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[21] 桃花の宴  第1部「破者」
健良 - 2004年10月14日 (木) 18時52分

桃花の宴

神仙騒乱綺談

第1部「破者」

――秦を滅ぼすもの、胡なり――

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第一章
前212年---------

「いってええええっっっ!」

羨(セン)は、悲鳴を上げてうずくまった。川原で尖った石を、ものの見事に踏み抜いたのである。うずくまった場所から2メートルほど向こうに小川が流れ、反対岸は崖になっている。その崖からは、夏の光を受けた青い葉が、水面に向かって枝垂れていた。あまり幅の無い川は緩やかに流れ、時々魚が跳ねる。

彼がいる岸も、人がなかなか来られないような砂利で覆われていた。首都より少し高い位置にあり、岸から離れてそこらにある適当な大岩に登れば、皇帝の住居、「かんようの宮」を遠くに見ることが出来る。

羨は、砂利に飛び散った血と、右足の裏から湧き出てくる血を交互に眺めた。草履の紐が切れ、これもまた赤く染まっている。

「ちっ。余計な怪我しちまった…」

彼は、息をついた。あまり日に焼けていない手足に、昼過ぎの日差しが突き刺さる。結い上げた髪が汗で湿って、羨は頭を掻いた。自分が、こんな悲惨な目に会う理由は分かっていた。予定が思い通りに進まないせいである。
羅紗(ラシャ)、あの占いババアが、もっと細かいところまで未来を見てくれれば……

「先ほどの悲鳴は、そなたかえ?」

突然掛けられた声に、彼ははっとして振り返った。自分を見下ろすほどの大岩の陰に、一人の男がいる。釣竿と魚篭を鞍に引っかけた馬を連れ、自分を心配そうに見下ろす線の細い青年だった。彼は馬の手綱を引いて、羨に歩み寄った。

「おやおや、石を踏み抜いたのか。この辺りの石は危ないから、近隣のものでも草履では来ないというに…」

彼の視線が、羨の手元に散らかった荷物をかすめる。が、たいした物はない。着替えが一組入っているだけの包みと、小さな箱があるだけだ。

「そなた、この辺りの者ではないのかえ?」

「あ、ああ。まあな。ちょっとわけありでな。うろうろした挙げ句に一休みして、水でも飲もうかと思ったらこのざまだ」

「わけありというと、逢い引きか、はたまた取り引きか強盗か……」

青年は、にやにやしながら馬の鞍から竹の水筒を外し、羨の横に屈んだ。

「まあよい。恩に着て貰えれば、余が危ない目に遭うこともなかろうて」

「分からんぜ…って、いてて…」

羨は、傷口に水をかけられて顔をしかめた。青年の方は、あまり容赦せずに傷口を洗ってくれる。

「何しろあんた、庶民じゃないだろ?どこの坊やだ?供も連れずに、お忍びで魚釣りかい?魚釣りにしちゃ、身だしなみが良すぎるぜ」

「正体を言ったら、忍びでは無くなるであろう?」

彼は、羨をちらりとみて微笑んだ。どこか現実感に欠ける、幻想的な顔立ちをしている。漆黒の髪、漆黒の瞳、細い首。淡い青い衣装は、彼を頼りなく見せた。腰に下げた剣も、飾りのようだった。年も、16、17といったところである。彼は再び、ふわっとした顔を微笑ませる。

「これでも、剣の腕は確かだ。そなたにも、充分勝てると思うに」

その自信がどこから来るのか分からなかったが、羨は返事の代りに肩を竦めた。青年は、袖で羨の足を丁寧に拭き、飾り帯を一本をほどき、懐から純白の絹布を取り出しすと彼の足に巻き始める。

