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作品名:ともしび 自由投稿

最終日の滑り込みですみませんっ m(_ _)m

サイトで完結したSF[コンパニオンドール] の番外編ですが、単独で読めると思います。 本編ご存知の方は、笑ってください。

梅(b^▽^)b 2010年09月05日 (日) 19時26分(63)
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作品名:ともしび

 ハァッ!

 強い呼吸音に、意識の回路がつながった。

 ハッハッハッ!

 これは、俺の呼吸の音だ。

 息苦しい。

 身を捩ろうとして、強い拘束感に目を開けた。

 闇。 それでも感じる、大量のガレキの圧迫感。 しだいに目が慣れるにつれ、化粧版の剥げた太い柱や壁面の折り重なりが、視界にはっきり現れる。 俺は、ガレキの隙間に閉じ込められている!

 くそっ! 手が動かない。 足もだ。 何かに…… 挟まってやがる。

 カラカラ…… 。

 破片の転がる音が聞こえた瞬間、背中から突き上げるような衝撃を喰らう。 360度の全方位から、凶悪な轟音が押し寄せる。 足に激痛が走った。 まるでペンチでひねりあげられるかのようなおぞましい痛み。 抗うことも出来ず、悲鳴にもならぬ呻きをあげて、俺は再び闇に沈んだ。



◇◇◇

「そもそも、コンセプトが時代遅れなんだよ」

 オフィス内、透明のアクリルボードだけで仕切られた会議コーナーで、俺は壁に投影された販促資料に舌打ちをした。 壁の中、中学生くらいの少女が、ハーネスをつけた大型犬の首を嬉しそうに抱きしめている。

 だが、こいつは犬じゃない。 世界有数のロボットメーカー、そして俺の勤務する会社でもあるジャパンロボットサービス、通称ジャルスが誇る盲導犬ロボットだ。 アイドッグ。 人の目になる犬。 個人消費者向けに、エンターティメントじゃない、実用的なロボットをと、5年前に発売された。

 育成にカネも時間もかかる盲導犬を、工業製品化することで量産する。 発売当時、福祉目的という美しい製品コンセプトと、本物の犬とみまごう外見、そして技術屋なら唸らずにはいられない高速で正確なセンサリング、認知技術、飼い主の癖や利用環境に自らを適応させていくAI学習機能と、どれひとつを取っても話題性は十分だった。 海外のメディアにも、何度となく取り上げられた。 その華々しさは、会社の株価にもイメージアップ戦略にも、おおいに貢献したものだ。

 そんな花形ロボットも、2年もすると、翳りが出た。 技術なんて日進月歩だ。 アイドッグに搭載されたセンサリング用デバイスは、あっという間に小型化された。 今ではヘルメット型かヘアバンド型、いわゆるウェアラブルロボットが、視覚が不自由な人間を支援する。 盲導犬型なんて、大きすぎる。 携行に、どうしても制約が出てしまう。

 凋落は早かった。 そもそもアイドッグを必要とする人間の数だって、限りがある。 今じゃ輸出分を含めても、月産数十体がいいとこだ。

「そろそろ、引導を渡してやったほうがいいんじゃない?」

 チームメンバーのひとりが、口元に皮肉な笑みを浮かべた。

「俺達は市場計画チームだ。 販促チームじゃない。 市場に合わないものは、キッチリ切るべきだ」

 さらにひとりが、椅子の背もたれに体を投げ出しながら、言い捨てた。

――切るべきだ。

 俺も、そう思う。 本物の生き物そっくりの外見のみならず、その鳴き声や仕草、体温までを忠実に模倣した生物レプリカ。 アイドッグには、本来の用途から見れば、不要な機能が多すぎる。 それが価格を押し上げている。 メンテナンスも手間がかかる。

「わかった。 来週のマネジメント会議に向けて、製品クローズの方向で資料をまとめることにしよう」

 俺は取りまとめると、チームメンバーに解散を宣言した。

 午後、資料をまとめた。 市場の規模、発展性。 販売推移、技術動向…… 。 資料なんて、方向さえ決まればあとは、それに沿った数字を集め、わかりやすいよう並べるだけだ。 一気にまとめてかたずけてやる。

