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作品名:いまだに面妖 〜天狗の予言〜 競作

ちょこっと細工はしてみましたが、よくある話の域は出てません。ジャンルは……よくわかりません。ただいま猛省中です。

道三 2010年08月16日 (月) 19時37分(11)
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作品名:いまだに面妖 〜天狗の予言〜

 ――頭上から、アホウ、アホウと声がする。

 鴉の啼き声など人間にはどれも同じ「アホウ」と聞こえるのだろう。
 だが、いま奴らは高い木立のうえで、確かに儂を嘲り心底「阿呆」と哂うておる。まったく鳥風情が生意気な。
 本来なら団扇でひょいとひと仰ぎしてオアフ島にでも吹き飛ばし、灼熱の太陽で黒き総身を灼くという素敵なバカンスを進呈してやりたいが、いまはそうもいかん。なにせ団扇を持たぬうえに後ろ手で大木に縛りつけられ、胡坐を組み直す以外はにっちもさっちもいかぬのだ。
 天狗たる儂が何故こんな有様なのか――本気で語れば太平記ほどの長話になるが、まあ、そこはそれ。有体に申せば儂よりずんとえらい大天狗に怒られた。
 古来より天狗は神通力で人の目を晦まし、気ままに町を徘徊し、好きなものを見、食いたいものをせしめ、たまに団扇で旋風を起こし慌てふためく人間共の滑稽な様を嘲ったりするものだ――何故か? それが天狗だから。
 だが、どうやら儂は悪戯が過ぎたらしい。これでも千年の永きに渡り生きているが、この業界では儂もまだ半人前でしかない。ここ比叡の山に棲む天狗の頭領たる大天狗に「たわけ」と雷鳴が如く一喝され、その日からずっとこのざまだ。
 金色の太陽は中天を過ぎ、恋々と西の山々を目指している頃だろうが、顔をあげても鬱蒼と茂る木々の狭間からはよく見えもせん。
 それにしてもアホウ、アホウは途切れることを知らぬ。いっそ神通力で叩き落としてやろうかと、ちぃとばかり思う。動けずともそれぐらい容易い。なにせ天狗だ。
 しかし、『ここに座して七日の間蟄居し、神妙に反省すべし。神通力も使うべからず』というのが大天狗の仕置きだ。雨ざらしで蟄居もなかろうと思ったが、山を棲家とする天狗であるからして間違いでもないか、と思い直した。
 いまここで神通力を使えば、さらに七日余分に蟄居させる―――と、きつく言われてもおる。が、千年も生きたうちのたかだか七日だ。鳥風情に哂われては天狗が廃るというものであろう。
 阿保鴉の墨絵が如き総身に狙いを定めつつ、儂との狭間に横たわる虚空を屹と見据え、ただ念ずればよい。さすれば虚空の一点が爆ぜ、押し出された気は目に見えぬ塊となり、滑空するつばくろのように走りて鴉の阿保たれを撃ちぬくであろう。
 もうよい、やっちまうか――そうこう思案するうち鴉らは一斉に飛び立った。
 羽ばたきながら「カー、カー」と啼く声には、雛への呼びかけが混じっておる。巣で待つ雛もその声を耳にし、下手くそな啼き声で親鳥を呼んでおるやもしれぬ。
「ふん」
 つまらぬ。やめだ、やめだ。鳥如き見逃してやるのが天狗らしき振る舞いというものだ。
 やがて、ひっそりとした静寂が辺りに満ちた。陽気はいいはずだが日差しはあらかた遮られ、辺りは薄暗くて肌寒い。心胆を静め、耳をそばだてた。さて、間違いでなければ今日のはずだが――。

