。一緒に考えて行こう、とは思いますが。

2009年04月14日 (火) 12時33分

[977] 毎回のフォロー、ありがとうございます
From:ダイスケ

いやぁ、シンペイ様にフォロー頂くと、私も救われます。

次回更新予定の「下関の思い出」で、半年前に書いた分の原稿の蓄積はカラになります。

今回の掲示板シリーズも評判が芳しくなかったので、もっと分かりやすい、かつ谷大先生にご迷惑がかからない内容を検討中です。
なんだろう・・詩とか?。<をひをひ

2009年04月14日 (火) 16時38分


[973] 「言葉の力」(ダイスケの部屋 番外編5)
From:ダイスケ

 誤解の原因の一つに、言葉の力、と言うものがあると感じる。
状況や前後の因果関係は忘れ去られ、言葉のみが抽出されて残って
いたりする。「確かにそうは言ったけれど」という奴である。
軽口などによる舌禍事件は、大概本人の想像しない大きさに変化す
る。
#尾ひれがついて、言ってもいないことが伝わったり、本来無かっ
#た周辺の状況が捏造、付加されて言葉の意味が大きく変ったりす
#る事も結構あるが。。


 意図的に誤解を誘導しなくても、言葉で伝えきれないものも存在
する。この手の事柄を言葉で伝えようとした場合、ボキャブラリー
や表現手法の少なさに悩むこととなる。そもそも、表現を放棄する
人もいる。

 例えば、自転車はなぜ倒れないのか。セルフステアリングという
言葉もあるようだが、簡単に言うとキャスタ角による直進安定性の
上昇や、傾く方向へハンドルが切れる、前輪のジャイロ効果が原因
として挙げられる。
重心位置による慣性モーメントの増大や、場合によっては倒れよう
としない、人の意志(反射)も挙げられるかもしれない。
読んで、意味が分からん、と思った人は普通。個々は原因の一部と
して挙げられるかもしれないが、実際にはそれらを意識して乗って
いる訳ではない。倒れないのは、単にデザインされている結果によ
る所が大きい。


 直接的な言葉で伝えることを放棄した場合、当然伝えきれない可
能性が存在する。よって、代わりに抽象的な文章なり、映像なり、
口伝なりにして、残そうとする「意志」を伝える。しかし逆に、見
て覚えろ、なんて行為も見受けられる。変に言葉で覚えるよりも身
体で覚えろ、と言う徒弟制度的な思考である。
#自転車ならば、何度も転んで覚えろ、と言った所か
(例えば形などの)元のデザインがしっかりしていれば、どんな方法
論でも行き着くところは一緒のはずである。

 情報過多の世の中であるし、どうしても結論を早期に欲しがる人
は多い。グレーゾーンを許さず、必ず白黒はっきりさせたがるのは
若者だけでは無いように感じる。しかし、その場限りのこういう条
件で、と言うような前提がない限り、はっきり白黒が言えることは
少ない。どうしても言葉にしなければならないのであれば、無責任
に言っている前提で、その瞬間の思考を伝えるしか手はない。


 言葉は照明のようだ。あった方が見えやすくはなるが、ありすぎ
るとまぶしくなり、かえって見えにくくなる。明確な光があると、
当然陰も出来、見えにくい所が出来る。また暗闇と違い、見る努力
をしなくなる。光の方向からの見え方のみが論じられ、他の方向か
らの見え方が放棄されたり、うとまれたり(面倒臭がられたり)する
場合もある。陰影を意図的に強調したり、潰したりするのにも使わ
れるし、影を消すために複数の光源を用意したりもする。光源の特
性によって見える色、印象が変わる事もある。

 それでも人は光を求める。基本的には嫌光性ではないようだ。こ
れは本能、習性といってよいだろう。

2009年03月30日 (月) 10時25分


[974] なーる
From:シンペイ

「言葉は照明のようだ。あった方が見えやすくはなるが、ありすぎるとまぶしくなり、かえって見えにくくなる。明確な光があると、当然陰も出来、見えにくい所が出来る。」

なるほど上手い事を仰る。例えば専門用語がそうでしょうね。自分が専門としているのは病理学という分野なんですが、顕微鏡で臓器の標本を見て、そこに見える異常な像を言葉に紡いでいくというのが基本的な作業となります。その際に異常を表現する専門用語を駆使するんですが、これが専門外の方々から不評なんですね。要するに何がなんやら判らん、と。