「お疲れ様」

 モニターを見続ける目の奥に鈍い痛みを感じる頃、目の前にスッと紙コップが出てきた。 目をあげると、同期の須藤希(のぞみ)だった。

「サンキュ」

 コップから、コッテリとした深みのある珈琲の香りがのぼり、鼻腔をくすぐる。 疲れがゆっくり溶け始める。

「聞いたわよ〜。 相庭君、アイドッグのマーケティングを担当するんだって?」
「ん〜。 マーケティングというよりクロージングかな」
「何よ、クロージングって」

 須藤はいきなり爛々と、噛み付かんばかりの顔で睨んでくる。

「もう、時代遅れだよ。 市場規模も小さいし発展性もない。 有用な後継機、ウエアラブル機器がいくつも出ている。 製品としての役目は終わったかなと」

――そうだ。 こいつの役目はもう、終わったんだ。

 万人受けする愛らしい仕草の犬型ロボット。 こいつのおかげで、ジャルスの名前は個人消費者にも浸透した。 もう、いいじゃないか。

「それ、盲導犬としてだけ見ているからじゃない?」
「え?」
「わたしね。 お客様相談室にいるじゃない。 だからアイドッグを利用しているお客様の声も、時々聞けるのよね。 アイドッグに対する1番多いコメントって何だか知っている?」
「知らない。 本物そっくり〜、とか、カワイイ〜とかじゃないのか?」

 須藤は、やっぱり知らないのかと、鼻で笑うような顔になった。

「『安心する』 って。 アイドッグを傍らにして歩くのは、安心感があるんですって。 これ、マーケティングに生かせない? 何なら他にもいろいろ、アイドッグに関するコメントデータはあるから、まわしてあげるけど」
「いらない。 うちのチームでの検討はもう、終わった。 クロージングの提案でいく」
「お客様の声を生かそうって発想は無いのっ?」

 バンっと彼女が叩いたテーブルの上で、コップがハネた。 コーヒーの染みがひとつふたつ。 白いテーブルを汚す。

「須藤さんは、アイドッグの開発に深く関わった須藤社長の身内だから贔屓目で見ちゃうんだろうけど、マーケットはそんなに甘くないよ」
「何ですってぇ!」
「すぐカッとなる。 須藤さんの悪い癖だ」

 テーブルの上にあるティッシュボックスからティッシュを抜き、染みを拭いた。

「利用者の目ってものを考えないマーケティングなんて、聞いたことないわね」

 わなわなと拳を震わせて、わかりやすい女だと思うとつい、クッと笑ってしまう。

「わかってるさ。 利用者はもう、アイドッグよりウエアラブル。 結論は出ている」
「アイドッグを使ったことも無い人間が、よく言うわよ!」
「珈琲、ごちそうさん」

 大股でヒールを鳴らしながら去る彼女の背中に、俺は小さく肩をすくめた。



 出来上がった資料は、チームメンバーのレビューを経て、週末までには形になった。 面白くもない仕事だ。 クロージングなんて。 後ろ向きの仕事…… 。 コーヒーの染みが、鮮明に浮かぶ。 何かがひっかかっている。 俺は十分に検討したのだろうか。 ふと、思い立った。

「アイドッグって、借りれるかな」
「デモセンターに何匹かいますよ。 確か貸し出しもやってました」

――何匹…… ね。 機械相手に1匹も2匹もあるかよ。

 傍らの後輩の答えを聞き、俺は早速デモセンターに予約の電話を入れた。

――そうだな。 引導を渡す前に、少しおつきあいしてみるか。

 帰路、車でデモセンターに寄り、アイドッグを1体借り受けた。 週末、こいつで遊んでみるかと。



◇◇◇

 再び目が覚めたのは、日差しのせいだ。 揉みくちゃになって、自分がどんな格好になっているのかさえもわからなかったが、日差しのおかげで自分がガレキに挟まってあおむけになっているとわかった。 天井かどこかが開いたのか、さっきよりはずっと明るい。 断続的にカラカラと音がする。 小さな振動が続いている。