「おい、いいのか?絹の手拭い、包帯代りに使っちまって」

「かまわぬ。どちらにしろ絹布など、汗を拭くにも血を拭うにも、あまり実用的ではないのだし」

青年は答え、最後にその傷をそっと撫でた。

「早く治るとよいな。これでは不便じゃ」

「…あんた、何て名前だ?」

羨の問いに、彼は再び微笑む。

「扶蘇。“ふ・そ”…じゃ」

やはりな…羨は、1人微かに肯いた。

「じゃあ扶蘇。お礼をしなきゃならないな。とはいえ俺も持ち合わせはあまりない。あんた、俺に出来そうなことを言ってくれ」

「何も、なさそうじゃの」

と、彼は肩を竦める。

「怪我人から礼をせしめるほど、余も意地悪ではない。礼などいらぬよ」

「しかし、扶蘇よぅ。それじゃあ俺の気持ちが納まらん。それに、この機会にお金持ち様とお近付きになりたいという俺の気持ちも、汲んで欲しいんだぜ」

羨の言葉に、扶蘇は呆れたような顔を上げる。

「それはそれは、貴公の気持ちをはからずに、失礼をしたわけだな」

「そうそう。そういうことだ」

「では、傷が治ったらその絹布を返しておくれ。余は時折、ここよりもう少し上流で釣りを楽しむのでな。うろうろしたついでに、探してみておくれ」

「ああ、分かった。で、今度いつ頃来るんだ?」

「……さあ、余にも分からぬよ。抜け出せれば、毎日でも来るのだろうが…」

彼はふいっと立ち上がり、水辺へ歩いていってしまう。そして屈み、水筒に水を入れ、ゆっくりと戻ってきた。その歩き方は、ふらふら、というよりもふわふわとしているのだが、何か頼りない、意志の弱さを感じさせる。無気力さを漂わせる顔は、改めて良く見ると、痩せているのではなくて「やつれて」いた。

「あんた、どっか悪いのか?病気っぽい顔しているぜ」

「ふふ…」

青年は、低く、肩を震わせるように笑う。

「悪くて病んでるとするなら、精神であろうよ」

彼は羨に、水筒を差し出した。

「貴公にやろう。知り合えたことの印じゃ。余の行為を礼に変えたいのならその絹布を返し、この水筒を受け取られよ」

「?」

よく分からない奴…羨は、水筒を受け取った。 竹筒の中で、水が揺れる。

「で、貴公をどこまで送ったらよいのかえ?」

扶蘇は立ち上がり、下流の方を見下ろす。

「街に行くのか、それとも街から出るのか…。どちらであっても、途中までは連れて行かれよう」

「……まあ、いいさ。あんたは1人で帰れよ。俺はここにいる。そうすれば、心配した仲間が探してくれるだろうからな」

羨の言葉に、扶蘇は細い眉だけを動かした。

「……そうだな。ところで、そなた………」

彼は言葉を切り、ふふっと低く笑った。

「まあ、よい。この次に会うた時にしよう」

扶蘇は、強い日差しに手をかざす。

「夏も、もう終わりかのう。暑いが、空があんなに高くなってしまって……」

羨もつられて、天を見上げてしまう。空は半透明の青をしており、蚕の紡ぐ糸のような雲がかかっている。そこからこぼれる光は確かに夏なのだが、繊細な雲が秋を知らせていた。とはいえ、蝉がまだ騒々しい。

「では、行くことにしよう…。羨、余との約束、果たしておくれ」

彼は再び、浮くような足取りで、岩の陰にいる馬に向かっていく。馬の首筋を叩いて何か囁くと、扶蘇はその馬にまたがった。視線がちらりとこちらに動く。

「じゃあな」

羨が手を振ると、彼は口元をほころばせ、黙って馬を下流に向けた。規則正しい馬の足音とともに、彼の姿が見えなくなっていく。羨は暫くの間、そのままじっとしていた。

鳥のさえずりと木々の枝葉が擦れる音が聞こえても、辺りは静かだった。回りの景色が自分を取り巻くように動いているような錯覚が起こる。

「……トウテツ」

羨が呟いた瞬間、彼の背後の空気がうなり、黒い獣の革を纏った屈強な男が姿を現した。彼は方膝をつき、頭を下げる。その頭からは、捻じられた太く長い褐色の角が2本生えていた。

「羨様。何故もっと早くに私を呼ばなかったのです?呼んで下さればあの男、すぐに捕まえてしまいましたのに」

「多分、つかまらぬよ。お前にも、俺にもな」

彼の言葉に、トウテツと呼ばれたその獣人は不満そうに喉を鳴らした。身の丈は2メートル以上あり、褐色の肌と黄金の瞳は、猛虎を思わせる。彼が肩を動かすたび、張裂けんばかりの筋肉が無気味に動いた。

「凄い仙骨(仙人としての資質)を持ってましたな。体から溢れんばかりだった。その“気”に負けてしまいそうな肢体であったが…。羨様は、あのような資質ある人間を探しておいでなのでしょう?捕まえればよかったのに。仙骨を生かせない者であれば、いつも通り俺の晩メシになったのに…」