 しばらくすると、獣道に毛が生えたような細い坂道を登る、小さな足音が聞こえた。
 儂が座する場所は坂道に近いが、茂った潅木のせいでまず人目につかない。それでも普段は人が近づけば姿を消すのだが、こいつにはその必要もない。
 儂は目を閉じ、じっと待った。
 やがて足音は坂道を外れ潅木の狭間をすり抜け、儂の前で止まった。知らぬ顔で黙然と座していると、「天狗さん」と声がした。
「むむ」
 さも面倒くさいという風に片目を開けると、いつもどおりハナという娘が、ややはにかんだ笑顔を浮かべていた。
「天狗さん、こんにちは」
 額にうっすら汗を浮かべ、少し肩で息をしながらも丁寧に頭を下げおった。
「ふん、またお前か」
 ハナは小学四年だ。普通ならちぃとばかり色気づく生意気な年頃だが、この娘は違う。なんの芸もなく切り揃えた髪に、どこにでもありそうすぎて、逆にどこにも売っていないのではないかと思うほど地味な上着とスカートという出で立ちだ。雪の積もった冬ならいざ知らず、それ以外の季節であればそこらへんに寝転がっても、落ち葉や土に紛れて見つからぬであろう。カメレオンも顔負けだ。
 ハナは儂の前でしゃがみ、いきなり手を伸ばして我が鼻を掴んだ。
「阿呆が! 鼻を掴むなと言っておろう」
 ギロリと睨んでやってもハナは「ごめんやで」と謝りはするものの、いっこうに手を離さない。
「だってな、そんなに長い鼻みたら掴みたくなるやん」
 なんだ、毎度毎度その理屈は? まるで意味がわからぬ。これだから人間というやつは―――。
 よくも悪くも世の中は、人間を中心に動いている。だからこそ天狗も人間を理解しておかねばならぬ。
「人間如き、何ほどのものぞ。あやつらは神通力の『じ』の字も使えぬ」
 そう言ってあざ笑う天狗もいるが、儂はそうは思わぬ。
 かつて大陸の兵法家がこう云った――彼を知り己を知れば百戦して殆うからず――と。
 まさに名言。人間にしておくには惜しい男だ。とっくの昔に死んでおるが。
 とにかく儂は人間を知るべく、時に姿を消して大型電気店に並んだ液晶テレビを一日中観ることもあれば、夜中に図書館に忍び込み、面白げな本を読み漁ったりもした。自慢ではないがこの山で人間の世に最も詳しいのが儂だ。カメレオンもオアフ島も知っている天狗など、そうざらにはおらぬ。
 しかし、調べれば調べるほど、人間にはいろんな奴がいるのだとつくづく思う。
 かつて鞍馬の天狗がきまぐれで、遮那――なんとかという名の小僧に秘伝の剣術を教えたらしいが、そいつは天与の才があったうえに大層愛らしかったらしい。天狗を師と仰ぎ、それこそ額ずくようにして教えを請うたそうだ。
 かと思えばとんでもない不届き者もいた。そいつはまったくのうつけ者で、こともあろうにこの比叡山中に火を放ち、紅蓮の炎で全てを焼き尽くしたのだ。当時この山に天狗はおらなんだが、儂はその日たまたま比叡散策と洒落こんでおり、あやうく大火に巻き込まれるところであった。いやはや、あん時は死ぬかと思うた。
 目の前のハナは剣術の才もなければ、山を焼き払う度胸もない。ただ、天狗の鼻を握る程度の度胸はあるらしい。

 ひとしきり鼻をニギ二ギして満足したのか、ハナはようやく手を離すと、ランドセルからスナック菓子を取り出した。
「天狗さん、お腹減ったやろ?」
「む」
「食べさしたげるね」
「む」
 縛られて何も食えぬ儂が可哀想だと、ハナは菓子を持ってくるようになった。
 だが、仙人が霞を食ろうて生きるように、天狗も山に満ちた気を丹田から摂り込めば、なにも食わずともふた月は平気の平左だ。まあ、仙人などという胡散臭い輩が実在するかどうかは、はなはだ怪しいが。
「はい。天狗さん、食べて」
 差し出された菓子を頬張るとサクサクという音が頬を伝って耳で鳴る。ごくりと飲み込むのを見計らってハナがまた差し出す。
「おいしい?」
 少ない小遣いから買った菓子を、自分では一口も食わず儂に食わせる。ときおり「まあ、うまい」と答えてやると決まって嬉しそうに笑う。そうすると平気の平左だろうとなんだろうと、「食ってやらねばならぬか」という気になるから不思議だ。
 やがて空になった袋を振ってみせ、ハナがまた微笑んだ。まったくおかしな娘だ。
「学校で友達はできたか?」
 訊ねると僅かに目を伏せ、小さく首を振った。
 ハナは一人っ子だが、母親と死別し、父親も海外赴任中で、親類の家に預けられている。親類に冷遇されているわけではないようだが、小学四年の娘には父親と離れ離れだという事実がなによりつらくて重いようだ。転校した学校に馴染めず、いまだ友達が出来ないらしいから猶更かもしれぬ。
「でも、平気やで。天狗さんがおるし」
 笑ってみせるが、どこか寂しげにみえた。
 ハナと初めて出逢ったのも、ここだった。めったに人が通らぬ道をハナは半べそで歩いてきた。儂は姿を消し、知らん顔で蟄居していたのだが、ハナは儂の近くで足を止めると、そのまま蹲って大声で泣き出した。
 道に迷っているのは明らかだった。麓からまっすぐに登っても、子どもの足ならここまで四、五十分はかかるというのに、いったいどれだけのあいだ独りで山中をさまよっていたのか――呆れながらもしばらく放っておいたが、いつまで経っても泣き止む様子はなかった。
 そのうちイライラっとした儂は姿を現し、「じゃかましいわい」と怒鳴った。
 ハナはびくっとして泣き止み、おそるおそる潅木の隙間からこちらを見た。そしてこの天狗様の姿を目にすると、陸にあげられた魚が如く口をぱくぱくさせた。
(天狗など見たこともなかろうが。慌てふためけ。そしてさっさと失せい)
 すぐに脱兎の如く逃げるかと思っていたが、ハナは涙を拭くと「こんなところに縛りつけられるやなんて……」と呟いて、儂に近づいてきた。そしてあろうことか、
「可哀想な天狗さん」と儂を哀れんだ。
 はあ? そりゃ貴様のことであろうが。オアフ島にでも飛ばされたいか!