同じ分野同士では当然ですが意味も通じるし、そこにある問題点についても議論できる。でも他分野の先生にはさっぱり通じない。でもこれって同じ現象が我々から見た他分野の用語についても言えるんですね。例えばウィルス学や分子遺伝学。必死で付いて行こうと思いますが、本当に何がなんやらという事が多いです。

つまりは強過ぎる光にも波長やら強度やら、いろんな条件が付帯していて、それらによってお互いが干渉しあったり打ち消しあったりするんですかね。面白いもんです。

2009年03月31日 (火) 12時55分


[966] 「名前」(ダイスケの部屋 番外編4)
From:ダイスケ

 物自体は残らなくても、名前が残るものは多い。だからこそ名前は大切にする人が多く、簡単に変えるべきではない。例えば会社や学部などの名前は割と簡単に変ったりするが、それでは本質を表さなくなったり、分かりにくくなると推測される。名前を変えることに抵抗しようとする人が、思ったより少ないのは不思議である。


 武術において、形の名前は意味があって付いていることが多いが、必ずしも明確なものではない。その流派を学んだ人には意味が分かるかも知れない、と言った程度である。

 なおかつ、意味が所作の中から直接的には伝わってこない場合がある。例えば夢想流杖術の「太刀落」。落とす、落ちると言う言葉
のニュアンスによって変っては来るが、直接的に太刀が手を離れて落下する所作は無い。
#そもそも、太刀を持ってないではないか、と言う話も(笑)

 「笠の下」なんかは笠をかぶっているから、という説明でなんとなく納得するものの、檜笠なのか陣笠なのか、いくらなんでも虚無僧笠と言う事はないだろうが、はたまた修験道の頭巾ならそもそも形が制約を受けるほどの大きさでは無いではないか、等々。
仮に大きな笠だった場合、最初は良いものの、形の途中は動作がこれで良いのか、と考えればきりがない。

 「一刀」に至っては、流派外の人は正しく読めないであろう。これは「いちりき」と読むのである。元々こうだったのか、伝承の課
程で書き(写し)間違えたのか。まさか、誤読で口伝が変ることは無いとは思うが。
武術においては、形の名前は結構音で覚えていたらしく、書き間違えは多々ある。しかし、同音でない書き間違えは比較的少ない。
#例えば、ある流派の「払捨刀」が、派生した流派では「星夜刀」
#になったりする。「ほっしゃ(ほしゃ)とう」と「ほしやとう」と
#聞くと、まるで駄洒落のようだ。後に「せいやとう」と読み替え
#たりしていると、もはや原形を留めておらず、訳が分からなくな
#る。。


 言葉の意味や文化が変わっているくらい昔につけられた名前の奥にある意味を考えるのは、いわゆる浪漫に近いもので、具体的な新発見は(現在に至っては)ほぼありえない。しかし、歴史学的、民俗学的考察などにはなりうるかも知れない(微妙)。こう言ったことを真剣に考えている人がいると言うところが、趣味の面白い部分の一つだろう。

2009年03月23日 (月) 11時20分


[967]
From:シンペイ

武術の流派や型の名称の聞き取り間違いは中国武術にもみつけられます。有名なのは「心意」と「形意」。どちらも読みは「シンイー」ですね。形意拳は回族の心意六合拳から戴氏心意拳を経て李洛能が創始したとされていますが、これら三者を比較すると相違点も多くみられます。一方で「通臂」と「通背」はどちらも「トンペイ」と読みますが、内容はほぼ同じ。面白いですね。

「太刀落」ですが、わたくしはこの型の打太刀をしている時に杖を空中から脳天に落とされた経験があります。あの時の仕杖をされていた女性は型をどのように解釈されていたのでせうか?

2009年03月23日 (月) 12時34分

[968] れ:おそらく
From:ダイスケ

もはや「太」めとは呼べないシンペイ様の持っている木「刀」を無視して、杖先を脳天目がけて「落」とす形、と言ったところでしょうか(殴打)。

2009年03月23日 (月) 15時36分

[969] たぶん
From:谷照之

私の聞き及んでいる限りでは、巫女山師範の秘術でしょう。
「落とす」がミソと思います。手を離れた杖は、重力の赴くままに、脳天に衝突することになります。
人為のなせる技ではありません。