 思い出した。 俺は借り出したアイドッグと共に、近場のハイキングコースに出たんだった。 木漏れ日の中、不整地をゆっくりと先導するアイドッグとともに歩き、無人の山小屋に休憩で足を止めた。

――まずいな。

 ここに来るまで、すれ違った人間は2−3人だった。 人気の無いハイキングコースで被災。 これじゃ待っていても救助は来ない。 おまけに…… ちくしょうっ! 何か重い物体が俺の胸にのしかかり、手も動かせない。 余震で気を失うときに感じた足の激痛も、もう感じない。 まるで痺れているようだ。 目も片方は開かない。 傷ついたのか、それとも血でもついて固まったのか。

 息苦しいのは相変わらずだ。 いっそもう1発大きな余震がきて、胸の上に乗っかっているものを落っことしてくれたらいいのに。

 思うそばから余震がきた。 胸の上で、何かがすべる感触がする。 ズイっとすべったそれが、顎に当たる。

――うあぁっ!

 そいつは、俺の顔を轢き潰す直前で、何かにひっかかるようにすべりを止めた。 余震がやんだ。

 ガタガタと震えてくる。 余震じゃない。 こいつは俺の体の震えだ。 俺は、俺の顔は、危うく今粉砕されるところだった。 恐怖が全身を締め上げる。

「おおーいっ! おーいっ、誰かぁ!」

 無駄とわかりつつ、叫んだ。 押しつぶされて、息が苦しい。 でも叫ばずにはいられない。

「おーいっ。 誰か、誰か来てくれぇ!」

 クゥーン

――犬?

 クゥン、クゥン。

――間違いない。 犬がいる! なら、飼い主もすぐそばにいるかもしれない!

 自由になる首から上だけを捻り、声のする方向を探した。 ガレキの隙間から、埃の舞う光を背に、四肢を踏んばり気配を探る、大きな犬の姿が見えた。 その瞬間、自分はぬか喜びをしたのだと悟った。

 こいつは犬なんかじゃない。 俺が連れてきたロボット犬、アイドッグだ。

 ひくひくと、鼻を動かす姿が見える。 こんなところまで、本物そっくりなのか。 忌々しい。 何の役にも立たない人形。 お前がレスキューロボットで、クレーン並みのガレキ引き揚げ能力があればいいのに。 いや、せめて緊急通信機能でもあれば。

 アイドッグは、俺をみつけるとやすやすと隙間に潜り込んできた。

 クウーン

 生暖かい舌が、俺の顔を舐める。

「やめろ!」

 クゥン

「やめろと言っているのがわからないのか。 やめろ!」

 怒鳴ると苦しい。 もう、されるがままだ。

――好きにしろ! このトンチキロボット。

 しばらくして、また余震が来た。 ミシっという禍々しい音に視線を向け、血の気がひいた。 コンクリの剥げた太い鉄骨の梁が、真上で今にも落ちそうな角度にひしゃげている。 バラパラとコンクリ片がこぼれてくる。

――終わりだ! 次に大きな余震が来たら、確実に落ちてくる。

 恐怖にすくみ、目を閉じた。 体から、どんどん感覚が失せていく。 寒い。 この悪寒、出血性のものだとしたら、もうおしまいだ。 クゥンと小さな鳴き声がする。 もう、腹もたたない。

――たいした皮肉だよ。 製品として終わりのロボットと一緒に終わる運命だなんて。

「あーあ」

 呟く声が、意外と響いた。 ザザっと葉ズレの音がする。 もう、日が暮れたのかもしれない。 女房と生まれたばかりの息子の顔が、チラリとよぎった。



 暖かい鼓動に目が覚めた。 トクトクトク。 命の音がする。 真っ暗闇に、規則正しく刻む音。 その音は力強く、それでいてリズミカルで軽やかだ。 顔に柔らかくモフモフとしたものが触れる。 頬をすりよせ感触を探る。 

――動物の毛?