「それでは困るぞ。目的の人間はあれだ。見つけてしまった」

「あれって、今の、仙骨に潰されそうなのが?俺には、俺の晩メシとしか見えませんでしたがね」

トウテツは、羨を抱えて立ち上がった。

「あの男が、始皇帝第一皇子の扶蘇ですかい。そのはらわたを食らうと、永寿が手に入ると、始皇帝が信じているという…」

トウテツは低く笑う。

「痩せてて、はらわたはあまり美味くなさそうだった」

「やれやれ、随分と飢えておるんだな。まあいい。他の者が、お前の夕食を見つけてくるだろう。ここはひとつ、帰ってゆっくりと…」

「羨様、酒臭いですな」

不意にトウテツが、彼の懐に鼻をつっこんで嗅ぎまわし始めた。

「こっ、これっ!何をするのだ(^^;;;/ トウテツ、そんなところに髭面突っ込んで…」

「こいつだ、羨様」

トウテツが牙の生えた口で器用に引きずり出したのは、扶蘇がくれた例の水筒だった。彼は紐を加え、舌を伸ばして木の栓を舐め回す。

「………」

羨は、自分を抱えていて両腕のふさがっているトウテツの口から、水筒を取った。

「羨様。それ良い酒だ。俺に下さい」

トウテツは、未練そうに真紅の長い舌を伸ばしている。

「なるほど、確かに酒か。こちらの正体、あの男にばれたな」

「ばれた?」

赤い舌が、一瞬にしてトウテツの口に納まる。

「羨様の正体がですかい?そいつはいよいよ…」

「ふふ…。よいのだ、トウテツ。“俺が仙人だということ”に気付いたにすぎないさ」

眉間に左手を当て、センはにやりと口元を歪める。

「始皇帝第一皇子・扶蘇…か。あの男の『はらわた』ならば、さぞやきれいな桃花色をしていることだろう」

「…でも、あまり美味くはなさそうだ」

「お前の興味はそれだけか、トウテツ(--;。まあいい。この酒はやろう。天子様からの賜り物だ。味わって飲めよ」

彼は水筒を、トウテツの口元に押し当てた。


--------------------------------------------------------------------------------

街に一歩入ると、そこは今までいた渓流と違い、人臭い空間だった。人の声、馬の足音、牛の引く車の軋み…扶蘇はため息をついた。かんようの宮に続く大通りは、出店が並び、旅の商人はもちろん、庶民たちが、めぼしいものを求めて行き交う。

「活気は嫌いではないが、喧騒となると苦手だ…」

彼はふと馬を止め、そこから降りた。にぎやかに行き交う人を蹴散らすようにして、始皇帝の宮廷騎兵達が駆けてくる。その数は100騎あまり、石で舗装された大通りを揺るがし、彼らは扶蘇を取り囲むようにして停まった。真紅の鎧と長い槍で身を固めた彼らは、100人が並ぶと圧巻であった。彼らは、しんと静まったまま身動きしない。

「遅かったな、江良差(エラサ)。徐福(ジョフク)殿は、余の居所を占いうのに手間取ったかな?」

「……」

扶蘇の問いかけに黙ったまま、江良差と呼ばれた青年は騎馬から降り、両手を掲げて彼に臣下の礼をとった。

「おや、機嫌悪いね。とうとう余も愛想を尽かされ…」

「愛想ならば、とうに尽きております」

目元のきついその青年は扶蘇を一瞥すると、扶蘇が乗っていた馬の手綱を近くの兵に渡した。

「それよりも」

と、彼は自分の馬を引き寄せた。

「大事でございます。盧生(ロセイ)逮捕の命が出ました」

扶蘇は、無表情の江良差を見やる。

「真人様が、盧生に対してお怒りです」

真人(しんじん)というのは高位の仙人に対する称号なのだが、始皇帝は盧生という方士(方術士。仙人の術を使う者)の勧めで、自らそれを名乗り、家臣たちにもその呼び名を使うよう強制していた。そうすることで、自分も仙人になれると、信じていたのである。

「……真人にしては、相変わらず気紛れじゃの」

扶蘇のその呟きが聞こえないふりをして、江良差は方膝をついて屈んだ。扶蘇がその膝に足をかけると、江良差は立ち上がって彼を騎乗させた。そして続けて、自分も扶蘇の後ろに乗る。