神道夢想流は、五夢想を経て、薬草学から修験道。さらに印相を結び、曼荼羅の世界に至ると教わりました。
巫女山師範は、おそらく修験道の段階には行かれているようです。

シンペイさん
論文頑張ってください。

ダイスケ
名前、名称で止めといてね。
名辞から概念、範疇にまで行かれると、俺は貴殿と付き合うのを辞める。

2009年03月23日 (月) 16時17分

[970] やはりのぅ......
From:シンペイ

そうです巫女山師範の御技前でございます。他には「寝屋之内」の初動で打太刀の前でわざと滑ってコケて見せる、という荒々しいのもあります。もしもあの時にうっかりと近づいていたら、彼女の鋭い一撃が待ち構えていたのでしょう。今思い返しても肌が粟立つ思いです。谷先生のご解釈の通り、巫女山師範の境地は我ら凡人の遠く及ぶものではないようです。

ダイスケさんへ。それにしても流石な解釈ですな。そう落としてきましたか。上手いよなぁ。

谷先生へ。3月は年度末ということで、訳の分からない会議や打ち合わせが立込んでおり、中々実のある仕事ができません。休日出勤で頑張っておりますんで、杖の稽古に伺った際にはどうか遊んでやって下さい。

2009年03月24日 (火) 16時39分

[971] 生活乱れています
From:木蘭

「乱止」ではなくて、「乱留」って所がミソですな。
好きな型の一つです。
しかも昇段試験に向けて「五本」も「乱」ないといけません。
いやぁ〜困った困った。

「乱合」も、これまた好きな型の一つでして、そんな素敵な恋がしたい。

2009年03月25日 (水) 12時43分


[964] 次回稽古連絡
From:ダイスケ

昇段審査のために場所を空けろとの指示が
来ましたので、今月の21日、28日の居合の
稽古はありません。

また、4/4の稽古も15:00〜にて居合はあり
ませんので、次回は4/11となります。

2009年03月18日 (水) 17時50分


[965] 了解
From:谷照之

この掲示板、連絡板として役に立っているのかな。

2009年03月19日 (木) 16時49分


[963] 「下関の思い出(その5)」
From:ダイスケ

 先生の印象ばかり続いてしまうが、一人出した以上、他も書くの
が筋だろう。知らない人は面白くもないだろうが、平にご容赦。

 松原先生には、昼間から杖道の稽古につきあって頂き、細かい部
分を教えて頂いたり、直していただいたりした。木刀の作り方や、
焼印なんかについても詳しく教えていただいた。お昼には、地元の
食堂に連れて行って頂き、ちゃんぽんを一緒に食べた。
それまで、和さんも僕も、ちゃんぽんと言えば長崎で、下関でもち
ゃんぽんを良く食べると言うのは知らなかった。ラーメン屋がない
なぁ、位の認識だったし、そもそも夜は疲れ果てて寝ていたので、
気がつかなかったのだ。

 稽古以外で鮮明に覚えているのは、食べ物の話ばかりである。
恐らく、彦島の夜が早く、文字通り真っ暗になる場所すらある所に
原因があろう。飲みに行きたくても、下関駅前しか知らなかったし、
そこまで行くならコンビニに買出しをして部屋で飲む、と言う感じ
だった。

 稽古中で一番印象に残っているのは、実は稽古の内容ではない。
塩川先生の道場でも、江ノ浦小学校でもそうだが、稽古の合間の休
憩時間の事だ。当然何をやっても自由であるが、おもむろに一部の
人間が玄関の近く、あるいは外に出て煙草を吸い始めるのである。
その筆頭に松原先生がいた。東京では稽古中の喫煙を見たことが無
かったので、かなりビックリした記憶がある。
今思えば、塩川先生に至っては常にビールを飲んでいた訳で、割と
そう言ったことにうるさくない環境であったと言えよう。


 嶋田先生は、今と印象が変わらない。非常に腰が低く、東京から
のお客さん、という感じで丁寧に、親切にしてくれた。本当にいい
先生である。

 明確に記憶が残っているのが、初めて会って、新下関の道場に連
れて行ってもらった日の事だ。塩川先生の道場から、嶋田先生に車
を出してもらって、新下関の道場まで乗せて貰うことになった。こ
れだけでも恐縮しっぱなしである。当然お互いあまり知らないため、
言葉の魔術師、和さんを持ってしてもイマイチ車中が盛り上がらな
い。
#男性相手だから本気を出していなかったせいもあるだろう(笑)
この状況で、だめ押しのようにBGMがクラシックだったのだ。
#当時、嶋田先生はクラシックに凝っていた