 アイドッグか。 俺が動いたのを察し、生暖かい舌がペロリと舐めてきた。 こいつめ。 睨もうとして気がついた。

――俺、両目が開いてる。

 そうか。 こいつが汚れだか血だかを舐め取ってくれていたのか。 アイドッグの目が、ささやかに光った。 俺は顔をアイドッグの首筋に押し付けた。

――こんなのでも、いないよりはマシだ。

 不思議だ。 温かみと鼓動。 たとえ作り物の命でも、こんなにも心強い。 まるで闇の中のともしびのようだ。

 アイドッグの、フサフサとした人工の毛皮に顔を埋め、俺はグッと唇を噛んだ。

――大丈夫だ。

 不思議ともう、怖くはない。 根拠はないが、実感のある安心感が、俺の体を包んでいた。



◇◇◇

 救助されて1ヶ月後、俺は現場に向かった。

「いやあ、すっかりよくなられて、よかったですな」

 小屋の管理人が、付き添ってくれている。 今日は廃材引き揚げの最終日なのだそうだ。 どうしてもと言う俺を、管理人は快く迎えてくれた。

「女房に、行き先を告げておいたのが救いになりました」
「そうでしたな。 僕もビックリしました。ウチのオンボロ小屋で人が遭難しているかもしれないと県警から連絡がきたときには。 いや、本当にヒドい地震でした」

 足はまだ、少しひきずる。 足首の複雑骨折は、残念ながら後遺症を遺した。 だが……

 俺は生還した。

 現場に着いた。 最終日とあって、廃材もほとんど残っていない。 小屋があったことなど、コンクリの礎石が無ければわからない。 ここで、俺は死ぬはずだったのかと、知らず口元が皮肉に歪む。

「オーナー。 例のモノ、取りよけておきました」
「ああ。 ありがとう。 手数をかけたね」

 初老の気さくな管理人は、若い作業員の後につくよう俺を促した。

「いや、噂には聞いたことありましたけどね。 こんなハイテク、山ん中で見れるとは驚きましたよ」

 若い作業員が興奮気味に指差した。 廃材を積み上げた脇に板囲いがしてあって、中にそいつはいた。 四肢を踏んばり頭を下げて目は見開いたまま、横倒しに転がっている。

 頭を下げているのは、俺を舐めて暖めていたから。 四肢を踏んばっているのは、落ちてきた梁を支えていたからだ。 梁を受けた背中はひしゃげ、中からメカニカルなカーボンの背骨がのぞいている。

「引き揚げさせていただいて、いいですか」
「モチロン。 そのつもりで残させておきました」

 管理人が、労わるようにそいつを撫でた。 作業員が、軽トラの荷台にそいつを放りあげようとした。 俺は作業員を止め、管理人に許可を得て後部座席に引き込んだ。

――忘れていたんだ。 こいつの機能。

 どんなに優秀なセンサーを持っていても、交通事故を完全に防ぐことは出来ない。 また、飼い主が急に具合が悪くなって路上で動けなくなることもある。 アイドッグには、飼い主の事故や病気に備え、初歩的なレスキュープログラムがついている。 こいつは…… お飾りじゃない。

 俺の負傷、入院で延期になっていたマネジメント会議は、地震から1週間後、退院したその日におこなわれた。 俺は入院中に持ち込んだバソコンで、仕上げたレポートとともに会議へ臨んだ。 もちろん、須藤から転送してもらった[お客様の声] なるアンケート資料も十分活かした。 アイドッグの新しい市場を提示するレポートだ。

 レスキュー犬と銘打つには、今のままじゃまだダメだ。 改良の余地はたくさんある。 だが、既存のレスキューロボットには無いものを、こいつは既に持っている。 これは、確実に需要がある。

 決裁が降りた。 俺は来週からレスキューロボット市場の調査で忙しくなる。 まったく。 万事塞翁が馬とは、よく言ったものだ。




――闇の中、何度も終わりだと思ったんだけどな。

 林道のジャリに揺られる車の中、俺は動かない犬の顎下を、ずっと柔々と撫で続けた。


ともしび 了

梅(b^▽^)b 2010年09月05日 (日) 19時28分(64)
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