 あいにく団扇を持ち合わせておらなんだ故、オアフ島送りは勘弁してやった。
 はて、あの出逢いはいつの事であったか――ともかくそれ以来の付き合いだ。普段の門限は早いが、水曜だけは仕事の都合で親戚夫婦の帰りが遅く、七時ごろまで外にいられると言うから水曜のことだったのは間違いない。
 ハナは昨年の夏休みに父親と親戚の家に遊びにきたことがあった。その時二人で山を登り、琵琶湖を一望できる見晴らしの良い場所に行った。そこから見た景色はことのほか素晴らしく、ずっとハナの心に焼きついていたそうだ。
 父親はおそらく、あれが浮御堂だとか、あのへんが瀬田の唐橋だとか詳しく説明したやもしれぬが、ハナは仔細まで覚えておらなんだ。ただ、すっきりと晴れ渡った日のことで、近江富士の見目良き姿だけははっきりと覚えていた。
 あの日もすっきりと晴れ渡った空だった。ハナは独りで父を想ううちに寂しくてたまらなくなり、どうしてもその場所に行って近江富士を見たくなったそうだ。
 だが、おぼろげな記憶だけで子どもが不案内な山に入れば、そりゃあ当然迷う。そして帰り道もわからず迷いに迷った末に儂と出逢った。
 父親に会えなくて寂しかったから――それだけで人間の子どもは勝手もわからぬ薄暗き山に独りで登るものなのか? へたをすれば取り返しがつかぬことになりかねん。山で迷い野垂れ死ぬなど、至極簡単な死に方だろう。
 まさに愚行ではないか。だが、なぜかこの娘を哂えぬ。哂う気になれぬ。
「……今日も会いたいか?」
 問うとハナは、「会わせてください。お願いします」と深々頭を下げた。
 ふん、まあよい。たかが七日だ。飽くことなく滔々と続く賀茂川の流れに比べれば、刹那の永さにも満たぬ時間よ。
 儂は近くにある、ハナと同じぐらいの岩を凝視し、ひたすら念を送った。岩はゆっくりと輝きはじめ、零れるような淡い光に包まれた。やがて、その光の中に男の姿が浮かびあがった。
「お父さん」
 ハナが飛びつくように光の中に呼びかけると、『ハナ、元気か?』と男が答えた。
 テレビ電話にも負けぬ秘中の神通力だが、この技は十五分程度しか続かぬのが難点だ。それに、現地に住む天狗の手助けも必要となる。
 天狗は世界中に散らばっており、棲む土地によって呼び名が違う。
 ハナの父親がいるのは時差が九時間ほどある灼熱の地で、確かあちらの天狗はアヌビスとかなんとか呼ばれておった気がする。犬の姿をしていると伝えられているらしいが、『天狗』だからそんなものだろう。他にも、かつて大陸を席巻した遊牧民族の長が天狗の末裔だったという話もあるが、人との混血故に天狗の血が薄まっていたのか鼻はさして長くなかったようだ。それにあちらの天狗は我らと違って色が蒼いうえ、犬ではなく狼とみられていたそうだが――まあ、それはそれとして。
 光越しの会話は八割方ハナが喋り、父親はニコニコしながら聞き役に回るのが常だ。この男も最初は腰を抜かしていたが、いまではすっかり慣れ、朝食を済ませ身なりを整えて娘に会うようにしている。
 ハナはいくらでも喋った。一分一秒を惜しむかのように饒舌となり、やれ友達が出来たとか、毎日楽しいとか、ちっと寂しくなんかないとか。
 そしていつも最後に、「お父さんは恵まれない国の人たちの役に立ってるんやから、しっかりがんばってや。あたしは大丈夫やから」と言い、「ほんならね」と笑って手を振る。
 十五分が経った。
 淡い光が散りはじめると、たちまち父親の姿が滲んで消えた。
 すぐに光は失せ、そこにはただの岩が残った。