 ずっと稽古していて疲れた体に、車の振動。盛り上がらない会話
にBGMのクラシック。当然のごとく睡魔が襲ってくる訳だが、失
礼があってはいけないし、当然寝ることは出来ない。ある種の拷問
であった(笑)。
#現在は、嶋田先生はある種の落語に凝っているらしい。多趣味で、
#かつ個々を掘り下げるのが好きな先生である

実は稽古になると豹変するのだが、それはまた別の機会にでも(笑)。


 岩目地先生はステルス性が高いため、当時は正当に評価できなか
った、と今になって思う。例えて言うならば、F-22みたいなもので
ある。皆の評価は高く、群を抜いて精度が高い動きをしていたが、
通り一遍のような内容しか聞き出せなかったし、見抜く事も出来な
かった。当時はそれで十分であったとも言える。
当時、もし本質が見えていたら、飽和を超えて溶解出来ず、さらに
勝手に突沸していたであろう(適当)。

 後日(ダース・ティラヌスに対した時のヨーダのような)本質の一
部が見えたときの、ギャップから来る衝撃は凄かった。
凄いと思っていたのに、まだまだ見る目が無く、凄さの本質が見え
ていなかった訳である。

2009年03月16日 (月) 14時18分


[959] 「努力」(ダイスケの部屋 番外編2)
From:ダイスケ

「努力」

谷大先生に、読み手の事を考えていない文章だと指摘をされたので、ある
時点から分かりやすさを考えて、抽象表現を例示などに変えるなどしてみた。
まだ難しいとのお言葉があったので、文章を短くしてみる。
要素を減らすことで、読み手の負担を減らそうと言う作戦である。
#これで既に数行消費している。長くなっているのは枕のせいか?(笑)


僕は、どちらかというと努力と呼ばれる物が好きではない。ストイックな
性格ではないし、努力をアピールするような行為もあまり好きではない。
#逆に他者の努力はすごいな、と思う
高校生くらいまでは努力が評価されたりするけれど、社会人になれば
必ずしも努力だけで評価される訳ではないことは、学生の時から知って
いた。むしろ、学生の時にズルだと言われるようなことがまかり通って
いる。ある程度平等な評価を受けることが出来るはずの、努力のしがいが
ない世の中と言えなくもない。


もっとも、世の中は不平等だ。そして、不平等は決して異常ではない。
恵まれた能力の人が、悠々と上を行く。生物学的にも当たり前の話だ。
当然、チャンスは平等にあった方が良いと思うが、結果が平等になった
ほうが良いというわけではない。実際には、チャンスですらお膳立て
しなければ平等ではない。

勘違いして、結果を平等に、なんていう原始共産主義的(例え。念のため)
な人もいて、ビックリする事がある。
#特に、子供相手の時。子供を甘く見ていると感じる
結果が平等であれば、競争に意味がなくなる。競争に意味がなくなれば、
努力の意味もまた無くなる。例えば全員1位と言うと聞こえはいいが、
より上位を、1位をめざして頑張っている人の努力はどうやって評価
するのだろう。全員1位も全員最下位も、内在しているものは一緒だ。
結果が平等の方が乱暴で、文化的ではないと思うが、どうだろう。


武術に限らずそうだが、何か目標がある時、そのための準備が必要となる。
目標が高く、遠いほど準備の工程は複雑となり、時間がかかる。時間を
短く設定したり、最後に取って付けたように処理しても、完成度は決して
上がらない。軌道修正は(しなくて済むなら)しない方が結果の精度が高い。

周りからどんなに大変に見えていても、僕は準備という物は、単なる必要な
工程位に考えている。これは努力に当たらないだろう。また、工程は
知りたい人には伝えるけれど、見せびらかす必要はないと考えている。

努力は馬鹿に与えた夢、なんて言葉もある。馬鹿と言う言葉を良く捉えるか
悪く捉えるかによっても意味が変わってくるが、僕はこの意見には賛成
である。これは努力だ、と言う意識がある内は、努力はしない方が良い
ように思われる。

2009年03月09日 (月) 15時27分


[960]
From:シンペイ

なるほど、努力ではなく準備ですか.....。これは良いたとえをご教示戴けました。でも、つい先ほども留年しそうな学生に「しっかり努力しなさい」と言ってしまったばかりなのでした。次からは「国家資格を取得するための準備を怠ってはいけない」、と申し伝えることにしましょう。ありがとダイスケさん。