「逮捕の理由は、“民衆の扇動”。これは一騒動ございますぞ」

「そうであろうな……」

宮廷騎兵たちは、宮に向かってゆっくりと動き始めた。

…かんようの宮・東宮……………………………

広い東宮は、当然扶蘇の為だけの建物だった。ここに住める者は、次期皇帝だけなのである。女官や宮廷兵が、入り口で恭しく扶蘇を出迎える。

「真人様がおいでなのです。人払いをなされてて…」

江良差の副官が、不安そうに前に出てくる。

「部屋までお送り出来ないのです。扶蘇様にどのようなご用かも知らされてないのですが、とにかく、戻り次第部屋に参られるようにと…」

江良差よりもまだ若いその副官は、落ち着きなく早口で話した。始皇帝がここに来たのは、これが初めてなのである。扶蘇は、先に降りた江良差に支えられて馬から下りた。

「よい。出迎えご苦労であった」

彼は、そう言ってから空を見上げた。

「そろそろ約束の時間なのだが… まあいい。江良差たちもご苦労であった」

空がほんのりと赤く染まっている。扶蘇は息をつき、宮内へと入っていった。

…………

「お待たせしたようですね、父上。そちらからおいでとはお珍しい」

扶蘇は、椅子にかかっていた薄青い打掛に袖を通した。部屋の奥、窓に対するように椅子に座っている男は、大柄で、黒く長い髭を垂らしていた。きつく結い上げた髪と鋭い目、そして尖った顎が、狡猾な印象を与える。

「最近は、仙人の真似をなさって姿を隠してらしたから、そのお顔、危うく忘れるところでしたよ」

「だが、皇子の中では、誰よりもお前に一番会うておる」

「胡亥(コガイ・始皇帝の末皇子)のが、父上とお会いする機会は多いと思いましたが…。まあ、胡亥以外の弟たちの大半は、父上のお顔を知りませんしね」

「………」

父帝は黙ったままである。扶蘇は、肩を竦めた。

「今日は何の相談です?盧生逮捕なら、賛成いたしますよ。父上を誑かしていると、余は何度も進言しましたのに、気付くに随分かかりましたね」

「徐福のほうを信じることにした」

始皇帝の声は低く、冷たい響きがあった。が、微かな揺れも感じられ、扶蘇は、始皇帝を振り返った。

「どうかなさったのですか?父上。余は徐福のこともあまりお勧めしませんが…まあ、盧生よりはマシでしょう。これを期に、方士を頼るのは止めなさいませ」

「お前が言うても、全く説得力ないぞ、扶蘇」

始皇帝は立ち上がり、扶蘇の肩を掴んだ。

「今までどこに行っていた?仙人に会うたのか?何をしてきた?!」

「忍びで、いつも通り釣りを…」

「徐福が言うておった。お前の方袖が汚れ、帯がほどけていたら、それは仙人に会っていた証拠なのだと!」

「!」

扶蘇ははっとして腰に手をあてた。

「これは、帰りに見かけた怪我人に与えて…」

「ではそれが、仙人だったのであろうが!」

始皇帝は、扶蘇を寝台に突き飛ばし、さらにその上から、首を掴んでのしかかる。

「その者が、不老不死の妙薬を持っているのだ!お前は、そのことを知っていたのだろう!そうなのだな?!」

「そのような……」

「何故だ?扶蘇。我が息子でありながら、何故お前だけが“年をとらない”のだ!」

喉に食い込む指に、扶蘇は喘いだ。始皇帝のその手首を握るのが精一杯で、残った帯が解かれるのには、抵抗できない。

「お前はこの年で、35になるはず!それが何故、17のままで生きる?今年胡亥が18になった。とうとうお前は、末の弟よりも下になってしまった」

始皇帝は扶蘇のみぞおちを剥き出し、そこに拳を押し当てて捻じった。

「その永寿が、地仙の証拠。そのはらわたを食らえば余にも永寿が授かるはずじゃ」

「余は何も…」

「しかし徐福は、お前を殺したらその効き目がなくなるという。お前はこのわしの後継者でもある。当然殺すわけにもいかぬ!」

始皇帝は、扶蘇の腹部を悔しそうに何度も殴った。

「一体、何が違う!お前の母を食らっても、わしは永寿を授からなかった!」

「…江良差っ!」

扶蘇が声を振り絞った瞬間に扉が開き、始皇帝の注意が逸れる。

「扶蘇様!」

扶蘇は父帝を突き飛ばし、体を起こして衣服を引き上げた。強ばった顔つきの江良差が、始皇帝と扶蘇の間で、視線を動かす。

「いい加減になされよ、父上」

扶蘇は咳をし、口端から滴る涎を拭った。

「今度このようなことをなされば、余は自分を、方力(ほうりき・仙術)で灰にしますぞ。皆がこの“はらわた”を欲しがるなら、釣りに出たままどこかで野垂れ死に、野犬にでも食わせてしまいましょうぞ」