「――また嘘をついたな」
 首を鳴らしながら、そう言った。だが咎めるつもりで口にしたのではない。ただ、『ああ、まただな』と思っただけだ。
「これはエエ嘘やもん」
 少しばつの悪そうな顔でハナが笑った。
「ふん。嘘にいいも悪いもあるまいて」
「天狗さん、おおきに」
「そろそろ暗くなるぞ。さっさと帰れ」
「なあ、また来週もここに天狗さんおる?」
「たぶんな……天狗の予言だ、まず中ろうて」
 予言ではなく、むしろ断言だなと胸中で己を哂った。
 ハナは何度も振り返り手を振っていたが、やがてその姿が消えると生温い風が我が鼻を弄るように巻いた。
 風は旋風となりて儂の前で土煙をあげると、なんの前触れもなく一瞬で掻き消えた。
「……また神通力を使ったのう」
 旋風が過ぎた後には大天狗の姿があった。
 儂の身の丈は六尺少々で、人間であるなら大柄と言えようが、大天狗ともなると八尺に近い。おまけに高下駄もひときわ高いし鼻も相当長いときている。ぎょろりとした眼で見下ろす様は、まさに圧巻である。
「で、親というものが少しはわかったか?」
 この山で神通力を使えばたちどころに大天狗の知るところとなる。それはこちらとて百も承知のことだ。
「いえ、残念ながら……いまだに面妖、としか申せませぬ」
 天狗とはそもそも彗星のことだと大陸の書に記されている。その姿が天を駆ける狗(いぬ)のように見えることから、『天狗』という名がつけられたそうだ。他にも、魔道に堕ちた僧や山伏が強い念を抱いたまま死すると天狗に転生するという話もある。
 さて、天から降ってきたのか、あるいは転生した者であるのか――いずれにしても我らは気づいた時からすでに天狗であった。転生したのだとしても、前世の記憶らしき残滓も持ち合わせていない。
 だから親とは何なのか、知る由もない。
 無論、人間は親がおらねば産まれてこぬことはわかる。天狗からみれば、はなはだ不便な仕組みであるが、どうも親とはただ生を授けるだけのものではないらしい。
 親と離れた娘が何故あれほど寂しがるのであろうか? だが、いざ会わせてやれば寂しい素振りもみせず、小娘のくせに精一杯背伸びをし、嘘まで並べたてて気丈に振舞う。あれはいったい、何故なのか?
 古より、人間が京の都を奪い合う様ならいくらも見たし、時の為政者がどれほどの者かこっそり覗き見もした。ハナは彼らと同じように嘘をつく。同じように愚かで同じように気高く、そして彼ら以上に純粋で慎ましやかで、脆く映る。なによりもあまりに小さき者であった。
 ハナの様子をみるたび、面妖だと感ずる。そしてなぜか我が胸が締めつけられるようで、はなはだ心地が悪かった。
「そうか、わからぬか」
 大天狗が呟いた。大天狗も昔から親とは何か知りたかったそうだ。
 きっと、いまも知りたいのであろう。だから儂が神通力を使ってハナと父を会わせてやっても止めろと言わぬし、儂がどう思い、どう感じたかを知りたがる。
「だが、決まりは決まりだ。蟄居を七日間延ばすが、よいな?」
「仰せのままに」
 再び風が舞い、大天狗は消えた。気がつけば木々の狭間から西日が零れ、辺りは朱に染まっていた。
「ほれ、また予言が中ったぞ、ハナよ」
 口辺に浮かんだ薄い苦笑を咳払いで消し、姿勢を正して瞼を閉じた。
 天狗には真に理解できぬことかもしれぬ。それでもあの娘と会っていればいつかは――。
 そして七度ほど日が沈み、七度ほど日が昇った。
 羽音に気づき顔をあげれば、鴉が数羽飛んでいた。

 頭上から、アホウ、アホウと声がする――。

道三 2010年08月16日 (月) 19時40分(12)
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