2009年03月10日 (火) 18時19分

[961] はうっ
From:ダイスケ

シンペイ様、コメントありがとうございます。

髄液が漏れちゃっているような(不適切表現)文章ですので、真面目なコメントを頂くと赤面物でございます。
一つ、お手柔らかに。。

2009年03月11日 (水) 10時08分

[962] さすが。
From:谷照之

ダイスケの書き込みがあり、何とか返事をば、と焦っていました。
しかし、何とも感想が書き辛い文章で、救世主の出現をひたすら待っておりました。

キター!!
やっぱり、シンペイさんでしたか、納得です。
鬼武者様、御坊様、ヒトシ、ジュンちゃんではなく、救世主はシンペイさんなのです。

これで私は成仏出来ます。有り難うございました。

2009年03月11日 (水) 15時53分


[958]  「研ぐ」(ダイスケの部屋 番外編)
From:ダイスケ

 文章を定期的に書かなくて良くなりラッキィ、なんて思って早半年過ぎ。飲み会の席での雑談で、ここを最近初めて読んだ人、まだ読みたい人などが居る事を認識。ネット上の文章ってデータがそのまま残る事が多いから、この手のディレイは思ったより脅威かも。。
今回は、谷大先生の許可無しで、掲示板に書いてみる。
例によって、読んだ人は華麗にスルーして欲しい。


 さて、昨日身内のちょっとしたお祭りがあり、仕事を少しやった、その時のお話。賞品として模擬刀(脇差)の提供を受け、台の上に他の物と共に並べてあった。僕としては、武道関係の商品も少しはあった方が盛り上がるかな、位に認識していたのだけれど、案外師範などに大好評。2名ほど、
「これが賞品なら、参加して狙おうかな」
などとの冗談が出る始末。複数人の、しかも師範が欲しいと言ってくれるなど、喜ばしい限りである。

 武道を長年やっている人に限らず、(形状として)日本刀の魅力という物は明確にあるようで、模擬刀なんかがあると皆抜きたがる。覚えがある人だと、樋の有る無しに関わらず、抜き打ちしたり、振ってみたりするようだ。やはりDNAレベルですり込まれた(笑)何かがあるのだろう。


 模擬刀は合金などで出来ているため認識しづらいが、使った後は手入れをしないと、いずれ錆びてくる。もっとも、この場合表面が濁ってくる程度の錆なので、使用にはあまり影響がない事が多い。ずっと手入れをしていない人などもいるみたいである。

 真剣の場合はもう少し深刻だ。毎回使用後に手入れをする事が望ましく、巻き藁の試し切りの時なんかは一太刀切るごとに汚れを拭いたりする。金属の酸化は、条件によっては通常の人が感じるよりもずっと早い。


 では、錆びてしまった場合はどうするか。これは研いで元に戻す事になる。状況によっては内部まで錆びてしまっているケースや、何度も研ぐ事で研ぎ減りしてしまうケースもあり、いずれにせよ完全に元通り、と言うわけにはなかなか行かない。

 なぜ研ぐのかと言えば、切れ味云々もあるが、出来るだけ元に戻したいからだと推測できる。綺麗な鏡面+波紋などがもう一度戻るならと、一寸いくらの高額な研ぎ代を払うわけである。


 綺麗な刀を見た事がない人がほとんどであれば、うっすら錆びていても誰も気がつかない。マット加工の金属なのかな、程度の評価を受けるだけだ。もし、刀として普通に切れるのならば、より気づかれないだろう。

 ところが、錆びる以前の綺麗な刃を知っている人が居たら別である。なぜ元のように研がずに錆びさせておくのだ、もったいない、本来の評価をされずに誤解を受けるではないか、と心配してくれるわけである。


 僕は、他に綺麗な刀がたくさんあり、かつ貴重な刀剣などでないのであれば、錆びた刀があっても良いのではないか、と思う。ただ単に所持者の手入れ不足が原因である事は明白だし、中まで錆びていないのであれば刀として使用する事は出来る。

 ただ、刀匠や研ぎ師などの意向、元は綺麗だと思ってくれている人の意向を無視していると誹られても反論は出来ない。そのままが良いのか、研いで地肌を出してみるのが良いかは悩み処である。一つだけ間違いないのは、綺麗な刃で居続けるためには、常に、そして永続してメンテナンスしなければならないと言う事だ。この点が最大の壁と言えよう。

2009年03月02日 (月) 14時37分


[955]
From:猪熊芳則

俺はボクシング、空手、少林寺拳法をやってたが、稽古体質は変らないね。
と言うか、稽古体質じゃなければ武道はできないだろう。
明日も朝から走らなければ。

2009年02月06日 (金) 23時09分







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