「…………江良差、扶蘇を介抱してやれ」

始皇帝はそう言って、床に扶蘇の帯を投げ捨てると出ていってしまう。

「扶蘇様…陛下がここよりお出になれば、女官が戻ってまいります。すぐに着替えと水を用意させます故…」

江良差は扶蘇を抱え、その背中をさすった。扶蘇は激しく咳き込み、江良差の膝に胃液を吐き戻してしまう。

「江良差…余はまた、貴公の…」

「私の服の心配などよいのです。吐いてすっきりなさいませ。未悠(みゆう)様がいらっしゃるまでに気分を良くなさらないと、また心配させてしまいますよ」

「………」

激しい足音がして、女官や兵士たちが駆け込んでくる。彼らは余計なことは一言も喋らず、部屋を片し、着替えを出す。

「鬱陶しいかと思いますが、盧生逮捕の令が出ている故、ここの警備を強化いたします。何が起こるかわかりませんから」

と、江良差はもう一度、扶蘇の背をさすった。


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「さあ、召し上がりなさいませ!(^^)」

丸机の上に、青い桃がごろごろっと転がされる。

「…未悠。余は、桃の丸かじりはしたくないと言うておるのに…」

扶蘇は、ひとつを手に取った。天界の桃、人界では不老不死の妙薬と信じられている「蟠桃(ばんとう)」である。青く、固い。

「美味しいですわ。さ、どうぞ」

目の前でにこにこしている見かけ15〜16歳の可愛らしい女性(にょしょう)は、西域の果てにあるという遥地(ようち)に住まう仙女である。遥地とは、西王母率いる女仙たちの聖域であった。

未悠は、扶蘇が不老不死であると宮廷内に知れ始めた頃から、彼に付きまとうようになった仙女であった。それから15年近い間、彼女は頻繁に扶蘇を訪れ、蟠桃を届けているのである。扶蘇は諦め、桃をかじった。

「美味し?」

「ああ、美味しいよ、未悠。………やれやれ。不老不死の何がよいのだろうか。父上もこれで、納得して下さればよいのだが」

「蟠桃に、そのような効果はございませんわ。仙人たちの精力回復、病気治療に効果がある程度ですもの。桃を食べて不老不死になるのなら、この桃はもう、もっと多く人界に出回っていますわ。人は、貪欲ですから」

「………そうだね」

扶蘇は微笑み、未悠の手を握った。

「ところで未悠、羨という者…仙人を知っておるかね?」

「羨?羨門高生(せんもんこうせい)様かしら?」

「多分。獣臭かった…いや、獣臭いという話を聞いた」

「なら、そうですわ」

未悠は、無邪気に扶蘇の手を握りかえした。

「天帝陛下の飼い獣トウテツと、よく一緒にいますもの。あの狂暴なトウテツも、とてもよく懐いてて」

「トウテツ……権力の象徴か。人を食らい、邪を食らい、聖域を守る獣だな」

「ええ」

と、未悠は暖かい両手で、彼の手を包む。

「四方守護聖獣の長ですわ。とても狂暴な方で、遥地では敬遠されてますけど」

四方守護聖獣とは、北将・玄武、南将・鳳凰、西将・白虎、そして東将・青龍である。不老不死を得て仙界の住人たちといくらか身近になったとは言え、扶蘇も守護聖獣のことは噂で聞く程度だった。同じ天界住人の前にもほとんど姿を現さず、西の遥地に住む未悠でさえ、西将の顔を見たことがないという。

「そのトウテツといる者なら、一目置かれた存在なのだろうね。羨殿は」

「天界でも仙界でも、あの方は変わり者で通ってますわ。いつも人界をふらふらなさって…。神将様たちとも仲がよろしいという話ですわ。容姿のほうも、女性に人気ありますのよ、あの方は」

「……なるほど」

「扶蘇様、お会いなさったの?」

未悠の問いに、扶蘇は微笑んで首を振った。

「…いや、‘会ってない’よ、未悠。ただ父上が、彼を狙っているという話を聞いたのでね。不老不死の妙薬を持っていると、除福が占ったそうだよ」

「まあ…お会いした折り、お知らせしておきますわね」

「そうしておくれ、未悠」

扶蘇は、未悠の暖かい手を掴んだまま、しばらく離さなかった。


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庶民、そして方術士、儒学者たちを震え上がらせた「坑儒事件」が起きるのは、この1週間後のことである。




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